第4章-第10社 追走劇
「こらっ! 待たんかいっ!」
渡月橋を出て、準烈級祟魔3体と同じく秋葉たちは中州へと降り立った。
素早い速度で逃げる小柄な祟魔に追いつくため、秋葉を含めた4人は中州に建っている小屋の屋根へ飛び乗り、瓦屋根の上をダッシュする。
『おーい、織部。聞こえるか?』
『その声、秋葉か?』
『あぁ、そうだ』
神社にいるであろう織部へ念話を飛ばしながら、秋葉は再度十数メートル離れた先にある松風閣の屋根まで跳躍し、ショートカットしていく。
すると、川沿いの細道を走る祟魔たちを捉えた。
『全く、先生つけぇ先生を』
『別に良いだろそんぐらい。じゃなくて、一通り渡月橋にいる祟魔を祓い終えたんだが、3体ほど準烈級祟魔を取り逃がしちまってな。今追ってるところだッ!』
秋葉は織部に返しつつ、祓力で両脚を強化。瓦屋根を蹴り上げると同時に抜刀し、大堰川へ跳んだ。
逆らうようにして冷たい風が吹きつける中、秋葉は刀を頭上で構え、狙いを定める。重力に従って落ちていき、川沿いの細道を走る祟魔へ向けて振ると同時に地面に着地した。
しかし、刃が掠っただけで1番後ろにいた祟魔はその後も逃げていく。
『おー、分かった。こっちは向こうの学校に連絡入れたり色々せなあかんさかいそっちに行くんはもうちょっとかかるわ。くれぐれも油断しなや』
『了解だ』
織部の話に返答した秋葉はしゃがんだ状態から石畳を蹴って、追尾する。
「にしても、やけにすばしっこいなあいつら……」
祓力で脚を強化して追ってはいるが、一向に距離は縮まるどころかむしろ置いて行かれているようだった。
今までの祟魔と何かが違う。
そんな予感を抱いていると、秋葉の横を小橋を跳んでやってきた薫が並走する。
「追いつくのでやっとって感じだけど……この方向ってもしかして」
「あぁ。恐らく千鳥ヶ淵に向かってるな」
薫の発言を引き継ぐようにして秋葉が口にする。
昼間に通った細い道の先にあるのは千鳥ヶ淵だ。それに追っている祟魔は準烈級であって、拙級祟魔ではない。
渡月橋で祓った祟魔は躊躇する間もなくこちらに襲い掛かっていたが、今目先にいるこいつらは逃げることに専念していて攻撃を仕掛けてくる素振りはない。
まるで誘導されているような、そんな気さえ感じる。
「その千鳥ヶ淵についてなんだが、悪い知らせがある」
「どうした?」
後ろを走っていた樹へ秋葉が尋ねる。
「ちょうどあの祟魔を追いかけ始めてから、あの領域全体に濃い祟気が発生してるんだよ」
「……何やと?」
秋葉の斜め後ろを走っていた熾蓮は眉を顰めた。同時に刀を持つ彼の手に力が入る。
「樹、具体的な発生源は?」
「川の中だ」
薫の問いに樹は短く答える。
「浄化して綺麗になったんとちゃうん?」
「そのはずなんだが、札を通して視る限り川の中から発生してるんだよな……」
熾蓮の疑問を耳にした樹は、横を流れる川を一瞥して考え込む。
つられるようにして前から流れてくる川を視てみると、人に害がない程度の少量の祟気が千鳥ヶ淵の方から流れ込んできていた。
(これは急がないとまずいな……)
「取り敢えず、まずは目の前のあいつらを祓うぞ。んで悪いが、樹は千鳥ヶ淵に着いたら結界を貼ってくれ」
「勿論だ」
どんどん道幅が狭くなりつつあるが、秋葉は先を急ごうと脚に祓力を回す。と、薫が全体に向けて念話を飛ばしてきた。
『多分だけど祓式を使えばあの祟魔に追いつけると思う。君たちを置いていくことになりそうだけど、いい?』
『かまへんで』
『了解。それじゃあ』
了解を得た薫は脚に祓式を発動させる。雷を纏った彼女の脚はみるみるうちに速度を増していく。
地面を蹴り上げ突進した薫は、川とは反対側にそびえる石垣へ跳び、壁走りの要領で走り抜けていく。
左手に銃を持った樹が祟魔の背中へ銃口を向け、発射。結界を纏った銃弾が祟魔の背中にヒットし、祟魔を覆うように結界が発生する。
結界で全身を覆われた祟魔は次第に浄化されていき、減速し出す。
「ナイス樹。これでやりやすくなったッ!」
薫は石垣を蹴るとともに刀を抜く。跳躍した彼女は刀身に雷を纏わせ、減速した祟魔に向けて袈裟斬りを仕掛ける。
直後、雷撃を喰らった祟魔が消滅した。再び歩道へ降り立った薫はそのまま前を走る祟魔に向けて突進していく。
「流石の神速だな」
祟魔を祓う様を見ていた樹は笑みを浮かべながらそう溢した。
これで残るは2体。1番前を走る祟魔は薫に追ってもらっているので、後ろの祟魔を叩こうと秋葉は刀を構える。
「熾蓮、合わせるぞ」
「言われんでも」
熾蓮は頷きざまに抜刀。抜いた拍子に炎の斬撃を祟魔に向けて飛ばす。
振り上げるようにして放った1撃目は躱されるも、直後に振り下ろした2撃目は当たったようで凄まじい勢いで祟魔の全身に炎が広がり、速度が落ちる。
秋葉も同様に刀身へ桜の花弁を生じさせ、上から下へ斬撃を飛ばす。次の瞬間、祟魔の身体が両断され、黒い靄となって消えていった。
残り1体。全員一斉に攻撃を繰り出すが……。
「ちょっ! 今の全部躱すとか噓だろ……」
祟魔は超人的な速さで全てを回避し、さらに速度を上げて疾走する。
なんとか喰らいついた薫が足元に向けて雷撃を飛ばすが、効き目はないまま千鳥ヶ淵に到着し、当の準烈級祟魔は通り沿いの茂みへと入っていった。
「あー、駄目だ……どっか行っちゃった。ごめんみんな」
一足先に着いた薫が、茂みの中を一通り探すも見つけられなかったようだ。
「気にするな。それよりも今は……」
岩肌が連なる河岸へ降り立った樹は手早く印を結んで結界を構築する。樹が仕上げに拍手をすると、千鳥ヶ淵一帯の地面から壁が成されていき、やがて空が完全に結界で覆われた。
これで祟気が外に漏れることはないだろう。祟気に当てられないよう、再度全身に祓力を回して身体を強化した秋葉は、祟気の発生源へと目を向けた。
樹の言っていた通り、確かに祟気は川の中から放たれている。そして中から強力な気配をヒシヒシと感じるので、原因はあれに違いない。
「来る……!」
熾蓮が発した瞬間、浄化兼足場として川の表面に貼られていた結界が割れ、中から黒い束のようなものが複数出現した。
それらは光のような速さでまっすぐ秋葉たちに向かってくる。
「全員退避!」
秋葉の号令と共に4人は後ろへ跳んで回避する。
と、躱した黒い束が先ほどまで秋葉たちのいた岩肌の足場に突き刺さったかと思うと、川の方へと戻っていく。
(何だ今の……)
黒い束を目で追うべく川の方へ顔を向けた瞬間、祟気を含んだ水しぶきが上がった。
刹那、水面から黒い細長い物体が現れる。いや、正確に表すならば、全身を黒く長い髪に覆われ、むせ返るほどの祟気を纏った祟魔なのだろう。
そいつは水面すれすれに浮いており、目こそ長い髪に覆われて見えないがじっとこちらを向いている。
霊眼を発動させて視たところ、髪の祟魔は着物を着た少女の姿をしている。背丈は秋葉たちよりひと回り小さく、聞き込みで時々耳にしていた着物姿の少女の拙級祟魔の特徴に当てはまっていた。
どうやらあれが今回の任務で報告にあった祟魔らしい。しかし、あまりの異様な姿を目前にした秋葉は意図せずこう思ってしまった。
(いや、貞〇かよ……!)




