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第3章-閑話 疲労には甘いもの

「着いた~」

 

 屋根から飛び降りた悠が伸びをしながら呟く。

 

「っと。さっさと買って帰ろ」

「だね!」

 

 悠に続いて秋葉もアスファルトの上に着地する。

 

 巫級代報者試験を終えた秋葉と悠は巫級代報者試験を無事に合格したご褒美にコンビニスイーツを買おうと、大神学園から歩いて1時間ほどしたところにあるコンビニへとやってきた。

 

 軽動術を使ったため、通常より半分の時間で着いた秋葉たちはさっそく中へ入り、目当てのものを探す。

 

 現在時刻は22時半。明日も朝から学校で昼からは任務なので、早く帰って身体を休めないと明日に響く。そう足早に店内を歩いて回っていると、スイーツの置かれたブースを発見する。

 

「んー、どれがいいかな~」

 

 秋葉は目の前のスイーツ棚をじっと見る。タルトやマンゴーパフェ、ワッフルにティラミスなどが並ぶ中、隣で見ていた悠はロールケーキに手を伸ばす。

 

「あたしはこれで」

「お、良いね。なら、私はチョコロールにしよ」

 

 プレーンよりもチョコ派な秋葉はロールケーキの隣にあった個包装のチョコロールを手に取る。余り甘すぎると胃もたれするので、夜に食べる分にはこれぐらいがちょうど良いのだ。

 

「チョコとはまた罪なものを選んだね~」

「頑張ったんだからこのぐらいのご褒美じゃないと」

「それはそうだ」

 

 ここで摂取したカロリーはどうせ明日の任務で消費されるのだから気にすることはない。試験に合格したのだ。これぐらい買って食べても文句は言われないだろう。

 

 商品を選び終わった秋葉と悠は会計のためにレジへ並ぶ。この時間は比較的空いているようで、人も十人足らずしかいない。


 と、悠の後ろに赤髪の男が並んだ。180センチ近い高身長で強面の男と目が合い、秋葉は一瞬、怖そうな人だと感じて顔を強張らせる。

 

「明日の任務、行き先どこかな~」

「できれば、学園から近いところが良いよね」

 

 並んでいる間、暇そうにしていた悠が話を振って来たので、応じる。

 

 任務は祟魔の出没しやすい夜から深夜にかけて行われるため、任務先が余り遠いところだと、その日のうちに寮へ帰れない可能性がある。任務を終えて一刻も早く寮に帰りたい秋葉は、近場でお願いしますと内心で願う。


 すると、前の人の番が来て、秋葉たちは一歩前に出た。直後、不意に前の人からぐいっと腕を掴まれ、秋葉はバランスを崩す。

 

「え、ちょっ!?」

「秋葉!?」

 

 悠が目を見開く中、まずいと直感した秋葉は手に持っていたチョコロールを悠に預ける。そうしている間にも、肩へ腕を回され、ナイフを突きつけられる。

 

「この女を殺されたくなければ、さっさとこの鞄に金詰めろ!」

 

 どうやら腕を掴んで来たのは中年男性のようで、レジにいた女性店員へ向かってそう怒鳴りつける。いつの間にかレジの台には大きな革製の黒い鞄が置かれていた。

 

(チョコロール死守できて良かった……。じゃなくて、なんでよりによって私!? というかこのシチュエーション本当にあったんだ!?)


 店内にいた女性客から悲鳴が上がり、周りが騒然としている間、秋葉は別の意味でパニックになっていた。


 ドラマやアニメでしか見たことのない状況に実際に遭遇してしまい、思わず秋葉は呆然とした表情を浮かべる。

 

「早くしろ! こいつがどうなってもいいのか!?」

「は、はいっ!」

 

 秋葉がいい感じに怯えていると思ったのか、強盗は店員に急ぐよう脅しをかける。

 

(試験に合格できたと思ったら、今度はコンビニ強盗の人質とかツイてないな……)


 一方の秋葉は内心でため息を吐く。一応、薄っすら乾いた笑いを浮かべているのが強盗にバレないように、顔を下に向ける。


 これで大丈夫なはず。そう思っていたら、緊張した面持ちでこっちを見ていた悠が念話を飛ばしてきた。

 

『一応訊くけど……秋葉、大丈夫?』

『あ、うん。大丈夫。薫の殺気の方が何倍も怖いから』


 ナイフは首筋に当たるか当たらないかのところにあるので、今のところ掠ったりはしていない。


 だが、強盗犯の手が終始震えているため、いつスパンといかれるか分かったもんじゃないので、念の為、祓力で身体全体を保護しておく。

 

『そうだ悠、学園の方に警察呼んでもらえるよう連絡頼める?』

『もうやってるよ』

『流石、仕事早いね』

 

 大神学園経由で警察に来てもらえれば、この状況も多少は何とかしてくれるだろう。一方、強盗犯はずっと、金はまだかまだかと騒いでいる。


 (さて、どうしようかな……)


 正直煩いので、今すぐ締め技をかけてその口を塞いでやりたいところなのだが、如何せんどう隙を作ったものかと頭を悩ます。


 下手に口を開けば刺されかねないし、周囲のお客さんに被害が及ぶ可能性がある。

 

 と、悠の後ろに並んでいた赤髪の男がじっとこちらを睨んでいるのが見えた。

 

「……?」

 

 疑問に思って、その視線を辿ってみるがどうやら秋葉に向けられたものではないらしい。となると、残るは後ろにいる店員かもしくは……。

 

 そう真後ろの強盗犯をチラ見した次の瞬間、男から強盗に向けて凍り付くような殺気が発せられる。


「ッ!?」

 

 諸に殺気を浴びた強盗の動きが硬直した。その隙を狙って秋葉は肘で男の腹を突き、向けられていたナイフを手刀で弾いて足で遠くにやる。

 

「はぁっ!」

 

 秋葉は間髪入れずに足蹴りを喰らわせ、体感がぐらついたところで、一気に背負い投げをして強盗犯を前へ放り投げる。

 

 (あ、やべっ)


 目の前に商品棚あるの忘れてた……!


 そう気づいたのも束の間、強盗犯は目の前の商品棚に背中から激突。強盗犯がその場に崩れ落ちると同時に、商品棚に飾られていた品が辺りに散乱した。

 

「それじゃあ強盗さんは大人しくしててねっ!」

「イダダダッ!?」


 すかさず秋葉を人質に取った恨みを晴らすかのように悠が締め技をキメ、強盗犯から悲痛な叫びが聞こえる。

 

 容赦ないなと思いながら、事の成り行きを見守る秋葉。少しして、悠は痛みのあまり気を失った強盗犯を店員から受け取った縄で縛り付け、立ち上がった。

 

「ナイス秋葉」

「悠もありがとね」


 互いに怪我がないことを確認し終わると、秋葉は少し離れたところで様子を窺っていた赤髪の男へ駆け寄る。


「あ、あの。さっきはありがとうございました」

 

 勢いよく頭を下げて礼を言った。この人が僅かな隙を作ってくれなければ、もうしばらくは捕らわれたままだっただろう。

 

「別に大したことはしちょらん。ちとこの強盗にムカついただけじゃ」

「そ、そうですか……」

 

 男は気を失っている強盗犯へ視線を映しながら告げる。土佐訛りの低音に一瞬驚くが、見た目が怖いだけで根は優しそうな人だ。


 と、ここでレジの奥から店長だろうか、コンビニの制服を纏った中年男性が駆け寄って来た。

 

「君! 大丈夫だったかい!?」

「あ、はい。特に怪我はしてないですし、逆に商品棚を駄目にしてしまってすいません」

「いいよいいよ。これぐらい君の命に比べればなんて事ないさ」


 そう言って男性は微笑んだ。明らか大丈夫じゃないだろうと散乱した商品を眺めるも、向こうがそう言うならそれで良いかと納得する秋葉。

 

 奥のバックヤードで警察が来るまで待とうと促され、歩き出そうとしたら、入り口の自動ドアが開いた。

 

「ど、どうなってるんだ……」

 

 大神学園から連絡を受けてやってきたのか、警官が店内の様子に目を丸くしている。


 それもそのはず、人質を取っていた強盗犯は縄でぐるぐる巻きにされ、商品棚は壊滅状態になっていたからだ。

 

 と、警官は気を取り直したのか、秋葉の元へやってきた。

 

「えっと……君が人質にされてたっていう?」

「は、はい」

「見たところ怪我は無さそうで良かった」


 警官は秋葉が負傷した様子が見られないのを確認し、ホッと息を吐く。


 もう1人の警官が強盗犯に手錠をかけているのを横目で見ていたら、目の前の警官は訝しげに秋葉たちを見て来た。

 

「それにしても、どうしてこんな遅い時間まで出歩いてるんだ? 君たち学生だろう?」

「あー……えっと、それは……」

 

 問い詰められた秋葉は視線を横に逸らす。と、時計の針がとうに23時を回っていることに気づく。市の条例で高校生は原則22時以降外を出歩いてはいけないことになっている。


(ただスイーツ買いに遠く離れた学校からここまでやって来たんですとは言えないしなぁ……)

 

 どう言い繕おうか思案していると、傍にいた悠が前に出て口を開いた。

 

「実はあたしたち代報者でして。それでちょっと付近を見回りしてたら遅くなっちゃったんです」

「代報者……? あぁ、君たちがあの」

 

 悠が代報者の証である水引を警官に見せる。すると、警官は納得した表情で秋葉と悠を見た。


 本格的に疑われる前に、悠が阻止してくれたおかげで面倒臭い追及を受けずに済んだ。


 水引はただ階級を表すものだと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとは。1つ良いことを知り、秋葉は密かに笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ事情聴取するから、奥の方に来てもらおうか」

「分かりました」

 

 警官の指示を受け、歩き出そうとする秋葉。

 

 (そういえば、あの人は……)

 

 ふと赤髪の男が思い当たり、周囲を見回して見る。


 あの身長と髪色はかなり目立つのだが、いくら探しても見当たらない。どうやら、店長や警官と話している間にいつの間にかいなくなってしまったようだ。

 

「秋葉ー?」


 せめて名前ぐらい聞いとくべきだったかと後悔していると、先にバックヤードへ入ろうとしていた悠に声をかけられる。


「あ、今行くー!」

 

 秋葉は慌てて悠の後ろを追いかけ、バックヤードへと入るのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 事情聴取を終え、日付が変わって少ししたころに大神学園のすぐ近くまで軽動術を使って戻ってやってきた秋葉と悠。


 すると、門の前に織部と熾蓮が立っているのが見えた。秋葉と悠は建物の屋根から飛び降り、2人と合流する。

 

「お、帰ってきたな」

「秋葉、どこも怪我ないか?」

 

 織部がにこやかに告げるのに対し、熾蓮が心配そうに眉を下げながら声をかけてくる。

 

「うん、大丈夫。逆に強盗の方が心配だよ。勢いよく投げ飛ばしちゃったからさ」

「ほ、ほうか。無事ならええんや無事で」


 秋葉の返答に熾蓮は頬を引き攣らせる。心配性な熾蓮のことだ。大方織部から連絡を受けて門の方まですっ飛んできたのだろう。


 入学前ならいざ知らず、巫級代報者試験をクリアした今なら、秋葉でも刃物を持った一般人ぐらいであれば対処可能だ。

 

「どもないんやったら明日も早いんやし、はよ寮戻って休み」

「はい、そうさせてもらいます」


 織部から言われた秋葉は首を縦に振る。熾蓮は織部と少し話をするそうなので、先に悠と寮へ戻ることにするのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 約2時間ぶりに寮へ戻って来た秋葉は、ベッドにうつ伏せで寝転びながら、枕に顔を埋めていた。

 

「はぁ……結局チョコロール食べ損ねたなぁ……」

 

 盛大に溜息を吐く秋葉。ギリギリのところで試験に合格したと思ったら、人質に取られるわ、チョコロールは食べ損ねるわで、今日という日が良い日なのか悪い日なのかまるで分からない。


 すると、何やらビニール袋を漁る音が耳に入った。何だと不思議に思いながら顔を上げる。

 

「心配ご無用! 事情聴取の後にちゃんと買っておいたよ~!」

「おぉ! ナイス悠!」


 悠が袋の中からロールケーキとチョコロールを取り出して見せてきた。それを目にした秋葉は満面の笑みを浮かべながら歓喜の声を上げる。


 ベットから飛び起きた秋葉はローテーブルに移動し、チョコロール代を悠へ渡した。悠がお金を財布へ入れ終わったところで、2人して買ってきたスイーツを開封し、フォークで切り分けてそれぞれ口に運ぶ。

 

「美味ぁ~」

「んー! 癒される~!」


 口の中に広がる甘みとほんのりした苦さを堪能する秋葉。ロールケーキを口にした悠も幸せそうに頬を緩めていた。

 

 弾力もあって生地の合間に挟まったチョコクリームが更に美味しさを増している。これで明日の任務も頑張れそうだ。そう思いながら秋葉はあっという間にチョコロールを平らげるのだった。

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