第3章-第22社 巫級代報者試験(後編)
『侵入完了。そっちはどうだ?』
『こっちも入れたよ』
5階の開いた窓から中へ入り、3階にいる悠へ念話を送る。周囲を見回して見るが、今のところ敵影はない。
『あたしが2階と3階見て回るから、秋葉は4階と5階頼める?』
『あぁ、良いぜ。そうなると、合流地点は1階ってところか?』
『お、分かってるじゃん。じゃっ、そういうことで』
念話が切れたところで、秋葉は目を閉じて神経を研ぎ澄ます。5階全体に祟魔の気配は2つ。
まずは廊下を進んで左奥の部屋にいる祟魔を祓うべく、なるべく気配を消して駆ける。
(ここか……)
部屋の中に祟魔の気配察知。秋葉は一気に扉を開けて、突入する。と、人型の祟魔が見えた。等級は荒。秋葉は腰に差した刀を抜刀し、祓力を纏わせて斬りかかる。だが、初撃を躱されてしまった。
「ふっ!」
秋葉は手のひらから数枚の花弁を出現させ、空いた懐へ拳を入れる。次の瞬間、祟魔が吹き飛ばされ、腹部から出血。血が飛び散る中、秋葉が刀を振り降ろす。祓力の纏った斬撃を喰らい、祟魔は消滅。
真っ先に部屋を出て、2体目の祟魔のいるところへ走る。廊下を少し進めば、同じ人型祟魔が佇んでいた。
祟魔は秋葉が近づいてくると、鋭い爪を立てて襲いかかる。秋葉は床を蹴って、廊下の壁を走り、祟魔に接近。
「っらぁ!」
真上から桜の花弁を纏わせた刀で両断する。秋葉が着地した瞬間、祟核を貫かれた祟魔は、成すすべなく黒い靄となって消えた。
(ここにはもういないか)
『悠、5階はもういねぇみたいだ。4階に降りるぜ』
『了解。こっちもあれ片付けたら2階に行くよ』
2体目を祓い終えた秋葉は4階へ移動。そこでも同じく荒級祟魔2体と遭遇。前から2体同時に迫ってくる中、秋葉は刀を構え直し、迎え撃つ。祟魔が刀を振り上げ、攻撃してくる。
「せやぁ!」
秋葉は刀で受け流して、そのまま回転斬りで祟魔を仕留める。直後、横から祟魔が刀を持って飛び掛かって来た。すぐさま紅葉を展開させ、防ぐ。
防ぎ切ったところへ紅葉を消し、反撃。互いの刃がぶつかり合い、相手の刀身で頬が切れる。祟魔の刀が斜め下から振り上げられると、秋葉は刀でいなして、軌道を逸らした。
「もういっちょっ!」
逸らされた反動で、祟魔の胴がガラ空きになった瞬間を狙い、秋葉は突きを入れる。刹那、祟魔の身体から血が噴き出し、消滅していった。
「ふぅ……これでこの階は終いだな」
祓い終えた秋葉は刀を降ろし、一息つきながら納刀。悠へ念話を飛ばすと、あっちも終わったようで、合流することに。秋葉は階段を一気に駆け下りて、1階へ降りる。
と、先に着いていた悠がこっちを見た。
「お、秋葉。そっちはどうだった?」
「こっちは4体祓った。お前は?」
「あたしもそうだよ」
秋葉も4体祓ったので、これで合計8体が消滅したことになる。
「ならあれで最後ってわけか」
「そうだね。さっさとやっちゃお」
2人は廊下の突き当たりの扉の前で待ち構えていた2体の大柄な祟魔を見る。残り時間は3分。秋葉と悠は早々に試験をクリアするべく、同時に駆け出す。
『あたしが右いくから、秋葉は左お願い』
『了解だ』
こちらの存在に気づいた祟魔たちは手に槍を出現させ、構える。うち1体に向けて悠が苦無を投げる。祟魔は槍で弾き、地面を蹴って突進。悠と祟魔が交戦状態に入るその横で、跳躍した秋葉も祟魔へ斬りかかる。
「うおおおっ!」
槍で防がれるも、上から押し切って床へ着地。祟魔に向かって無数の斬撃を飛ばす。槍で相殺されるが、祟魔の肩に一撃入り、肩から血が流れた。
一方、少し離れたところで、悠が茨で祟魔を突き上げ、苦無で祟核を貫いた。秋葉もトドメに入ろうと、花弁を刀身に纏わせる。直後、こちらへ向かってくる祟魔の身体が槍諸共ツタで拘束された。
「秋葉!」
「あぁっ!」
秋葉はその場で踏み込み、猛スピードで祟魔へ接近。バツを描くように斬撃を入れ、その中心に刀身を突き刺す。桜の花弁が周囲に舞う中、祟魔は呻き声を漏らしながら消滅していった。
「っと、これで終わりか」
秋葉は刀を鞘に納めながらそう呟く。
「いや、まだいる」
「え? でも、もう10体倒しただろ?」
「それはそうだけど、あの奥に強力な気配を感じる。……もしかしたら試されてるのかも」
悠は目の前の二枚扉をじっと見つめながら言った。秋葉も扉の向こうからおぞましい気配を感じ取る。
確かに、今までの戦闘であれば、いつもやってる模擬戦とそう変わらない。これであれば、容易に全員がクリアできるだろう。
そして、まだタイマーは動いている。ブザーがならないということは、あの奥にいる祟魔も祓えということだろう。
「どうやら行った方が良さそうだな」
「だよね。時間ないし、早く行こっ!」
残すところ1分半。秋葉と悠は二枚扉の向こうへと歩き出す。と、中へ入った瞬間、後ろの扉が閉じた。
2人は警戒しながらそれぞれ武器を手に辺りを見回す。だが、祟魔の姿が見当たらない。確かに気配はするが、一体どこにいるのだろうか。
そう思っていると、上から視線を感じた。ふと上を見上げてみたら、そこには全長2メートルほどの巨大な蜘蛛型祟魔が天井に張り付いており、こちらを見ていた。
「噓でしょ……」
「っ……!?」
悠が目を見開くその隣で、秋葉は祟魔と目が合いピシッと全身が固まった。秋葉の脳裏に、入学前に複数の蜘蛛型祟魔から追いかけられた時のことが蘇る。
怖い。逃げたい。ただでさえ普通の蜘蛛でも無理なのに、クリスマスイブで遭遇したやつより遥かに大きいのだ。あんなの到底かないっこない。
顔がこれ以上ないほど強張り、刀を持つ手が震えてカチカチという金属音が響く。
「秋葉! どうする!?」
祟魔を見上げていた悠が振り向いた。秋葉は一瞬目を丸くし、視線を下げる。
本音を言えば、今すぐにでも逃げたい。けど、ここでやらなきゃ、退学は決定。そうなっては、大勢の人に迷惑が掛かるし、自分がこれまで頑張って来た努力も全て水の泡となる。
どうするって、そんなの――
「――祓うしかねぇだろ!」
顔を上げた秋葉の目は決意に満ち溢れており、決して揺らぐことはない。と、蜘蛛型祟魔の口から糸が発射。まっすぐこちらに向かってくる。
「避けろ! 直撃したら間違いなく死ぬぞ!」
「了解っ!」
2人は互いに横に飛んで糸を回避。続けて糸が発射される中、2人は床を蹴り、走って避ける。悠が苦無を放ち、命中させるも、あまり効いていないようだ。
秋葉は、再び飛んできた糸を刀で叩き斬り、花弁の斬撃を飛ばす。その後も、下から天井にいる蜘蛛に向かって攻撃を仕掛けていくが、そこまで効いていない。
ずっと上から狙われており、尚且つ祟核は腹の部分にあるため、2人は蜘蛛を引きずり降ろして、直接叩くことに。
「だあああああっ!!」
糸が悠の腕に掠って出血するが、彼女はお構いなしに足に向かって苦無を投げ続ける。秋葉も斬撃を飛ばして、援護。八本の足を斬り落としたところで、巨大な蜘蛛が床に落ちる。
耳をつんざくような甲高い悲鳴が上がる中、悠はすかさず無数のツタで蜘蛛を拘束し、腹部に向かって数本の苦無を投げつけ、複数の茨で祟魔を突き上げて逃げられないように固定。
「今だよ!」
耳をつんざくような甲高い悲鳴が上がる中、悠の言葉を受けた秋葉は助走して跳躍。霊眼を起動させ、真下にいる祟魔の祟核を捉える。蜘蛛が糸を発射してくるが、瞬く間にすべて斬り伏せ、突きのへ移行。
「はああぁぁあああぁあああ!!」
重力に従って落下する中、秋葉は桜の花弁を纏わせた刀身で祟核を貫く。直後、祟魔から光が漏れ、黒い靄となって消えていった。秋葉は床にしゃがんで着地。ブザーが鳴り、タイマーが停止した。時間を見ると、残り2秒。ギリギリのところで祓い切ることができたようだ。
「いや~、何とか終わったね」
「っ……!」
そう言いながら傍まで近づいてくる悠。憑依を解いて立ち上がった秋葉は、刀を床に放り投げて彼女に抱き着く。
「え、ちょっ!? どうしたの!?」
突然の事に、悠が驚きながら秋葉を見ると、彼女の目には涙が滲んでいた。
「マジで怖がっだァ……! もうあんなの相手したくないぃぃ!」
抑えていたものがぷつんと切れたように、声を上げて大泣きする秋葉。その様子に悠は呆気に取られながらも、秋葉の背中に手を回す。
「よーしよし。秋葉はよく頑張ったよ~!」
「ふぇぇぇぇぇ~~……」
頭を撫でながら言う悠に、秋葉は更に涙を流す。
しばらくして落ち着いたところで、2人は待機部屋に移動。中に入ると、試験を終えた熾蓮、白澪、薫、樹の4人が待っており、秋葉の泣き腫らした目を見ると、どうしたのかと詰められる。
羞恥心を覚えながらも、秋葉は事情を話す。と、4人は待機部屋に設置されたモニター画面で全て見ていたようで、にっこりとした笑みを浮かべていた。
それを知った秋葉は殺してくれー! と叫ぶ事態に。その後、待っている間、白澪に怪我を治療してもらい、全員の試験が終わるのを見守る。
そうして1時間が経過。待機部屋にいた秋葉たちは織部の待つビルまで移動。後は織部からの講評を受けるのみとなった。
「さて、これで試験は終了や。みんな、ここまでようやった。色々とそれぞれに言いたいことはあるけど、ひとまず――」
皆が緊張した面持ちで、織部を見つめる。一応、全ての祟魔を祓ったのは祓ったが、結果がどうなっているのかは分からない。これで落ちたら退学。それはだけ絶対に嫌だ。
秋葉は思わず目を瞑って両手を合わせて祈る。
「――全員合格や」
「「「うおおおぉおおお‼」」」
織部がそう発した瞬間、周囲から歓声が上がる。秋葉はホッとした表情で、胸に溜まっていたものを全て吐き出すかのように息をついた。
後ろに座っていた熾蓮も安堵の表情を浮かべており、ハイタッチして互いに喜ぶ。と、前で生徒たちの様子を眺めていた織部がこっちを見た。
「で、秋葉は何泣いとんねん。泣く要素あったか?」
呆れたような表情で話す織部。秋葉はその様子を見て、怒りを覚える。
「泣く要素大ありですよ! なんで蜘蛛なんか出したんですかぁ! 私、自己紹介シートに蜘蛛嫌いって書きましたよね!?」
「そんなん、度胸試しに決まっとるやろ。本番じゃ相手選んでられへんからな」
「いや、それはそうですけど……」
織部に正論をかまされ、秋葉は顔を歪めながら拳を握る。確かに織部の言う通りなのだが、だとしてももうちょっと他にやりようがあっただろうと、内心で愚痴を溢す。
「さて、無事に巫級代報者試験に合格した君らには、巫級代報者の証としてこれを授ける」
織部はみんなに見えるようにして、1つの箱を見せる。上等な箱の中には緋色と松葉色の水引で組み上げられた水引があった。よく見てみると、手のひらサイズの水引には金の輪がついている。
「これって、織部先生もつけてるやつですよね?」
真っ先に悠が問えば、織部は首を縦に振って頷いた。
「階級ごとに色はちゃうけど、代報者は漏れなく全員が着けとる。むしろこれが無かったら幾ら試験合格してても、代報者として見なされへんから、絶対失くさんようにな」
織部の袴のベルトにぶら下がっている水引は紫と桜色に金の輪で構成されていた。
階級が上がるごとに与えられる水引の種類が異なるらしく、水引でその代報者がどのぐらいの階級なのかを判断するようだ。
秋葉は、さっそく受け取った水引をベルト部分通して着ける。これで秋葉を含めたA組のみんなは巫級代報者になることができた。
しかし、これで終わりではない。次に待ち構えているのは初任務。それにも合格しなければ、退学となる。試験を終えたと思ったら、次は任務。秋葉は、思わずため息を漏らすのだった。




