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序章-第6社 エルとの出会い

「さてと、次会うのは年末だな」

「今年はどんぐらい来るかね~」


 終業式が終わり、前を歩く結奈と舞衣はお互いカーディガンのポケットに手を突っ込みながら話す。

 

「それは分かんないけど、2人とも今年もよろしくね」

「おうよ」

「任せといて~」

 

 秋葉と熾蓮は門の前で結奈と舞衣と別れる。


 年末年始の神社はどこも忙しいのだが、秋葉とエルしかいない北桜神社は尚更だ。そこで毎年、結奈と舞衣には手伝いに来てもらっており、一緒に年を越すのが定番となっている。

 

「じゃあ熾蓮も元気で」

「あぁ、また年明けにな」


 熾蓮と別れ、エルと共に北桜神社へと帰る秋葉。

 

 年末年始の繁忙期が終われば、今度は熾蓮の所属している愛宕神社のある愛宕山で持久力を身に着けるための訓練が始まる。


 代報者になって祟魔を祓う以上は、それなりの持久力がなければ話にならない。元々、神社の仕事で体力はある方だが、祟魔を祓うために使うそれとは違うので鍛える必要があるのだ。

 

 バスと徒歩で北桜神社の鳥居前までやってきた秋葉は、昨日祟魔から逃げる最中に放り捨てた看板を見つける。


 看板は土で汚れ、縁の方が破損しており、とても使える状態ではない。


「こりゃまた新しく発注しないとな……」

「そういや昨日の秋葉、人殺せそうなぐらいの勢いで殴るからびっくりしたよ」

「逃げるのに必死だったから仕方ないでしょ。ほら、早く中入るよ」


 エルが姿を現したかと思えば、開口一番そう話すので、秋葉はムスッとした顔で言い返す。

 

 石段を上って、境内に入った秋葉とエルはその足で社務所へ向かう。社務所内のパソコンで看板の発注を行うと、そのまま渡り廊下を渡って併設されている民家の自室へと歩き出した。

 

 自室に入った秋葉は制鞄を下ろして、傷の具合を診るために靴下を下ろして包帯を外す。すると、昨日かなり抉れて出血していた傷が綺麗さっぱり元通りになっていた。

 

「あれ、もう治ってる……」

「お、良かったじゃん」

「こら、まだお昼だってのに寝ないのエル」

 

 帰って早々、自分のベッドに寝転ぶエルを咎める秋葉。

 

 念のため、絆創膏ぐらいは貼っておこうと引き出しからケースを取り出して傷口に貼り付ける。

 

「これでよし。ひとまず創作するか~!」

「正月準備は~?」

「直近でしないといけないことは終わってるから大丈夫」

「流石は宮司様~」

「もぉ~、褒めても何も出ないよ~」


 今はみんな受験期のため、これと言った宿題もなく、登校日も年が明けてからはほとんどないに等しい。秋葉はやっと満足に創作ができることに嬉々とした表情を浮かべる。


 回転椅子に腰掛けた彼女は、机に乗ったパソコンを起動させて、舞衣の管理するサイトへログインした。

 

 そこは秋葉と結奈、舞衣の3人が利用する身内サイトで、チャット機能やメモ機能、通話機能などがあり、秋葉の創作資料や小説、結奈の描いたイラストもそこに集約されている。


(最近、忙しくて書けてなかったからな……。えーっとどこまで書いたんだっけ……)


 小説投稿サイトにアップしているライトノベルの続きを書こうと、小説の項目をスクロールする秋葉。今書いているのは、和風ファンタジーもので、男口調の女剣士・『紅桜』が主人公のアクションコメディだ。

 

 執筆を始める前に主人公の詳細を確認しておこうと、キャラ設定の項目を開ける。『紅桜』の欄を開こうと、順番にスクロールしていると、ある箇所に目が留まった。そこにはエルの名前が表示されている。


「うわ~、久々に見たな……。これ何年前のだ……。確か私が中学に入ってすぐの頃だから……」

 

 これを書いたのは2年半ほど前になるだろう。最初の履歴は確かエルと出会った頃。そう、あれはまだ桜が満開の時期だった。

 

 

 ◇◆◇◆



 2018年の4月上旬。境内に植えられた桜が咲き乱れる中、秋葉は桜の絨毯の上を歩き、社務所に併設された日本家屋の扉を開けて中へと入る。

 

「ただいま~。……っと、もう誰もいないんだった」

 

 いつもの癖でただいまの挨拶をする秋葉。しかし、つい1週間前に執り行われた秋葉の祖母・北桜真弓(まゆみ)の葬儀で、この神社の神職は秋葉1人となってしまった。


 両親は秋葉が7歳になったその日に祟魔に殺され他界。先日まで生きていた祖母は入学式を終え、帰って来たときには居間で衰弱死していた。祖母を発見した秋葉はその後、病院へ連絡。葬儀を執り行い、今に至る。

 

 今日まで葬儀の手配やら後処理やらで学校に行けておらず、登校するのも憂鬱だったが、教室に入ってみれば案外そうでもなかった。多分それは同じクラスの熾蓮や結奈、舞衣が気を遣ってくれていたからだろう。

 

 ありがたい友を持ったなと思いながら自室へ向かっていると、扉の奥からいつもと違う異様な気配を感じた。

 

(何かいる……?)

 

 立ち止まって扉をじっと見つめる秋葉。


 もしや強盗の類か、いやでもそんな金目のもの自分の部屋にはないぞ? と疑心暗鬼になりつつ、1階の用具入れから箒を持って一気に中へと入る。


「誰もいない……?」


 自室を見回してみるも、人影は一切見当たらない。どこかに隠れたのかとタンスの中や机の下を探してみるが、いないようだ。


(気のせい? ここ最近、あんまり眠れてないから幻覚でも見たのかな……)


 首を傾げつつ、再度辺りを見回す秋葉。どうやら気のせいだったようで、ほっと息を吐く。


『やぁ、おかえり。久々の中学校はどうだったかな?』

「だ、誰!?」


 突如、頭の中に声が響き、秋葉は手に持っていた箒を構える。しかし、部屋の中をぐるっと見回すが、声の主の姿は確認できない。

 

『そんなに警戒しなくても大丈夫。手を出したりなんかしないよ』

「いや、それ犯罪者の常套句! てか、なんで私が久しぶりに中学校行ったって知ってるわけ!?」


 中性的な声色で語り掛けてくるそいつに秋葉はツッコミを入れる。姿は聞こえないし、何故か自分のことを知っているしで更に警戒心が高まる中、その声の主は再度語り掛けてきた。

 

『それはずっと君のこと視てきたからね』

「はぁ!? え、何、変態!?」


 秋葉は驚きと同時に恐怖を覚える。

 

『酷いなぁ、神様を変態呼ばわりするなんて……。それでも君、神職かい?』

「え、神様……? って、なんで私が神職だって知ってるの!?」

『それはこの神社の神様だからだとしか言えないかな』


(この神社の神様ぁ? そんなの信じられるわけがない)


 北桜神社の神様は天御中主神あめのみなかぬしのかみ


 この世界を創造したとされる神様で、日本を創った伊邪那美命(いざなみのみこと)伊邪那岐命(いざなきのみこと)よりも前、古事記の1番初めに登場する神様だ。


 初めに現れて以降の登場はほとんどなく、詳しいことは不明。そして今、秋葉の頭の中で喋っているやつも声以外は全て分からない。


 変なところで共通しているそいつを怪しみながら秋葉は、口を開いてこう言った。


「いや到底、天御中主神あめのみなかぬしのかみには見えないんだけど。というか、姿自体まっったくこれっぽっちも視えないんだけど!?」

『今は精神体だから視えないのは当然かな。そうだね~、軽く設定を作ってもらえれば、実体化できるようになるよ』

「んー……、ならやってみるかぁ……。じゃないと話進まないし」


 パソコンを開いて、身内サイトにログイン。キャラ設定の項目からフォーマットを選択して新規作成を押す。


(さて、どんな設定にしようかな~)

 

 天御中主神あめのみなかぬしのかみは独神といって、性別が不明。つまり良いように解釈すれば、どちらにもなれる存在だ。


 声は中性的で、姿は見えないので、ひとまず無性別に設定しておく。容姿はどうせならふわふわのマスコットにしておくのも良いだろう。夏は暑いが、春・秋・冬にモフれるのはかなりの利点だ。


 モチーフは当神社の神使である白狼を採用。ついでに烏の翼もつけて飛べるようにしておこう。イメージカラーは白と紫といった辺りか。どちらも高貴な色として日本では扱われていることが多い。


 それらの考えを組み合わせて、黙々とキーボードで入力していくこと10分。


「よし、できた。……あ、名前どうしよう」

『流石にそのままの名前となると色々と都合が悪いから、君が考えてよ』

「んー、いいよ。その代わり文句言わないでよね?」

『勿論さ』


 確かに天御中主神とそのまま呼ぶのは長いし、呼んでるこっちが変なやつだと思われてしまう可能性の方が高い。


 呼びやすくて語呂が良くて、且つ天御中主神に関連していて、日本でも通用しやすい名前となると何があるだろう。


 うんうん唸りながら考えること数分。秋葉の頭の中に天啓が降ってきたので、試しにそれを入力してみる。

 

「はい、これでどう?」

 

 どこにいるのかは分からないが、ひとまず見やすいようにパソコン画面から椅子ごと離れる。

 

『ふむ、エル……か。意味を訊いても?』

「えっと、どこかの言葉で神々の中の神って意味だったはず。あんたが本当に天御中主神だったら、一応は創造神のはずでしょ?」

『……へぇ、良いじゃないか! 気に入った!』

 

 満足そうな嬉しそうな声が頭に響いてくる辺り、これで正解だったようだ。

 

「気に入ったんなら早く姿を現してもらえないでしょうかね、エル様」

『はいはい。そう急かさないの』


 エルの声が聞こえなくなった数秒後、自室の中央に白い光が現れた。突然出現した光に目がくらみ、瞼を閉じていると、一瞬力が抜けるような感覚を覚える。


 その直後、光が治まったと同時にさっきまで頭の中に響いていた声が、鮮明に耳へと届き、目を開く。

 

「っと、これでどうだい?」

 

 秋葉の目の前には、白狼(はくろう)の頭と胴体に(からす)の翼の生えたマスコットが宙に浮いていた。


 大きな愛くるしい瞳は紫で、尻尾にも紫色の毛が混じっている。もふもふ度合いも完璧と言って良い。これで年中モフり放題だ。

 

「え、めっちゃ良いじゃん! 可愛い~!」

「お褒めに預かり光栄だね」

「いや、作ったの私。あんたは実体化しただけでしょ」

「ごめんごめん」

 

 秋葉の辛辣な言葉に、エルは眉を下げて軽く謝る。と、背中に生えた烏の翼を羽ばたかせて、彼女の正面へ移動した。

 

「それでは改めて。ボクはエル。君の両親と祖母から君のことを頼まれてね。こうして君のことを守り助けに来た」

「私は北桜秋葉。北桜神社の宮司やってる――って、それどういうこと!?」

 

 エルがやってきた理由に目を丸くする秋葉。

 

「そのままの意味さ。独りで大変な思いをしている我が子を助けてやってって、頼まれたんだよ」

「んー、にわかには信じられない……けど、内に秘めてる気配は本物っぽいんだよね……」

 

 エルの姿を見ながら秋葉は首を捻る。微量ではあるが、人でもなく、あやかしなどの邪の気配でもなく、神々しい気配を感じるのは確かだ。


 だが、秋葉自身がマスコット設定にしてしまったのも相まって、自分は神だ、君のことを両親と祖母から頼まれたと言われても尚更信じられるものではない。


 疑心暗鬼になっている秋葉を目にしたエルは、もふもふした触り心地の良さそうな顎に手を当てながらこう言い放つ。

 

「何なら契約でもするかい?」

「契約?」


 エルの提案に首を傾げる秋葉。

 

「契約上では流石の神も嘘はつけない。それなら本物だと示せるだろう? それに何かあったとしても、契約者・エルとして動けるしね」

 

 よく契約は人は勿論、神であっても破ることは厳禁。もし破ればそれ相応の罰が下されると言われているが、どうやらそれは迷信などではなく、本当のようだ。


 わざわざ向こうから持ち出してきたというのなら、それなりに自信があるのだろう。ならば、こっちもその手に乗るしかない。現状、こいつが天御中主神だと証明する方法はそれしかないのだから。

 

「んー、じゃあそれでお願いします」

「よし、ならさっさと済ませちゃおう。神社の本殿を借りても良いかい?」

「良いよ。なら私も着替えないとね」


 秋葉は社務所の更衣室に移動し、セーラー服から正装に着替える。


 神職の正装は巫女の正装とは違い、神社でよく見る白衣(はくえ)浅葱(あさぎ)袴の上から(ひとえ)表着(うわぎ)、紺の唐衣(からぎぬ)を纏い、髪上具(かみあげぐ)一式を頭につけて浅沓(あさぐつ)を履く。


 終いに檜扇(ひおうぎ)を持てば完成だ。

 

 社務所の在庫室から(さかき)や御神酒などの神饌(しんせん)を持って、本殿へ向かい、神前へと備える。

 

 エルは仮にも神様なので、神前に近い方へ。その向かいに秋葉が立ったところで儀式スタート。神様自体は一応、目の前にはいるが形式上、神を降ろすことに。


 祓詞(はらえことば)を唱えた後、神を下ろす際に唱える祝詞(のりと)を奏上し、本殿を清浄にしたところで、エルが言葉を唱える。

 

「我が名はエル。真名を天御中主神。当神社の祭神並びに契約者として、汝を守り助けることをここに誓おう」

「名を北桜秋葉。貴神に仕える神職並びに貴殿の主として、その誓い、しかと承る」

 

 直後、エルと秋葉の間に白い光が発生したかと思えば、そこから1本の巻物が出現した。


 エルによればこれは契約書のようなものらしい。これがないといくら契りを交わそうが契約したことの証明にならないので、契約の際には必ず現れるという。

 

「それじゃあこれからよろしくね、秋葉」

「こちらこそ。ここに来たからにはびしばし手伝ってもらうからね」

「勿論だよ」


 エルと秋葉は互いに笑みを浮かべながら握手を交わすのだった。


 

 ◇◆◇◆


 

「おーい、ぼーっとしてどうしたの?」

「ん? あぁ、ちょっとエルと出会ったときのことを思い出してね」


 パソコンの画面から顔を上げてエルの方を見れば、エルは何とも言い難い表情を浮かべていた。

 

「まー、あの時の秋葉は冷たいというか辛辣というか……。出会って早々変態とか言ってくるもんだからびっくりしたよ」

「あれはどう考えてもエルが悪いでしょ。ずっと君のことを視てたとかマジでストーカーかと思ったんだからね!?」

「……確かに、今考えてみればあの発言はまずかったかも」


 あの時はマジで全身に嫌なタイプの鳥肌が立ったし、一歩間違えたら警察沙汰だったかもしれないと秋葉は密かに思う。

 

「でもエルが来てからは、少し賑やかになったのを考えればあの出会いもまぁ悪くはなかったかも」

「ふふーん、でしょ?」


 秋葉がそう口にすれば、エルは誇らしげに笑みを浮かべた。褒めるとすぐ調子に乗るから本当に神様かと疑う時もある。


 苦笑を浮かべながら、秋葉は小説の執筆を進めるのだった。

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