第3章-第21社 巫級代報者試験(前編)
ついに迎えた巫級代報者試験当日。
初音による5日間のスパルタ稽古によって、桜の花弁の強度を刀身並みに上げることに成功した秋葉は、前日までの訓練で疲労が残る中、試験を受けることとなった。
クラスメイト一同は模擬演習ルームの一角にある5階建てビルへと召集され、織部の説明を受ける。
「制限時間は10分。2人ペアでここから500メートル圏内にある、5階建てビルに潜む祟魔10体を討伐したら合格や。ペアはくじで決めるし、順番に引いてってんか」
1人で挑む形式ではないと知り、秋葉は密かに安堵する。
くじにはそれぞれ番号が振られており、秋葉の引いたくじには6番の数字が書かれていた。どうやら同じ6番のくじを持っている人がペアになるらしい。
キョロキョロ辺りを見回していると、熾蓮の声が聞こえて来た。
「相手は白澪か。よろしゅうな」
「えぇ、よろしくね」
熾蓮の呼びかけに、白澪が微笑みながら応じる。どちらも優秀故、この2人なら合格は間違いなしだろう。
次々とペアが判明していく中、樹と薫が固まっているのが見えた。
「何となくこうなると思ってたぜ」
「今回は味方同士。頑張ろうね」
樹と薫が話しているのが耳に入る。
幼馴染兼ライバル同士、お互いの太刀筋や戦闘スタイルは把握しているだろうし、相性も良さそうなので、そう心配はいらないだろう。
自分の相手は誰だろうかと思っていると、ふと悠と目が合い、彼女がこっちに近づいてくる。手元の番号を互いに見せると、同じ6の数字が見えた。
「お、あたしのペアは秋葉か~! 絶対合格しよ!」
「もちろん!」
悠の戦闘スタイルならここ1週間弱で何度も見てきている。普段から一緒にいるため、連携面も問題なさそうだろう。
全員、ペアが見つかったところで、織部が話し始めた。
「今回は出席番号の後ろから始めていくやさかい、薫と樹は屋上に上がってな。熾蓮と白澪は屋上に続く階段で待機。他はここで待機や」
薫と樹は織部の指示通り、屋上へ続く階段を上っていく。熾蓮と白澪も2人の後に続く形で歩いて行った。
4人が持ち場に移動するのを見届けていたら、中には設置されていた複数のモニター画面が起動し、どこかのオフィスビル内の映像が映し出された。
織部によれば、このモニターで試験の様子を見ることができるらしい。と、上の方に掲げられていた黒い液晶画面に10分間のタイマーが表示される。
『準備完了しました』
『こっちもいけます』
屋上についた薫と樹からクラス全体に念話が飛んできた。屋上に設置されたモニターにはしっかり2人の姿が写っている。
「ほな、試験開始と行こか」
織部が手元のボタンを押せば、タイマーが起動すると同時に外の方からブザーが聞こえて来た。屋上の柵を飛び越えた2人は街中を軽動術で移動していく。
試験開始から2分が経過したタイミングで、2人がオフィスビルの中に現れるのがモニター画面に映った。
「お、来た」
隣で様子を見ていた悠が呟く。薫は階段をショートカットして一気に3階まで降りる。
一方の樹は5階で遭遇した人型の擬似祟魔と交戦。結界を凝縮した銃弾で足を破壊。結界を薄く纏った刀で斬撃を入れる。
3階のオフィスフロアへ到着した薫も、瞬く間に雷を纏った斬撃を飛ばして、祟魔を翻弄していく。
「薫も樹も順調そうだね」
「うん。前に比べたら2人ともレベル上がってるし、このままだったらいけるんじゃないかな」
悠の言葉に頷きつつ、秋葉も2人の様子を画面越しに伺う。戦い方も前より洗練され、余計な動作が無くなったように感じる。
その後も祟魔を討伐し、5分が経過。残り3分となったところで、突如として砂嵐が発生。全てのモニター画面が真っ暗になった。
「え、途切れた?」
「……どういうこと?」
故障かと思い、暗くなった画面から織部へ視線を移す。
だが、本人はまるで気にする素振りを見せず、タイマーをじっと見ていた。恐らく、モニター画面が消えたのは偶然ではなく、意図的に消されたということだろう。
薫と樹の2人がどうなっているのか不安が渦巻く中、あっという間に試験は終了。何やらバインダーに挟んだ紙へメモを取った織部は、秋葉と悠へ顔を向けた。
「2人は上に上がって待機しといてんか」
「はーい!」
「分かりました」
悠と秋葉は返事をし、階段を上って屋上へ続く扉の前まで移動する。熾蓮と白澪から準備完了の念話が飛び、試験開始のブザーが鳴り響いた。
試験開始から1分が経ったところで、秋葉は手すりに凭れかかった状態からその場にしゃがむ。
「はぁぁ……緊張する……」
膝に顔を埋める形で息を吐く秋葉。
これで合格できなかったら退学。そうなれば、神社運営のためにお金を稼ぐことは疎か、この約1か月間頑張って来た訓練は無駄になり、さまざまなことを教えてくれた薫や熾蓮、初音を始めとしたみんなに申し訳が立たなくなる。
絶対合格絶対合格と頭がいっぱいになっていると、肩に手が置かれた。ふと顔を上げてみたら、そこには悠の姿が。
「大丈夫だって! 初音との稽古でスキル操作めっちゃ上達したし、何とかなるよ!」
「だ、だよね」
悠に励まされ、秋葉は気を強く持とうと返事をする。
そうだ。ここで全てをぶつけなければ、今までの苦労が全て無駄になる。花弁や紅葉の強度は勿論、コントロール面も相当上がったし、憑依自体も最初に比べれば、かなり持つようになった。
落ちるかどうかはやるだけのことをやってから決まる。今は前向きに試験に合格することだけ考えるべきだ。
悠と気分転換も兼ねて最終打ち合わせをすること数分。下の階で試験の様子を見守っていた織部から秋葉と悠へ念話が飛んでくる。
『時間や。秋葉と悠は屋上に上がってんか』
『『了解です』』
秋葉と悠は念話で返答する。
「よし、行こう!」
「そうだね」
目の前の扉を開けて屋上に出ると、後ろから背中を押すように風が吹いた。屋上の中心まで行き、念話で準備完了の報告をする2人。秋葉はその場で息を吸って吐き、前を見る。
『では、始めっ!』
織部の念話と同時に、模擬演習ルーム全体にブザーが鳴った。
秋葉が『紅桜』へ憑依する中、悠は先に屋上の柵を越えて、向かいの建物へ飛び移る。秋葉もそれに続く形で跳躍。神経を尖らせながら、標的のいるビルを探す。
試験開始から1分が経過。建物の上を転々としていた秋葉は100メートル先のビルから薄っすらと嫌な気配を感じ、少し離れたところで並走していた悠に向かって念話を飛ばす。
『悠、あそこのビル』
『こっちも感じてるよ。祟魔の気配だね』
秋葉と悠は揃って気配のする5階建てのビルへと向かう。瓦屋根を蹴り、配管を経由して近くのビルまで接近。
『秋葉、結界よろしく!』
『あいよ』
悠が先に標的のいるビルの屋上へ飛ぶ中、秋葉は立ち止まって両手で印を組む。防音、人払い、浄化作用の印を含め、ラストに日輪印を組み、右手を地面に叩きつける。
すると、祓力の波がビルに向かって放たれ、建物全体を囲うように透明な結界が生成された。
結界を貼り終えた秋葉も屋上へ飛び、悠のいるところまで向かう。だが、屋上から続く扉には鍵がかかっていた。
『屋上からの侵入は不可能、となると……』
悠が顎に手を当てて考え込む。
秋葉は先ほどの目を閉じ、結界を通してどこか入れる場所はないのか探る。と、何かに思い当たったようで、目を開けて悠を見た。
『5階と3階の窓が開いてるな』
『え? 分かるの?』
悠が目を見開きながら念話を飛ばしてくる。
『まぁな。時間もない、分かれて両方から侵入するぞ』
『オッケー』
悠は3階、秋葉は5階から侵入することになり、2人はさっそく屋上から飛び降りるのだった。




