その愛は呪いでできている
ザックス・コルマンド。
公爵家の長男である彼は、己が婚約者であるクリスタ・ベルゲイル伯爵令嬢の周囲で流れている噂の真偽を確かめるべく、とあるパーティーで彼女に事の真相を尋ねる事にした。
ちなみにこのパーティーは、建国記念日を祝うものであり、個人での茶会やら夜会だとかとは比べ物にならない程に参加者がいる。
国中の、とまでいかずとも、それに近い程にいると思ってもいいだろう。
本来ならばここに来る時にクリスタをエスコートするはずだったのだが、実はザックス、少し前まで隣国に赴いていた。次なる当主として跡を継ぐために必要な仕事の一環として、父と共に。
日程に余裕をもっていたとはいえ、しかし不測の事態というものはどうしたって存在する。本来ならばパーティーの三日前には戻ってきているはずだったのだが、戻ってきたのはなんと今日。つまりは当日である。
パーティーが始まる二時間前に戻って来たとはいえ、そこから一度道中でついてしまった汚れを落とし、相応しい服装へ着替え、なんぞとやっていればそれだけであっという間にパーティーが始まる時間になってしまっていた。ザックスが男だったからこそそこまで用意に時間がかからずパーティー開始時刻へ間に合ったが、もし女性であったなら間違いなく間に合わず、パーティー中盤あたりに遅れて参加する事になっていただろう。
とはいえ遅れる事は既に分かっていた事なので、クリスタには早馬を出して現地集合でと連絡をしてあった。いや、連絡も急いでいたため言葉がどうかとは思うのだが。こんな不甲斐ない自分に正直クリスタは勿体ない相手だと思うばかりである。
本来ならば噂の真相などこんな周囲に大勢人がいるような場所でするべきことではない。それはわかっている。けれども、その噂が事実とは異なるのであれば。
クリスタに流れている悪い噂を払拭する事もできる。大勢が証人となるのだ。真相が明らかになったにも関わらず嘘の噂に踊らされ続けるような貴族も中にはいるだろう。けれどもそういった相手は大体周囲からもやんわりと距離を置かれていくし、むしろ明らかになっているにも関わらずまだそんな噂に踊らされているの? と周囲から笑いものになりかねない。
噂というのはある意味でよくある話だ。
彼女が妹を虐げている。
クリスタの母が亡くなり、父が後妻を招き入れた。後妻は平民であった。とある劇団で活躍していた女優。そして後妻は夫に先立たれ、娘が一人。
クリスタの義妹となった者の名をジャネットと言った。
ジャネットは母親譲りの美貌を受け継いでいると評判で、劇団でも次期看板女優になるだろうと言われていたようなのだが、クリスタの父とジャネットの母が結ばれた事により彼女は劇団から遠ざかり、必要最低限ではあるがまずは学ばなければならなくなった。
元々読み書きはできるとはいえ、それでも知識や常識は平民のものだ。貴族の家で暮らし、そして貴族社会に足を踏み入れるのであれば相応の作法は学ばねばならない。正直な話、劇団員と同時進行で学べるような生易しいものではない。
だからこそ、ジャネットが劇団からいなくなるというのはある意味で当然のものであった。
そして、平民と身分を超えた貴族との恋愛は劇団にとっても女優がいなくなるという痛手を負っただけではない。二人の話を元に脚本が書かれ、新たな恋物語として演じられている。事実と異なる部分は勿論あるが、誰の名誉が傷つくでもない内容。大衆には概ね好意的に受け入れられていた。
そうして新たな家族となったクリスタとジャネットであるが、ジャネットがクリスタに虐げられているという。
ザックスがそれを知ったのは、誰かに聞いたとかではない。
手紙が来たのだ。将来の義妹になるらしきジャネットから。
そしてその手紙には悲壮感たっぷりに姉に虐げられていると切々と訴えるような文章が躍っていた。
質の悪い冗談か、とザックスは最初その手紙を見て思った。
元平民だと馬鹿にされる。
ロクな食事を与えられない。
使用人以下の扱いを受けている。
着る服もロクに無い。
他にも色々とあったような気がするが、ざっくり要約すればこんなものだ。
ザックスは芸術面にやや疎くはあるが、それでも劇を観る機会はあった。クリスタを誘ってのデートである。その劇の中で似たような話がなかったわけじゃない。平民から貴族の家へ。今までとは比べるべくもないキラキラとした世界での暮らし。だがしかし、平民であったというただそれだけで虐げてくる悪役。健気に耐えつつ努力を重ね、そうしてとうとう悪役は周囲に自らの悪事を知られ立場は失墜。
かくして虐げられていた者は安寧を得、幸せな終わりを迎える。
平民向けの劇と言えばそれまでだ。
貴族の世界がキラキラしている? 同時にドロドロしているしそんな素晴らしい世界ではない事くらい貴族であればよく知っている。けれども、劇団員の演技力とどこか空想めいた演出で、本当にそう思わされるだけの何かが劇にはあった。成程、日常から少し離れた別世界を垣間見るようなもの、と思えば人気があるのもわからないでもない。
とはいえ、そんな劇中にあるような虐めをクリスタがするとはザックスにはどうしても思えなかった。
そもそもクリスタは見た目こそたおやかで虫一匹殺せそうもない娘ではあるが、中身までそうというわけではない。敵対する相手には血も涙も容赦も情けもない事をザックスはよく知っている。
だからこそ、手紙で虐められているのだと訴えているジャネットは、何か勘違いしているのではないかと思ったのだ。生きているのが何よりの証拠だ。
本当にクリスタが虐げているというのであれば、今頃貴族としてもどうしようもない失態を犯し周囲に言い逃れもできないような状況になり、後はもう自ら命を絶つしかない状況に追い込まれていると言ってもいい。
わざわざ遠くにいる人間に虐められているんです助けて、なんて悠長に手紙を書く余裕があるとも思えない。
ザックスにとってジャネットはどうでもいいが、しかしクリスタに悪い噂が纏わりついているのは困る。だからこそ、隣国にいながらもザックスは知り合いに手紙を出し、噂について調べてもらったり情報を集める事はしていたのだ。
この時点でクリスタには聞いていない。やっていないとザックスは思っていたからだ。わかりきっている挙句どうでもいい事を聞くための手紙を出すよりは、もう少しクリスタが興味を示しそうな内容の手紙を出す方が余程建設的。
とりあえず自国にいる友人や知人に連絡を取ってみたところ、その噂はなんとそちらでも流れているというではないか!
クリスタがジャネットを虐げている、という噂は大っぴらにではないがどうやらある程度に広まっているらしい。けれどもクリスタを知る人物からは一切信じられていないし、クリスタやジャネットの事をそこまで知らない者たちがなんだかこんな噂があるんですって、と言った程度の――要するに本題に入る前のどうでもいい世間話扱いといったものらしい。
ただ、ジャネットを知る者からすると完全なウソだと断じるにも少々……と思える部分があるらしく、そのせいで噂が完全に消えていないのだろうと。
ならば、この場でクリスタの潔白を証明してしまえばいい。
そう思いザックスは広い会場の中、視線を忙しなく動かし愛しの婚約者でもあるクリスタを探す。
探していた時間はそう長くはなかった。というか、
「ザックス様ぁ!」
という声がしたのでそちらを見ればジャネットがいたのだ。そしてクリスタも。
「な……」
クリスタを視界にいれて、ザックスは浮き立つような心を抑えるようにジャネットも一応確認し――そこで言葉を失った。
なんだこれ。
そう口に出さなかったのは自分的快挙だった。
えっと……ナニコレ。
何かを言おうとしてもそれを目にしてしまうとまずその存在について疑問が生じてしまって、他に言うべきだろう言葉が出てこない。
困りつつも視線を少し移動させれば、そこにはクリスタの父と後妻であるジャネットの母もいた。二人ともその表情はとても困り果てている。
「お久しぶりです」
「おぉ、ザックスか。久しいな。見たところ壮健そうで何より。色々あったようだな」
「は、その、エスコートに間に合わず申し訳ありません。こんなに美しいクリスタを真っ先に見る機会を失うなど、まさに人生の半分を損した気分です」
「はっはっは、言いよる」
クリスタの父の様子を見るに、特にザックスに対して不満があるというわけではなさそうだった。その事に内心でホッとする。わざと遅れてきただとか、クリスタをないがしろにしているだとか、そういう風に思われて婚約無かったことにした方が……? なんて言われでもしたら、とてもじゃないが耐えられそうにない。
身分的にはこちらが上でも、惚れた弱みというものが存在しているので。
「ところでクリスタ……もしかしてまた痩せたか……?」
「そう、ですわね……」
これが、ダイエットに励んでいるお嬢さんであれば痩せた、と言われれば喜んだかもしれない。しかしクリスタは元々細く、正直ザックスがちょっと強めに抱きしめでもしたらそのままポキッと折れてしまうのではないか、と思えるくらいに華奢なのだ。だからこそ、これ以上となるとザックスはクリスタに触れただけで壊してしまうのではないかと不安になってしまう。
それに、あまり痩せすぎても健康面での不安もある。
そのすぐ近くにいた後妻は、特に言葉を発するでもなくザックスに向けてそっとカーテシーだけをした。いくら劇団で貴族の役などを演じたとはいえ、劇で誇張された貴族と実際の貴族は異なる。故にまだ礼儀作法など危うい部分もあるのだ、と以前クリスタからの手紙に書いてあった。とはいえ、日々努力はしているとも書かれていたのでザックスはこの場での挨拶に関してはそれ以上何も言わなかった。
別に後妻の不作法を笑いものにしようなど思うはずもないので。
普段はまだ夜会などに参加するのも控えているらしい。今回はわざわざ主催者に個別に挨拶に行く必要のない催しなので――そもそも個別に挨拶などしていたら国王への挨拶だけに長蛇の列ができ、そしてあっという間にパーティーの時間が終わる――余程の騒ぎを起こさなければ妙な注目を集める事もないだろう。
とはいえ。
「ところで、この……えぇと、コレは?」
「酷いですザックス様ぁ! 私ですぅ、ジャネットですぅ!」
「え゛……っ!?」
思わず目をかっぴらいてそれを凝視してしまった。
えっ……? これが、ジャネット……!?
えっ? この、肉の塊が?
正直周囲からも何というか遠巻きながら視線を感じてはいるのだ。
そりゃそうだろう。
何かキラキラしたドレスを身に着けてはいるけれど、どう見たって令嬢と言うよりは肥え太った何かの動物。正直ヒト認定していいのかもちょっと悩む代物だ。
むしろさっきもジャネットの声がしたな、と思ったけれどその姿が見えなくて一体どこから……と思ったほどだ。まさかこれではなかろう、と思っていた塊がジャネットであるなどザックスも正直信じられないというか信じたくなかったというか……
困り果ててついクリスタの父とその妻へ視線を向ければ、二人は世界の終わりでも迎えるかのような面持ちでそっと首を横に振った。あっ、はい。よくわからんがわかりました、そんな気持ちで一杯である。
「その、クリスタ。無いとは思うが確認だけさせてくれ。
ジャネットから手紙が届いた。内容は姉に虐げられている、と。
しかし今のジャネットを見る限りとてもそうは思えない。事実を話してもらえないだろうか」
「そぉんなぁ、私お姉さまに虐められてるんですよぉ! 信じて下さぁい!」
「すまない、黙っていてもらえるか? 正直聞くに堪えない」
なんというか以前はこんなんじゃなかった。
ザックスが父とともに隣国へ出かけていたのは別に年単位でもない。精々三か月程度だ。それでもその期間、ザックスはクリスタに会えない事がとても辛かったわけだが。
三か月前、出発前にザックスはクリスタの元へ足を運んでいた。たった三か月。されど三か月。長いようで短く、短いと思えば逆に長くも感じる期間。
その時に見かけたジャネットは彼女の母同様にすらりとした体躯であと何年かすれば母のように更に美しくなるのだろうな、と思えるような少女であった。少なくともこんな肉団子ではない。
いや本当に。なんだこの……肉の塊。
以前はぱっちりと開いていた大きな瞳は今では顔の肉に挟まれるように細くなっているし、顎など二重どころか三重、いや、四重くらいになりつつある。すっと通った鼻も頬の肉がパンパンすぎて埋もれかけていて、あの高かった鼻はどこへ? と言いたくなるほどだ。
小さく、しかしぽってりとした珊瑚の色のような唇も今では頬の肉に圧迫でもされているのか最早どこが唇なのか……とすぐに理解できなかった。
顔の肉が育ちすぎたのか、時折鼻からはぴゅーぴゅーという呼吸音が聞こえてくる。一瞬外の風の音かと思ったが、今いる場所から外の風の音が聞こえるとなれば外は完全に嵐になっていてもおかしくはない。だがそういった様子は特になく、耳を澄ませた結果それがジャネットの呼吸音だと遅れて気付いたのだ。
顔だけでこれだ。
すらっとしていたはずの首も気付けば肉に埋もれ、消失している。肩から下も全体的にむっちりと丸くなり、こちらにも段々と肉がついている。腕に装飾品でもつけているのだろうか? と思えるような線がついていたが、しかし装飾品は特にない。
ドレスは今までのサイズでは到底入らなかったからなのか、特注サイズなのだろう。それにしてもウエストが随分と育った。正直ザックス一人分の横幅よりもある。ここまでくるとでっかい丸太かワイン樽を連想させられてしまう。
ドレスから覗く足は幼い頃に見たゾウガメのようだった。一体足首はどこへ消えてしまったのだろうか。
どこからどう見ても中に肉がたっぷり詰まっているとしか言いようのない状態である。
たった三か月でここまで太ったとなれば、なんだかおかしな病気にでも罹ったのではないかと疑ってしまいそうだった。
以前はそれなりに綺麗に通っていた声も、今は肉に圧迫されているのかどこかくぐもった、それでいて妙に鼻から抜けるような甘ったるさを含んでいてそれがやけにイライラさせられる。恐らく本人は以前と同じように喋っているつもりだとは思うのだが……ザックスからすれば正直露骨に媚びてくる相手の方がマシに思える声だった。
「手紙に書かれていた虐げられているという内容は大まかに分ければ、平民だと馬鹿にされる、ロクな食事を与えられていない、使用人以下の扱いを受けている、着る服もロクにない、との事だったが……
今のジャネットを見る限り、クリスタの態度はきっとそれ相応だと思える。しかしこちらで調べたところ、きみに関する悪評が流れているのも事実だった。信じている人間はほぼいないようではあったが。
だが、いくら身に覚えがないとはいえいつまでもそんな噂が流れ続けるのもあまり気分のいいものではない。クリスタ、真相を教えてくれないか」
ここでクリスタとジャネットに会う前は、万が一の可能性も考えてはいた。とはいえその可能性は本当に万が一、いや、億か兆、それどころかザックスの中では那由他を超えている。そしてもし本当に虐げていたのであればその原因は間違いなくジャネットにあるとも思っていた。クリスタだけが一方的に悪いはずはない。幼い頃に決まった――というか頼み込んで決めてもらった――婚約ではあったが、その長い期間を共に過ごしてきたのだ。ぽっと出の義妹と最愛の婚約者なら勿論婚約者を信じるに決まっている。
噂の真偽について調べたのは、片方の話だけ聞いて断じるのは早計だと判断しただけに過ぎない。
そしてここでジャネットを見た結果、やはりこれ、悪いのはジャネットではないか? と思っている。
ふと視線を移動させれば、やはり異様な姿になってしまっているジャネットは注目を集めていたのだろう。
一連のやりとりを表面上は興味などありませんといった風を装って、しかし少し離れた位置から興味深く耳を澄ませ目を凝らしている多くの貴族が確認できた。ほんの一瞬程度にしか確認していなかったが、それでもかなりの数の意識が今こちらへと向いているのだ。
クリスタは一度父と義母へと視線を向けた。
二人は何を言うでもなくただこくりと頷いた。
よくある話の中では後妻が義理の娘となった相手にそれはもう思いつく限り暴虐の限りを、なんて話も多いがクリスタとジャネットの仲はさておき、ジャネットの母との関係は悪くなかったのである。
「わたくし、ジャネットを虐げた事など一度もございませんわ」
「酷いわお姉さまぁ、私をこんなひどい目に遭わせておいてぇ」
「今きみの発言はきいていない。反論は後で聞く。しばし黙って話を聞く程度の事もできないのか」
「そんなぁ、酷いですザックス様ぁ」
「言った端からこれか……この様子では元平民であることを馬鹿にされたというのも疑わしくなってくるな。どうせ正式なマナーを教わったにもかかわらず失敗して、それを注意された結果とかではないのか」
「そうですわね。ザックス様の言うとおりです。それも何度も同じ間違いを繰り返すので、こちらもいい加減うんざりしてしまって、少しばかり厳しい言葉になっただけの事。
ジャネットは元平民だから私を馬鹿にしているんでしょうと突っかかってきましたが、わたくしからすれば馬鹿にする以前にそちらが勝手にかつ一方的に馬鹿を晒しているだけの事でした。
だというのに夜会や茶会に参加したがるのです。まともな礼儀作法も覚えていないうちから。
そんなの連れて行ったらどうなるかなんて火を見るより明らかでしょう?」
ザックスの予想はあっさりと当たったようだ。
クリスタはもうとっくにこの義妹の事など懇切丁寧に接してやる義理はないと判断したのだろう。口調はとても淡々としていた。
「確かに。女性の茶会に参加した事は生憎ないが、しかしまともな作法も覚えていないのであれば次から誘われる事がないというのは自分にもわかる」
クリスタの言い分にはとても納得できたので、ザックスはふむ、と深く頷いた。
「次にロクな食事を与えられていない、でしたかしら。
あまりにも醜くぶくぶくと肥え太られてしまったので、野菜中心のメニューにするように、と我が屋敷の料理人に伝えはしましたけれど、それだけですわ。野菜だって素材から厳選された新鮮なものです。ジャネットだけではなくわたくしも、お父様もお義母様も召し上がってましてよ」
まぁだろうな、と思う。
ある程度なら恰幅がよくてもそれは富の象徴として受け入れられるけれど、流石に限度がある。ここまでパンパンに中身が詰まった風船のようになれば、健康面で大丈夫かと不安になってくる。
野菜中心、と言っているが流石に野菜だけというわけでもないだろう。屋敷で働いている料理人が健康面を考えないはずもない。クリスタはさておき、クリスタの父とジャネットの母を見る限りは栄養が偏っていた、という事もなさそうだ。同じ食生活をしている割にクリスタは痩せてしまったが。
「次に使用人以下の扱いを受けている、でしたかしら?
……いきなり激しい運動をしろと言ってももうその身体では無理でしょう? だからせめてとジャネットの部屋の掃除を自分でさせただけですわ。掃除って意外と体力使いますので」
あまり汚れていない所の掃除ならささっと終わるが、ジャネットの部屋はそうではなかったのです、と全然暗になってもいない感じで部屋が汚いことを暴露されたからか、ジャネットは「ひどぉいおねえさまぁ」と再び声を上げた。
本来ならば使用人の仕事だろう掃除。
けれども、痩せるためには身体を動かすのがやはりなんだかんだで効果的なわけで。しかしクリスタの言うとおり、ここまで肥え太ってしまえばちょっと走るというのも難しいだろう。というか歩くだけでも大変なのではないか。だがしかし動かなければ後はもう断食でもしない限り痩せる事もないだろう。命を無視すれば邪魔な部分を切り落とすという選択もあるかもしれないが、流石にそれは問題しかない。
「とはいえ、全く効果はありませんでしたし、部屋は余計に汚れる一方でした」
もう手遅れです、医師ならばそんな風に言っていただろう雰囲気を漂わせるクリスタに、耳をそばだてていた周囲もなんとも言えない表情を浮かべていた。
「それで、着る服もロクにない、でしたか? 当たり前でしょう。折角新たに服を仕立ててもその服が出来上がる頃には更に肥え太って。この三か月でどれだけ貴方の服を仕立てたと思っているのです。それら全部を無駄にして。今日のドレスだってもうどうしようもなくなってカーテンを巻き付けてどうにかそれっぽくしていますけれど、ちゃんとした服が着たいのであれば服が出来上がる前に増量するのをやめてちょうだい。そうじゃなければ仕立てた服が入る程度には減量してほしいものだわ」
お前に着せる服はねぇ、とばかりに用意していないならともかく、用意したにもかかわらずというのであれば確かに虐げているとは言えない。
今までの話を聞けば聞く程、自己管理のできない女がひたすらに責任転嫁をしている見苦しい言い訳でしかなかった。というか、むしろクリスタが悪い要素が全く無いように思える。食事に関しては健康面を気にして料理人にヘルシーで健康にいいメニューをと頼んでいるくらいだ。クリスタもクリスタなりに妹となった相手を思っているというのが窺えた。
もしジャネットをどうにかしようとするならば、ここで更に甘やかすような方法をとっていただろう。しかし心を鬼にして現状から脱却させようとしているのだ。今はまだかろうじて己の足で立っていられるようだけれど、正直それもいつまでもつかはわからない。
自力で立てなくなるほどに太ってしまえば、後はもう寝たきり生活だ。いっそそうして病人食メインで食事を与えて痩せるというより衰弱させる方向でやらかした方がまだ痩せそうな気さえしてくる。
「それに、酷い酷いと仰いますけれど酷いのはどちらです。ザックス様からわたくし宛てに贈られた首飾りを奪っておいて。しかも身に着けた挙句首は肉に埋まり肝心の首飾りなどつけたところで全く見えはしないじゃないの。首が絞まっている様子はないけど、かわりにいつ首飾りが壊れるか……」
悲し気な表情を浮かべて言うクリスタに、周囲の同情が集まるのを感じた。
確かにそうだろう。
婚約者から贈られた装飾品を妹に奪われ――少しの間貸してほしいと頼んだにしてもだ――こんな状態では外す事も難しいだろう。クリスタに言われるまでジャネットが首飾りをつけているという事すらわからなかったのだから。
改めて首や鎖骨があるだろう辺りを見ても、盛り上がった肉が全力で主張しているだけで首飾りらしきものがあるようには見えない。
けれども、ザックスはジャネットがどうしてこんな姿になってしまったのかをこれで理解する事となった。
「ジャネット嬢」
「なんですかザックス様ぁ」
「その首飾りを外さない事には恐らく水を飲むだけでも太り続けますよ」
ザックスの言葉に周囲はわけがわからないとばかりにきょとんとしていた。理解している様子なのはクリスタだけのようだ。クリスタの父もジャネットの母も「え?」と言いそうな顔をしている。
「クリスタに贈った首飾りは、クリスタのためにと作らせた特注品。クリスタが身に着ける分にはともかくそれ以外の者が身に着けるのはよろしくない」
「どういう事ですかザックス様ぁ」
ジャネットにはザックスが言っている意味が全く理解できなかった。
クリスタのために婚約者であるザックスが作らせた特注品。それは理解できている。
そしてそれがジャネットにはとても羨ましいと感じられたのだ。だから、ほんのちょっとだけでいいから、と渋るクリスタから首飾りを取り上げて、そうしてさっと自分の首につけたのだから。
平民だった頃と比べて贅沢で優雅な暮らしができると思っていたけれど、けれどもジャネットの想像とは異なるものだったのだ。
毎日使用人が傅いてちやほやしてくれるものだとばかり思っていた貴族の生活。しかし実際は勉強勉強また勉強。状況に応じたマナーや礼儀作法。話し方まで注意されて、これならまだ劇団にいた時の稽古の方がマシと思えるものだった。
折角貴族になったのだから、よく耳にしていたお茶会や夜会なんていうパーティーに自分も参加したいと両親に言った。けれどもすぐにいいよと言われる事はなかったのだ。
まずは作法を学んでそれらが身についてから。
ジャネットの母は毎日真面目に礼儀作法を学んでいたが、ジャネットからすればそれもうんざりだった。
今すぐ参加したいのに! こんなのいつまで学べっていうの!?
そんな不満があったのは確かだ。
それを横目にクリスタは誘われた茶会などに参加しているようなので、余計に苛立ったのは言うまでもない。文句を言えばクリスタは既にマナーも完璧だからね、と義父に言われてしまって。どこに出しても恥ずかしくない程度になれば、ジャネットも好きなだけ参加していいんだよ、と言われたけれど、だから今すぐ参加したいの! と喚けば母に窘められてしまった。
この家に泥を塗るような真似はしないでちょうだい、と劇団で稽古をさぼった時以上に厳しい声で言われてしまえば、流石に自分の言い分が通らないというのは理解するしかない。
イライラを収めるようにジャネットはよく食べるようになった。外に買い物に行こうにも、ドレスを沢山買ったとしても、それを着て出かける場所はないし、ましてや見せる相手もいない。宝石だってそうだ。欲しいなら婚約者を見つけて贈ってもらいなさい。そう言われてしまった。
劇団では母の次という認識ではあったもののそれでも看板女優と言われていただけあって、ジャネットはもてていた。けれど、平民相手にもてたとしても、ジャネットが望むような贈り物はされないだろう。お金持ちで見目麗しい相手を見つければ好きなだけドレスも宝石も買ってもらえる、と思い込んだジャネットはしぶしぶではあったものの日々の勉強を頑張る事にした。
とはいえ、ストレスはやはり溜まるもので。
だからこそ日々食べる量が増えていったのは仕方のない事だった。
だが、そこからだ。
そこからジャネットの身体に異変が生じた。
最初はちょっと太ったかしら、とまだ気のせいだと思える範囲だった。とはいえ念の為と体重計に乗れば少しだけ増えていて。
けれどこれくらいならちょっと身体を動かせばすぐに元に戻る。その程度だったのだ。
劇団にいた時だって厳しい稽古で身体を目一杯動かす事もあった。途中で体力が尽きないようにと食事はしっかりとっていたし、その分よく動いていた。
今は割とマナーの勉強でそこまで身体を動かしていないから、だから太ってしまったのね。
そう軽く考えてしまっていた。
しかし、ダンスのレッスンだとかをして身体を動かす事が増えても体重は一向に減る事はなく、それどころかどんどん太ってしまっていったのだ。
合間合間でクリスタが、
「いい加減その首飾り返してちょうだい」
と言っていたけれど、世界にたった一つの首飾りだと思うと手放すのも惜しい。元々クリスタのだというのはわかっているが、それでももう少しだけ、と外すつもりもなかった。
自分はどんどん太っていくというのに、クリスタはその逆に痩せていくのも原因だったのかもしれない。
まるまるとしてきたジャネットに母が、
「夫も恰幅がいいタイプだったから、もしかしたらそっちの遺伝かしら……」
と溜息交じりに言ったのを聞いて、お父さんのせいで私太りやすい体質だったのね! と八つ当たりめいた感情すら抱いた。
イライラしてしまって、余計に何か食べてストレスを解消したい気分になったがその頃には料理人に野菜多めだとか野菜中心のメニューになってしまって、それも余計にストレス増加へと繋がったのかもしれない。
がっつりとした肉が食べたい気分だった。
劇団にいた頃食べていた肉と比べるとここで食べる肉はとても柔らかく、いくらだって食べられると思えるものだったから。
果物だってデザートだって、今まで食べていたものとは比べ物にならないものばかり。
だから好きなだけ食べて、それから頑張ろうと思っていたのに。
その頃には食事制限がかけられてしまっていたのである。
食べたいのに食べられない。
それが更にストレスを蓄積させていく。
クリスタが「首飾り……」という言葉を出したけれど、正直それどころではないのだ。
「知らないわよぉ!」
そう叫んで、それから。
それからずっと首飾りはジャネットの首元にある。
「――クリスタに贈った首飾りには呪いがかけられています」
ザックスの言葉に周囲がざわめいたのはある意味で当然だったのかもしれない。
婚約者に贈った品が呪われているとなれば、まぁ当然だろうなとザックスだって思っている。
余程相手の事を嫌っていて死んでほしいとかなら納得もされるだろうが、ザックスはクリスタを愛しているしだからこそその呪いの品を贈ったのだ。
クリスタにもその呪いについては事前に話してあったから、彼女はそれを受け入れている。
クリスタの父とジャネットの母は呪いについては聞いていなかったようで驚いてはいるものの、しかしどういう事だと詰め寄るような感じではなかった。とりあえずまずはザックスの言い分を聞いてからにしようか、という程度には落ち着いているようだ。
「こういう事を言うと周囲の令嬢たちからは羨ましがられるから、とクリスタは今まで話していませんでしたが、彼女は太りにくい体質でありました。
これだけ聞けば日々体重を少しでも落としたい女性からすれば確かに羨ましいと思う気持ちもわからないではないんです。しかし、クリスタは痩せやすく太りにくいという――見てお分かりいただけると思うのですが、このまま痩せていけば命にかかわる。大量に食べるにしても、胃の許容量には限度があって、ひたすら甘い物やカロリーの高いものばかりを食べていても胸やけだとかやはり胃に負担がかかりすぎる。
カロリーが高いからといってバターを塊で食べさせるわけにもいかないでしょう?
チョコだって少量ならいいけれど、大量にとなると口の中が甘ったるくなって食べるのがつらくなってくる。
そんなクリスタのために、彼女のために作ったのが太りやすくなる呪いがかかった首飾りです」
「えぇ、実際その首飾りをつけている間はいつものようにご飯を食べているだけなのに、痩せる事もなくそれどころか体重も少しずつではありますが増えましたの。これで人並みに健康的な体型になれる、と思っていたのですが……」
「それを、ジャネット嬢が奪ったのです」
そうザックスが告げたところ、クリスタがよよよ……と涙を拭うべくかハンカチを取り出して目元にそっと当てた。
さて、これを聞いていた周囲はなんとも言えない表情をしていた。
クリスタは確かに細い。どうやったらあんな細いままの体型を維持できるのかしら、なんて茶会で話をした事があるし、心無い連中に至ってはあれじゃ人っていうか鶏ガラだろうとクリスタのいない場所で嘲った事もある。
けれども、その身体は生まれながらの体質で、しかも命の危機に陥りかけていただなんて……確かにあれだけ痩せていれば健康面で不安を持つ者もいるにはいた。
今はまだいいが、将来的に子を産む時にあれで耐えられるのだろうか、なんていう面と向かって言葉に出してはいけないような事を思う者だっていた。
そしてそれはクリスタが望んでその体型を維持しているわけではなく、むしろもう少し太りたいと思っていてもそれが中々叶わない状況だったのだと知って。
安易に羨ましがっていた令嬢も、陰で嘲っていた令息たちも、声に出さずとも己の言動を顧みるしかなかったのである。
「ちなみにその呪いの首飾りはつけている間だけ効果を発揮します。とはいえ外したからとすぐに元の体型に戻るわけではありませんが。ただ、つけている間はとにかく太りやすくなるので、減量に挑むにしてもまずは外さない事には……」
ザックスの言葉に一同の視線がジャネットへとむけられる。
いや、多分首飾りに向けようと思ったのだろう。
もっともどこにあるのかさっぱりなくらい肉に埋もれていてわからないが。
何とも言えない微妙な空気が周囲に漂う。
いや無理では?
誰かのそんな呟きが聞こえた。
そしてその呟きに対して誰も諫めるような言葉を発さなかった。
だって首飾りって言ってもどこにあるの? という状態である。
つけてはいるのだろう。だからこそここまでぶくぶくと太ったのだと言われればまぁ、わからんでもないのだから。けれどもでは外せと言われると、まず首はどこ? というくらい肉しかない。むしろ肉の下に埋まっていないか? という気しかしない。
ジャネットの母がそっとジャネットへ近寄って首周りを確認するも……
彼女はそっと首を横に振ったのである。
「その、クリスタ用にもう一つ、その呪いの品を用意する事は?」
「可能ですけれどそれなりに金額がかかるんですよね。要は呪いの品ですが、別の言い方をすればマジックアイテムですので」
確かに太りたくない令嬢からすればその首飾りはまさしく呪いの品であるけれど、太りたくとも太れず痩せていくばかりでこのままでは生命維持すら危ういクリスタからすれば、その呪いの品は救いをもたらすマジックアイテムと言っても過言ではない。
そしてその手の魔法の効果が付与された品というのは、たとえその効果がどれほどしょぼかろうとかなりのお値段がするというのは貴族間では常識であった。
「ジャネットの怪我を覚悟で首飾りを取るにしても、もううまく外れるとは思えないわ。首飾りを切断するしかなさそうなの」
ジャネットの母の言葉に、まぁそうだろうなと周囲も思っていた。
肉に埋もれているのでまず誰かが肉を持ち上げて、そこからどうにか首飾りを発見したとしてもそれを上手く外せるかとなれば、恐らくは無理だ。数人がかりで外そうにも常に肉が邪魔をする。
となれば首飾りを見つけた時点でそこから切断して外す方が手っ取り早くはある。ついでに肉の一部も切れるだろうけれど。
そんな母の発言にジャネットは「ひぃっ!?」と悲鳴を上げたけれど、母親に自業自得よと冷ややかに言われてしまい他に味方も見つかりそうにない。
お、おねえさまぁ? とありったけの猫撫で声でクリスタを呼ぶも、
「ですから早く返してと言いましたのに」
こちらも味方をするつもりはないようだ。
まぁそうだろう。
一日でも早く貴族令嬢としてふるまえるようにと教育に関して手伝ったというのに裏では姉に虐められているだなんて噂を振りまいていたのだから。しかも婚約者から贈られた品を勝手に身につけられて、当然いい気分はするはずがない。
家族になったのだから、と歩み寄ったけれどその気持ちを裏切ったのはジャネットなのだ。それを今更擦り寄られても、クリスタからすれば随分と都合のよろしい事、としか思えなかった。
実際本当にクリスタがジャネットを虐げようとしていたのであれば、今頃はとっくに事故か何かで死んでいたっておかしくないのだから。
「……多少の怪我は仕方ありませんね。ジャネット、まずはその首飾りをどうにかしましょう。そしてその首飾りを壊してしまった事に関して真摯に謝りなさい。壊す原因を作ったのは貴方なのだから。
新たな品を用意するのにかかる金額も、貴方が自分で働いて返していくのよ。ジャネット、貴方はもう何もできない幼いこどもではないのだから、自分が仕出かした事の責任はきちんと取りなさい」
「そ、そんなぁ……」
「泣いたって何も解決しません。劇団にいた頃はこんなんじゃなかったのに……どうしてこんな風になってしまったのかしら……」
嘆く母親の姿に。
いよいよジャネットは何も言えなくなってしまった。
一見すれば華やかではあったけれど決して裕福ではなかった劇団時代と比べて、生活が一変したのは確かだ。だから、まるで自分がお姫様にでもなったような錯覚をしてしまった。世界の中心が自分なのだと思い込んでしまっていた。けれども実際はそんな事はなくて。
周囲の様々な視線に、随分と遅くなってしまったがジャネットもようやく気付いたらしかった。
――かくして。
元々これっぽっちも信じられていなかったらしき噂、クリスタが義妹を虐げている、という事の真相は広まりすっかり噂も下火になった。そのうち完全に消えるだろう。それでもなおその噂を口にするような相手はむしろ情報がいつまでも古いままだと逆に笑われる事になるのは目に見えているし、この噂でクリスタを貶めようとしても正直ネタが悪すぎる。
自分から人間としての底を見せつけてくる事になるだけ、となるのは明らかでマトモな貴族であれば話題にすらしないだろう。
屋敷に戻ってから数名の使用人たちの手を借りて、ジャネットから首飾りを外す作業が開始された。
最初のうちは怪我をするかもしれないからと恐れて喚いたり暴れたりしていたジャネットだったが、業を煮やした母に睡眠薬を飲まされて寝ている間に作業は終了する事となる。
若干肉も切れたようだが、この程度ならかすり傷と診断され手当てもされた。痕も残らないらしい。
そうしてどうにか呪いの首飾りを外され薬の効果も切れて目が覚めたジャネットに待っていたのは……
ダイエットである。
つけている間は太りやすい体質になってしまう呪いの首飾り。しかし外したからといっても体質が本来の状態に戻るだけで増えた体重まで元に戻るわけではない。
クリスタから婚約者から贈られた世界に一つの首飾りというのを奪う形になって若干の優越感を抱いていたジャネットに残されたのは、有り余るほどの皮下脂肪である。
ジャネット一人に任せていたらいつ痩せるかもわからないので、ジャネットの母がジャネットに付きっ切りでダイエットに励むこととなった。
貴族の女性としてはまだ礼儀作法もあやふやな部分があるとはいえ、元は劇団の看板女優だ。役作りの際に多少体型を変えたりすることもあったので、そういった知識と経験を活かしてビシバシと扱かれていた。
クリスタに会いに行くついでに、と様子を見に来たザックスは母と娘のダイエットに挑む光景を見て、
「中々に激しいな……」
とドン引きしていた程だ。新米騎士の訓練よりも下手をすれば厳しいかもしれない。
ちなみにクリスタは呪いの効果で多少肉付きが良くなってきて、ザックスから見てもちょっと手が触れた程度で折れるのではないか、という程の細さからは脱却できていた。
わたくしも折角だから体力をつけたいわ、なんて言い出したクリスタが義母にレッスンを頼み、その話が社交界に広まり「わたくしも是非!」「あの劇団の女優直々のレッスン!? おいくら払えば受けられるの!?」となった令嬢やら貴婦人やらが集まって、最終的に何故かエクササイズ教室が開かれる事になった。
鬼教官と化した母に扱かれひぃひぃ悲鳴を上げながらも頑張っていたジャネットは、一切のサボりを許されず日々地獄のレッスンを受けている。その甲斐あってか最近は前に比べれば若干肉が減ったように思う。
「わたくしが人並み程度に肉がつく頃には、ジャネットも多少ふっくらしていてもそれなりに人並みに戻れるのではないかしら」
「では、その頃に結婚式を挙げようか」
本日のレッスンを終えたクリスタが爽やかな汗を拭いつつそう言った事で、ザックスの口からも当たり前のようにそんな言葉が出ていた。ザックスに向けてクリスタがふわりとした笑みを浮かべる。
ドレスの採寸をするタイミングに困りますわね、なんて言いながらも、嬉しそうに笑うクリスタにザックスも同じように笑みを浮かべた。
そんな二人が結婚するのは、もう少し先の話である。