第3章-第11社 武器鍛造
軽動術テストを終え、6限目。織部に連れられて、秋葉たちは演習場から出て、学園の隅の方に佇む赤レンガ造りの建物へとやってきた。
建物の屋根には煙突がつけられており、そこから煙が立っている。一体何をする場所なのかと思い、前の人に着いて行ったら、織部は立ち止まって建物の方を見た。
と、その近くには薄い灰色の着物に鋼色の袴、黒の羽織を羽織った30代半ばの男性が立っていた。
「ここは鍛冶場。任務の際には、武器が必須になってくるからな。今日は各々の戦闘スタイルにあった武器の鍛造を、そこにいる粟田先生にしてもらう」
織部は男性の方へ顔を向けると、鋼色の髪にグレーのインナーカラーの入った肩下までの髪を首元で一纏めにした、細目の男性が笑みを浮かべながらこちらにやってきた。
「ども~! 僕は粟田鉄哉。普段は非常勤講師として大神学園に来ててね。今日は君たちの武器を造りに来た。よろしくね~!」
意気揚々と軽く手を振りながら粟田は挨拶をする。
一方の織部はB組の授業の手伝いがあるようで、のほほんとした雰囲気の彼に後を任せ、鍛冶場から演習場の方へ歩き出す。粟田は織部を見送った後、一歩前に出て口を開いた。
「まず武器鍛造をするにあたって、みんなには自分が扱う上でどういう武器が良いか考えてもらう。それが終わったら、僕の祓式で実際に造ってみて、微調整を繰り返して完成! これが今日の流れだよ~!」
どういう流れで進めていくのか、始めに話してくれる粟田先生は先ほど去っていったばかりの先生とは違って良い人そうだ。
なかなかしっかりしていそうな先生で一安心していると、粟田が何かを思い出したように「あっ」と呟いた。
「ごめん言い忘れてた。武器の性能や形状、色、重さなどなど、細かく指定してもらわないと鍛造しようにもできないから、そこら辺はきちんと決めておいてね~!」
話の最後に付け加えて、10分後に中に入って来てと言い残すと、粟田は鍛冶場の奥へと消えていった。
粟田の話によると、彼の祓式は武器の鍛造。日本刀や槍と言った和風武器は勿論、ファンタジーなどでよく見る両刃の西洋剣、現代武器である銃などさまざまなものを作れるらしい。
だが、それには先ほど彼の話にもあったようにかなり具体的なイメージがないと鍛造できない。そのため、こうして生徒全員に考えてもらう時間を設けているのだろう。
「みんなどうする?」
粟田が鍛冶場へ入っていったのを見送った秋葉は、熾蓮、悠、薫、樹、白澪の5人へ声をかける。
「わたしの場合、祓式が帯電操作だから帯電性と俊敏性が欲しいかな。かといって軽すぎるのも駄目だし、そこら辺は要相談かな」
「おぉ、速さ特化ってわけか」
考え込むようにして答える薫に、悠が反応する。薫の武器は言わずもがな日本刀だ。
だが、日本刀の刀身はかなり繊細で、帯電操作で雷を纏わせても、刃が破損しては武器として成立しない。それ故に耐久性が重要になってくると考えたのだろう。
「俺は両手でも片手でも使えるようなものだと助かるな」
「樹の武器は日本刀と銃の両手持ちだから、必然的にそうなるわね」
視線を宙へ向けて話す樹に、白澪は首を縦に振った。
剣術と同時並行で砲術も習っている樹は、日本刀と銃の両方を扱うらしい。刀身に結界を纏わせて戦いつつ、銃で結界の銃弾を生成、発砲するようなので、片手で持てるぐらいの重さの方が扱いやすいようだ。
「俺の祓式は炎操るさかい、それなりの耐熱性と耐久性のあるもんがええな」
「確かに、炎で焼けておじゃんになったら元も子もないからね」
熾蓮がそう言うと、薫は同意しながら返事をする。
日本刀は基本的に熱した鋼を冷やした金槌で叩いて作るのだが、あまり高温の炎に触れると逆に焦げて焼失してしまう。それ故に、熾蓮の炎に耐えきれる刀が必要になってくるのだ。
「みんなちゃんと考えてて偉いね~」
「そういう悠はどうなの?」
感心したような口ぶりで話す悠に、秋葉が問いかける。
「あたしは、主に投擲武器を扱うから、武器の精度もそうなんだけど、それなりに数が必要になってくるかな」
悠は暗器を専門に習っており、特に苦無などは複数本を敵に向かって投げて使うため、とにかく数がいる。
その他にも暗器は種類がたくさんあるので、何をどう使ってどれだけいるのかかを考えなければならない。
「私の場合、巴形でもそれなりに重さのある方が良いわね。加えて、水を扱うから錆びにくいものの方がありがたいわ」
白澪の扱う武器は薙刀。薙刀には主に男性が扱う静形と主に女性が扱う巴形の2つに分かれていることが多い。白澪の場合は刀身の身幅が広く反りの深い、振りやすい構造をした巴形の方が扱いやすいのだろう。
「で、秋葉はどうするんや?」
「んー、『紅桜』の武器が既にあるから、それを自分用に改良してもらおっかなって思ってる」
熾蓮に訊かれ、秋葉は『紅桜』の武器を脳裏に思い浮かべつつ、口にした。
いくら『紅桜』に憑依したからと言って、そのステータスが完全にこっちへ引き継がれるというわけでもない。
幸い、背丈はそう変わらないが、筋力やスキル運用に関しては秋葉よりも『紅桜』の方が上だ。だから改良が必要になってくるのである。
10分間のシンキングタイムを終え、順番に粟田に武器鍛造をしてもらう時間となった。授業も後半を過ぎたところで、秋葉が呼ばれ、鍛冶場へと入る。
中には焼き入れに使用する炉は勿論、金槌や金床、冷却材など武器を鍛造するのに必要な道具や設備が揃っていた。
と、たすき掛けをした状態で椅子に座っている粟田が秋葉の方を振り向く。
「次は秋葉くんか。うんうん、なかなか面白い祓式を持ってるね~!」
粟田は感心した表情で手元の資料に目を向けた。どうやら資料には、A組全員分の祓式情報が記載されているらしい。
「選択してるのは剣術のようだけど、どうする!? 刀身の長さは!? 強度は!? 鍔の種類は何が良いかな!?」
「え、えっと……、扱おうと思ってる武器はこれなんですけど、憑依するキャラが所有してる物なので、私に合うかどうか……」
興奮した様子で詰め寄ってくる粟田に、戸惑いながらも秋葉は『紅桜』の使用する日本刀を手元に出現させて、粟田へ見せる。日本刀を手にした粟田は鞘から刀を抜く。
「おぉ、よくできてるね」
感嘆したように刀身を眺める粟田の細い目が見開かれ、鋼色の瞳が露わになった。
「刀身は身体に合ってそうだから、問題は重さかな?」
「多分そうなるかと」
秋葉自身、あまりよく分かっていない節があるので、返事が曖昧になる。粟田は刀身をじっくりと見てから、秋葉へ顔を向けた。
「ちなみに刀はどう使う予定なんだい?」
「両手と片手の両使いが出来たらと思ってます。後、刀身に攻撃用途の桜の花弁を纏わせる感じになりますね」
『紅桜』の戦闘スタイルで、時折、鞘を持って戦うことがあるので、一応、両使いできる物の方がありがたいのだ。粟田は少し唸ってからこう続けた。
「なら、花弁の強度はどのぐらいになりそうかな?」
「そうですね……。今は全然扱える状態じゃないんですけど、最終的には1枚1枚が刀身ぐらいの切れ味にはなるかと」
「だったら、花弁で刃に傷が入るとすぐ駄目になるから、耐久性はかなりいるね。鍔の色とか鞘、柄の形状はこのままで大丈夫かい?」
「はい。それでお願いします」
『紅桜』の日本刀は、柄の部分が黒で、赤い鞘には金の桜の花弁が散りばめられており、鍔の形状も金の桜が施されているのが特徴なので、扱う側としてはできるだけ形状は変えてほしくはないのだ。
「よし、取り敢えず、『紅桜』くん用の刀はそのままにしておくとして、秋葉くんの分の刀を鍛造してそこから調整しようか」
「分かりました」
秋葉が頷けば、粟田は『紅桜』の日本刀を秋葉に預け、目を瞑って、金床の上で両手を翳した。直後、周囲に火花が散り、次第に熱された棒状の鉄が現れて、だんだん日本刀へと形を成していく。
十数秒もすれば、ただの棒切れだった鉄が、『紅桜』の日本刀へと変化した。粟田は鞘から刀を抜いて出来を見る。納得したようで、首を縦に振ると、秋葉を見上げた。
「はい、これでどうだい?」
刀を鞘に納めた状態で、秋葉に渡す。受け取った秋葉は、さっそく鞘から抜いて持ってみる。すると、ずしんとした重みが手に伝わって来た。
(これが真剣か……)
本物の刀剣を手にしたことに緊張を覚えつつ、試しにその場で縦に振ってみるが、剣筋が少しブレる。
「案外重いですね……」
「なら刀身の強度は保ちつつ、もう少し軽くしてみるね」
秋葉は手に持っていた刀を粟田へ手渡した。粟田はもう一度、祓式で刀を生成する。
「よし、これで持ってみて」
状態を確認してから再度秋葉へ差し出す。鞘の部分を持って、刀を引き抜く秋葉。またその場で振ってみるも、今度は剣筋がブレずにまっすぐ刀身が振り下ろされる。
「あ、ちょうど良い」
「それは良かった。また何か不具合があったりしたらいつでも言ってね~」
「分かりました。ありがとうございます」
秋葉は刀を鞘に納め、袴の上のベルト部分へ差し込む。鍛冶場を出ると、入れ替わりで熾蓮が中へ入っていった。腰に差した刀へ目をやり、これが自分の武器なのだと秋葉は満足そうに微笑む。
残る熾蓮と薫の武器鍛造も終わったところで、粟田が鍛冶場から出てきた。それと同時に演習場に行っていた織部も戻って来る。
「最後に、武器の手入れは怠らないように。じゃないとすぐ錆びて駄目になっちゃうからね~」
粟田がそう言い放つと、秋葉たちは返事をした。手入れの仕方は武器ごとにマニュアルがあるので、それに従ってやれば良いらしい。
武器の汚れは時間が経つと錆びて、使い物にならなくなる。そうなったら、また粟田に生成してもらわないといけなくなるので、手入れはしっかりしようと秋葉は心に誓うのだった。
「さて、後は『蔵』の説明かな? 織部くん」
「そうですな」
説明を終えたところで、粟田は織部の方を向いた。すると、織部は隣の漆喰壁と紺の瓦屋根で構成された大きな建物を指差してこう言った。
「あそこにある『蔵』ってのは、大きい宝物庫みたいなもんやねんけど、そこに1人1個与えられた『蔵』に武器を仕舞う。そうしたら自分がどこにいようが、念じただけで、手元に武器を出現させることができるんや」
尚、武器だけに限らず色んなものを仕舞っておけるので、任務に必要なものがあれば、入れておくと便利だそうだ。
粟田に別れを告げた秋葉たちはさっそく織部に連れられ、それぞれ自身の『蔵』に武器を仕舞いにいくのだった。




