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第3章-第10社 軽動術テスト

 週が明けて月曜日。ついに軽動術テスト当日を迎えた秋葉たちは、模擬演習ルームのビルの屋上へと集合していた。


 みんな緊張した面持ちの中、織部は黒いバインダーとストップウォッチを手にみんなの方へ顔を向ける。

 

「さっそくやけど、軽動術テスト始めてくで~。ルールは先週末にも言うたけど、500メートル先のフラグを1分間で取ってくることや」


 A組全員、霊眼で視力を強化。500メートル先の屋上に立っている黄色いフラグを視る。


 フラグの立つ屋上周りは、前は縁だけだったはずが、白のフェンスで全体が囲われており、難易度が少し上がっていた。


 おそらく、地形はその都度代わるため、いかに臨機応変に対処できるかも今回のテストでは見られるのだろう。

 

「初回授業でも話してたけど、熾蓮は試験免除の代わりに測定手伝ってもらうで」

「はーい」

 

 熾蓮は織部の元へ向かうと、黒のバインダーにストップウォッチを手渡され、きちんと作動するか点検し始める。


 織部はその間に500メートル先のビルへと軽動術を用いて移動。到着すると、大きく丸を描いて合図を送った。

 

「じゃ、お約束言うことで出席番号1番の詞貴から」

「やっぱりそうだよね……」


 熾蓮が笑みを浮かべながらバインダーの詞貴の名前に赤線を引く中、詞貴は頬を引き攣らせながら、祓力を身に纏ってスタート地点へと着く。


「では、始めっ!」

 

 詞貴の準備が整ったのを確認した熾蓮が声を発した。詞貴は迷うことなく、駆け出してビルの屋上から向かいのビルへ飛び、一目散に市街地を直線上に駆けていく。


 普通の視力では視えなくなったところで、秋葉たち待機組は霊眼を起動。ビルの屋上の塔屋から瓦屋根へ飛び乗り、ダッシュでフラグへと向かって走っていく詞貴の姿が視えた。

 

 その後も、数々の障害物を跳び越え、詞貴はフラグを奪取。ゴールにいた織部がストップウォッチを押した。

 

『詞貴のタイム、51秒』

 

 織部からの念話がクラス全員へ飛んできた。

 

「え、早っ!」

「流石、1番で慣れてるだけはあるわね」

「へぇ~、初っ端からこんなタイム叩き出すとか凄いな」

 

 結果を聞いた悠、白澪、樹はその速さに目を丸くする。


 つい2日前に自主練習で一緒にやったときには1分ギリギリだったのにもかかわらず、ここまでタイムが縮んでいることに秋葉も驚く。


「ちなみに熾蓮のタイムって何秒だったの?」

「ん? あー、最初の授業の時にやったけど、45秒やったな」

 

 薫が訊けば、熾蓮は視線を上に向けながらそう口にした。

 

「えっ……人外?」

「なんでやねん!」

 

 熾蓮の結果に思わず傍にいた秋葉が尋ねると、熾蓮はすかさずツッコんだ。


 いや、でも45秒って普通にどう頑張っても出せるタイムじゃないんだけどな……。一体どうやったら出せるんだろう。


 そう呆然と熾蓮を見つめる秋葉。

 

「次の人ー」

 

 気を取り直して、熾蓮が次の生徒へ声をかける。


 その後もテンポよくみんな軽動術でビルの屋上まで向かいフラグを回収していき、白澪が55秒、樹が49秒、悠が53秒という結果を叩き出した。クラス全員、1分を切る中、秋葉の番がやってくる。

 

「はー、緊張する……。1分以内にゴールできるかな……」


 スタート地点に着き、祓力を身に纏った秋葉は、緊張とプレッシャーのダブルパンチで胃が痛くなりそうな感覚を覚える。

 

「10秒の誤差なら大丈夫って先生も言うてはったし、いけるって」

「だ、だよね」

 

 傍で測定準備をしていた熾蓮に言われ、頷く秋葉。

 

 これで1分以内にゴールできなければ、1人だけ取り残されることになる。それだけは何が何でも避けなければ。そう思いながら、深呼吸をする。

 

「よーい、スタートっ!」


 熾蓮の掛け声とともに、秋葉は駆け出す。屋上の縁から向かいの縁までジャンプし、前転しながら着地。前転の勢いで起き上がり、地面を蹴って先へ進む。


 少し離れた地点にある塔屋目掛けて飛んだ秋葉は、前へ宙返りしながら、瓦屋根のビルへ降り立ち、ダッシュ。紺の羽織が走っている影響で翻る中、コンクリート製のビルへ飛び、パイプの上に足をかけて屋上へと両足を下ろした。


 その後、祓力で足を強化して、建物と建物の間にまたがる塀を飛び越え、壁を伝って、隣接する駐車場の車の屋根まで飛び移る。車と車を瞬時に飛んで前進。


 習った技を全て駆使しながら進むこと20秒。フラグのあるビルが眼前に視えた。残り10秒、このスピードを保てば何とかいける。そう確信した秋葉はビルの黒い屋根からフラグのあるビルの配管へ跳躍。


 逆らうよう吹く風が秋葉の身体を覆いながらも、配管へ着地。したかに思えたが、風の影響で僅かに重心がずれて、滑落する。

 

(ヤバいッ……!)


 ゴールは目の前。ここで諦めてたまるか。


 意を決し、何か掴めるものは無いかと辺りを注視する。と、細い配管を真下に発見。落下する寸前に両手で掴み、逆上がりの要領で身体を前後に揺らして細い配管の上に着地。


 祓力で足を最大限に強化し、配管を蹴り上げる。足場の配管が耐えきれずに凹む中、真上に飛んだ秋葉。


 飛んだ勢いで身体が逆さまになるが、それを利用してフェンスを掴んで、超えて屋上のコンクリート製の地面に降り立ち、目の前に設置されたフラグを奪取。


 同時に織部がストップウォッチのボタンを止めた。

 

「き、記録は?」


 膝に手をついた秋葉は額に流れる汗を拭い、息を整えながら織部の方へ顔を向ける。

 

「1分ちょうどや。ようあそこから立て直したな」

「あ、ありがとうございます……」

 

 織部から結果を告げられた秋葉は安堵しつつ、長い息を吐く。直後、足音が聞こえ、顔を上げれば、悠と白澪が真っ先に駆け寄ってきた。

 

「秋葉、大丈夫だった!?」

「どこも怪我とかしてないわよね!?」


 悠と白澪に言われ、自身の身体を見回す秋葉。手を擦りむいた以外、とくにこれと言って大きな怪我なさそうだ。

 

「ちょっと手擦りむいただけだからそんなに心配しなくても大丈夫」

「一応、白澪に診て貰えよ」

 

 いつの間にか来ていた樹に声をかけられ、白澪の方へ視線を向ければ、彼女はいつでも治療の準備は万端といった表情をしていた。

 

「あー……そうするよ」

 

 これは逃れられそうにないなと、察した秋葉は頬を引き攣らせながら白澪に自分の手を診せる。


 白澪は手の状態を霊眼で軽く視た後、手のひらに水を纏わせ、秋葉の手のひらへ流し込む。徐々に手のひらの痛みが消えていき、感心する秋葉。


 数秒後、治療が終わったようで自分の手を見てみると、擦りむけていた手の皮が元通り綺麗な状態になっていた。

 

 と、次の瞬間、薫がフェンスを乗り越えて地面に降り立ち、フラグを回収。織部がストップウォッチを押した。

 

「記録、53秒」

「おぉ、早いね」

 

 薫の結果に感嘆の声を上げる秋葉。自分よりも7秒早く到着するとは流石、薫だ。


 すると、熾蓮もこちらにやってきたようで、薫と一緒に秋葉たちの方へ歩いてくる。

 

「もー、落ちそうになった時はマジでびっくりしたんだからね」

「ごめんごめん」

 

 開口一番怒ったような表情で話す薫に、秋葉は謝る。

 

「隣で測定してた熾蓮とか今にも飛び出しそうだったし」

「ちょっ、それは言わんでええやろ……」

 

 薫が横にいた熾蓮を見ながら告げると、当の本人はジト目で薫を見返しながら言った。

 

「けど、無事でよかったわ」

「心配かけたね。ごめん」

 

 こちらに向き直って笑顔を向ける熾蓮に、秋葉は申し訳なさそうに眉を下げながら謝罪する。

 

 想定外の事態は起きてしまったが、何はともあれ全員時間内にフラグを回収し、合格。織部から改めて、クラス全員分の合格判定を貰えたところで、5限目のチャイムが鳴るのだった。

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