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第2章-第8社 食堂での会話

(んー、熾蓮との関係なぁ……)

 

 唸りながら考える秋葉。


 熾蓮とは小さい頃から一緒に遊んでいたし、中学の時は3年間同じクラスだったが故、それなりに長い付き合いではある。やはり、それらを一言で表すなら――


「――ズバリ、幼馴染だよ!」


 秋葉が言い淀んでいると、頭上から声がしてギョッとする。


 真上を見上げてみれば、狼の胴体に烏の翼の生えたマスコットがいた。やはりというか何というか、声の主はエルのようだ。


 エルは6人テーブルの周囲を飛び回る。周りの席の生徒たちは気にする様子もないので、秋葉たち6人以外には視えていないらしい。

 

「うお、びっくりした~」

「急に出てくるなよ……」

「心臓に悪いマスコットめ……」

 

 薫、樹、悠の順に何の前触れもなく出てきたエルに対して愚痴を溢す。

 

「マスコット呼ばわりがもう定着しているだなんて、ボクは悲しいっ! あ、その唐揚げもらうね~」

 

 悠からマスコットと呼ばれたことに泣き真似をしたかと思えば、エルはどこから持ってきたのかお皿に残っていた唐揚げを爪楊枝で突いて口に運ぶ。

 

「ちょっと! それ最後の1個なんだけど!?」

「別に良いでしょ~、そのぐらい」


 唐揚げを奪い取られて怒りを見せる秋葉に、エルは呑気に返しながら唐揚げを完食する。


(こんにゃろ~! 次同じことやったら、神社の仕事量倍にしてやる!)

 

 秋葉がエルにムカつく一方で、薫が話を戻そうと口を開く。

 

「それで2人はいつから一緒なの?」

「んー、そうやな。もう小学生の時には一緒やったし」

「そうだね」


 熾蓮の言葉に同意しつつ、残ったキャベツを平らげて唐揚げ定食を食べ終える秋葉。

 

「出会いは!? 出会いはどんな感じなの!?」

「気になる気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着け~」

 

 ちょうどハンバーグ定食を食べ終えた悠が、文字通り真正面から問い詰めてきた。その様子に宥めつつ、秋葉は幼少期を思い返しながら答え始める。

 

「大体、8歳ぐらいの頃かな。熾蓮の他に結奈と舞衣って子も幼馴染なんだけど、3人とも親の付き添いでうちの神社に来ててね。親がみんな仕事のことで話し込んでたんだけど、私らは暇でさ。熾蓮が待ってるだけじゃ退屈だから遊ぼうって言ったのが始まりだった気がする」

 

 秋葉が話し終えると、4人は感嘆の声を漏らす。樹や薫ほどインパクトのある出会いではないが、それなりに興味は引けたようだ。

 

「にしても、ようそこまで覚えとるな」

「当時は神社の手伝いばっかで遊ぶ友達とかいなかったから、尚更だろうね」


 感心したように話す熾蓮に、眉を下げながら答える秋葉。

 

 (確かその後、話し合いが終わるまで4人で境内中を探索してたんだっけ)

 

 それ以来、3人が学校帰りや休日などの時間のあるときに神社へ集まっては遊んで、時折手伝いをしてもらったりで、北桜神社が半ば4人の溜まり場のような扱いになったことは今でも記憶に残っている。


「へぇ、小さい頃から頑張ってたのね」

 

 白澪は微笑を浮かべながらそう溢す。

 

「普通、神社の手伝いは中学入ってからだからな」

「え、そうなの!?」

 

 樹の何気ない発言に、思わず目を見開く秋葉。


 神社の手伝い――正確には出仕(しゅっし)と呼ばれる神職見習いになるのは、一般的に中学1年生からとなっている。中学1年から3年までが出仕期間で、その後の権禰宜(ごんねぎ)試験を受けて合格した者のみが神職になれるのだ。

 

「もう、秋葉が特殊過ぎるんだよ。本来なら宮司なんてあたしらの歳でなれるもんじゃないだからね~」

「あー、それはそうか」

 

 茶化すような口ぶりで話す悠に、秋葉は返事をする。


 通常、宮司というのは、秋葉のような特殊な環境下でない限り、長年経験を積んできた神職しかなることが許されない。中学生の時点で家族全員を亡くした秋葉は家を継ぐという意味でも、半ばならざるおえなかったのだ。

 

 今までこれが普通だと思っていたのが、違うと知らされ、改めてこれまでを振り返ってみると、確かにだいぶ特殊かもしれない。宮司がまだ高校生な時点でおかしいのだが、神社の祭神自身が神職をやっているのもだいぶおかしな話だ。

 

(自分自身を祀り上げる神がいるの地味に面白いな……)

 

 エルをチラ見しながら内心、半笑いしていると、当の本人が眉を顰めてきたので、何でもないと言い返す。


「にしても、さっきから人の話ばっか聞いて暴れてる悠にはいないのかしら? 幼馴染」

 

 右斜め向かいに座る悠へ視線を送る白澪。すると、悠は唸り声を上げながら話し出す。

 

「んー、小さい頃から時々遊んでた同い年の男子ならいるよ。松尾(まつお)大社の神職でちょうどB組だったはず。でも、あいつ何かとお節介だから幼馴染だけど、お兄ちゃんみたいな感じなんだよね」

 

(その幼馴染、見るからに悠に振り回されてそうだな……)

 

 秋葉も入居以来、悠にはいい意味でも悪い意味でも振り回されているので、まだ見ぬ悠の幼馴染に同情する。

 

「残るは白澪やけど、実際どうなんや?」


 熾蓮は白澪の方を見ながら問いかける。すると、彼女は宙を向いて話し出した。

 

「いるにはいるわよ。鞍馬山(くらまやま)にある由岐(ゆき)神社の兄妹神職と貴船(きふね)神社の神職やってる1つ年上の女子の3人。家自体が昔から交流があったからそれがきっかけで仲良くなったの。けど、悠と一緒でみんな兄とか姉とか妹って印象が強いのよね」


 白澪は喋り終えると、自分のコップを手に取ってお茶を飲む。幼馴染と一言で言えど、ライバル的なものが含まれていたり、幼少の頃からずっと一緒で守る者と守られる者、そして兄妹的なものなど互いの関係はそれぞれ違うらしい。

 

 と、頬杖をついて話を聞いていた樹が口を開く。

 

「神職ってことはみんなここに通ってる感じなのか?」

「えぇ。B組に1人と2年生に2人」

「へぇ、じゃあいつか会うかもね」

 

 白澪が答えれば、向かいで話を聞いていた薫がそう口にした。

 

 日吉大社があるのは比叡山(ひえいざん)の麓。由岐神社と貴船も京都市の北東に位置する山々なので何かしら交流があってもおかしくないだろう。

 

 こうしてみんなの話を聞いてみると、案外それぞれの幼馴染も神職のようで、神職・代報者界隈は案外狭いのかもしれない。秋葉は入学してまだ間もないというのにそんなことを思う。

 

「いいね~、若者のそういう話、ボクも好きだよ~」

「若者ってな……」

 

 エルが6人テーブルの周りを1周しながら告げれば、熾蓮が呆れたように話す。

 

「こう見えて、ボク長生きだからねぇ」

「そういや神だっけ。そのなりだからエルが神ってこと忘れるんだよね」

「そんなぁ、忘れないでくれたまえよ……」


 宙を飛んでいるエルを目で追いながら呟く薫に、エルはしょんぼりしたように耳を下げる。


 いつもはマスコットか人の姿で現界しているので、秋葉もときどきエルが神であることを忘れてしまう。神様らしい威厳とかそういうものがこいつにはないのだ。

 

「それはそうと、みんな時間大丈夫なの?」


 秋葉の肩へ降り立ったエルが時計へ視線を向ける。

 

「うわっ、そろそろ出ないと次の間に合わなくなるぞ」

「げっ、ホンマやな」

 

 エルに指摘され、樹と熾蓮が慌てて席を立つ。


 食堂内に設けられた時計を見てみると、現在時刻は13時20分。13時30分から5限目が始まるので、後10分しかない。


「ひとまず教室の方に戻りましょうか」

「そうだね」


 白澪と薫も椅子を引いて立ち、トレーを持って返却口まで移動する。


「それじゃあボクはこれで」

「了解。午後も神社の方頼んだよ~」

 

 秋葉がそう告げると、エルは姿を消した。秋葉と悠も白澪たちの後に続き、お皿の乗ったトレーを返却口まで戻して教室へ急ぐ。

 

 

 ◇◆◇◆


 階段を駆け上がり、4階の教室まで戻ってみるも人1人見当たらない。

 

「あれ? 誰もいない……」

「お、黒板になんか書いてある」


 秋葉がそう呟く中、隣にいた悠が黒板を指差すので、6人全員そちらを向く。


 すると、そこには織部が書いたのだろうか、大きな文字で5・6限目にある演習授業の場所が書かれていた。

 

「何々、『手ぶらで演習場に集合』……?」

 

 書かれた文字を読み上げる樹。入学式の後に行われた校舎案内で、演習場の位置もさらっと紹介とされたのだが、ベージュ色の大きな建物で、校舎外にあったはずだ。

 

 4階から1階まで再び駆け足で降り、校舎を出た秋葉たち。校舎案内で訊いた話だと演習場は学園の東側に位置しているはずだ。

 

「えーっと確か演習場は……」

「悠、そっちじゃないわよ」

「おっと危ない。ありがと白澪」

 

 北の方角に歩き出す悠を止める白澪。また方向音痴が出ているなと呆れつつ、東の方角へ視線をやる。

 

「ねぇ、演習場って講堂の裏に見える建物じゃない?」


 薫が講堂の裏に見えるベージュの建物を指差した。今いる地点から演習場まで、直線距離で300mはあるだろう。

 

「おぉ、結構距離あるな……」

「えぇ……これ間に合う?」

 

 演習場を眺めながら話す樹と秋葉。

 

 ほぼ学園の端から端までの距離を行くのに残り3分で間に合うのだろうかと皆が不安になる中、傍にいた熾蓮が口を開く。

 

「もうこうなったら演習場まで走るしかないやろ」


(うーん、走るの嫌なんだけどなぁ……)

 

 内心、嫌気が差しているが、まだ授業初日なのにもかかわらず、遅刻してしまう方が問題だ。仕方ないと、秋葉は先行して走る熾蓮と薫の後を追いかけるのだった。

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