第1章-第5社 1年A組
学園長室を出た秋葉は急いで4階の教室へ向かい、引き戸を開けて中に入る。
「すいません、遅れました」
ざっと教室全体を見回すと、既に全員席に着いているようだった。教壇には肩までの暗い赤髪をハーフアップにし、臙脂色の着物に黒の袴を纏った長身の若い男性が立っている。
入学式前の担任紹介で聞いた話によれば、彼の名前は織部信武。京都市の北区にある建勲神社の神職であり、秋葉たち1年A組の担任だ。
教壇に立っていた織部は赤い瞳で教室入って来た秋葉を見る。
「はよ席着き……って、隣のそいつは何や?」
「え?」
関西弁でそう尋ねられ、秋葉は咄嗟に自分の隣を向く。
そこには不可視の術を解いたエルが興味深そうに教室の様子を窺っていた。エルの正体を知っている熾蓮と悠以外は、みんな不思議そうな表情で狼の胴体に烏の翼の生えたマスコットを見ている。
状況を理解した秋葉は織部へ向き直って口を開く。
「あぁ、エルです。喋るマスコット……じゃなくて神獣? ……えっとなんて言えば良いんですかね?」
「知るかいな。そんなん本人に答えさせたらええんとちゃうか?」
エルの正体をストレートに話すわけにもいかないだろうと、思考を巡らす秋葉に織部は提案する。と、隣にいたエルがクラスメイトの方へ身体を向けた。
「どーも、初めまして! 天地創造の神・天御中主神でーす!」
愛らしい笑みを浮かべて話すエルに、教室全体が静まり返る。隣にいた秋葉もエルの衝撃発言に頭が真っ白になり、固まった。
だが、すぐに事の重大さに気づき、バッとエルの方を振り向く。
「え、ちょっ、エル何言って――」
「「「はあああああ!?」」」
クラス全体が驚きの声に包まれ、秋葉の声が容赦なくかき消された。
(自ら正体を明かすとか何考えてんのさ……)
秋葉がこれでもかと深いため息を吐いていると、すぐ隣にいた織部がエルに詰め寄る。
「ちょ、ちょい待ちぃ! 神ってそれどういうことやねん!」
「だからそのまんまの意味だよ。信じられないならその眼で視てみると良い」
エルが何食わぬ顔で告げると、秋葉とエルの周囲にクラスのみんながわらわら集まって来た。熾蓮と悠は正体を知っているからか、後ろの方でみんなの様子を見守っている。
秋葉も改めてエルへ目を向けた。普段からエルは自身に正体が周囲に見えないように術をかけているのだが、いつの間に解いていたのやら微かに神々しい気を感じる。
「……ガ、ガチもんや」
「うお、マジかよ。凄いな……」
「ほぇ~、神様なんて初めて見たっす」
担任の織部は勿論のこと、クラスメイトもみんな目を丸くしているようだ。
「だから言ったでしょ? 本物だって」
エルが誇らしげに話せば、全員納得したように首を縦に振る。
「天御中主神って呼びにくいだろうから、気軽にエルって呼んでくれて良いよ~」
もしやこいつ、自分が神だって自慢したかっただけなんじゃ……という考えが秋葉の頭をよぎる中、エルはクラスメイト全員に向けて言い放った。
と、さらに教室内がざわめき始める。そんな中、数人の生徒が手を挙げた。それに気づいたエルは話すよう促す。
「神様がなんでここに!? 天界いるんじゃないのかよ!?」
一番手前にいた毛先の跳ねた黒髪ショートの男子生徒が手を挙げてエルに尋ねてくる。
「ねぇねぇ、君とエルってどういう関係なの!?」
「神様ってやっぱり凄い力とか使えたりするのかい!?」
それを皮切りに、水色の髪を下の方でツインテールにした女子生徒に、赤みがかった長い茶髪を後ろで三つ編みにした男子生徒が、紫の瞳を輝かせながら問いかけてくる。
ならば自分もとひっきりなしに教室中から質問が飛び交う。
「え、えーっと……」
クラスメイトからの質問攻めに会い、秋葉は困ったように引き攣った表情を浮かべつつ、これじゃあまるで聖徳太子みたいだなと思っていると、見るからに不機嫌そうな織部が視界の端に映った。
(あ、これはまずい……)
「こら! 全員黙らんかい!」
織部の怒号が教室内に響き、さっきまで騒がしかった教室が一瞬にして静かになった。
「みんな気になるんは分かるし、俺もめっっちゃ気になる」
グッと堪えるように拳を握りながら答える織部は、続けてこう話す。
「けど、まずはやること終わらせてからや。質問は放課後にせえ」
「「「はーい」」」
不満げな声で返事をするクラスメイトたち。
自己紹介を終えた後には校舎案内が控えているそうなので、秋葉も窓際の2列目にある自分の席へ着く。全員が着席したところで、出席番号順に自己紹介が始まった。
と、後ろの席に座っていた熾蓮が小声で声をかけてくる。
「あの調子やと、放課後は大変なことになりそうやな……」
「あはは……。だね」
驚異の質問ラッシュが放課後に待ち構えているとなると、到底自己紹介どころではなくなる。何聞かれるのかそわそわしながら秋葉は話を聞くのだった。