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第3章-第9社 基礎から応用へ

 最初の軽動術・武術稽古の授業から3日後。


 3日間、トレーニング施設で軽動術の基礎を叩き込み、今日から市街地を使った練習へ移行することになった秋葉たちA組は、5階建てビルの屋上へと来ていた。


 市街地訓練の概要と注意事項を述べた後、織部は改めて生徒たちの方を見る。

 

「来週の週明けに軽動術のテストやるから、それまでに500メートル先のフラグを1分以内に取れるようみんな頑張ってな」

「はあああああ!?」

 

 織部の口から無茶苦茶な言葉が飛んだと同時に、A組の生徒全員が驚愕する。

 

「1分でそんな距離まで行くのなんか無理ですって!」


 前列に座っていた悠が織部に向かって抗議すると、後に続いて数人の生徒も声を上げ始めた。

 

 大体、まだ基礎を習得したばかりだというのに、そんなのできるわけないだろうと、思わず秋葉も正気かと織部へ疑いの目を向けた。

 

「熾蓮が行けたんやさかい、君らも行けるやろ」

 

 織部は悠たちの意見を気にすることもなく、平然とそう告げる。

 

「あの体力馬鹿と一緒にすんな!」

「あんなの人間技じゃないわよ!」

「「「そうだそうだ!」」」

 

 樹と白澪(しられ)熾蓮(しれん)の方を指差しながら、更に反発。周りの生徒もそれに同調するかのように声を上げた。

 

「酷い言われようだね、熾蓮」

 

 秋葉は苦笑交じりに、ちょうど横にいた熾蓮へ声をかける。

 

「まぁ普通考えたら無理やろうな……。でもみんな筋はええから案外いけるんとちゃう?」


(どこにそんな根拠があるんだ……)

 

 しれっと溢す熾蓮に対して、秋葉は内心で呆れる。


 いくら筋が良いからって流石に今日含めて後、3日で500メートル先のフラグを軽動術を用いて1分で取って来られるものか。


 そう疑心暗鬼になっていたら、織部がパンッと両手を叩いた。

 

「ひとまず、ビルからビルに移る練習しよか」

 

 周りが一瞬で静かになる中、織部が言った。全員渋々その場から立つ。すると、織部が詞貴(しき)の方を向いた。

 

「ほな、出席番号1番の詞貴から」

「また私から!?」

「ほら、出席番号1番の宿命や」

 

 引き攣った表情をしながらも指名された詞貴は、重い足取りで屋上の縁まで向かう。可哀想だと感じる一方で、出席番号1番じゃなくて良かったと安堵する秋葉。


 と、詞貴が背後にいた織部へ振り返る。

 

「いや、でもまだ心の準備が……」

「ちんたら言うてんと、さっさと行かんかい」


 祓力を全身に纏った詞貴が不安そうに口にするも、織部は容赦なく詞貴の背中をバシンッと叩いた。

 

「うわああああ!?」

「あ、落ちた」

 

 織部に叩かれた反動で屋上から落ちた詞貴を見て、傍にいた薫がポロッと呟く。


 大丈夫かだろうかとみんな一斉に下を覗き込むが、詞貴はビルの真下にある出っ張ったコンクリート部分に着地。意を決したかのように地面を蹴り、そこから向かいのビルの屋上まで一気に飛び降りた。


 霊眼(れいがん)を起動させて目で追うと、危なげなく屋上まで降り立ち、こっちに向かって手を振る詞貴の姿が見えた。

 

「おぉ、行けたじゃないのよ」

「詞貴、凄い!」

 

 感心したように笑みを浮かべる白澪に、褒める悠。一体どうなるものかとヒヤヒヤしていたが、そこまで心配する必要はなかったようだ。

 

「ほな、次ー」


 詞貴が無事に向かいのビルへたどり着いたのを確認した織部は、次の生徒に声をかける。


 その後、みんななんやかんやでクリアしていく様子を眺めていたら、あっという間に秋葉の番が訪れた。祓力を身に纏った秋葉は強張った表情で織部の元まで向かう。

 

「え、ヤバい落ちたらどうしよ」

 

 ビルの真下の景色を見下ろしてみると、一気に血の気が引いてきた。

 

「そん時は助けに行くし大丈夫や。はい、5、4、3……」

「え、ちょっ!? 先生!?」


 カウントし出す織部を振り返る秋葉。

 

(あぁっ! もうっ! どうにでもなれ~!!)

 

 詞貴みたいに背中を押されるのだけは嫌だ。押されるぐらいなら自分から行ってやると、秋葉は助走をつけて飛び降りた。


 浮遊感に襲われると同時に、視界いっぱいに景色が映る。飛距離は十分。


 向かいの屋上に焦点を定めた秋葉は、手足を動かしながら空中で身体をコントロール。ギリギリ屋上の縁へと着地した。


「ふぅ~、危ない……」

「お疲れ秋葉」

 

 溜息を漏らしながら前へ進む秋葉に、悠が声をかけてくる。秋葉が礼を述べた直後、薫が上のビルからこっちに向かって飛んできた。


「よっと」

 

 余裕で着地した薫は、秋葉と悠に合流するべく歩いてくる。

 

「お見事」

「どうも」

 

 秋葉の言葉に薫は口元を緩めながら答える。


 こうして、全員が飛び降りることに成功。織部も難なくこちらへやってくると、市街地訓練は次の段階に入るのだった。

 

 

 ◆◇◆◇


 

 軽動術の授業を終え、次は武術稽古。


 試練場についた秋葉たちは薫の元へ集まる。ふと薫の横に目を向けてみれば、人数分の居合刀の入ったボックスがあった。


 今まで使っていた木刀とは違い、きちんと鍔や鞘まで着いている。

 

「今日から居合刀と体術使っての稽古だから、みんな気を引き締めるように」

「「「はい!」」」


 剣術を選択した生徒全員が勢いよく返事をする。最初は少し恥があったが、今ではそれも慣れたものだ。

 

(やっぱり居合刀って木刀に比べたらかなり重いんだ……)


 ボックスに入った居合刀を手にして、秋葉は手のひらにずしんとした重みを感じる。試しに鞘から抜いてみると、テレビやアニメなどでよく見る鋼色の刀身が目に映った。


 居合刀なため、真剣のように斬れるわけではないが、実際の日本刀と遜色ない物を持っていることに息を呑む秋葉。と、薫からの説明が始まり、秋葉は顔を上げる。


 これから行われるのは体術と居合刀を用いた実戦形式での稽古だ。剣術と同時並行で武術も学んでいた秋葉たちは、さっそく稽古に入る。


 出席番号前から順番にやっていくが、みんな薫から1本取れずに負けていく。樹の番が終わり、次は秋葉の番。


 薫と向かい合い一礼した秋葉は、腰に差した鞘から刀を抜き、地面を蹴る。同時に薫も鯉口を切って抜刀。両者一斉に振りかぶり、刃が激突した。


 秋葉は刃を滑らせて、再度斬り込む。だが、横に躱され、突きが秋葉の顔の真横に振って来た。一瞬、顔が強張るも、秋葉は負けじと追撃。薫が押される中、隙をついて懐へ拳を入れる秋葉。


 しかし、見切っていたのか薫に手首をぐいっと掴まれ、前に体勢が崩れる。


(しまった……!)

 

 そう思ったときには首筋の後ろに薫の刀身が当てられており、試合終了。秋葉と薫は納刀し、互いに向き直って頭を下げた。

 

「剣振るのに必死で、他が疎かになってる。両方同じくらいできるよう練習ね」

「分かった」


 まだまだ練習が足りていないなと秋葉は感じる。その後、2回ほど試合をしたところで授業が終了。


 片づけをして試練場を出た4人は、先に待っていた悠と白澪と合流する。と、秋葉は後ろにいた樹と熾蓮の方を振り返った。

 

「樹と熾蓮はやっぱり手慣れてるね。もう少しで薫から1本取れたでしょ」

「まぁここに入る前からずっとやってたしな」

「俺も武器は違えど、小さい頃から姉御と何度もやり合ってたからな。こればっかりは慣れるしかないんやろうけど」

 

 眉を下げて言う2人に、やはり経験を積むしかないのだろうと秋葉は感じる。そう時間もないので、これは自主練した方が良さそうだなと思いつつ、悠と白澪の方を見る。

 

「悠と白澪はどう?」

「暗器の扱いはかなり手慣れてはきたけど、まだ細部の動きが身に入ってないって感じ」

「私の方は身のこなしは良いらしいのだけど、力が入りすぎって言われたわね」


 暗器を扱う悠と薙刀を扱う白澪も、そこまで上手くいっている状態とは言えなさそうで、苦笑している。


 すると、話を耳にしていた薫が宙を見ながら唸り声を上げた。

 

「んー、暗器と薙刀か……。わたしと樹もそこまで詳しくないけど、前に師範に習ったことあるから稽古手伝おうか?」

「いざというときに他の武器も扱えた方が良いからな。2人が良いなら手伝うぞ」

 

 薫に続いて、樹も快く話す。

 

「お、やったー!」

「それは助かるわ」

 

 2人の提案に表情が明るくなる悠と白澪。


 薫と樹の話によると、中学まで通っていた道場では、剣術の他に体術、槍術、杖術、暗器に薙刀とさまざまな武術をやっているらしく、たまに気分転換も兼ねて教えて貰っていたようだ。


 その2人から教えて貰えるのなら、さぞかし心強いだろう。

 

「やけど、まずは軽動術の練習からやな」

「だね。来週にテストも待ってるし」


 熾蓮の言葉に同意する秋葉。


 軽動術のテストまで残り3日。自主練習もやらないと500メートルある距離を1分で到達するのは到底不可能だ。


 そういうわけで、秋葉たち6人は模擬演習ルームへと向かうのだった。

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