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神隠しの森に落ちる火球と蔦の家  作者: 雷紋 ライト
16/20

16. 呪いの館

幼い姉妹の行方不明事件や殺人犯変死が発生した神隠しの森に、ある夜火球が落ちた。その夜以降周辺の家々にツタが異常発生した。いずみは父の稔に呼ばれてツタまみれの実家を訪れると数か月前に交通事故で死んだはずの母えり子が蘇っていて、家のなかで平然と踊りの練習をしていた。死んではいるが元気のいいえり子に比べて、どんどん具合が悪くなっていく稔を心配するいずみ。えり子に成仏してもらおうといずみはえり子に自身がすでに事故で死んでいることを告げるが、えり子にはまったく話が通じず相変わらず家に留まり続ける。今回は家族三人でそうめんを食べながら稔の好きな笑点の演芸コーナーの漫才を見ることに。しばし団らんの時が流れるが、いずみはどうしても違和感をぬぐうことができない。いずみが新宿に帰ろうとすると、化け物じみた姿に変じたえり子はそれを許さじと牙を剥くのだった……

 肌の表面がピリついて痛くなるような緊張感のなか、いずみと対峙するえり子の体は稔のエネルギーを吸い取ってさらに膨らんでいった。

 テレビがドッと沸いた。笑点の観覧席の波打つような哄笑に同期して揺れる稔は「いや~ケッサクだ~」と画面に向かって骨の浮き出た手を叩いた。じつに愉快そうだった。いずみには目の前にいる稔が位相のズレた別世界にいるように見えたが、唐突に振り返るとえり子を見上げて声を掛けた。


「なんだ、落ち着かないな。座ってゆっくり見たら?」


「ああん?」


 モンスターえり子の注意がわずかに稔にそれた。その刹那にいずみは玄関にダッシュした。逃げるが勝ちだ。こんな化け物と戦ってもしょうがない。


 シュッといずみの耳元で風を切る音がした。熱を感じて耳の外側に触れると左手の指先が濡れた。血だった。


 玄関ドアの内カギをあけて外に出ようとしたがうまくいかなかった。ロックは外れているはずなのにどうしてもドアが開かない。ノブを力のかぎり引いてもビクともしない。次の瞬間いずみはカウボーイの投げ縄にかかったように体の自由を奪われた。緑色のツルみたいなモノで上半身を何重にも巻かれていた。台所に立つえり子が前に差し出した右の手首に自傷のあとのような裂け目がパックリとあいて、そこからクラッカーのテープみたいな緑のモノが何本も弾け飛んできていずみの両ひざ辺りを縛り上げた。


「バカめ! この家から逃げられるとでも思ったか!」


 えり子が巨体を左右に揺すりながら近づいてきた。


 いずみは激しく後悔した。こんな所にのこのこ戻って来るべきじゃなかった。


 いずみは啓吾との会話を通して、自身の正当化を果たすためには自分の娘を否定することまで厭わないえり子の精神構造に気づくことができた。それでもうこれ以上悪影響を受けまいと、出来るだけえり子のいる実家には近づかないと決めていた。でもえり子が死んだ後なら、実家に帰っても問題はないだろうと考えていた。でもそれは間違いだった。


 この家は、死してなお、えり子の呪いが支配する館だったのだ。


 わたしが自由に生きようとすることを、母はいまだに許していない。いずみはそう感じた。


「一人で育ったと思うなよ。お前を育てるのにどれだけ苦労したか。お金だって、手間だって、なんだって、たくさんかかったんだ。おまえはその恩を仇で返すつもりかい?」


 えり子は重くつぶれそうなまぶたを爛々と押し開いていずみを睨んだ。そうして仰々しい様子でため息をつくと、ふいに猫なで声を出した。


「でもね、私は分かってるよ。おまえはね、本当はやさしい子だ。あの腐れ外道にそそのかされて親に背いているだけなんだろう? あんな男のことは早く忘れなさい。それでこの家に戻ってくればいいんです。おまえの本当の居場所はココだけなんだから」


 するとサバンナの蟻塚のようにそびえるえり子の背後から、頬が異様にこそげてアリクイみたいになった稔がひょいと顔をのぞかせた。


「えり子さんの言う通りだ! すぐに荷物をまとめて帰ってくるんだ。それが一番いい。また家族三人水入らずで、この家で暮らそうじゃないか!」


 稔はうんうんとひとりで何度も頷いた。えり子に生気を奪取されて萎んでいく稔の顔にはとうとう死相まで浮かんでいたが、声だけは遠足前日の子供みたいに楽し気だった。やはり、アリクイ稔はえり子のいいなりだった。


「オや以上ニオマエを思ウ人間ナド、コノ世ノどコニモ居ヤしナィ。オャノ言ウコトヲ聞イてイれバ、ソレデいインダョ。分カッた蚊? コノ亜ばズれガ」


 えり子は聞いたこともないような太くて低い声を出した。


 いずみは玄関ドアに寄りかかった状態で体に巻き付くモノから逃れようと必死にもがいた。

 突如冷たいなにかに足首をつかまれた。いつのまにか土間いっぱいに泥の水たまりが溜まっていた。その面から幼い手が異様に長く伸びてきていて、それがいずみの両足をつかんでいた。思いがけない程の馬鹿力で下に引っ張られると薄氷が割れたみたいに足元が崩れて、いずみはやわくて深い泥濘の奥底へと引きずり込まれていった。



 ****************************************************



 目を開けるといずみはうすら寒い洞窟のなかにいた。不安定に揺れるろうそくの炎が岩壁を照らしていた。炎の近くには小さな蛇の石像が横に並んでいて、どれもとぐろを巻いてそれぞれの方向に頭をもたげていた。岩壁に大きくうつし出された影が笛の音に反応するコブラのように怪しく身をよじらせた。琵琶みたいな楽器を抱えた弁財天や地蔵みたいな石像もあったが、どの石像も彫られた線が薄くあいまいになっていてかなり風化しているようだった。岩壁を背後に座り込んでいたいずみの近くにはパンの袋やペットボトルのゴミが散乱していた。


 視界の端で何かが動いているのに気づいた。


 少し離れた暗がりのなかにパス出し直前のサッカー選手みたいなシルエットが見えた。


 とはいってもろうそくの明かりは暗い色のスウェットパンツの膝上くらいまでしか届いておらず、上半身はぼんやりとしか見えなかった。その人は横倒しになった縦長スイカみたいなものに赤っぽいスニーカーを履いた右足を乗せていた。いびつな楕円形のそれには紐みたいな何かが巻き付いているのがぼんやり見えた。暗紛れの人は足でそれをゆっくりと前後に動かしていたが、その動かし方から漬物石みたいな重さを感じた。


 いずみの目が慣れてくるとその男の上半身に静電気のようにまとわりついていた闇のノイズが少しずつ剥がれ落ちていき、次第に男の詳細が浮かび上がってきた。いかり肩をした中背のその男はツンツンと立った短髪で、狭い額の下に太い眉と人の印象に残る特徴的な目を持っていた。目が合うと、男の瞳に宿る陰鬱な光がシエネの夏至の陽射しのように真っ直ぐいずみの奥底に潜む井戸の水面に当たって鋭く閃いた。いずみはハッとした。突然小学生の時の夏休みのとある朝の記憶がよみがえった。



 男はヒラメだった。



 スーパーたどころの鮮魚コーナーで働いていた店員であり、また東北で四人を殺した犯人であり、そして神隠しの森で半ミイラになって死んでいた男だった。

次の更新でまたお会いしましょう~(^^)/

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