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第3章-第6社 4つの条件

 そして翌日。2限目は日本史の授業で織部が教壇に立って板書をしているのを見ながら、秋葉はノートの板書スペースの空白部分に昨日時点で分かったことを書いていく。


 (取り敢えず、こんなもんかなぁ)


 祓式を使って憑依して判明したことは大きく3つ。


 1つ目は容姿や武器がキャラ設定に基づいて反映されること。このことから、武器や服装に関しては材質まで決めておいた方がいいだろう。

 

 2つ目に、憑依したらそのキャラの口調やそのキャラの持つ雰囲気まで反映されること。これは現状、どうやっても戻すことができなかったので、慣れるしかない。

 

 そして3つ目は、憑依に使用する祓力量が他の祓式よりもはるかに多いことだ。


 昨日の授業で美杜先生に秋葉の祓力量が異常だと指摘を受けたが、ただ憑依しただけで1時間も持たないとなると、今後の授業に支障が出る。そこは何とかしなければならないだろう。

 

「いてっ」

 

 突如、頭を教科書で叩かれ、声を上げる秋葉。上を見ると、そこには教科書を持った織部がいた。

 

「ったく、何しとるんや」

「す、すいません……」

 

 眉を顰める織部に対して、秋葉は申し訳なさそうに謝る。すると、織部は祓式についてまとめた箇所を覗き見た。

 

「ほーん、まぁそういうことやったら、ほどほどにせぇよ」


 てっきり怒られるかと思っていたが、そんな様子もなく去っていく織部。秋葉は小首を傾げながらも、シャーペンを持ち直し、再びメモの内容に目を向ける。


 ひとまず、有り得そうな発動条件を書き出していくことにするのだった。


 

 ◆◇◆◇


 

 休み時間を挟んで3限目。今度はPCルームで情報の授業だ。ここでなら合法的にパソコンが触れる。


 情報担当で1年B組の担任を務める豊田(とよだ)秀一(しゅういち)の目を盗みながら秋葉はさっそく舞衣の管理するサイトにログインした。

 

 発動条件を改めて書き写したメモを参考に、キャラ項目を開く。

 

 と、ここで祟魔も噂や伝承で具現化するなら、創作キャラもそうなのでは?と思いつく。

 

 元は精神体だったエルの正体は、天御中主神あめのみなかぬしのかみ。既存の古事記などで登場しているため、世の承認力で顕現できたのだろう。


 そして、アリシアに関しても数年前からWEB小説内のキャラの1人として登場させている。

 

(ってことは、細かく書いた設定且つWEB小説投稿サイトに上げている小説のキャラならひょっとしたら出来るんじゃ……)


 そう思いながら、発動条件を書き出していく。

 

 先ほどの授業も含めて、列挙した発動条件はこうだ。1つ目にキャラ設定の情報量の多さの有無、2つ目にそのキャラが登場する世界観の有無だ。


 この2つが無いとキャラの人格や背景がしっかりしておらず、まず憑依はできないと見て良いだろう。


 3つ目にキャラのイラストの有無。これに関してはイラストがあることで視覚化され、秋葉のキャラに対するイメージのしやすさの補助になる。


 そして4つ目に小説として書いてWEBに投稿しているか否か。祟魔や神が既に世に出回っている噂や伝承に基づいて現界するならば、秋葉のキャラも同様に承認力が必要となる。


 そこで4つ目の方法を採用することによって、ある程度にはなるが達成できるというわけだ。


 以上、4つの条件を持っているキャラとなると、かなり絞られるだろう。

 秋葉がキャラ項目をスクロールする片手間に、授業で出された課題をこなしていると、不可視の術を付与したエルが現れた。

 

『調子はどうだい?』

『取り敢えず、発動条件はこの4つかな』

『ふむふむ。良い感じじゃないかな?』

『お、良かった~』


 パソコン画面を上から見ていたエルにオッケーを貰い、安堵する秋葉。その間にもエルは、秋葉たちが何をやっているのか気になるようで、PCルームをぐるっと回って様子を見ている。

 

『で、エルに訊きたいことがあるんだけど……』

『なんだい?』

 

 授業内で出た課題を手早くこなし終わった秋葉は、時間になるまでの間、エルに質問しようと念話を飛ばす。

 

『私の祓式って創作キャラの憑依で間違いないんだよね?』

『うん、そうだね。間違いないよ』

『ならさ、その創作キャラってどこから来てるわけ?』


 祓式を扱う上で、色々と調べている最中に秋葉の頭に思い浮かんだのだ。祟魔や神は噂や伝承から生まれるが、普段目に見えないだけで実在している反面、創作キャラはどこからやってくるのだろうと。

 

『目には見えないし、この世界にはいないだけで実在自体はしているよ。普段は次元の壁の向こうにいるんだけど、君の祓式はその壁を越えて向こうからキャラをこっちに引っ張ってくることができるんだ。ちなみに現界後は、念話による会話も可能だったりする』

『え、何それ!? 凄すぎない!?』

 

 別の世界が存在していることも何より衝撃だが、実際に自分で作った創作キャラと念話で会話できるという方が、普段から創作に身を捧げている秋葉にとっては驚くべきことだった。


 加えて、自分の祓式が次元の壁を越えてその創作キャラをこっちに引っ張って来られる力があるなど、普通に考えたら有り得ない。

 

『元来、祓式というものはその神社の神によって授けられるからね。ま、その祓式を選んだのはボクだし、こんな芸当ボクぐらいにしかできないからね~。存分に褒め称えるがいいさ!』


 誇らしげに短い腕を組むエルに目を丸くする秋葉。創作者としての秋葉の夢でもある、キャラに会えるも同然の祓式を自分に授けてくれたエルには感謝してもしきれない。


 これはせめてもの恩返しとして何かしなければ。そう躍起に満ちた秋葉は、少し考えてから念話を飛ばした。

 

『よし、ならひとまず今日の晩御飯は豪勢なもの作っちゃうか~』

『おぉ、やったー!』


 秋葉の言葉にエルが尻尾を揺らしながら喜ぶ。ひとまず、聞きたいことは聞くことができた。


 今までのやり取りを振り返った感じ、このまま進めても良さそうなので、条件に合うキャラがいないか探し出す。

 

 ある程度スクロールしたところで、ふと1体のキャラが目についた。


 名前を『紅桜(べにざくら)』。桜の花弁で彩られた紅色の着物に紺袴、草履を纏った赤い瞳の女剣士。そう、終業式の日に熾蓮が目にしたという少女だ。


 髪型は明るめのセミロングの茶色に赤メッシュが混じったものを後頭部で一纏めにしている。武器は日本刀。能力は攻撃性のある桜の花弁に、防御性のある紅葉操作だ。


(よし、これにしよう)

 

 見たところ十分戦闘でも使えそうなので、彼女を憑依させることにする。秋葉は、憑依する前の最終調整としてキャラ設定を編集し出すのだった。

 


 ◆◇◆◇


 

「できた~!」

「ずーっとパソコンと睨めっこしとったけど、何してたんや?」


 チャイムが鳴り、みんなが出て行く中、椅子に座った状態で声を上げた秋葉へ熾蓮が問いかける。秋葉は伸びをし終わり、だらんと腕を下に下ろし、熾蓮の方へ顔を向けた。

 

「祓式を使うにあたって発動条件洗って、キャラ設定練ってたんだよ」

「あ、そっか。秋葉の祓式って創作キャラの憑依だもんね」

「そうそう」

 

 そう説明すると、斜め向かいの席に座っていた薫が顔を覗かせて言ってきたので、秋葉は頷きながら席を立つ。


 4限目までまだ10分程度時間があるので、今のうちに憑依をしてしまうことに。


「どんな感じになるのかしらね」

「昨日は金髪エルフだったけど、今日はどんなキャラのかな~」

「憑依の祓式は見たことないから楽しみだな」

 

 順番に白澪、薫、樹と呟くのを耳にしながら秋葉は少し拓けたところへ移動する。

 

 すると、見物人として、熾蓮と薫の他に白澪、悠、樹も秋葉の周囲に集まってきた。

 

「そんな面白いものでも無いけどね……」


 期待を寄せるみんなを見て、秋葉は苦笑いを浮かべる。アリシアの時は、特にこれと言って詠唱などを唱えることなく憑依できたため、代わりにイメージが重要になってくるのだろう。


 秋葉は、『紅桜』の容姿を頭に思い浮かべながら目を閉じる。


 次の瞬間、秋葉の周りに桜吹雪が発生。無数の桜の花弁が秋葉の周りを舞った。周りにいた悠たちが驚く中、ある程度したところで桜が消滅。

 

 閉じていた目を開けてみる。

 

「……これでどうだ?」

 

 そう呟きながら目線を下に降ろすと、紅色の着物に紺袴、草履を履いた自分が見えた。髪は後頭部で一纏めに結われており、腰にはこれまたイラスト通りの日本刀が差さっている。

 

「で、できた……! おっしゃあああ!」

「凄いよ、秋葉!」

 

 目を輝かせながらガッツポーズを決める秋葉。心なしかいつもより低くなった声が響く中、憑依する様子を見ていた悠が満面の笑みでそう言ってくる。

 

「へぇ、かっこいいわね」

「憑依したら口調も変わるんか~。こら、おもろいな」


 秋葉が喜ぶ傍ら、白澪と熾蓮が興味深そうな目で見てくる。

 

「おぉ、刀使いか。良いね~、わたしそういうの好きだよ」

「和装なら、俺らと同じようなもんだからあんま目立ちにくいだろうし、良いんじゃないか?」

 

 続けて、薫と樹も憑依した秋葉を見ながらそう口にした。

 

「お褒めに預かり光栄だぜ」


 好評なようで、秋葉は笑みを浮かべながらお礼を言う。周りからの印象もどうなるか心配だったが、案外気に入ってくれているようでキャラを作ったかいがあったと思う秋葉。

 

『よぉ、秋葉。こうして話すのは初めてだな』

『うわっ、本当に紅桜だ。凄っ!』

 

 脳内に想像していた通りの『紅桜』の声が響き、感動を覚えた秋葉はこれ以上ないぐらい満面の笑みを浮かべる。


(マジでいる! そこにいる!)

 

 まるで推しを前にした時のように喜ぶ秋葉の脳内に『紅桜』の苦笑が響く。

 

『はしゃいでるとこ悪いが、憑依する際にあんたに1つ言っておくことがある』

『おっと、ごめんつい。何かな?』

 

 大はしゃぎから一変、話があるという『紅桜』へ謝り、用件を尋ねる秋葉。すると、『紅桜』は少し間を空けてから再び念話を飛ばしてきた。

 

『この身体の主導権、および憑依中の意思・思考は紛れもなく秋葉にある。だが、終業式の時みたくお前に万が一のことがあった場合、もしくはオレが表に出たいってなった場合は、なるべくお前に許可を取った上で表へ出ることになるから覚えておいてくれ』

『わ、分かった』

 

『紅桜』から告げられ、秋葉は内心で頷く。『紅桜』が憑依している際、秋葉の身体には秋葉の意思と『紅桜』の意思が混在している。


 今は秋葉が表に出る形になっているが、彼女に万が一のことがあり意識を失った場合、必然的に裏にいた『紅桜』が出てくる形になるというわけだ。


『そろそろ時間だ。また後でな』

『うん、じゃあね』


 忠告が終わったところで、休み時間がもうそろそろで終わろうとしているのに気づいた『紅桜』がそう言ってきた。秋葉は別れを告げて、『紅桜』を自らの身体から解き放つようイメージをする。

 

 と、元の制服姿に戻った。4限目開始まで時間が無い中、秋葉たちは急いでPCルームを出るのだった。

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