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第3章-第8社 剣術稽古

 休憩時間が終わり、6限目。一行は模擬演習ルームから出て、同じく演習場内にある試練場へ到着した。軽動術の次は武術稽古の時間で、ここ試練場(しれんじょう)で行うらしい。


 先ほど記入した紙を基に、扱う武器ごとでグループ分けをすることに。秋葉は日本刀を選んだので、そっちのグループのいる部屋へ向かうと、グループメンバーの中に熾蓮、樹、薫の3人が混じっていた。


 ちなみに悠は暗器、白澪は薙刀をそれぞれ選んだようで、別室に移動している。


 この試練場は道場、射撃場などと何部屋かに分かれているのだが、ここは体育館のような道場を思わせる木造の部屋になっている。


「お、秋葉も日本刀か」

「まぁね。そういう熾蓮は暗器かと思ってたけど違うんだ」

「暗器は補助武器として扱うだけで、本命は日本刀の方がええやろ思てな」

 

 両腕を頭の後ろで組みながら、熾蓮は試練場内に飾ってある模造刀へ目を逸らした。


 立てかけてある模造刀、もとい居合刀は真剣さながらの見た目をしているが、斬れるというわけではない。剣道では竹刀が使われるが、剣術稽古では主に居合刀を使用することになる。


「で、薫と樹は案の定かな?」

 

 秋葉は傍にいた薫と樹の方を向いて問いかける。

 

「やっぱり慣れてる方がやりやすいし」

「今更、別の武器にするってのも野暮だからな」


 薫が口元を緩ませながらそう言えば、樹もそれに続く形で応答する。A組だけで見ても、やはり日本刀を武器にする人が多いようで、既に3分の1の面子が集まっていた。


 と、織部がやってきた。みんなが彼の方を向けば、織部は話を切り出す。

 

「ここは剣術やな。そしたらすまんけど薫、みんなの指導頼めるか?」

「えっ、わたしがですか?」

「そうや」

 

 突然の申し出に戸惑いを見せる薫に織部は首を縦に振った。

 

「武術に関しては教員総出で教えに回っとるんやけど、それでも手が足りてへん状態でな。剣術大会で2位のお前になら任せてもええやろ言う話になっとるんやけど、どうや?」

 

 織部が尋ねると、薫は視線を下に向けて考え始める。一方、薫が全国2位だと耳にした秋葉たちは、唖然とした表情で彼女を見つめていた。

 

(え、ちょっ、嘘でしょ!? 薫が!? 全国2位ぃ!?)

 

 そんな強者がこんな近くにいたことに、秋葉は驚きを隠せない。熾蓮も動揺しているようで、目をまんまるにして薫を凝視していた。


 周りが驚きに包まれる中、樹は勿論、知っていたようで、妙に誇らしげな笑みを浮かべている。

 

 すると、薫が意思を固めたようで、顔を上げて織部の方へ顔を向けた。

 

「分かりました。やればいいんですよね?」

「お、その様子やと腹は決まったようやな。ほな、一応これどおりに進めてんか」

「了解です」

 

 薫が引き受けることを既に予感していたのか、織部は持っていたファイルを薫へ差し出す。受け取った薫はファイルを開いて、中身を確認し始めた。

 

「うげぇ……スイッチ入っちまった……」

「え、どしたの樹?」

 

 誇らしげな表情から一変、嫌そうに顔を歪めた樹が小声で呟き、それを拾った秋葉が首を傾げながら問いかける。

 

 と、樹は神妙な表情で秋葉と熾蓮の方を向いた。


「2人とも、これから地獄だから覚悟しとけよ」

「えっと……?」

「そら、どういうことや?」


 秋葉と熾蓮の頭にはてなが浮かぶ。地獄と聞き、そんなにヤバい何かが待っているのだろうかと思っていると、薫がファイルを閉じてこっちを見た。

 

「時間ないしさっさと始めるよ! 1人1本木刀持って集合! まずは素振りから!」

「「「は、はい!」」」

 

 普段の薫からは想像できないほど覇気のある声で言われ、全員背筋を伸ばして返事をする。


(なるほど、地獄ってのはこういうことか……)


 そう思いながら1人1本ずつ木刀を持ったところで、10分間の素振り稽古開始。薫の指導が入る中、ある程度やったところで次は剣術の基本となる作法、構え、型を教わる。


 教わると言っても時間がないので、薫が前でやっているところを真似しつつ、合間でできていない箇所の指導を受ける形だ。

 

 作法、5つの基本の構え、8つの基本の型を30分で身体に叩き込んだところで、前にいた薫が口を開く。

 

「基本の型まで一通りやったし、最後に軽く試合稽古やっとこうか」

「え、もう?」

 

 秋葉は流れの速さに思わず訊き返す。

 

「習うより慣れろ。実際動いてみないと分かんないことって結構あるしね。最初だからその場の雰囲気掴むぐらいで大丈夫だよ」


 薫はそう話すと、床に置いていた木刀を手に持った。

 

「順番はどうするんだ?」

「んー、いつも出席番号前からだから、たまには後ろからで」

 

 樹が問いかければ、薫はすかさずそう答えて、開けた場所へ移動した。その様子を傍から見ていた秋葉は熾蓮の方を向く。

 

「後ろからってことは熾蓮からか。頑張ってね」

「勿論や!」

 

 意気揚々と返した熾蓮は、腰に差していた木刀を抜き、右手に持つ。


「熾蓮。言っとくが、くれぐれも舐めるような真似はするなよ」

「……ん? 樹、それどういう意味やね――」

「――おーい、そこ何話してんの。時間ないから早く」

 

 樹の発言の意図が読めずに熾蓮は訊き返そうとするも、薫に早く来るよう急かされる。


 薫に呼ばれた熾蓮は、そのまま彼女の真正面に立って一礼。木刀を右下段に構えた。一方の薫は真っ直ぐ己の正面に構える正眼(せいがん)の構えだ。


 両者、準備が整ったところで熾蓮が床を蹴って薫に接近。下段から振り上げると、すぐさま薫が迎撃し、互いの刀が弾かれる。

 

 間髪入れずに横一線に木刀を振る熾蓮。薫は後ろに退いて回避した反動で、前へ出て熾蓮の足を狙う。熾蓮は咄嗟に跳躍して躱し、着地。


「はああっ!」


 再度飛んで、木刀を薫の頭上へ垂直に振り下ろす。が、一瞬、熾蓮の目が見開かれ、剣筋がブレたまま薫の木刀と衝突。薫は自らの木刀で熾蓮の木刀を受け流した。着地と同時に熾蓮の体勢が崩れる。


「――っ!?」


 瞬間、隙を逃さんとばかりに薫が熾蓮の横脇目掛けて木刀を振り、寸止め。決着がついたところで互いに向き直り、一礼した。


「筋は良いけど、相手が女だからって手加減は不要。戦場においては一瞬の迷いが仇になる。次から気をつけて」

「お、おん。すまんかった……」


 鋭い目つきをしながら告げる薫に、図星を突かれたのか熾蓮は表情を強張らせながら返事をする。

 

「あかん、めっちゃ怖いぃぃ……」

 

 木刀を腰に納めて戻って来た熾蓮は、開口一番声を震わせてそういった。その表情はすっかり怯え切っている。

 

「ほら、言わんこっちゃないだろ」

「せやな……。後でもっかい謝りに行こ」


 樹に呆れたような口ぶりで咎められ、すっかり気を落とした熾蓮は薫の方を見ながらそう呟く。

 

 今まで見たことが無いぐらいテンションが沈んでいる熾蓮を見て、薫の恐ろしさを知る秋葉。

 

(油断したら即やられるの怖っ……。いや、あれ見せられた後に私の番とか一体どうしろってんのさ……)


 などと思っていると、薫と目が合った。

 

「次、秋葉!」

「は、はい……!」


 覇気のある声で薫に名前を呼ばれた秋葉は、声が裏返りそうになるのを必死に堪えて返事をし、彼女の元へと向かう。


 お互いお辞儀をして、秋葉は正眼の構え、薫は先ほどとは違う下段構えの体勢をとったところで試合稽古開始。


 息を吐ききったところで、秋葉は正眼の構えから刀を横に逸らしてダッシュ。薫の左側面目掛けて木刀を横へ振る。


 が、かち合った瞬間、押し返された。一旦退くか。一瞬、頭の中にそうよぎるも、まだだと弾かれた反動で上にいった木刀を右斜めに振り下ろして袈裟(けさ)斬り。


 受け止められるも、怯むことなく続けざまに逆袈裟(ぎゃくけさ)、一文字と2連撃を振り放つ。


 と、薫がその場で大きく踏み込み、向かって右下段から木刀が降って来た。秋葉は退いてスレスレで回避。しかし、すぐに突きがやって来て心臓部分へ寸止めされた。

 

 ヒヤヒヤしつつ、薫の木刀の切っ先を凝視していると、薫は木刀を下ろして、お辞儀の体勢に入る。秋葉も慌ててお辞儀したところで、薫が口を開いた。

 

「木刀の重さに引っ張られてるから、素振りで木刀の重さになれること。型に関してもまだ身に入ってないから、それも時間あるときにやっといて」

「りょ、了解」


 あの一瞬でそこまで見れるのかと驚きながら、秋葉は返事をするのだった。

 

 

 ◆◇◆◇

 


 その後、クラスメイト全員分の試合稽古が終わり、6限目が終了。木刀を仕舞った秋葉は床に腰かけて壁に背中を預ける。

 

「はぁー……終わった~」


 ため息交じりにそう漏らすと、薫が2本のスポーツドリンクを手にこっちへやってきた。

 

「お疲れ、秋葉。はいこれ」

「お、ありがとう」


 薫からスポーツドリンクを差し出され受け取る秋葉。薫が横に座る中、秋葉は蓋を開けて一気に飲む。今日一日動きまくった身体に染み渡るのを感じながら、一息ついたところで秋葉は薫へ視線を向けた。

 

「指導受けてて思ったんだけどさ、薫、人に教えるの上手いよね。試合中の相手の動きもよく見てるし」

「道場で下級生たち教えてたってのはあるかもね」

 

 どおりで教え慣れていたというわけだ。全体を見るだけでなく、個人個人ができていないところの修正も分かりやすく説明している様は、本物の先生を見ているかのようだった。

 

「にしても、薫で全国2位なら、1位の人はもっと強いってことでしょ? どんな人だったの?」

 

 秋葉はふと思い出したように横でスポーツドリンクを口にしている薫の方を向いた。彼女はペットボトルを口から話すと宙を見る。

 

「1位はわたしの1個上の男の人でね。わたし、試合とかで舐められないようにっていうのと動きやすいってので、普段から男装してるんだけど、その人は女だって見抜いてたと思う。けど、そうだと分かっても手加減は一切なし。スピードと技量もわたしより頭1つ抜けてたし、あれは最早天才の域だね」


 懐かしむようにして語る薫。今日の試合稽古で相当強く感じた薫よりもスピードと技量が上ということは、その人はとんでもない強者だということだろう。


 薫に勝つぐらいだから、大柄で筋肉質な人だろうかと思っていると、頭の中に声が響いた。

 

『秋葉、ちと変わってくれねぇか?』

『ん? どしたの?』

『何、薫と少し話がしたくてな』

 

 『紅桜(べにざくら)』からの突然の申し出に一体どうしたのかと思っていたが、ただ話がしたいんなら代わることは秋葉としては全然ありだ。

 

『そういうことなら、良いよ』

『ありがとな』


 『紅桜』がそう言った瞬間、秋葉の意識が深層へと追いやられ、代わりに『紅桜』が表に出て、秋葉に憑依した。ペットボトルを床に置いた薫は、パッと顔を上げてこちらを向いた。

 

「お、なんか雰囲気変わったね。もしかして『紅桜』本人?」

「ほぉ、よく分かったな」

「一応、気配には敏感でね」


 そう微笑みながら返す薫に、秋葉の皮を借りた『紅桜』は小さく笑みをこぼす。

 

「秋葉に主導権交代してもらってな。ちょっと思うところがあってこうして出て来たってわけだ」

「……というと?」


 『紅桜』は少し視線を下に下げてから口を開く。

 

「オレ、元いた世界では、剣を生業としてるんだが、よく女だからって周りから下に見られることがあってな。だから薫のそういう気持ちはよく分かる。けど、きっとここの奴らは下に見るような真似はしねぇ。だからその辺、変に気張らなくても良いんじゃねぇか?」

「そう……だね」

 

 『紅桜』は最後に薫の方を見て、軽く微笑む。一方、薫は考えこむようにじっと床を見つめ始めた。


 『紅桜』と薫のやりとりを深層の中で耳にしていた秋葉も、強く頷く。そして、もし見下す輩がいたら私が叩き斬ってやると意を決する。

 

「まぁ、熾蓮に関しては今までの経験からくる油断と優しさが勝ってあぁなったんだろうけどな」

「おいそこー、要らん事言わんでええねん」


 『紅桜』が少し離れたところにいた熾蓮をチラ見しながら言うと、話が聞こえてきたのか、熾蓮が反発した。隣で喋っていた樹は苦笑している。

 

「オレは事実を言ったまでだー」


『紅桜』は間延びしたように返す。2人のやりとりを見た薫は笑い声を漏らした。場が少し和む中、『紅桜』は再び話し出す。

 

「てな訳だから、せいぜい肩ひじ張らずに気楽にやりな。指導の方も1人で背負い込まずに、樹とかに協力してもらえよ」

「うん、そうだね。ありがと、『紅桜』」

「おう。それじゃあオレはそろそろ交代するぜ」


 『紅桜』が笑みを浮かべながら目を閉じる。と、深層にいた秋葉は『紅桜』に向かって念話を飛ばした。

 

『なんかごめんね……。そういう風に設定しちゃって』

『薫にはあぁ言ったが、なんやかんやで今の人生気に入ってんだ。お前が謝る必要はねぇよ』


 ならば良かったと笑みを浮かべる秋葉。直後、『紅桜』の意識が途絶え、代わりに秋葉の意識が表に浮き上がってくる。閉じていた目を開ければ、隣にはすっきりしたような顔をした薫がいた。


「はー、久々に地に足付けた気がする~」


 自分の手足に感覚が戻って来たのを感じ、思わず息を吐きながら溢す。

 

「お、戻って来たね。おかえり」

「ただいま」


 微笑を浮かべる秋葉。すると、試練場の点検に回っていた織部が入って来た。手には鍵を持っている。

 

「おーい、もう閉めるさかい、全員出てや~」

「それじゃあ行こっか」

「だね。悠と白澪の方はどうなってるかな~」


 先に試練場を出ていた熾蓮と樹の後を追うように秋葉と薫も試練場を出るのだった。

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