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十四。
十五歳になったジェラルドは学園に入学した。
シナリオ通りならば、その一年後にアレクサンドラやヒロインちゃんが入学することになる。実際その予定だしね。
やっとゲームのスタートってことね。
ヒロインちゃんをいじめる理由もない私は、彼女の攻略風景を高みの見物としゃれこみますかね!
例えば!
ヒロインちゃんが同じような転生者で被害者妄想激しい子で、悪役令嬢だからという理由だけで冤罪ふっかけてきたとしても!
粛々と受け入れる所存です。
その結果市井落ちしようが国外追放だろうがばっちこーい!
まぁワタクシ、腐ってもあのクソバカ王子の婚約者ですからね。その私をどうにか婚約者の座から引きずり下ろさないとヒロインちゃんとのハッピーエンドはないわけで。
そこはシナリオだから仕方がない。
ただし、市井落ちにしろ国外追放にしろ、事前準備は抜かりなく済んでますがね!
市井落ちを想定した都民籍と郊外の小さな一軒家は手に入れてある。働き先も既に目星はつけてあるし、一人暮らしの計画は完璧よ!
国外追放の場合は、隣国の叔父様を頼るつもり。その叔父様に『もし何かあって国外追放になったら匿ってね♡』ってことを伝えたら、やや前のめりでOK貰ったからね。優しい叔父様たちは『何なら今すぐ来てもいいし、息子たちの誰かの嫁になってくれてもいいよ』って言ってくださったわ。ずっと私みたいな娘が欲しかったんですって。叔父様のところのお子さんは全員男ですものね。
「おいブス!」
「…………」
「最近、隣国のディアンドル家と密に連絡を取り合っているそうじゃないか?」
「あら、殿下が私に興味を示されるなんて珍しいですわね」
うふふ……と笑ってみせると、ジェラルドは真っ赤になって憤慨した。
「……っ! そんなわけないだろう!お前は俺の婚約者だからな。おかしな真似をされると困るだけだ!」
「それならばご心配は無用ですわ。隣国といえど、ディアンドル公爵家には先々代の王妃様の妹御が嫁いでいらっしゃいますし、例え何かがあって我が家が王家に対して謀反を起こしたとしても、彼の家がこの国に仇なすことは万に一つも有り得ませんわ」
「……お、お前の家は謀反を起こすつもりなのかっ?!」
「うふふ……何かがあってと申しましたでしょ?ご心配なされなくても、何事もなければ謀反など起こしませんわよ」
衆目環視の中での婚約破棄とか婚約破棄とかね。
「でぃ…………」
「はい?」
「お、お前はディアンドル家の者と親しいのかっ?」
「はぁ……そうですわね。幼い頃はお互いの家をよく行き来しておりましたからね。お兄様たちには良くしていただきましたわ」
どこかのクソバカ王子と比べると、少々やんちゃな従兄弟たちも紳士的に見えるから不思議よね──いえ、一般の男性であっても、女性に向かって『ブス』って呼びつける人はなかなかいないんじゃないかしら?もしいたら、社会的に抹殺されそう。
「なっ……婚約者がいながら他の男と交流を持つなんて、何て尻が軽い女だ!」
「あら、わたくし幼い頃と申しませんでした?殿下と婚約する前の話ですわよ」
「ぐっ……」
嘘だけど……今もたまに遊びに行くけど、『よく』は行ってないからやっぱり嘘じゃないわね。
叔父様が言ってた『息子たちの嫁に』云々も、元々両家は従兄弟の誰かと私を婚約させるつもりだったところからきてるのよね。
我が家は後継となるべき嫡男がいないから、叔父様のところから入婿として一人派遣(お父様に聞いたのだけど入婿を派遣っておかしくないかしら?)するという感じの話だったらしい。
ただ、あくまでもお父様たちの口約束の未来設計で、正式な形になる前にジェラルドとの婚約が決まってしまったせいで立ち消えになったらしいけど。
まぁ、それがシナリオだから仕方ないわよね。
「おい、聞いてるのか?!」
「……あら、ごめんなさい。ちょっと考え事をしておりましたの。何のお話でしたかしら?」
「…………っ!だからっ!俺以外の男とは喋るなと言ってるんだ」
「無理」
「何だと?」
「あら、無理と申し上げたのですが、聞こえませんでしたか?次の健診では、耳も診て頂くことをお勧めしますわ」
「みっ耳は問題ない、ちゃんと聞こえてるっ!俺は、何故無理なのか聞いてるんだろっ?!」
「さようで。
でもこの前、恐ろしい虫の話を聞いたものですから、ちょっと心配になってしまったのですわ。なんでもその虫は、気づかないうちに耳に巣を作って卵を産み付けるんですってよ。
卵から孵った幼虫は耳の奥に入り込んで、皮膚や骨を溶かしながら大きくなるそうで、寄生された人は耳が腐り落ちてしまうまで気づかないんですって!怖いですわね~!」
「ひっ……」
あら、ジェラルドが小刻みに震えながら耳を押さえてるわね。
待って!ちょっと涙目になってない?
寄生ネタ割と当たりかもだわ。ふふふ……ですが、これだけで終わると思わないでくださいましね!
「ああ!殿下以外の殿方と喋るな、でしたっけ?でしたら殿下もわたくし以外の女性と喋るのはやめてくださいましね」
「なっ……俺は学園に通ってるのにそんなことできるわけがないだろう?お前はまだ学園に通ってないから……」
「ふうん……ならば、殿下も学園へ通うのを辞めてしまえばいいのでは?」
「は?なんでそうなるんだ?!」
「早速、側付きの者も全て男性に変更なさってくださいましね。身内は許容しますが、夜会などで女性に話しかけられても一切お答えになりませんよう。ああっ!もっといいことを思いつきましたわ!わたくし、側付きにピッタリの者たちにツテがございますの。『カシペラ』っていうお店の方たちなんですけど……」
「も、もういいっ!」
「殿下、先程の言を?」
「──取り消す!取り消せばいいんだろ?!クソッ!」
まだ最後まで言ってなかったのに。
ちなみに『カシペラ』は男性の同性愛者向けの店ですよ。飲みに行くとガチムチ系のマッチョなオネエサマ方が出迎えてくれるそうだ。
我が家の使用人二人(♂)が、酔った勢いで面白半分に顔を出して大変な目にあったらしいという話を小耳に挟んだのだ。
その界隈では結構有名な店みたいだけど、王子であるジェラルドも知っていたとはちょっと驚いたわ。お陰で説明の手間が省けたけど。王族の閨の授業とかで、そっち系もやるのかしら?やだ、ちょっと見てみたい!
「それは良かったですわ!
もしお約束してしまったら、この先陛下やレオニードおじ様とは筆談するしかなくなったでしょうしね。
訳を聞かれたら『殿下に禁じられております』とお伝えするしかないですし……」
そこで一旦言葉を切ると、ジェラルドの喉がひゅって小さく鳴ったのが聞こえた。
レオニードおじ様というのは、お父様の友人であり騎士団長でもあるその人だ。何でも団員たちには『鬼の団長』と呼ばれているらしい。
ジェラルドも自衛の剣技を学ぶために騎士団と一緒に鍛錬していた時期があったはずだから、彼にはお世話になってるはず。
まぁ、団員やジェラルドには鬼だろうが、私には激甘なおじ様なんですけど──前言撤回して命拾いしたかもしれないわね、ジェラルド?
「ああ、でも。明日おじ様にお会いしますし、先程の殿下のご提案についてどう思うか少しお伺いしてみようかしら?」
「…………っ?!」
ジェラルドの目がすんごくまん丸になってるわ!あ、真っ青になって震え出した!奥歯がカタカタいってますわよ、オウジサマ!
あら?ジェラルドの背後の護衛騎士さんも何だか震えてる気が……気のせいかしらね?
もうちょい続きます。