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あとになって後悔する

 「魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた」の七十五話に、次のような誤字報告をいただきました。


(現状)「あとになって後悔したよ」

(報告)「あとになって悔やんだよ」


 「あとで後悔する」という表現が重言だと判断しての報告でしょう。それは見てすぐにわかりました。


 が、謹んで適用を見送りました。

 自分ではこれが重言だとは思っていないからです。


 国語辞典をあたったところ、「後で後悔する」が重言であるとはっきり記載しているものが、手持ちの辞書の中にひとつだけありました。「明鏡国語辞典」です。「後悔」の項目の最後に注意書きとして、次のような記載がありました。


 ──「後で後悔する」は重言。「後悔する」 「後で悔やむ」などが適切。


 報告をくださったかたは、これに沿って、修正したほうがよいと判断なさったのだろうと思います。


 でも、ですね。

 本当に重言なのでしょうか。


 実を言うと、このセリフを自分で書くにあたり、自分でも重言っぽいなと思って、いろいろ調べてみたのです。その結果、問題ないと判断して使用しました。ただし、「後になって後悔」だと「後」という文字が連続して使われることになります。見るからに重言っぽくて、あまり字づらがよろしくない。それで「あとになって後悔」としました。


 問題ないと判断した根拠はいくつかありますが、ひとつは青空文庫です。青空文庫に収録されている著作物でも、それなりに使用例があることを確認しました。


 青空文庫とは、著作権の切れた著作物の電子図書館です。

 有志が電子化して、無料で公開しています。著作権が切れる程度に古いものばかりなので、明治から昭和初期にかけての著作物が中心。基本的に出版物から収録していますから、きちんと校正、校閲を経たもののはずです。


 便利なので、割と頻繁に利用しています。

 自分が文章を書くときに、言葉の使い方を確認するのに重宝なのです。

 何しろ古い著作中心なので、イマドキでない言葉遣いが確認できるのもいい。


 で、そんな青空文庫を検索してみたところ、「後で後悔」は結構よく使われています。「後で後悔」も「あとで後悔」も同じくらい使われていました。


 うん、やっぱり問題ない。

 そうは判断したものの、まだもう少し調べてみました。

 次は辞書です。


 手持ちの辞書で調べてみた結果、主に英和辞典や和英辞典の例文の中で使われていることがわかりました。

 たとえば研究社の「新和英大辞典」には、次のような例文が載っています。


   It’s fine now, but she’s sure to regret it later.

   今はいいが、あとで後悔するに決まっている。


 これだけでなく「あとで後悔」が使われている文章は、他にも四つほどありました。

 うん、やっぱり問題ない。


 こうして調べるまでもなく、実は自分の感覚として、問題ないと思っています。

 それでも調べてみるのは、自分の感覚がひとりよがりでないことを確認しておきたいから。


 自分の感覚として問題ないと思うのには、理由があります。「あとになって後悔」の「あとになって」の部分には、ちゃんと意味があるのです。ただ「後悔する」と書くのとは、意味が違います。


 わかりやすいよう、例文をいくつか並べてみましょう。


「すぐに後悔した」

「じきに後悔した」

「しばらくしてから後悔した」

「あとになって後悔した」


 読んでおわかりのとおり、それぞれ少しずつ意味合いが違います。

 どこが違うかと言うと、後悔した時点です。「あとになって後悔した」は、「後悔することになる物事が起きてから、ある程度以上の時間が経過してからのこと」だと読み取れるはずです。少なくとも自分なら、そのように読み取ります。


 それを踏まえて考えると「あとになって後悔した」という文章は、ただ単に「後悔した」と書くのとは少し意味が違うのです。重言とは、同じ意味の言葉を重ねて使うことを言いますから、片方を取り去って意味が変わるなら、それは重言ではないということです。


 先に例を挙げた和英辞典での例文「あとで後悔するに決まっている」も、「あとで」にちゃんと意味があるのがわかるでしょう。今すぐに後悔するわけではないかもしれない、でものちのちきっと後悔する羽目になるぞ、という意味ですから。


 それに、もしも「後で後悔」が重言と言うならば、「あとで後悔する」を「あとで悔やむ」に言い換えたところで、重言なのに変わりはないんですよね。と言うのも、「悔やむ」という言葉自体が「後悔」の同意語だから。


 国語辞典を引いてみましょう。

 どの辞典でも「悔やむ」は「後悔」と同じ意味だと記載があります。

 手持ちの国語辞典すべてで、そのように記載されていました。ちなみに、確認したのは広辞苑、大辞林、岩波国語辞典、明鏡国語辞典、三省堂国語辞典、新明解国語辞典です。辞書が好きで、気づいたら結構買いそろえてました。


 大辞林の「悔やむ」の説明には「失敗したり、うまくゆかなかったりしたことについて、別の処理をしておけばよかった、とあとになって残念に思う。くやしく思う。後悔する」とあります。つまり、「悔やむ」という言葉自体、「あとになって」する行為なわけです。言葉の意味からして、「事前に悔やむ」ことはありえません。


 にもかかわらず「あとになって悔やむ」が重言と感じないのは、「あとになって」が事前か事後かという意味ではなく、時間の経過を表していることを理解しているからではないのでしょうか。

 そして「あとになって悔やむ」が重言でないとするならば、「悔やむ」の部分を同意語で置き換えただけの「あとになって後悔する」も重言ではないのです。「悔やんで後悔する」だったら、正真正銘の重言だと思いますけれども。


 もっとも、言葉というものは、数学の代数とは違います。だから同意語だからといって、必ずしもきれいに置き換えができるとは限りません。それはもちろん理解しています。


 でも、まあ、とにかく自分はこのように考えて「あとになって後悔する」という用法には問題がないと判断した次第です。なにとぞ、あしからず。

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