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第3章-第7社 軽動術

 憑依できたことを織部に伝え、迎えた5限目。昨日同様、模擬演習ルームに集まったところで、秋葉たちは織部に連れられて、とある5階建てのビルの前へと来ていた。


 エルはというと、織部から訓練及び試験中は秋葉のためにならないからと助言や手出しは一切禁止と命じられ、神社で大人しく神職の業務に勤しんでいる。


 神社を切り盛りしているエルの事はさておき、何処に行くのだろうかと不思議に思いながら中へ入り、4階のビル内にあるトレーニング施設のようなフロアを通過。階段を上って屋上まで行くと先頭を歩いていた織部が立ち止まった。


「先生ー、こんなビルの屋上で一体何するんです?」


 列の前の方に居た樹が尋ねると、織部はくるっとこちらを振り向いた。


軽動術(けいどうじゅつ)言うてな。代報者の間で使われる移動戦術――まぁ分かりやすう今の言葉に直すと、パルクールみたいなもんか。それを今から皆には1週間かけて習得してもらう」

「い、1週間で!?」


 織部がそう言った直後、悠が目を見開きながら声を上げる。

 

(無茶苦茶にも程がある……)

 

 普通、習得に年単位でかかるところを1週間でビルとビルの間を跳んだり、塀や屋根の上を走ったり、障害物を乗り越えたりしなければならないのだ。


 どう考えても、とても1週間でできる内容ではない。

 

「軽動術は代報者の必須スキルや。普通に走っとったら、まず祟魔には追い付けへんし、反射神経も良うないと敵の攻撃を避けられへん。加えて任務の際には一般人に気づかれんよう、街中を素早く移動せなあかん。悪いけど、全員に習得してもらうで」


 飛んだ必修科目だなと呆れる秋葉。


 確かに軽動術を習得することによって体力もつけば、体幹や反射神経を鍛えられたり、空間認識力も上がるだろう。だが、それにしたって習得期間が短すぎないだろうか。

 

 秋葉の周りでも諦めの声がちらほら聞こえる中、織部はかまわず話し続ける。

 

「ひとまずそうやなぁ……。お手本として熾蓮、軽動術使って500メートル先にあるフラグ取って来てくれへんか?」

「えっ、なんで俺なん?」

 

 突然の指名に訊き返す熾蓮。

 

「他に誰ができる言うねん」

「まぁ、そらそうか」


 織部にツッコまれた熾蓮は渋々了承すると、その場で軽く数回ジャンプし、屋上のコンクリートでできた縁の方へと歩き始めた。

 

「え、ちょっと大丈夫なの!?」

「ここ5階だよ!? 普通に考えて危ないんじゃ……」

「んー、まぁ大丈夫でしょ」


 白澪と薫が心配そうに声を上げる中、秋葉は呑気にそう呟く。

 

「おいおい、秋葉はなんでそんなに余裕なんだよ。心配じゃないのか?」

「いや、そう言われてもねぇ……」

 

(心配するほどのことじゃないと言いますか……)

 

 近くにいた樹に問われ、秋葉は内心そう呟く。周りの生徒も不安そうな表情を浮かべていた。

 

「まぁまぁ、みんなそんな心配せんでも……。ひとまず見といてーな」

 

 熾蓮はみんなに向けてそう言い放った後、慣れたように自らの身体へ祓力を纏うと、織部の方を向いて軽く頷いた。それを見た織部は「始め」と開始の合図を出す。

 

 直後、熾蓮は屋上の縁に向かって走り出し、縁を蹴って跳躍。ビルの下に落ちたかと思えば、7メートル先の向かいの低いビルの屋上へ着地する。

 

「おぉ、凄っ!」

 

 隣で熾蓮の様子を見ていた悠が声を上げる。

 

 一方、熾蓮はその後、助走をつけて屋上に設置してあった階段などが中に入っている塔屋へ飛び乗り、更に奥のビルへと跳んでいった。

 

「ふふーん、でしょ?」

「なんであんたが得意げなのさ」

「これでも入学前に何度か見てるからね」

 

 悠に指摘され、秋葉は熾蓮の後を霊眼を起動させた目で追いながら話す。

 

(けど、これを自分もやるとなったら話は別なんだよなぁ~)

 

 瞬く間に300メートル先にある建物の瓦屋根まで行ってしまった熾蓮を見ながら秋葉はそう思う。


 その後、ビルの配管に飛び乗り、フラグの設置してある屋上へ跳躍した熾蓮は、フラグを懐に仕舞って難なくこちらへ引き返してくる。

 

「おかえり~」

「おん、ただいま。久々にやったけど、やっぱ訛っとるな~」

 

 秋葉が声をかけると、熾蓮は屋上の縁から降りて、着地。肩を回しながらそう答えた。

 

「あれで訛ってるとかあんたどんな運動神経してるのよ……」

「どんな言われてもなぁ……」

 

 熾蓮の呟きを耳にしていた白澪が呆れながらにツッコんだ。戻って来た熾蓮は白澪へそう返すと、そのまま織部へフラグを手渡しに行った。

 

「お疲れさん。案外早かったな」

「どーも」

 

 熾蓮からフラグを受け取った織部は、秋葉たち生徒の方へ向き直ると続けてこう言った。

 

「最終的に君らには祓力を身に纏った状態で、ここまでいってもらう。熾蓮は試験免除する代わりに指導と試験本番の測定に回ってんか」

「分かりました」


 織部の指示を受けた熾蓮は返事すると、こっちへ戻ってくる。

 

(祓力のバフがあるとはいえ、この短期間であそこまでやるのか……)


 かなりの不安が付きまとう中、お手本を見終えた秋葉たちは、織部に連れられてビル4階にあるトレーニング施設へと向かった。


 織部によると、どうやらここは軽動術専門のトレーニング施設のようで、さまざまな障害物や飛び降り用の高台、跳躍力を鍛えるトランポリンなどが配備されている。

 

「ほな、順番に基礎からやろか。熾蓮」

「はいよ」


 施設内の説明をあらかた終えたところで、織部に促されて熾蓮が一歩前に出る。


「まずは着地からやな。みんなにはあそこの台から下に飛び降りる練習をしてもらう」


 斜め後ろにある身の丈ほどの高さのある台を指差す熾蓮。その下には怪我をしないようにか、硬いマットが敷かれていた。台の方を見ていた悠が熾蓮の方を向きながら手を挙げる。

 

「着地って、なんでそんな簡単なことわざわざ練習するの?」

「お、ええ質問やな」

 

 悠が尋ねると、熾蓮は軽く目を見開きながら声を漏らした。

 

「簡単や思うかもしれんけど、着地がしっかりできてへんと、最悪事故に繋がるんよ。どんだけかっこええ技を習得しようが、上手いこと着地できずに怪我したら元も子もあらへんからな」


 熾蓮の説明に周囲から感心の声が上がった。


 着地の他にも軽動術において、的確に狙った位置に着地する的着(てきちゃく)、障害物を飛び越える跳越(ちょうえつ)、高所から飛び降りた際などに回りながら着地する前転着地、壁を駆け上がる登壁(とうへき)などの技がある。


 説明を受けたところで、ひとまず今日は着地と跳越をその身に叩き込むことになるのだった。


 

 ◆◇◆◇


 

 そして、5限目終わり。休憩時間中に織部から自分の扱いたい武器をアンケート記入しろと言われ、どうしようか悩んでいる最中、ふと薫がペンを止めて熾蓮の方を見た。

 

「にしても、よくあそこまで動けるよね。熾蓮はここに来る前、何かやってたの?」

「そら、俺んとこの家系は全員忍びやさかいな。軽動術はできて当然やねん」

 

 薫の問いに熾蓮がペンを持ったまま顔を上げて答えた。

 

「え、熾蓮って忍者なの!?」

「へぇ、忍者ってマジでいたのね……」

「だから、あんな芸当が可能だったのか」

「まぁな。多分、織部先生は知ってて俺を指名したんやろう」

 

 いの一番に薫が驚いたように声を上げ、続いて白澪、樹と反応する中、熾蓮は模擬演習ルームから出て行く織部を目で追いながら言った。

 

 忍びだって言って良いんだと思いながら、秋葉と悠はみんなの反応を窺う。

 

 秋葉は入学前に聞いたので知っているのはもちろんだが、悠にも交流会の時に熾蓮の正体と密命のことは話してある。


 熾蓮が忍びだということは、てっきり秘密なのかと思っていたが案外そうでもなさそうだ。熾蓮の話を聞きつけたのか、周りにいたクラスメイトから熾蓮に質問が殺到していた。

 

 秋葉は大変そうだなと苦笑しながら、扱う武器を何にしようかと思考を巡らす。


(『紅桜』の武器は刀だから、やっぱり同じにすべきだよね)


 『紅桜』の使用する武器は刀の中でも打刀(うちがたな)。よく日本刀と呼ばれているものだ。あれならば、秋葉の腕力でも扱えるだろう。


 ペンを持ち直した秋葉は、迷うことなくアンケート用紙の欄に打刀と記入するのだった。

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