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序章-第1社 遭遇

「どうか1日だけ! 進路希望用紙、明日までに出すんで期限延長お願いします……!」

 

 クリスマスイブとなる12月24日。暖房の効いた職員室のど真ん中で、土下座する勢いで頭を下げるセーラー服姿の少女がいた。

 

 アホ毛の生えた赤毛混じりの明るいセミロングの茶髪に、赤い瞳の彼女の名は北桜(ほくおう)秋葉(あきは)。現在中学3年生。

 進路希望用紙の出し忘れで、担任の先生に期限延長の申し立てをしている最中だった。

 

 まだ30代にもかかわらず生え際が薄くなってる男性教師は、考え込むように唸り声を上げたかと思えば、目の前の秋葉へ問いかける。

 

「んー、でも今日までって書いてあったよね?」

「年末年始の準備で忙しくて、進路考える余裕なんてなかったんですよぉ……」


 家が京都・嵐山(あらしやま)の麓にある北桜(ほくおう)神社で、秋葉はそこの宮司を務めている。世間はクリスマスで浮足立っているが、年末年始は神職にとっては繫忙期。

 

 よその神社よりも小さい規模で金欠・人手不足の北桜神社(ほくおう)でもその時期になると参拝者が多くなるので、その対応に追われていたのだ。進路を考える暇などほぼ無いに等しいだろう。

 

「宮司の仕事で忙しいのは分かるけど、出すものはちゃんと期限内に出してもらわないとねぇ……」

「そこをなんとか……! 明日! 明日の朝には絶ッッ対に出すんで!」

 

 再度頭を下げる秋葉。眉を下げながら彼女を見つめた男性教師は、少し考えてからため息交じりにこう告げた。

 

「……分かった。生徒全員分の希望用紙を回収しなきゃ怒られるのは私だし。1日だけ待ってあげよう」

「ありがとうございます!」

 

 仕方なくそう言う男性教師に、秋葉は目を爛々とさせながらお礼を言う。

 

「ほら、もう門閉まっちゃうから早く帰った帰った」

「はーい、それでは失礼します」


 男性教師に急かされ、職員室の扉へ向かう秋葉。去り際に壁に掛かっている時計を見ると、針は17時25分を指していた。普段の下校時刻は18時なのだが、最近はやけに物騒なので、下校時刻が30分早まっているのだ。

 

 職員室を出てお辞儀をした秋葉が顔を上げて横を向くと、そこには学ラン姿の男子生徒がいた。焦げ茶色のショートカットに右横の赤メッシュが特徴的な赤眼の彼は御守(みかみ)熾蓮(しれん)

 

 秋葉の幼馴染であり、彼女と同じく嵯峨嵐山(さがあらしやま)の北東に位置する愛宕(あたご)神社の神職だ。

 

「お、どうやった?」

「1日だけ待ってもらえることになったよ」

 

 関西弁で話す熾蓮(しれん)に声を掛けられ、下駄箱まで歩きながら結果を伝える秋葉。

 

「おぉ、良かったやん」

「いや~、頭下げまくったら案外何とかなるもんだね」

「まぁ、先生としての立場もあるんやろうけどな……。次はちゃんと期限内に提出せぇよ」

「はーい」


 呆れ半分にそう言われ、秋葉は間延びしたように返す。下駄箱に着いた2人は上履きを履き替えて校舎を出る。

 

 外はもう既に真っ暗になっており、電灯の明かりがついていた。生徒の姿もほとんど見当たらず、校門までの道のりはがらんとしている。


「もう夜遅いし、途中までやけど送ろか?」

「んー、今日は良いかな。そっちも家遠いんだし悪いよ。それになんかあったとしてもエルがいるから大丈夫!」

 

 熾蓮(しれん)の申し出をやんわりと断る秋葉。エルというのは、白狼(はくろう)の頭と胴体に(からす)の翼が生えた喋るマスコットだ。また、一般人には視えない霊的存在であり、秋葉とは中学一年生のころから暮らしている。

 

 最も、秋葉と熾蓮は生まれつき、そういうあやかしや霊といったものを視認できる眼を持っているため、エルの存在も認知できるのだ。

 

 2人は学校全体にいつからか貼られている結界を潜って、校門を出る。

 

「まぁ、彼奴に任せといたら大丈夫か。ほなまた明日」

「またね~」

 

 熾蓮と別れた秋葉はバス停へ向かい、ちょうど到着したバスへ乗り込む。大通りを進み、左折して少し進んだところのバス停で降りた秋葉は、人通りの多い渡月橋(とげつきょう)を渡る。


(うぉ~、毎度のことながら人が多いな……。まぁクリスマスイブだから尚更か……)

 

 京都・嵐山の観光地としても特に有名な渡月橋の橋を渡り、10分程度歩くと、この先北桜神社と書かれた看板が見えた。

 

 秋葉の実家の神社は参道を上った先にある。舗装された参道へ入る秋葉。すると、グンッと何かに引っ張られるような違和感を感じる。

 

(なんだ今の……。まぁ良いや。早く帰って進路決めよう)


 暗い中、参道を進むこと数分。視界に霧が掛かったような感じを覚え、周りを見回す。周囲には山林が生えており、何ら変わりないように思える。

 

 と、足元に目を向けてみたら参道特有の石畳から舗装の行き届いていない山道へと変わっていた。


(え……? どういうこと? 私、ちゃんと参道に沿って歩いてたよね?)


 次の瞬間、後ろの方からぞわっとした気配を感じる。恐る恐る振り返ってみたら、そこには黒い(もや)のかかった蜘蛛のような化け物が数体いた。

 

 そいつらは秋葉と目が合うと、気味の悪い鳴き声を上げながら、蜘蛛特有の八本足で秋葉を追いかけて来る。


「■■■■――!!」 

「ぎゃあああー! こっち来んなあああ!!」


 猛スピードで追いかけてくる蜘蛛から全力で逃れようと走る秋葉。足場の不安定な山道を爆走する中、あまりの恐怖に涙が滲む。

 

 化け物たちは縦横無尽に山の中を駆け抜けて、秋葉へ接近。今にも追いつかれそうになる。

 

(ちょっと待って……何でよりにもよって私の大嫌いな蜘蛛なわけ!? 私なんかした!?)


 普段からこういったあやかしなる化け物は目にしているが、今まで襲われたことなどほとんどなかった。なのにどうして今になってこうも襲い掛かってくるのだろうか。


 イエスキリストの誕生日という記念すべき日に、何故襲われなければならないのだと現実逃避しながら走る秋葉。

 

「あー、もうっ! 邪魔っ!」

 

 肩にかけた制鞄がバンバン体に当たって走りにくいので、適当に放り捨てる。エルに頼んで、後で回収してもらえば良いやと思い、両腕を上下に降って速度を上げた。

 

 と、更に霧で視界が遮られ、最早、自分がどこを走っているのか分からない。ただ一つ言えるのは、神社への参道から間違いなく離れているということだけだ。


「痛っ!」

 

 ずっと前を見て走っていたからか、足元の木に気づかず転んでしまう。次の瞬間、化け物の口らしきところから糸が飛んできて、咄嗟に身をよじらせて回避する。


 ジリッとした痛みが左脚を襲い、視線を下ろすとふくらはぎが糸が掠ったのか、血が出ていた。だが、こんな怪我を気にしている暇はない。

 

 すぐさま立ち上がって再び走り出せば、再び糸が飛んできた。今度は横に回避。飛んできた糸が横の木の根元に絡みつく。

 

 と、木がスパーンと切れ、秋葉の背後でミシミシと音を立てながら崖の方に倒れていく。これは直撃していたら即死ものだろう。


(てか、何でこんな肝心な時にエルと繋がらないわけ!?)

 

 エルからは「何か困ったときは呼んでね!」と言われていたので、さっきから念話で呼びかけているのだが、一向に姿を現す気配がない。

 

(ホント、毎度毎度使えないマスコットだな……!)

 

 悪態を吐きつつ、いつまで経っても速度が落ちない化け物から逃げ回っていたら、不意に足場が消えたような感覚を覚えた。

 

「へ……?」

 

 涙でぼやけたままの目で足元を見ると、文字通り足場がない。もう少し具体的に言うと、崖のようなところに出てしまったわけだ。

 

(あ、終わった……)

 

 間違いなく落ちる。そう確信した秋葉は、強い衝撃に備えべく、目を瞑った。

 

 しかし、いつまで経ってもその衝撃は訪れない。代わりに、誰かに首根っこを掴まれるような感覚を覚えた。

 

「あ、あれ?」

 

(もしかして助かった……?)

 

 目を開けた瞬間、何故か視界が反転し、頭と背中と腰に衝撃が走る。後ろの木にぶつかってそのまま地面に落ちたようだ。

 

 つまり、崖から落ちそうになったところを誰かに身体ごと放り投げられ、助けられたらしい。でも一体誰が……?

 

 秋葉は強打した腰を手で押さえながら、周囲を見回す。


 すると、近くの方からキンキンッと刃と刃の交じり合うような金属音が聞こえてきた。

 

 生憎と霧のせいで遠くの方は何も見えないので、音だけで判断するしかないが、誰かが戦っているということは分かる。

 

 そういえば、さっきまで追いかけて来ていた化け物たちの姿が見当たらない。一体何がどうなってるんだろうと座った状態で眉を顰める秋葉。


 刹那、金属音が鳴り止み、霧が晴れて視界が鮮明になった。その光景にホッとしていると、宙に白い光が発生。

 

 そこから白狼の頭と胴体と紫毛の混じったもふもふの尻尾に烏の翼の生えたマスコット・エルが現れた。


「やーっと見つけた――ぐへっ!」

「もぉー、遅いってエルぅ! 何回呼びかけても反応ないんだもん」

 

 秋葉はすかさず隣に現れたエルの尻尾を掴んでギュッともふもふした身体を抱き寄せた。力強く抱きしめられたエルは苦しそうに顔を歪める。


 少しして満足したのか、秋葉の腕から解放されたエルは宙に浮いて、身なりを整えながら彼女へ紫色の大きい瞳を向けた。

 

「いや、ごめんね。異様な気配を感じたから、いつまで経っても帰って来ない君の様子を見に行こうとしたんだけど、何故か神社の境内から出られなくてね。多分、あの霧のせいだと思うんだけど……。っと、はいこれ鞄」

「ありがと」

 

 エルはここに来る途中で拾ってきたのだろう制鞄を秋葉に差し出した。鞄を受け取った秋葉は、軽く笑みを浮かべながらエルへお礼を言う。

 

 放り投げた影響で中身が飛び出てないか心配だったが、全て入っているようで安堵する。


「にしても、やっぱりあの霧ってなにかあるのかな……。どんどん濃くなっていったし」

「確かに秋葉と念話すらできなかったから、何かありそうだね」

 

 ふわふわ宙に浮きながら、思案中のエルに目を向ける秋葉。ひとまず、先ほどまでの出来事をエルに話しておこうと口を開く。


 だがその時、近くの茂みからガサガサと音が鳴った。

 

 次の瞬間、茂みの中から先ほどと同じ蜘蛛のような化け物が1体飛び出してきた。そいつは秋葉とエルを捕捉し、一直線に向かってくる。


「エル! 何とかして!」

「うわっ!? ちょっ、急に何するのさ!?」

 

 秋葉は咄嗟に傍で浮いていたエルを胴体をガシッと掴んで盾にして、振りかかってくる攻撃に備える。突然のことにあわてふためくエル。


 刹那、目の前まで来ていた化け物が真っ二つに両断された。


「……えっ?」

 

 両断された化け物が黒い靄となって消滅したかと思えば、その後ろには刀を持った秋葉と同い年ぐらいの青年が日本刀を持って佇んでいる。


 彼は明度の低い胸元までの青髪を高い位置で1つ括りにしており、白のカッターシャツに紺袴、紺の羽織に茶色のブーツという珍しい恰好をしていた。

 

 青年は刀身に着いた血を振り払い、腰に差していた鞘に戻すとこっちに向かってくる。


 と、黒の革製の指ぬき手甲を着けた右手を軽く振り上げ、関西弁でこう言った。


「よぉ、そこのあんたら無事か?」

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