第2章-第2社 寮室での一幕
握手を終えたところで、悠は秋葉の前にある台車へ目を向けた。
「よかったら、運ぶの手伝おうか?」
「え、いいの?」
「もちろん! というか、むしろ手伝うために来たんだよ。あたしも引越し準備のとき1人で大変な思いしたからね」
知り合ったばかりの人に突然荷物を運んでもらうのは、流石に申し訳ないと思ったが、そういうことなら遠慮なく頼んでしまおう。
台車の荷物に視線をやれば、不安定に積まれたスーツケースが目についた。
「なら、そこのてっぺんに乗ってるスーツケースお願いできる?」
「いいよ、任せて!」
悠にスーツケースを持ってもらい、寮室まで案内してもらう。基本的に大神学園の寮は学年ごとに分かれており、その多くが2人部屋だ。
1年女子は4階と5階、1年男子が2階と3階、1階は食堂や保健室、事務室、談話室といった共用スペースとなっている。
パンフレットのとおり中は洋風の空間で、秋葉と悠は絨毯の敷かれた床を歩いてエレベーターに乗り込み、4階まで上昇。エレベーターを降りて再び歩いた先でふと悠が立ち止まった。
「ど、どうしたの?」
「あー、えっと……降りる階間違えちゃった」
「……はい!?」
「今がいるのが4階だから、もう1個上だ。ごめんね~」
悠は両手を合わせて軽く謝る。どうやら秋葉と悠の寮室は5階らしい。またしてもエレベーターに乗って、5階へ着いた秋葉たちは廊下を進む。
(あれ? もしかしなくても方向音痴……?)
秋葉は一歩前を進む悠を見ながらそう思う。と、今度こそ寮室へ着いたようで、悠は鍵を取り出して扉を開けた。
「はい、ここがあたしたちの部屋だよ!」
「お、お邪魔しまーす」
悠が慣れたように先を進む中、秋葉は辺りをキョロキョロしつつ、台車を押して入る。
室内は相部屋にしては少し広めで、入ってすぐのところにはキッチンが設置されており、その向かいにはバストイレ、1枚扉を挟んだ奥の両脇には二人分のベッドに勉強机、その手前には高さの低い長方形のテーブル、壁際にはテレビがセットされていた。
「スーツケースここら辺に置いといていい?」
「うん大丈夫。ありがとね」
「どういたしまして!」
悠は空いているベッドの近くにスーツケースを置く。秋葉は台車をひとまず玄関付近の空いているスペースにやり、ダンボール箱を下ろす。
「これで後は台車返すだけかな」
「あ、そうだ。もうすぐあたしらの分の制服が届く時間だし、あたしも着いてくよ」
「お、了解」
2人は再び下に降りて台車を返しに行き、ついでに制服の入ったダンボール箱を持って部屋へと戻ってくる。
空いている絨毯の上にダンボールを置き終わると、悠が両手を叩いた。
「では、いざ開封の儀といきますか!」
「だね。……あのさ悠って、結構グッズ収集とか漫画好きな感じ?」
「お、よく分かったね」
「その言葉遣いはよくやる人のあれだし、悠の机周りはグッズで、本棚も漫画で溢れかえってるし」
秋葉は横にある悠の机と本棚に視線を向けながら話す。
本棚にはこれでもかというほどに漫画や雑誌が揃っており、ジャンルとしては主に少女漫画や恋愛ものが多い。
悠の勉強机はそれに付属するグッズでいっぱいになっており、アニメ化されている作品で秋葉も知っているものもちらほら見受けられる。
「あはは……バレちゃったか~。ってことは秋葉も?」
「うん。二次元コンテンツはかなり漁ってるかな」
「いいね~! これは趣味が合いそう!」
「そうだね」
悠につられて、秋葉も微笑む。同じ寮室ということで、趣味が合わなかったり、価値観が合わなかったりしたらどうしようかと思っていたのだが、案外そう心配することでも無かったようだ。
多少違っていようが、人の良さそうな悠なら受け入れてくれるだろう。
「さて気を取り直して制服の方、見ていこっか!」
「おー!」
悠は引き出しからはさみを取り出して2人分のダンボールを開封していく。中のものを取り出して一通りベッドの方に並べていき、ビニールで覆われた制服を眺める。
白い着物の上には小振袖の紺羽織、下は黒のトレンカタイツと紺袴を着用するようだ。よく見てみると、紺羽織の左胸には校章のようなものが刺繡されている。
着替えること10分。上は白の着物に紺羽織を着て、下はトレンカタイツを履き、その上から紺色の袴、そしてズリ防止用の茶色のベルトを巻き付ければ完成だ。
これが大神学園の代報者としての正装になる。秋葉と悠は互いに寮室の全身鏡で確認する。
「お、なかなか似合ってるじゃん! 秋葉」
「そっちもね。にしても、和服着慣れてる側からしたらこの制服はありがたいな~」
「確かに。……ん? ってことは、秋葉って神職だったりする?」
「そうだよ。北桜神社っていう右京区の嵐山にある神社」
「え、凄っ! 嵐山に住んでるんだ~」
悠は嵐山という単語を耳にした瞬間、目を輝かせる。
「まぁね。そういう悠はどうなの?」
「あたしは西京区の千草神社の神職。こっちは周りに何もないから、秋葉が羨ましいよ」
「あはは……こっちはこっちでどこ行っても観光客ばっかだから、大変なんだけどね」
秋葉の中学のときの通学路の道中には渡月橋がある。朝はまだマシなのだが、夕方になると観光客でいっぱいのそこを渡るのはかなり苦労するのだ。
(それにしても悠も神職なんだ。やっぱりこの学校は神道系だけあってそういう人多いのかな)
熾蓮もそうだが、専門の方に入学する結奈と舞衣も入学と同時に、見習いとしてそれぞれの神社で神職として活動するそうだ。
入学式となる明日にはクラスも発表されるため、そこで神職がどのぐらいの比率なのか分かるだろう。
「で、これに後、茶色のブーツと任務のときには革製の黒手甲とウエストポーチが着いてくるみたい。イヤリングの着用は自由らしいけど、どうする?」
「んー、物には力が宿るって言われてるし、せっかくならつけようかな」
「だよね。女子にとってはおしゃれにもなるし」
確か、制服の付属品として小さいイヤリングが含まれていたはずだ。秋葉は赤色のイヤリングを、悠は緑色のイヤリングを頼んだらしい。
幸い、イヤリングなので穴は開けなくてもよくなっている。茶色のブーツに関しては玄関の方に置いてあり、黒手甲に関してもイヤリング同様、付属品としてダンボールの中に仕舞われているので、問題ない。
「にしても結構、装備品多いな」
「装備品って……ここはゲームの世界か何かかな?」
秋葉の呟きに悠が反応する。
「もー、そんなわけないでしょ。ほら、一通り着替えてサイズも見られたし、さっさと着替えるよ」
「はーい!」
悠の発言に半分笑いながら返す秋葉。2人は制服から部屋着に着替えるのだった。




