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第二章

 アトの沈黙が解除されたことにより、アトとティナは今まで出来なかった分、必要以上に会話をしていた。


 アトも運動神経は無いが学習能力はある。


 ワーム1匹ならば、余程のことがない限り倒せるようになっていた。


 しかし、一向にステータスが上がらない状況に、ティナは困惑していた。


『このままだと、ワームは倒せても他のモンスターは倒せないわよね……』


 目的地のリルド村はまだ見えない。


 一方のアトも悩んでいた。


『異世界に来てから、これといった力を得た感触がない……強いて言えばティナと出会えたことくらい……これで僕の異世界転生のスキル獲得は終了とか? ティナがかなり優秀とか?』


 じっとティナを見つめる。ティナは腕を組んで何やら悩んでいる様子。


『妖精……か。何だかよく分からない魔法使ってたし凄い力があるのかもしれない』


 既にアトは自分自身に特別な力がないと考えていた。


 事実、異世界転生してからこれといって特別な力が発現した形跡がない。


「ちょっといいかな?」


 アトが考え事をしているティナに声をかける。


 物思いから覚めたようにティナがアトの方を向いて、何? と聞き返す。


「ティナは戦いで何か魔法とか使えないの?」


「無理ね。妖精魔法も天使魔法もあくまでも冒険者をサポートするのが役目。ティナたち妖精じゃあ、その辺のワームですら相手にならないわ。それに妖精も天使もレベルアップすることで格式を挙げるのが目的だしね」


 目の前で片手を振って否定する。


 妖精がレベルアップすることで、契約している冒険者のステータス更新時に補正がかかると付け加えた。


「その天使ってのは?」


 アトが疑問を投げかける。


「そっか。説明してなかったっけ? 天使ってのは冒険者同士を束ねる家族長みたいなものよ。具体的には、天使が妖精に恩恵を与えて妖精と契約している冒険者には、その恩恵のおかげでスキルやアビリティが現れるの」


 もちろん、ステータス更新した時にしかスキルやアビリティは発現しないわよ。と最後に付け加えた。


「えっと、僕って冒険者なの?」


 そもそもの疑問をすると、ティナが驚いたような顔をした。


「妖精と契約したらみんな冒険者よ? 冒険者になりたくなければ、武器屋とかそういった職種を選ぶものよ」


何を当たり前のことを。と言わんばかりの言い方だ。


『僕は、冒険者になるなんて言ってないんだけどな……』


 そうアトは思ったが、ティナと契約した当時は沈黙状態で喋れなかったことを思い出した。


「天使はね。修行で聖界からこの世界に降り立ってるの。レベルアップして聖天使になると聖界へ帰れるのよ。そのために天使は冒険者たちを集めてファミリーを作るの。多く優秀な冒険者を自分のファミリーにすれば、それだけ早くレベルアップできるでしょ?」


 つまりは、天使は妖精に恩恵を与える。そして妖精は契約した冒険者のステータス更新をする時に、恩恵の力を注ぎ込むことで、各冒険者にアビリティやスキルといったプラス要素を与える。


 天使は、妖精の恩恵を更新することで自分の経験値を獲得し、妖精は冒険者のステータス更新をすることで経験値を獲得する。


 妖精が天使に恩恵を更新してもらった状態で、冒険者がステータス更新をしてもらうと、新しいスキルやアビリティが発現したり、それらが成長する可能性がある。


 当然その数は多い方が、効率的に経験値が獲得できるというわけだ。


「てことは順番的に、妖精が天使に恩恵を更新して貰ってから冒険者が妖精にステータス更新して貰う方が効率的なんだ?」


「その通り!」


 アトが理解してくれて嬉しかったのか、ティナがパタパタとアトの周りを飛び回る。


「だからティナたちは、リルド村を探しつつ契約してくれる天使を探すわけ!」


 一番手っ取り早い方法は、既にファミリーを持っている天使と契約を交わしてそのファミリーに入ることだが、新人のアトを受け入れてくれるファミリーがあるかは、分からないとティナは言った。


「いくらなんでも、新人を入れてくれないファミリーばかりじゃないでしょ? それこそ初心者歓迎! みたいなファミリーもあるんじゃないの?」


 オンラインゲームなどの知識からアトは言ったのだが、ティナは首を横に振った。


「あのね、ファミリーって運命共同体なの。生きるか死ぬかなの。自分の立場に立ってみて? 強いか弱いか分からない素性の知れない人物を、その運命共同体に入れたいと思う? 強くて実績がある人ならば分かるけど、実績がないなら絶対に怪しむでしょ?」


「怪しむかどうかはわかんないけど、確かにファミリーに入れるのは躊躇するかも。でも門前払いとかじゃなくて、下働きとかそういうのさせて貰えるなら僕はどこのファミリーでも入るよ?」


「残念だけど、そういう問題じゃないの」


 アトは分かってない。とばかりにティナはまた首を振った。


「確かに、強い弱いだけでファミリーになるかどうかを決めるところもあるわ。そういうところならば、新人でも下働きとして受け入れられる可能性はある」


やっぱり!と言おうとしたアトをティナは遮って、話を続ける。


「でもね。今はそんなこと言う人はあまりいないのよ。ファミリー間で戦争が起きたりしてるからね。進んで自分たちのファミリーに入りたいと言う人のことは、自分のファミリーを潰しに来た敵だと判断されるわけ」


「じゃあどうやって天使と契約するの?」


 お手上げ状態じゃん!とアトは嘆く。


「方法は2つね。1つ目は、フリーの天使を探すこと。もちろん天使にとっても妖精にとってもモンスターは天敵だから、簡単に見つかるとは思えないけど」


 その言葉を聞いてアトはがっくりと項垂れてしまう。しかももう1つの方法を聞いて更に落胆してしまった。


「もう1つは、アトが知名度を上げて且つ、どこのファミリーにも所属していないということを大々的に宣伝することね」


先が長すぎる上にほぼ不可能なことだった。


「宣伝って、どうやるの?」


「町とかのギルドで、ファミリーを持たずに依頼をこなすしかないと思うわ。それでも、疑う人はいるでしょうけど、ある程度有名になれば、本当にソロで活動していることの証明にはなるでしょ」


 完全に運に左右される方法だと、アトは思った。


「でも、フリーの天使を探すよりはそっちの方が確実ってことだよね? 実績を積めば、ファミリーの方から声をかけてくれるってことでしょ?」


「その通り! そのためにもリルド村に向かうのよ!」


 アトの肩に止まって前方を元気よくティナが指さす。目の前は見渡す限り荒野が広がっている。


「歩くのは僕なんだけど」


 そう愚痴りながらポツリポツリとアトは歩き始めた。


 荒野に冷たい風が吹きつけた。


 ●


 荒野を進んでから数日が経った。


 見える景色は相変わらず変わらない。


「やっぱり道間違えたんじゃないの?」


 何度目かの問答だ。


「ティナが間違えるはずがないでしょ? いいから真っすぐ進むの!」


『そうは言っても、ずっと何の建物もないからなぁ……』


 しかしそれを口に出さないだけアトは成長したと言える。


 ここ数日、ワームと戦ってはステータス更新を試みるもダメ。時には複数のワームから逃げることもあった。


 何十匹ものワームを倒しても、一向にステータス更新が出来ない。


 アトに原因があるとはっきりティナに言われてしまい、複数のワームも倒せない自分の不甲斐なさも相まって何も言い返せなくなってしまったのだ。


 と、ここで遠くに茶色の建物が見えてきた。


「何かある……」


 独り言のようにアトは呟いたが、ティナが答えてくれた。


「マックラ岩山ね。確かマックラトンネルって洞窟があったはず」


「マックラってことは、灯かりがないとかそんな感じなのかな?」


「さぁ。よく分からないけど、とにかくリルド村はあの洞窟の先なのは確かよ!」


 ティナが自信満々に言う。


 目的が見えて、心なしかアトの足取りも軽くなっていた。


 ところが、世の中そう上手くはいかない。


 アトとティナの前に1匹の狼が現れた。


「ワイルドウルフだわ。肉食獣族よ。魔兎のような草食族と違って好戦的よ! 逃げて!」


 焦ったようにティナがアトに言う。


当然ながら、ワーム1匹しか狩れないアトが敵うような相手ではない。


『確かに僕じゃ勝てないだろうけど、狼相手に走って勝てるのか?』


 そんな疑問がアトの頭をよぎる。


 ただでさえ足が遅いアトだから、そう考えてしまうのも当然だった。


 街道の横にワイルドウルフが居て、アトの様子を探っている。


 ワイルドウルフの脇を通り抜けて先に進めばマックラ岩山にたどり着く。


「今なら大丈夫! 向こうも多分戸惑ってる」


 ヒソヒソとアトに耳打ちするティナ。


 確かに好戦的と言う割には、ワイルドウルフは攻撃を仕掛ける仕草を見せていなかった。


 急に冒険者と遭遇して、驚き戸惑っているというティナは予想は、もしかしたら正解なのかもしれない。


 アトが覚悟を決めて走り出す。


「おそっ!」


 またまたティナが思わず口に出す。


 アトの全力ダッシュが想像以上に遅かった。


 だが、その遅さが逆にワイルドウルフを戸惑らせることになった。


 何か意図があるとワイルドウルフは深読みして、アトを凝視していた。


「うおぉぉぉぉー!」


 叫びながら一目散に逃げるアト。


 ワイルドウルフは我に返ってアトを追いかける。


「ウゥーッ!」


 犬っぽいうなり声を上げながら。


「ヤバいって! 追いつかれる!」


 アトがティナに言う。何か方法がないか訊ねているが、そんな都合のいい話はない。


「冒険者でも都合よく通ってくれればいいんだけど……」


 ティナも、都合のいい話を考えるが、見渡す限り荒野のこの地には、アトたち以外の人影はなかった。


「と、とにかく走るのよ! 走って走って走りまくるのよ!」


 それが全力なの? と言わんばかりにティナはアトをたきつけた。


 アトは必至に足を動かす。普段こんなに走ったことがないアトにとって、いつ自分の足に躓くか分からない状況だった。


 ワイルドウルフはもう真後ろまで追ってきている。


「もうダメだー!」


 アトが叫ぶ。ティナは思わず目を閉じる。


 ズザーッ!という擦れるような痛々しい音がした。


「いってぇー!」


 続くアトの叫び声。


 ティナが目を開けると、アトが転んでいた。ワイルドウルフはと探してみると、自分達の進行方向で素っ転んでいる。


 つまり、走り慣れていないアトが転び、そのアトにワイルドウルフが躓いたのだ。


 アトは後頭部を引っ掛かれていたが、命に別状はなさそうだ。


 ワイルドウルフが起き上がる前に急いでアトは走り出す。


「ちょっと出血が多いわよ?攻撃されたの?」


 アトの後頭部を見てティナが走るアトに言う。


「そんなこと言われても転んでたから分かんないよ」


 ちらりとワイルドウルフを見ると、もう追いかけて来なかった。諦めたのかどうかは分からなかったが、一安心だった。


 ティナはとりあえず、たくさん出血しているアトの頭に、道端で拾った薬草を貼り付けておいた。


「これで平気か分からないけど、あのマックラトンネルで少し安静にした方がいいかもしれないわ」


 ワイルドウルフが追って来る心配もあるので、念のためにマックラトンネルで休憩することにした。


「あ、あんた驚くほど運動神経悪いのね」


 息も絶え絶えにティナが言う。


「しょうがないだろ。現世で体育の成績は良くなかったんだから」


 ムッとしてアトが言い返すが、それは言い訳だった。


「ちょっと頭の傷見せてごらん?」


 ふぅっと息を吐いてからティナが話題を変えた。


『これ以上アトに言ってもしょうがないもんね。何とかステータス更新が出来るようにならないとだし……それにしてもこの傷……』


 暗がりの中なのでよくは見えないが、アトの傷は転んだだけにしては出血が多かった。


 それに、転んだのに後頭部に傷ができるのにも違和感を覚えた。


『ワイルドウルフに攻撃されたのねきっと……でも、助かったのは偶然転んだから? それで死に至る傷にはならなかったってこと? もしかしてアトのスキルに関係してる? それなら尚更天使と契約しないと……』


「あのー―ティナさん? そんなに傷ヤバいの?」


 さっきからティナが黙りこくってるので、アトは一気に心配になった。


「ん? あぁ大丈夫大丈夫。それよりもあんたは平気なの? どこか痛むとか変な感じするとか」


アトの後頭部に薬草を貼り付けて、包帯でグルグル巻きにしながらティナが答える。


「頭以外は平気かなー」


 んー。と考えながらアトが答える。


「転んだのに、そこは痛くないんだ?」


「言われてみれば。何で頭が痛いんだろ?あ、膝も擦り剝いてた」


 そこ。と言ってティナがアトの膝を指さす。


 今気が付いたかのようにアトが膝を曲げる。


 アドレナリンが出てて、膝の痛みは麻痺していたのかもしれない。


「見せてごらん」


 暗がりでよく見えないが、ティナがアトの膝も手当てをしようとする。ついでに、後頭部の傷についても触れようとした。


「あとね」


「何か今日すごく優しくない? 何かあったの?」


 心無い一言で、全てが台無しになった。


「あんたね! 人がせっかく心配してあげてるのに!」


 ペチンッとティナがアトの膝を叩く。


「痛ぇー!」


「大げさねー。こんなの大した怪我じゃないでしょーが」


 痛いもんは痛いんだよー。とブツブツ文句をアトが言うが、2人の会話はそこで終わった。


「あなた達そこで何をしているの?」


 ワイルドウルフから逃げ延びた安心感で、いかに大声で喋っていたのかを思い出した。


 背後から女の人の声がして、2人して飛び上がった。


『攻撃してこないってことは敵じゃないってこと?』


 心臓の鼓動を抑えながら、ティナがそんなことを考える。


 2人して恐る恐る振り向いた――


 ※


 豪華絢爛な館に笑みを浮かべる1人の人物がいた。


『誰を引き入れるかが問題ですね……』


 真っ赤な絨毯の上を音もなく歩いて部屋を行ったり来たりする。


 物思いに耽る時には、こうするのが一番スッキリと考えられるようだ。


 行ったり来たりしながら怪しいことを考える。


「どうしました? 入って来なさい」


 1人で居たはずなのに、突然その人物は部屋の外に向かって声をかけた。


 考え事を中断させられたのにも関わらず、その言い方に怒りは込められておらず、丁寧な言い方だった。


 <その者>は、促されて部屋に入る。


「あなたは確か、争いの配下でしたね? 今は西の状況を見ていたのではなかったですか? どうしてここに来たのです?」


「我が主より言伝を預かっております」


「争いが私に言伝? なんでしょう?」


「西は現在安寧すぎるため、騒乱を起こすそうです。それが成功した暁には、是非覇権争いの同盟を組みたいと申しております」


 <その者>は、跪いて館の主に応える。


「そうですか…分かりました。とりあえず騒乱の後にでも争いと話しましょう」


 館の主はそう言って再び部屋を行ったり来たりした。


『西で騒乱が起きたところで、誰にも影響はないはずです……でも動揺を与えることはできますね……となれば覇権争いに争いを組み込むメリットは大きいでしょうね。問題は武力ですかね』


 怪しい笑みを浮かべながら館の主は空を見た。


『武力を取り込めれば一番ですが、念には念を入れておいた方がよさそうですね。誕生の元へむかいますか……』


 怪しい笑みを浮かべて館の主は再び行ったり来たりを繰り返した。


 ※


「あなたは……!」


 洞窟の奥にいた人物は女の子に見えた。


 女の子だけど明らかに見た目は天使だ。


 その天使に向かってティナが驚いたような声を出した。


「知り合いなの?」


 キョトンとした顔をアトがする。


「知り合いというわけではないけれど、天使の中でも有名なお方よ!」


 驚きと喜びの入り混じったような声をティナは出す。


 一方の天使の方もティナを驚きの表情で見ていた。


「あなた、もしかしてティナ?」


「え? あ、はい……」


 天使に名を呼ばれてティナが驚いて両目を見開く。


「まさかあなた程有名な妖精が私の前に現れるなんて」


 同じように天使も驚いて絶句する。


 しばらくの間沈黙が訪れた。


 アト、ティナ、天使はそれぞれに互いの顔を見渡す。


「有名ってティナが?」


 沈黙を破ったのはアトだ。


「有名よ! あなたティナと契約してるんじゃないの?」


 アトの言葉に、天使は更に目を丸くする。


 まるで、有名なティナを知らないアトは頭がおかしいとでも言いかねない表情だ。


「あ、ミカエル様。私たちは最近契約したばっかりなのです」


 ティナが天使の名前を呼びながら、ティナのことをよく知らないアトを庇うように誤魔化す。


「なるほどね」


 納得。という表情をミカエルが見せる。


「それよりも、見たところあなたはまだ他の天使と契約を交わしていないようね。どうかしら、私と契約してみない?」


「ミ……ミカエル様と契約できるんですか?」


 ミカエルの提案に今度はティナが驚く。


『なんだかさっきから驚き合いの繰り返しだなぁ~』


 アトはティナとミカエルを交互に見ながらそんなことを呑気に考える。


 そんなことをしている内になんとティナがミカエルと契約を交わしていた。


 マックラトンネルに穏やかな空気が流れた。

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