第3章-第20社 新たなる守護者
「流石は御守の人間ね。気配を消したつもりだったのだけど、見抜かれていたとは」
「いや、けっこうだだ洩れやったで?」
「はっ? え、嘘でしょ!?」
女子生徒は目を丸くして叫んだかと思えば、その場にしゃがんで顔を覆い、何やらぶつぶつと呟き始める。
恐らく、気配を消せていると本人は思っていたのだろうが、全くそんなことはなかったようだ。もしやこの子ポンコツかと薄っすら感じていると、女子生徒が立ち上がって、咳払いをした。
「まぁ、それは置いておいて。敵意はないから、その手に持ってるものを直しなさい」
ポンコツなのか鋭いのかどちらなのか分からないが、苦無については見抜かれていたようで、熾蓮は渋々、手の中の苦無を『蔵』へと仕舞った。
「で、何しに来たんや?」
「そこの彼女に少し用があって来たのよ」
「え、私?」
女子生徒はまっすぐ秋葉を見て言った。だが、秋葉はこれと言って何の用なのか全く見当がつかず、自分を指差しながら、首を傾げる。すると、女子生徒はコクッと頷いた。
「これであなたに会うのは二度目よ。久しぶりね、秋葉」
女子生徒が話すと、部屋の中が静まり、熾蓮と悠が揃って秋葉の方を向いた。当の秋葉は固まったまま、女子生徒をじっと見つめている。
「いや、あの……誰?」
秋葉が絞り出すように女子生徒に向かって言った。
「……え?」
「え?」
女子生徒と秋葉の口からそれぞれ疑問符が飛び交う。
「はぁ!? あなた従姉妹の顔と名前も忘れたわけ!?」
一瞬の静寂の後、女子生徒が信じられないといった顔で詰め寄ってくる。
「え、私に従姉妹!? いやいや何かの間違いじゃ……。第一、貴方みたいな綺麗な人に会ったら忘れるわけないし」
まるで人形のような白い肌に長い茶髪、蒼い瞳と整った容姿の少女と過去に会っていたとしたら、絶対に覚えている。加えて、それが従姉妹だったら尚更だろう。
確かに父方に親戚がいるのは知っているが、知っているだけで会ったことなど一度も……いや、少なくとも秋葉の記憶の中ではなかったはずだ。
「全く、あなたって人は……。あなたのご両親の葬式の際に1度会ってるわよ」
ため息交じりにそう言われ、記憶の遥か彼方にある両親の葬儀の時のことを思い返してみる。もう8年近くも前のことなので、ほとんど覚えていないに等しい。
その時は祖母に連れられて行動を共にしていたはずだ。全然知らないおばさんやおじさんたちに「可哀想に」「これから大変でしょう」などと声をかけられる中、桜葉という夫妻が何かあったら頼るようにと言っていた気がする。
と、ここで秋葉の頭の中に、奥さんに手を握られていたちっさい女の子が1人いたような記憶が薄っすらと蘇ってきた。そう、ちょうど目の前にいるこの子のように茶髪に蒼眼で色白の――
「――あ、思い出した! 確か名前は……」
「桜葉初音よ」
「そうそれ!」
女子生徒――桜葉初音の言葉に秋葉は声を上げる。
「なんだあの時の子だったんだ。ごめんね。かなり前だったから忘れてて」
「別に良いわよ。思い出してもらえたんならそれで」
頭を掻きながら謝る秋葉に、初音はつんとしたような口ぶりで答える。
「ほんで、その従姉妹様が秋葉に何のようやねん」
「そうだよ。あたしたちだって暇じゃないんだから早く用済ませてよね」
ずっと置いてけぼりにされていた熾蓮と悠が、初音に向かって言い放つ。すると、初音は2人の存在を思い出したように、熾蓮と悠の方へ視線を向けた。
「そこの御守の人間と同じくわたしも秋葉を守りに来たの。最近、祟魔が活発化してるって報告を受けてね。遠くの方から見てはいたのだけど、いつ狙われるか分からない状況だから直々に接触を図ろうとしたわけ。御守のあなたにも話は通ってるはずだけど、知らないかしら?」
「話......?」
初音に問われ、熾蓮は眉を顰める。しかし、すぐに思い出したようで、納得したように頷きを見せた。
「あんたが桜崎んとこの使いちゅうわけか。後、俺は御守熾蓮や」
「あたしは千草悠。よろしくね」
「改めて、桜葉初音よ。2人ともよろしく」
初音は2人に向かってニッコリと笑いかけた。その笑みには何やら別のものが含まれているような気がしてならないが、きっと触れない方が良いのだろう。
どういう経緯で初音が護衛に携わることになったのかは分からないが、ひとまず味方のようで安心する。
「それで、さっきの戦闘を影ながら見させてもらっていたのだけど、秋葉、あなた祓式操作が全くなってないじゃない」
「うっ……」
いざ面と向かって言われると、針か何かでグサッと刺されたような気持ちになるが、事実なので反論のしようがない。
「仕方ないから、わたしが教えてあげるわ」
「え? 初音が?」
「えぇ、そうよ」
秋葉が問えば、さも当然かのように初音は頷いた。
「けど、教えてもらうにしても、私そもそも初音の祓式が何なのか分からないし......」
「静岡の浅間大社の神職よ。創作かじってるあなたならそこから想像はつくでしょう?」
なんでこっちが創作してることまで知ってるんだと思いながらも、秋葉は脳内にある浅間大社の情報を検索する。あそこは、富士山の麓にある大きな神社で、桜の神様である木花咲耶姫を祀っていたはずだ。祓式はその神社に縁のあるものが発現することが多い。となると、初音の祓式は――
「――もしかして、桜に関する祓式?」
「まぁ、そうね。正確には桜の花弁と炎を操る祓式よ」
木花咲耶姫は桜の他に炎の神様でもある。初音の祓式はきっとそこから付随しているのだろう。
「あなたが巫級代報者試験に落ちたら、わたしが静岡からわざわざここに来た意味が無いもの。受かってもらうためにも、その祓式の操作方法をしっかり叩き込んであげるわ」
また合格せざる負えない理由が1つできてしまった。だが、正直どうすればいいか手詰まりだったので、教えて貰えるのなら有難い。
「そこまで言うんやったらまずは実力見せてみいや」
「そうだそうだ!」
(2人ともさっきからどうしたんだ……)
初音に突っかかるような態度を見せる熾蓮と悠を、秋葉は呆れたような目で見つめる。
だが、2人が言うことも一理ある。初音の実力がどんなものか見てみないと、教えてもらうに値するかどうか判断できない。
「良いわよ。その目でしっかり見ときなさい」
2人の発言に、初音は腰に手を当てながら自信に満ちた笑みを浮かべる。ならば見せて貰おう。ということで、初音にも荒級祟魔3体を1分間で祓ってもらうことになった。
初音はパネルで設定を終えると、実戦室の中に入る。初音の準備が完了したところで、秋葉が起動ボタンを押す。すると、空間が4車線の道路へと変貌。3体の子鬼の祟魔が現れた。手には金棒や刀を持っている。
直後、タイマーがスタート。 秋葉、熾蓮、悠の3人はガラス越しに中の様子を見つめる。と、初音の手の中に薙刀が出現。彼女は小脇に薙刀を構え、祟魔へと駆け出す。
祟魔が前から迫りくる中、初音は薙刀に桜の花弁を纏わせ、1番手前の祟魔と交戦。祟魔が刀を振る中、初音はそれを柄で受けて弾き、花弁が纏われた刀身で両断する。
次の瞬間、一撃で祟魔が黒い靄となって消滅した。
続いて、金棒を持った2体目と遭遇。桜を纏った炎を手から放射し、ダメージを与え、丸焦げになった祟魔へトドメを刺すように、横一線に振るった。上下に身を裂かれた祟魔が呆気なく消えていく。
「す、凄い……」
「無駄な動きが一切ないね……」
流れるようにして、祓っていく初音の姿に感服する秋葉と悠。
その後、刀を持った1体と打ち合い、祟魔の刀を足で踏みつけ、ガラ空きの胴へ花弁と炎を纏った薙刀を十字に振り下ろす。攻撃を諸に受けた祟魔は消滅。
ここでタイマーが止まった。時間は残り20秒ちょうどだ。
「悔しいけど、上から目線な性格以外、所作も祓式の扱いも俺より上やな」
「そこ! 一言余計よ!」
薙刀を『蔵』に戻した初音が、マイク越しに話した熾蓮の方を向いて指さした。熾蓮は事実だろうがと反論。
わいわい言い争う声が聞こえる中、秋葉はこれならば、教えて貰う価値は十分あるだろうと感じる。
すると、初音が秋葉の方へ目を向けた。
「秋葉! 見たんならさっさとこっち来なさい! 時間ないわよ!」
「は、はい!」
鬼の形相でそう言われ、秋葉は慌てて実戦室の中へと入るのだった。




