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「…………」
「…………」
「……おいブス、何とか言え!」
「あら、女は喋るな出しゃばるなって仰ったのは殿下ですわよね?」
「そっ……それはっ! ──いや、悪かった」
私がキッと睨みつけると、バカ王子は反論を呑み込んだようだった。
「…………まぁ、ようございましょ。それで、殿下はそのブスに何を言って欲しいのですか?」
ブスだなんて自分では思ってないけどね、ふん。
言っちゃなんだけど、こちとら毎朝鏡を覗く度に進化する美少女具合に、マジびびってんだから。
悪役令嬢のスペック恐るべし!
まぁ、敵役がしょぼかったらざまぁのしがいもないからねぇ。身分も上、外見も上、婚約者持ちという相手に立ち向かって勝利してこその達成感。基本ぬるゆるゲーとはいえ、その辺りは不可欠要素だもの。
「…………」
何の話だっけ?
あ、そうそう。私はブスじゃないって話だわ。
前世を思い出した私だから我慢できるけど、毎回毎回顔を合わせる度に『ブス』呼ばわりとかさ、普通に考えたらモラハラだからね。
いや、さすがの私でも相手が王族じゃなかったら殴り倒してるわ。
そう言えば、ゲームの中のジェラルドも確かにツンデレだった気がするけど、こんなモラハラ人間だったっけ?
──あー……そういやそんなエピソードあったっけなぁ。
ヒロインちゃんの初見でも『ブス』呼ばわりで、恋仲になってデレてからじゃないと名前呼びには発展しなかったわ。
──ん?待てよ?
攻略対象と悪役令嬢の仲が深まるわけがない→つまり私とは恋仲にはならない→ずっと『ブス』呼びのまま。
「…………?!」
──ななな……なんだってぇえええ?!
そりゃ私は精神的に大人だし?
まだ二十代前半の私に向かって、『クソババア』とかましてくる近所のガキンチョみたいなもんだと思えば、まぁ我慢できないことはない。
王子は脳筋設定じゃなかったはずだから、もう少し精神的に成長すれば、考えなしの罵倒は減るだろうけど──減るわよね?
だけど、ゲーム内のアレクサンドラはよくこんなモラハラに八年も耐えたよね?人間不信になるレベルだよ?
公爵家の一人娘で、蝶よ花よと大切に大切に育てられてきたアレクサンドラが我慢できるはずないんだけど。
まぁ、公爵令嬢ごときがどんなに不満に思っていても、王族から望まれた婚約を蹴ることなんて出来ないわよね。例え顔を合わせたくなくても、お茶会に招待されたら行かない選択肢はない。
私みたいにイタズラ仕掛けてストレス発散とか出来ないだろうから、相当ストレスが溜まったに違いない……アレクサンドラたんカワイソス。
──あぁ、だからなのかも。
王子に対する、この凶暴なまでに攻撃的で暴力的な加虐的衝動は、前世の私の性癖とかじゃなくて、きっと『アレクサンドラ』としての無意識からきてるんだ。ゲームではそのベクトルがヒロインちゃんに向いちゃったのねぇ。
こりゃ、ゲームでジェラルドとヒロインちゃんがカップルになった時も、意外と内心は大賛成だったりしたのかも。不良債権引き取ってくれてありがとう!的な?
うーん……いっそ公爵家の権力とか使って、早めにヒロインちゃん探し出そうかしら?
そしてヒロインちゃんには、このツンデレ改めモラハラクソ王子を是非矯正して頂きたい。
「…………おいっ!」
「あっ……」
「さっきから顔色が悪いな。気分でも悪いのか?」
「いえ、この穴から脱出する方法を考えてました」
「何か思いついたのか?」
「いいえ、全然!」
役立たずだなって顔で見てこないでくれますかね?
大体、思いつくわけないわよ。
だって、そもそも私はこの穴に落ちる予定じゃなかったんだもの。
せっかく落とし穴まで上手く誘導したと思ったのに、落ちる直前で私の手を掴んでくるとか予想外だったわ。落ちても怪我はしないようにという無駄な配慮が行き届きまくった落とし穴だから、怪我の類は一切しなかったけどね!
王子だけ落として、日頃の行いをじっくり反省させたら護衛騎士さんとか誰か助けを呼びに行くつもりだったのよ。
二人で落ちちゃったらそれが出来ないじゃない。
こんなことなら穴をもう少し浅くするか、ロープの1つでも垂らしておけばよかったわ──でも、それじゃこの猿みたいなバカ王子に易々と脱出させてしまうものね。
泣かせるつもりだったのに、こっちが泣きたくなるなんて計算外だわ。
「はぁ……とりあえず、叫びましょうか。タースーケーテー!」
それから半刻ほど後、私たちは無事に救出された。