追憶2
「ごきげんよう皇太子殿下、今宵も素晴らしい夜ですわね。随分とご無沙汰しております。」
そう言って皇太子へ声をかけると、彼はすぐこちらに気がついた。
にっこりと意外なほど人好きな笑顔を、その美しい顔に浮かべるとこう言う。
「久しいね、アン。そんなに他人行儀だと寂しいな、僕と君の仲じゃないか。」
確かにある意味親しい仲の時はあった気がするが、今は全くもって他人である。ただの同級生だ。
謎の含みを持った言い方に、隣に立つセイラが動揺したことを感じる。どうしてくれようか?
「ほほほほほ。ソウ思ッテ下サルノハ、ウレシイデスワ。」
「ははは。アンは照れ屋さんだなあ。」
乾いた笑いに、上っ面の会話。
アンと呼ぶことにも苛立ちを感じる。
ここに私の婚約者である、ユーゼフを連れてこなかったことは完全に失敗だった。後悔先に立たず。
ひとまず気を取り直して妹を紹介することにした。
「殿下、実は紹介したい人がいまして。先日デビューいたしました、私の妹セイラ・コーライドです。」
「せ、先日ご挨拶させて頂きました。セイラでございます。」
ひどく緊張した様子でカーテシーをするセイラ。その耳は林檎のようにあかく、なんとも初々しく愛らしい。
皇太子はセイラと目を合わせると顔色を変え、サッとこちらを見た。
その異様な雰囲気に思わず皇太子の顔を見返すも、彼はすでにセイラを見て微笑んでいる。
あまりにも一瞬の出来事だったので、セイラは時に気にも留めていないようだし、気のせいかと忘れることにした。
二人はしばらく談笑すると、彼にしては珍しいことを口にする。
「一緒に踊っては頂けませんか?」
喜びでとうとう顔を真っ赤に染めたセイラが頷き、二人が踊り出す。その姿に会場がどよめいた。
次の日の新聞の一面は『コーライド家の秘宝と皇太子が恋に落ちたか?!美しいカップルの誕生!』と大々的に打ち出された。この号は、飛ぶように売れたそうだ。
2人はトントン拍子に付き合うこととなり、早々と婚約をした。
皇太子は妹を溺愛し、我が家は彼からの求愛のプレゼントで溢れかえった。
両親は思いがけない縁に目を白黒とさせていたが、妹はますます美しくなり、毎日幸せそうに笑っていたため、素直に祝福をきめたようだった。
私は皇太子をいけすかない男だと思っていたが、学生時代から180度違う姿に、認識を改めた。
学生時代と変わらない男だったなら、気をつけた方がいいと言うつもりだったが、同じ男とは思えない変わりっぷりだ。
あの男がこんなに真摯な面を持つとは驚きだった。
幸せそうな妹に水を刺すような事を言うのも野暮だと考え、特に釘を刺すようなことを言わないことに決めた。
これが大間違いだったのだ。
ヤツはやはりクズに変わりなく、その凶悪さは学生時代を遥かに超えていた。
止められたのは私だったはずなのに。
婚約して半年、国中からの憧れとなった2人は夢のような結婚式を挙げる。
美しい2人の姿はまさに物語の姫と皇子だった。
御伽噺なら良かったのだ。
二人は永遠に幸せに暮らしましたとさ、と終わるから。
しかし現実は残酷な展開をみせ、二人の物語は早くも結婚式から崩壊し始める。
セイラの結婚から半年したころ、私が嫁いだ屋敷に妹が涙を流しながら訪ねてきた。