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「話というのはなんだ?」
──あら?今日は何だか機嫌がいいわね?
ヒロインちゃんとの二人きりイベントを目撃してから一ヶ月くらい経ったけれど、ヒロインちゃんといい感じになれてるのかしら?
じゃあ、王子のツンツンを見られるのもこれが最後かもしれないわね。
この綺麗な顔が羞恥に真っ赤になって、ぷるぷる震える様子も見られなくなるのね。
何より、まだ泣かせてないしなぁ……でも、私は精神的にお姉さんなのだから、少しはお姉さんらしいところも見せないとね。
いい女は引き際も綺麗なのよ。
潔く解放してあげましょう。
私はため息とともに執着心を吐き出した。
もうこれは私のものじゃないのだからと言い聞かせながら──否、最初から私のものではなかったのだから。
「ねぇ殿下、わたくし知ってますのよ?最近恋をしてらっしゃるでしょう?」
「──っ?!」
ジェラルドは目を大きく見開いたかと思うと、突然真っ赤になって震え出した。
ちょこっと震えすぎ感が否めないけれど、まさしく浮気がバレて彼女に詰め寄られた時の彼氏の態度その一よね!
めちゃくちゃ目が泳いでる!
「殿下、正直に仰って欲しいのですが……わたくしの他にどなたか好きな方ができたのでしょう?
わたくし先日、ある女生徒と二人きりで楽しそうにお話されてる殿下を見ましたの。とても可愛らしい方でしたわ──あの方ですわよね?」
「な……っ!いやっ、それは……っ!」
何故かジェラルドの顔色が今度は青くなってる。
──ああ、そうか。
悪役令嬢の私に恋路を邪魔されるんじゃないかと怯えてるのね、きっと。
そんな無粋な真似しないから安心してよね!
「ふふっ。わたくしという婚約者がいながら仕方のない方ですわね。
でもまぁ、わたくし達の婚約は政略的なものでしたし、双方合意の元であれば解消に問題ありませんわ。今ならば穏便に──〝穏便に〟婚約を解消して差し上げてもいいですわよ?」
うわぁー緊張した!
なるべく年上──前世の精神年齢的に──の余裕を乗せたつもりだったけど、少しだけ早口になっちゃったかもしれない。
だって、ここが断罪されるかされないかの分水嶺よ?
だから、あくまで穏便に穏便に!大事なことは二回言いなさいって前世で誰かが言ってたわ!
私と婚約中にほかの女にうつつを抜かすなんて、本来は浮気ですわよ?
でも、そういうシナリオなんだから彼を責めても仕方がないもの。
私は懐の深い女ですからね!
さあ!
子供みたいに玩具に執着するような真似は辞めて、微笑むのよ私!
その瞬間、ジェラルドの瞳が大きく揺れた。
「…………っ」
澄んだ空のような青い瞳にみるみる涙が溜まっていく。まるで、波が押し寄せるように大量の水が押し寄せ、それが零れ落ちるのは必然で。
「えっ……なっ……ちょっと! 殿下?!」
薔薇色に染まった頬を伝って次々と流れ落ちる涙。
──なんて……なんて綺麗なの!
鼻血が出そうだわ。美少年の涙本当に尊いわ……スクショ!あ、画面越しじゃないからスクショできないのだわっ。カメラ!カメラ持ってきて──っ!
いや、そうでなくて。
なんでジェラルドが泣いてるのよ?
この場合、泣くのは浮気されてる私の方でなくて?
泣かないけど。
「俺は……もう不要なのか?」
「は……?」
「お前の方こそ、他に男ができたんだろう?そうなんだな?」
いやいやいや、他に想い人ができたのはあんたの方だって!
「俺が他人に虐められても平気なのか?」
「…………」
虐められてる自覚はあったのね……。
まぁ、あなたがあの女に虐められて泣くとか──確かに想像するとちょっと嫌だけれども!
いや、待て。
そもそも優しさの権化であるヒロインちゃんが虐めたりする訳ないじゃない!
癒しよ癒し!
私に長年虐められて荒んだ心を癒されなさいよ!
そういうシナリオでしょ?!
あ、シナリオで悪役令嬢がいじめてたのは、王子じゃなくてヒロインちゃんだったわね!
「頼む──捨てないでくれ」
いや、うん……なんて言うか。その涙は尊いけれども。
何か聞きなれない言葉が耳に入ってきて理解が出来ないのよね?
初めて見た涙に感激しているせいかしら。頭が上手く働かない。
その後、何をどうしたのか覚えてないけれど、気がついたら自宅に戻っていた──のだけれど。
どうしてこうなったのかしら?
「アレクサンドラ、愛して……もごっ!」
ダメよ!
それはヒロインちゃんに囁く愛の言葉なんだから!
私は慌ててジェラルドの口を両手で塞ぐ。
寝言は寝て言って欲しいわ、全く。
婚約解消はまだかしら?
既にお父様には伝えてあるはずなんだけど。
「愛し……もがっ!」
危なっ!
ジェラルド、今呪いの言葉をはこうとしたわね。
そうよ、そうに違いない。
一応、ハッピーエンド?
本編はこれでおしまいです。
次話、番外編で王子の護衛視点の話。
→すみません、ちょっと整合性取れないところがあって手直し中なので、少し時間を置いての投稿になります。(泣)