第三章
「ワームすら倒せないですってぇー?」
マックラトンネルを抜けてミカエルの案内でリルド村を目指している道中に、ミカエルが憤る。
ちょうどティナがアトの実力について説明をしていたところだ。
アトの懐にティナとミカエルがいるわけだが、どうやらこの2人、アトの目の前でアトのことを話すのに何の躊躇いもないらしい。
ミカエルは有名な天使なのだが、モンスターに常に追われる日々を送っており、誰とも契約できずにいたらしい。
ティナはティナでアトのステータスアップを目指すために、天使と契約をしたかった。
こうして2人の利害が一致して洞窟内に穏やかな空気が流れ、アトはミカエルファミリーの最初の一員になった。
しかし、どんなにモンスターを倒しても全く成長しないアトに、更にはワームすら倒せないアトにミカエルは呆れていた。
「いやぁ~。僕もびっくりだよねぇ~」
後頭部をポリポリと掻きながら苦笑いするアトは、傍から見ても滑稽だった。
とはいえ、ミカエルファミリー唯一の人員なので、アトが自然とリーダーということにもなった。
「あなたがファミリーのリーダーで大丈夫?」
ミカエルがアトの顔を覗きながら問う。
一度リーダーになってしまうと、後から変更ができないようだ。
「大丈夫って僕に聞かれてもなぁー」
相変わらず滑稽に後頭部をポリポリとアトが掻く。
「本当に大丈夫?」
アトの懐に入ったまま隣のティナにミカエルが問う。
「多分大器晩成型だと思うんです……これから成長すると思います」
「なるほどね」
ティナの言葉を聞いてミカエルはアトを見ながら頷いた。
更に言葉を続ける。
「それで私と契約をしてステータス更新に補正値をプラスしようと考えたわけだ?」
見事にティナの考えていた意図を見抜いていたが、アトには何のことかさっぱりだった。
アトがどういうこと?と聞くがティナは、別にいいでしょ。と話したがらなかった。
おそらく説明するのがめんどくさかったのだろう。
「簡単に言えば、あなたは大器晩成型と言って、成長が遅いから今だにワームすら倒せないとティナは考えているの。それでね、妖精と契約をしている冒険者はステータス更新時のランクアップするタイミングで、妖精の階級によってランクアップ補正がかかるの」
仕方なしにミカエルがアトに説明をする。
「そっか、妖精の階級を上げるには天使と契約をしないといけない」
アトの飲み込みが速いのにティナもミカエルも驚く。
「そうなのよ! 更にレベルアップする時に天使と契約をしていると天使の階級によるレベルアップ補正も受けられるの」
嬉しそうにティナが言う。
「えっと、レベルとかステータスとかランクって何だっけ?」
何度か話に出てくる言葉にアトが疑問を投げかけると、ティナが怒った。
「前に説明したじゃない!」
そう前置きしてから、再度ティナが説明をしてくれた。
●
ステータスとは文字通り冒険者の強さを表す指標のことだ。
力は攻撃力、守りは防御力、素早さはそのまま素早さ、魔法力は魔法攻撃力、精神力は魔法防御力のことを指す。
これらが現在どれくらいの強さなのかを数字で表したものがステータスの基本。
数字は最大でそれぞれ999まで上がり、数字が500に到達した任意のタイミングでランクアップを行える。
ランクは下から並、中、上、良、優、秀の6段階。
ランクアップをすると数値は1に戻るが、ステータスは引き継がれているので、ランクアップした方が強くなる。
全てのステータスが秀に到達した時にステータス更新をすることでレベルアップとなる。
レベルアップすると、全てのステータスが並に戻り数値も1になるが、これもまた強さが引き継いでいるので、弱くなるというわけでない。
現在のアトのステータスは、力【並】1、守り【並】1、素早さ【並】1、魔法力【並】1、精神力【並】1だ。
いくら弱いモンスターであるワームしか狩っていないとはいえ、全てのステータス値が1なのは異常なことだとティナは言う。
通常は、ステータス更新でランクアップができなくても数値は上昇するのだとか。
「今のところあんたは最弱ね」
と説明の最後に付け足した。
「そして妖精と契約をしている冒険者は、妖精の階級によってランクアップする時のランクアップ補正値に更にプラスの補正がかかるの。具体的には、一番下の妖精階級にはプラスの補正はないけれど、妖精の階級が1つ上がるごとにプラス補正値も1%上昇するわ。天使も同様で、一番下の天使階級にはレベルアップ補正に影響は与えないけれど、階級が1つ上がるごとにレベルアップ補正にプラス1%の上昇値を与えるわ」
確かに数値は500でランクアップできるけど、この補正値や引き継ぐ強さを考慮すると999まで上げてからランクアップした方がより強くなる。というのが全冒険者一致の考えよ。
と専門的な話をして、更に専門的な話を補足したのはミカエルだ。
頭が爆発しそうなアトを見てティナがため息をつく。
「要するに、あんたが今レベル1で全てのステータスが500で全部並だとするでしょ? 一番下の妖精階級と契約をしている場合はステータス更新でランクアップした時に引き継げる数値は500そのまま。ランクアップしてランク【中】になって数値は1になるけれど、隠れたステータスとして500を引き継いでいるというわけ。これが契約している妖精の階級が1つ上の中妖精階級の場合、引き継げる数値に1%の補正がかかるから、隠れたステータスとして505の数値を引き継いでいることになるの」
詳しく説明してくれたがアトにはまだぱっとしなかった。
とにかく、階級の高い天使や階級の高い妖精と契約をしてステータスを全て999にしてからランクアップすると強くなるのだと簡単に理解することにした。
「で、話を戻すけど。あんたは大器晩成型だから全ての数字が1だとティナは考えているのね。だから、先にティナの階級を上げればアトが成長するのが遅くても一度のランクアップでそれなりにプラスの補正が得られるはずでしょ?」
成長が速い冒険者と同程度かそれ以上に強くなる見込みがあるとティナが言う。
大器晩成型ということは、成長は遅いがその分ステータスの伸びは大きいはずだと自信満々のようだ。
ステータスの話しが終えると、前方に村らしきものが見えてきた。
リルド村だ。
●
リルド村――
村と言えば正にこれだ!
アトはリルド村に着いて真っ先にそう思った。
整備されている道はなく、周囲同様に荒野の中にポツンとある感じの村だ。
周囲をぐるりと柵で囲い、村唯一の入り口には守衛が居た。
まばらに生えている雑草を刈り取られた箇所が一応道なのだろう。その道に沿うようにお店がまばらに立ち並んでいた。
小さな村だから冒険者を管理するギルドなどはなかった。
「小さい村ねー」
ティナは思った通りのことを口にする。
「こんな柵程度でモンスターからの襲撃に耐えれるのかしら?」
ミカエルは村の守備に疑問を持っているようだ。
しかしアトはそんなこと気にも止めなかった。
それよりも、人間じゃないとはいえ可愛らしい女の子の妖精と女の子の天使との旅だ。
自分が想像したのとは違うが、これもある意味ではハーレムだ。
『こんな形のハーレムもありだなぁ』
なんて呑気なことを考えている。
「ちょっと聞いてるの?」
ティナが怒り気味に問う。
「え、あぁ。ごめん」
ふと我に返ってアトが謝る。
「まったくもう! しっかりしてよね? あんたのこと話してるんだから」
ぷーっと頬を膨らませる姿がこれまた可愛かった。
その姿を見てアトが思わずふふっ。と笑うとティナがアトの両方のほっぺを手のひらで挟む。
『お、これは恋愛シーンか? 笑わないでよもーう。とか言われちゃうのかな?』
アトの淡い期待は外れ、現実の厳しさを思い知らされる。
「大丈夫? 頭おかしくなったの?」
この言葉にがっくりと項垂れてしまう。
いきなり両手を地面に着けるアトを見てティナが本気で心配をする。
「ちょっとどうしたのよ。本当に大丈夫?」
「僕の理想を打ち砕かないでくれよぉ~!」
この言葉にティナはほっと心をなでおろす。
本気で心配していたが、それを悟られたくないから照れ隠しに一言。
「バカ」
穏やかな風がリルド村を訪れた。
※
<その者>はとある目的を持って<ある人物>の元を訪ねていた。
表向きは友好的な関係を築くため。
しかしその裏で<その者>は<ある人物>の弱点や弱みを探ろうとしていたのだった。
「お久しぶりですね誕生」
<その者>が薄暗い場所で言葉を発する。
「何の用だ。職業」
誕生と呼ばれた<ある人物>は、やや上から目線でぶっきらぼうに応えた。
「相変わらずの物言いですね」
職業と呼ばれた<その者>が、ふふ。と笑う。
薄暗い場所でも<その者>――職業の大魔王――が笑みを漏らしたのが分かったのは、<ある人物>――誕生の大魔王――が職業の大魔王と付き合いが長いからだろう。
「俺様をバカにしに来たのか? 戦争でもしに来たか?」
唸るように誕生の大魔王が言う。
付き合いが長いからと言って、関係が良好であるとは限らない。
事実、誕生の大魔王は職業の大魔王を一切信用しておらず、職業の大魔王もまた、誕生の大魔王を利用しようと考えている。
「バカにしに? 戦争? 嫌ですねぇ。私がいつあなたに敵意を剥きだしにしました?」
驚いた表情をして見せたが、果たして暗がりの中で誕生の大魔王にその様子が見えたかどうかは分からない。
「てめぇは信用ならねぇ。俺様たち大魔王の中で一番姑息で卑怯だからな」
ふん。と鼻をならして誕生の大魔王が言う。
この言葉にはさすがの職業の大魔王も顔を歪める。
「私を信用しないのは構いませんが、私はあなたと少し話しをしに来たのですよ?」
なんとか平成を装って職業の大魔王が言う。
「俺様と話しだと?」
誕生の大魔王の目が意地悪く光るが、暗がりの中では職業の大魔王には分からないだろう。
しかしそれでも職業の大魔王にとっては、誕生の大魔王と会話できるだけで十分の成果と言える。
「えぇ。まずは私の話しを聞いてください」
企みの成功を確信した職業の大魔王が、他愛のない世間話しを始めた。
※
「とりあえずこの村を拠点にしてあんたのレベルアップを目指してみましょ?」
一休みしたアトに向かってティナが言う。
ミカエルの話しによると、この村周辺のモンスターと言えば、ワームかスライムくらいなんだそう。
そんなに危険があるモンスターはいないんだとか。
「ワームとスライムが多いってだけで、ワイルドウルフや魔兎もいるから油断はしないでよ?」
とミカエルが付け足すが、アトは聞いてもいない。
今だに、このハーレム状況を喜んでいる。
そんなアトの様子を見てティナとミカエルは首を左右に振って大きくため息をついた。
この時はまだ、この先に大きなトラブルに巻き込まれることになるなんて、思ってもみなかった3人だった。