第4章-第9社 乱戦
印を組んで防音と不可視、人払いの効力を結界に追加した秋葉は、熾蓮、薫、樹が先行して結界へ入る中、『紅桜』へ憑依する。
白衣に紺袴、紺袴の制服から紅色の着物に紺袴、草履へと姿が変わる。赤メッシュの入ったセミロングの茶髪は後頭部で結われ、腰には桜の花弁の散った鞘付きの日本刀が差されていた。
憑依が完了し、秋葉はアスファルトの地面を蹴って一気に結界内へ侵入する。
「はあっ!」
地面に着地と同時に鯉口を切って抜刀。桜の花弁を刀身に纏わせ、修学旅行生たちに襲い掛かろうとしていた農民の祟魔を斬り伏せる。
斬った拍子に桜の花弁が宙を舞う中、軽く周囲を見回してみると、多くの祟魔が鍬や鋤などの開削道具を手にしていた。
恐らく、そのほとんどが大堰川の工事で使役されていた農民たちだろう。
そして、やはり修学旅行生2人を攫いに来たのか、武器を持った祟魔たちが続々と彼女たちに迫ってくる。
すると、2人の背後から気配もなく現れた織部が首筋に手刀を落とし、気絶させた。
地面に顔面から突っ込む寸前で織部が2人を両脇に抱え、祟魔と戦闘している秋葉たちへ声を飛ばす。
「お前らー! この子ら神社まで送ってくさかい、後は任せたで!」
「了解!」
織部は4人へ言い放てば、その場で跳躍して渡月橋から離脱する。
鍬を手にした祟魔は、獲物を抱えた織部を追いかけようと走り出す。
それに気づいた秋葉は、そうはさせまいと真っ直ぐ振り下ろされた鍬を刀で受けていなし、空いた胴へ突きを入れる。
『今から織部が女子学生二人を連れてそっちに向かうから、対応よろしく頼む』
『はーい』
祟魔が黒い靄になって消滅していくのを確認しつつ、秋葉はエルに報告する。
念話を飛ばし終えた直後、槍を持った祟魔が突進してきた。秋葉は横に躱して穂先を避け、その反動で回転斬りを繰り出す。
祓力の斬撃を受けた祟魔は呆気なく消え去った。続けて周囲に集まってくる祟魔を一掃すべく、秋葉は橋の欄干を足で蹴って宙返り。
「っらああっ!」
頭上に振り上げた刀を地面へ振り降ろす。
刹那、刀身から祓力の波が発生し、渦を巻いて周囲にいた祟魔へ衝突する。祟魔が黒い靄と化す中、次の敵へ向かおうとしたのも束の間。
「うおっと……」
朝方に降った雨で濡れた木の床に足を取られて体勢を崩す。
ふと遠くから何かが降ってくる気配を感じ、横を向くと祟魔が放ったのだろう雷の矢がすぐそこまで迫って来ていた。
回避あるいは迎撃しようとするがこの距離では間に合わない。
そう悟った直後、炎を纏った刀が振り下ろされ、矢が真っ二つに両断された。秋葉は思わず目を見開く。
と、矢を両断した本人は流れるように刀を左に持ち替え、苦無を放つ。放たれた苦無は勢いをそのままに祟魔へ見事にヒット。炎が祟魔の全身に燃え広がり、靄となって消滅した。
祟魔を撃退した彼が秋葉へと振り向く。
「無事か? 秋葉」
「あぁ、助かったぜ」
聞きなれた関西弁に秋葉は頷く。
周囲に祟魔が群がる中、熾蓮は刀を宙に投げたかと思えば、地面に着いた手を軸に足を回転させ、炎を纏った蹴りで殲滅。
落ちて来た刀を手にし、背後から接近してきた大柄の準烈級祟魔の祟核へ突きを入れる。
すると、祟核を中心に準烈級祟魔が発火。雷の矢を放った祟魔同様、炎に飲まれて消えていった。
(熾蓮ってば、準烈級祟魔を1人で倒しちゃった……)
こんなの見せられたら、自分だけ立ち止まっているわけにはいかないな……。
気を取り直して秋葉は立ち上がる。
刀を持ち直して荒級祟魔を祓いに橋を駆けていると、向かい側から薫が走ってくる。
秋葉と薫の間には他の祟魔たちよりひと回り大きな図体の祟魔が棍棒を持って佇んでいた。その見た目からして恐らく階級は準烈級だろう。
「秋葉!」
「あいよっ!」
薫の呼びかけに応じる。2人はそれぞれ祓力と雷を足に纏い、祟魔に向かって疾走する。
準烈級祟魔と接敵した瞬間、祟魔が二人に向けて巨大な棍棒を振り回す。だが、両者ともにその場で跳躍して回避。棍棒を振り回した反動で敵の懐がガラ空きになった。
直後、祟核目掛けて桜と雷の斬撃が横一線に撃ち込まれる。桜の花弁と雷が夜の渡月橋に舞う中、祟核を破壊された準烈級祟魔はその場に崩れ落ちて消滅した。
(これで残る準烈級祟魔は1体……)
血の付いた刀を振り払い、橋の隅にいるソイツへと目を向ける。
視たところ荒級祟魔がソイツを中心に湧いてきているので、恐らくあれを祓えば多少数を減らせるだろう。
秋葉は木の床を蹴り上げ、目標に近づく。と、前から十数体の荒級祟魔が歯向かってくる。
「邪魔だ」
縦横無尽に刀を振って攻め、どんどん祟魔たちを橋の欄干へと追い込む。終いに目の前の祟魔へ蹴りを入れてやれば、祟魔たちは一斉に橋から落下していった。
派手に川へ墜落する音が響く中、秋葉は橋の欄干を足場に接近する。準烈級祟魔を捉えた秋葉は足場を蹴って、刀を振り降ろす。
だが、祟魔の持っていた太刀で受け止められ、横へ振り払われた。反動で吹っ飛ばされて地面に転がるが、刀を突き刺してなんとか留まる。
めげることなく秋葉は刀を引き抜き、再度上から斬りかかる。相手も下段から刀を振るう。そうして刃と刃が交じり合った瞬間、衝撃波で突風が巻き起こる。
「ぐっ……!」
押されないように踏ん張りながら何度か撃ち合うが、太刀で防がれ、斬撃が入ったとしても皮膚が硬いのか、浅い傷ばかりだった。
(これじゃあ足りない……)
己の内に潜む紅桜へ呼びかけようとしたその時、祟魔の背後で銃口が光った。それに気づいたすぐさま秋葉は太刀をいなして横へ身体を逸らす。
と、発砲音が鳴り響き、祓力を纏った銃弾が準烈級祟魔の脚に貫通した。
「だあああああ!!」
重心が揺らいだところで間髪入れずに一気に畳みかける。
巨体を持った祟魔は秋葉の撃ち込んだ斬撃を喰らうが、まだ息があるようで消滅する気配はない。
『樹、後は任せる!』
『了解っ!』
念話を飛ばした秋葉は祟魔の追撃を跳んで躱し、その場から離脱する。
と、祟魔の背後で銃声が3回鳴り響いた。攻撃を躱され前のめりになった祟魔は体勢を立て直して太刀を振るう。
樹の放った銃弾3発うち1発は祟核を覆う皮膚に直撃するも貫通するには至らず、放たれた銃弾の内2発は迎撃された。
だが、銃声が鳴った直後に投擲された刀は防ぎきれなかったようで、祓力を纏った刀身が硬い皮膚を貫き、祟核が破壊される。
それと同時に祟魔を囲うように球状に結界が発生し、中にいた祟魔が祓力で浄化されて消滅した。その後、役目を終えた結界が破片となって砕け散った。
(いつかの授業中、結界をどう攻撃に転用するか織部先生に指摘されてたけど……なるほど、こういう使い方もできるのか)
離脱した先で祟魔を祓いつつ、いつでも加勢できるように様子を見ていた秋葉は一連の出来事に感心する。そして落ちた刀を拾っていた樹へ顔を向けた。
「援護サンキュー。今のかっこよかったぜ」
「それはどうも。正直祓い切れるかどうか確証はなかったけど、上手くいったようで良かった」
樹は安堵したような表情をしながらも、刀を拾って構え直す。彼の言葉に笑みを浮かべた秋葉は、切り替えるようにして周囲を見渡す。
(ひとまずデカいのは片付いた。残る祟魔は視たところ荒級だけか……)
ならば、早々に終わらせてしまおう。秋葉は結界に付与されている浄化効力を強め、熾蓮、薫、樹の3人へ念話を飛ばす。
『みんな、纏めて一掃するから下がってくれ』
『分かった』
そう呼びかければ、3人は秋葉の後ろへ移動する。全員安全圏に避難したところで、秋葉は刀を水平にして突きの構えを取る。
すると、祟魔の視線が一斉に秋葉の方を向いた。当の秋葉は動じることなく、刀身へ祓式を発動させる。
足元に祓力の波が現れ、桜の花弁が刀身の周りを舞う。花弁の回転速度が増加し、1枚1枚が刃へと変化する。
「散れッ!」
刀の切っ先を前へ突き出した瞬間、渡月橋を一直線に桜の嵐が吹き荒れる。
それは渡月橋に蔓延っていた祟魔をあっという間に飲み込んで、消滅にまで至らしめた。
完全に消えたことを確認した秋葉は、刀を下ろして鞘に納める。
「お疲れさん」
「熾蓮もな。準烈級祟魔を1人でやっちまうなんてすげぇよ」
「祓うだけやし、そんな大したことないで」
声を張り上げて褒める秋葉に、熾蓮は祓ったときのことを思い出すように視線を遠くへやりながら答える。
その言葉とは裏腹に彼の頬は満更でもなさそうに緩んでいた。
「数は多かったけど、全員無事で何より」
後ろに退避していた薫が秋葉の前に出ながら話す。彼女に同意するように樹は頷く。そして続けざまにこう言った。
「全体的な強さは代報者試験の時よりも少し上ぐらいか。けど、連携すればそこまで問題はなかったな」
「今のところはそうだね」
薫の相槌を耳にして、すっかり気が緩んでいた秋葉の背筋が伸びる。
そうだ。渡月橋にいる祟魔を祓ったとはいえ、まだ烈級祟魔には遭遇していない。いつでも動けるように警戒はしておいた方がいいだろう。
「で、これからどうする?」
薫が小首を傾げながら、みんなに向けて促す。
「ひとまず、織部先生と合流じゃないか?」
「それもそうやな。修学旅行生がなんであんなところに居たんかも聞かなあかんし」
樹の問いに応じた熾蓮が神社の方へ視線を向ける。
2人を抱えて離脱した織部ももう神社に着いた頃だろう。どっちみち渡月橋での一件を報告する必要があるので、合流するに越したことはない。
「よし。なら一旦戻るか」
(祟魔の気配はないし、解除しとくか)
結界の維持にもそれなりに祓力がいる。いくら祓力量があったとしても、戦いの場で使えないとあっては話にならない。
秋葉は拍手すると同時に「解」と呟く。直後、渡月橋を囲うようにして貼られた結界が解かれ、消滅した。
神社に戻ろうと先を行く熾蓮たちを追う。そうして橋を渡り終えて今一度異常がないか渡月橋を見回す。と、視界の端で何かが動いた。
「……ん?」
秋葉は眉を寄せてその場で立ち止まる。
視界の端、厳密には橋の裏側だろうか。何か黒いのが動いたように見えた。
すると、足を止めて黙り込む秋葉を不審に思ったのか、前を歩いていた熾蓮がこちらを振り返った。
「秋葉、どないした?」
「いや、橋の裏になんかいたような……」
「え? どこどこ……」
秋葉が呟けば、薫を筆頭に霊眼を起動させた3人が視力を強化して橋の辺りを観察する。
秋葉も彼らに習って霊眼を起動させて、橋を凝視する。辺りには月明りと少しの街灯しかないので橋の裏側はどうしても見えにくい。
よく目を凝らして視てみると、ちょうど橋の中腹辺りに、図体こそ小さいが3体の妖鬼の姿をした祟魔が張り付いていた。どうやら祓いきれていなかったらしい。
「あっ! いた!」
薫も見つけたようで祟魔のいる方向を指を差した。
「チッ、まだ残ってやがったか」
視たところによると階級は準烈級だから、気づかないのも無理はない。だがこのまま放置しておくわけにもいかない。
秋葉たちが納めていた武器に手をかけて祓おうとする。が、3体の祟魔はこちらの存在に気づいたようで、橋の裏から跳んで中州に移動し、逃げていった。
「面倒なことになったな……。追うぞ」
「せやな」
ため息交じりに話す樹とそれに頷いた熾蓮は先に行った薫を追いかける。秋葉もそんな2人の後に続く形で走り出す。




