第4章-第8社 師匠と弟子
監視を終え渡月橋から帰って来た秋葉と熾蓮は、待機していた薫と樹を見送ってからエルと織部のいる居間へと戻る。
中に入った秋葉がエルに札とおみくじの在庫が切れていることを伝えると、彼は入れ違うように居間を出て行く。
「2人ともお疲れさん。向こうはどもなかったか?」
「はい、特には」
織部の問いに秋葉は畳に腰を下ろしながら応える。続いて彼女の傍に座った熾蓮が織部へ視線を向けた。
「異常なさすぎてずっと2人で喋っとったんですけど、ホンマにいるんですかね? 烈級祟魔」
「天界が間違うことは早々ないはずやしな。もう少し待ったらなんか出てくるかもやで」
熾蓮の疑問に織部は宙を見ながら返す。
なんか出てくるって幽霊じゃあるまいし……。いや、幽霊も祟魔の一種だから合ってるのか。
織部の話を聞いて秋葉は何気ないことを考える。
「この調子やと深夜まで続くやろうし、寝れるうちに寝とき」
「ほな、そうさせてもらいます」
織部からそう言われ、返事をした熾蓮は壁に背を預けて俯くと、目を瞑った。
何気に熾蓮が寝てるところを見るのは初めてかもしれない。
そう興味深そうに一瞥してから秋葉は、お札とおみくじの作成に入ろうとエルのいる社務所へ向かう。
◇◆◇◆
(夜はどうしても冷えるな……)
30分ほど札とおみくじの作成を手伝った秋葉は、後をエルに任せて仮眠を取ろうと居間へ戻るために廊下を歩いていた。
冷たい風が吹きつける中を進んでいると、前から織部先生が歩いてくるのが見えた。
「お、秋葉。ちょうどええところに」
「どうかしました?」
声をかけてきた織部に首を傾げる。
「この神社の傍に霊園あるやろ? 悪いけど、ちょっと付き合おうてくれんか?」
織部から尋ねられ、秋葉は霊園に何用だと眉を寄せる。
確かに北桜神社の管理する霊園が境内の外にはある。何か身近な人を亡くしたのだろうかと思考を巡らせる。
と、秋葉もよく知る人物が思い当たった。
「えぇ、いいですよ」
「おおきに。助かるわ」
秋葉が了承すれば、織部は軽く微笑を浮かべるのだった。
◇◆◇◆
秋葉と織部は、社務所から持ってきたお酒と塩、米といった神饌と榊などを手に境内の外れにある霊園の前へとやって来た。
秋葉は袖の袂から鍵を取り出して門を開ける。
(ここに来るのも久しぶりだな)
門を潜ると、そこには数十もの墓石が設置されていた。秋葉のいない間、きちんとエルが手入れをしてくれていたのだろう。
以前に来た時よりも綺麗になっている。砂利道を歩いて奥へ進めば、「北桜家の奥津城」と掘られた墓石があった。
「はよ、手合わせて戻ろか」
「そうですね」
さっと墓の周りを掃除してから、榊を供え、持って来ていたロウソクへと火を灯す。
そして持って来た神饌を供える。隅の方に置いていたお供え物を置いていく。
「……」
神社の拝殿で参拝する時と同様、秋葉と織部は揃って二礼二拍手一礼をする。
無事に大神学園に入学できたことを心の内で報告し、秋葉は最後にまた一礼した。
「長いこと忙しゅうて来れてへんかったからな……。わざわざおおきに」
「いえ。私も久しぶりに挨拶したかったので」
以前、秋葉の祓式を突き止めようとしていた際に聞いた通り、織部は秋葉の両親と面識がある。
母が亡くなってからというものの、織部の顔を見た記憶はこれっぽちもないため、今までほとんど来ることができていなかったのだろう。
秋葉自身も長いこと挨拶していなかったので、ちょうどいい機会になったというものだ。
「あの、織部先生。1つ聞いても良いですか?」
「ん? なんや?」
織部は隣にいた秋葉を見る。
「訓練の時に先生と両親が知り合いだっていうのは知ったんですけど、具体的にはどういう関係だったんですか?」
織部が両親と知り合いと知った時からずっと気になっていたのだが、なかなか聞くチャンスがなかったのだ。
年は10以上離れているし、母と父は大神学園の教師というわけでもなく、接点が分からずじまいだったので、実際のところどうなのだろうか。
考える素振りを見せてから織部は墓石に視線を移す。
「簡単に言うたら、お二人とは師匠と弟子みたいなもんでな。少しの間だけやってんけど、面倒見て貰ったことがあったんよ」
「あ、そうなんですね」
秋葉は軽く目を見開きながら相槌を打つ。
師匠と弟子。それなら10歳以上離れていてもおかしくはないだろう。
だが、自由奔放な織部が自分の両親に面倒を見られているところはなかなか想像し難いものがある。
「ちなみに、織部先生から見て両親はどう見えてました?」
「任務のときはそらもう厳しかったけど、それ以外のときは明るうて優しい人らやったわ。そん時にチラッとやけど秋葉のことも聞いとってな。まさかこうして会えるとは思てもみいひんかったで」
織部はそう言いながら微笑んだ。
入学する前から自分のことを知っていたことに思わず笑みが零れる。
両親が亡くなってから早9年。秋葉の両親もまさか自分の教え子が娘の担任になっているとは思うまい。
みんなを振り回して楽しんでいるような先生ではあるが、頼りになる面もある。
まだ入学してから1か月も経っていないが何やかんやで、良い先生あることは変わりないだろう。
「では、そろそろ戻りましょうか」
「そうやな。この後に備えて秋葉も少しは寝とき」
「はーい」
秋葉は最後にもう一度墓石へ目を向けてから、織部と共に霊園を去るのだった。
◇◆◇◆
仮眠を取ってから第3陣として渡月橋に向かった秋葉と熾蓮。またしても変わりがないため一旦、秋葉たち5人は橋の上で集合していたのだが……。
「全く手間のかかる人らやな……」
「観光地だからって浮かれて飲み過ぎるなって話だよね……」
目の前の酔っ払いを前に熾蓮と秋葉は呆れたように言葉を交わす。
いつ祟魔が出るかも分からないため、襲われたら面倒だと絶賛、橋の上で酔っぱらって潰れている連中を離れたところへ移動させている最中である。
「なぁ、そこの嬢ちゃん。良かったらちょっくら付き合わへん?」
「あ゛? こっちはあんたら酔っ払いのせいで無駄足踏んでるんだよ。分かる?」
ダル絡みしてくる中年のおじさんに、薫は容赦なく殺気を放ちながらいつもよりワントーン低い声で威圧する。
「す、すいませんでした……!」
薫の気圧されたのか、おじさんは鬼でも目にしたかのように怯え、橋から土産物屋が立ち並ぶ嵯峨方面へと走っていった。
「おい、薫……大丈夫か?」
周囲を警戒していた樹が、念の為にと恐る恐る声をかける。
「軽めに威嚇しただけで逃げてくような輩だから平気平気~」
「さいですか……」
目の笑っていない笑顔で言われ、樹は頬を引き攣らせる。
(つ、強い……)
遠目で見ていた秋葉はそう思うと同時に、薫だけは絶対に怒らせないようにしようと心の中で固く誓いを立てる。
酔っ払い連中を一通り追い払って、一息ついたその時。
「きゃああぁぁあああ!!」
橋の中腹から甲高い悲鳴が聞こえ、秋葉たちは一斉に橋の方を振り向く。
全身に緊張が走るも、じっとしているわけにはいかないと秋葉は悲鳴の聞こえた方向へ走りながら霊眼を起動させる。地面を疾走する秋葉の眼が淡く光る。
他の4人が後ろを追ってくる気配を感じながら、視界に流れ込んできた結界内部の様子をみんなに伝えようと秋葉は口を開く。
「結界内に祟魔が大量発生。この感じだと数は少なくとも30体はいます。階級はほとんどが荒。準烈級が3体ほど混じってますが、この人数でなら対処できるかと」
できる限り冷静に状況を把握しながら4人に伝達していく。
他に得られる情報はないかと探りを入れていると、視界の中に2つの人影が映った。あれは確か昼間見た修学旅行生だ。
「内部に2名の女子中学生がいます!」
秋葉が声を上げた瞬間、少し前を走っていた織部がピクッと反応する。
「秋葉はそのまま防音、不可視、人払いを結界に追加! 俺が先行して学生2人を救出する。他の3人は準備が整い次第、祟魔討伐開始や!」
「了解!」
指示を受けたみんなが一斉に返事をする中、織部は祓力を纏った足で地面を強く蹴り上げる。
直後、地面にヒビが入ると共に、あっという間に結界内へ侵入していった。




