第2章-第1社 寮への入居
クリスマスから約3カ月。あっという間に4月に入り、先日愛宕山での持久力訓練を終えた秋葉は、スーツケースに荷物を詰めていた。
「後はもう詰めるもんないよね……」
スーツケースの中身を一通り確認していく。日用品に衣類、パソコンに筆記用具など、どこかに旅行にでも行くのかというぐらいのラインナップ。
4月1日となる今日は、大神学園にある寮への入居日。朝から神社の諸々を速攻で終わらせ、入居準備をしていた秋葉は、スーツケースの蓋を閉めて自室を出る。
階段を降りて、玄関に行けば、見送りに来たのか人間姿のエルが待ち構えていた。
彼は、腰までの紫メッシュ混じりの白髪をハーフアップにし、白衣に白袴を身に纏っている。瞳はマスコットの時と変わらず紫で、手には同じ色の扇子を持っていた。
「それじゃあ後、頼んだよ」
「はーい、この万能神に任せてよ!」
自信満々に腕を組みながら話すエルに、秋葉は呆れながらこう呟く。
「ホントに万能かね~。絶対、参拝者に変なことしないでよ?」
「分かってるって。全く、心配性だな~、これでもこの神社に務めてから3年は経ってるっていうのに」
「あんたがこれまでに何度もやらかしてるからでしょうが」
初めのやらかしは、まだエルと出会って間もない頃。社務所へやってきた参拝者におみくじを渡そうとした際、参拝者にこれから起こる事象を伝えて、後日やってきた参拝者に驚かれたのだ。
他にも、参拝者が拝殿で祈願していた際に、その願いを叶えるのは無理と念話越しに言ってしまったり、祈禱の最中にエル自身が光ってその場にいた一同がびっくりしたりと事故が多発。
今ではマシになってきているが、時々やらかすので秋葉は、目が離せない状態になっている。
「まぁ、休日には帰って来れると思うから、それまでひとまずよろしくね」
「分かったから早く行きなって。電車乗り遅れちゃうよ?」
「え? うわっ、ヤバい!」
エルが閉じた状態の扇子で時計のある方向を差す。玄関の棚に飾ってある時計を見てみると、すっかり家を出る時間を過ぎていた。電車が来るまで後、10分もない。
このままでは時間通りに大神学園へやってくる引っ越し業者に迷惑をかけてしまう。
秋葉はエルに別れを告げ、ダッシュでスーツケースを引きずりながら境内を出て行くのだった。
◇◆◇◆
電車とバスを乗り継ぐこと1時間半。
スマホの地図アプリを見ながら人通りの少ない歩道を歩いていると、周囲が木々に囲まれている中に昔ながらの建物によく見る、土でできた塀の上部に瓦の乗った築地塀が現れた。
パンフレットを見たところ大神学園は京都市北区の三方を山に囲まれたところにある。秋葉は塀に沿って進んでいけば、神社でよくある木造の楼門が見えた。
辺りには厳重に三重もの結界が貼られており、簡単に祟魔が入れないようにきちんと対策されているようだ。楼門を潜って少し歩いたところには瓦屋根に白壁の4階建て校舎が立ち並んでいる。
今は春休みなのか、生徒という生徒はほとんど見受けられない。
(ここが大神学園か……)
山の近くだからか風が涼しく、比較的のどかなところに建てられているので市街地のような騒音なども聞こえない。
そこだけ見れば非常に良い環境なのだが、如何せん駅からも遠く、辺りにはコンビニやファーストフード店など学生が休み時に利用できそうな店もない。
バスも30分に1本と言ってはあれだが、青春を謳歌する学生には優しくない立地となっている。
(んー、これから大丈夫かな……)
若干の不安を抱えながら、学園内を歩くこと5分。校舎と似て、瓦屋根に白壁の5階建ての寮についた。表向きは和風建築っぽいが、パンフレットによれば中は比較的洋風な雰囲気らしい。
すると、寮のそばに1台のトラックが止まっているのを目にする。見たところ引っ越し用のトラックのようだ。
荷物を受け取らないといけないので、秋葉はスーツケースを引っ張りながら、トラックの方へと歩く。
と、トラックの荷台から若い男性の引っ越し業者が現れた。帽子を目深に被った彼は、秋葉を目にすると声をかけてくる。
「こんにちは。もしかして、北桜秋葉さんですか?」
「あ、はいそうです」
「あぁ、良かった。この時期はどこも引っ越しシーズンで我々も忙しくて……。すいませんがお荷物の方を、あちらの台車に積んでおきましたのでご自分で運んでもらえないでしょうか?」
「わ、分かりました」
引っ越し業者が眉を下げながら、寮の入口付近にある台車を指差す。そっちに目をやれば、台車には大きなダンボールが5箱ほど詰まれていた。
「本当に申し訳ありません。あ、台車の方は運び終わり次第、置いといてもらえれば、こちらで回収しますので」
「了解です」
「では、失礼します」
引っ越し業者は会釈してから、再びトラックの荷台へと入っていった。秋葉はそれを見届けながら自身の荷物の積まれた台車へと向かう。
持っていたスーツケースをダンボールの上に乗せて、台車を押しながら入り口の方へ進んでいけば、秋葉と同い年ぐらいの1人の少女が立っていた。
ロングボブの毛先がふわっとした明度の明るい緑髪に紫眼の彼女は、秋葉を見つけるとこっちへ歩いてきた。
「ちょっと良いかな?」
「あ、はい」
そう尋ねてくる少女に返事をする秋葉。
「もしかして今日入居予定で、寮室番号が503の新入生だったりする?」
「そ、そうですけど……」
(な、何だこの人……)
見た感じここの学生だろうか。唐突に色々と訊いてくるので、秋葉は警戒の色を見せる。
「ってことは、あなたが北桜秋葉⁉」
「え、そ、そうですけど……どちら様?」
爛々とした目をしながら開口一番そう言われ、その圧に秋葉は頬を引き攣らせる。
「あたしは千草悠! あなたと同じ1年で、今日から同じ部屋で暮らすルームメイトだよ。よろしくね!」
「あ、なるほど……? えと、よろしく……」
満面の笑みを浮かべながら握手を求める悠に対して、秋葉はぎこちない笑みと共に手を差し出し、握手をする。
(うおお……めちゃくちゃ明るい子だ。私とは全然違う陽の気配をビシバシ感じる)
陽気な彼女がルームメイトということで、秋葉は若干の緊張を覚えるのだった。




