追憶
ユ王朝歴57年の冬、私ことアンネ・コーライドは、国内でも力を持つコーライド公爵家の長女として産まれた。
長女といっても上に兄が2人がいるため、3人目のこどもとなる。
公爵という地位の高い貴族には珍しく、両親は仲がいい。そんなこともあってか、私が産まれた2年後に妹であるセイラが産まれた。
妹は特別だ。
コーライド家は緑の瞳を持つことで有名な家系で、私ももれなく緑色の瞳をしている。
しかしセイラの瞳は、私の様にただの緑色は訳ではなく、まさに翡翠が入っている様に美しく輝いているのだ。
そのうえ絹の様な白金の髪に、人形の様に整った顔を持った彼女は天使の様な美しさである。
性格も天真爛漫で愛らしいセイラは、まさに我が家の宝となった。
活発で社交的なセイラに対して、読書を好み内向的な私は正反対ともいえたが、親友といっていいほど仲が良い。
その親密さは彼女の最期まで変わらなかった、と信じている。
やがてセイラが16歳になり、社交界デビューを果たすと彼女はその美しさで瞬く間に時の人となった。と、同時に彼女は初めての恋に落ちる。
そう。我が国の皇太子アシュワルト・ハインツ・ユに一目惚れしてしまったのだ。
「お姉様!皇太子殿下と同窓生でしょう?ご紹介してくれませんか…?」
彼女がデビューしてからしばらくして、私も一緒に出たパーティにて皇太子が目に入ると、彼女はそう私に頼み込んできた。
確かに私は彼と同級生だった。だからこそ、可愛い妹を紹介することを躊躇う。
「でもセイラ、わざわざ私が紹介しなくても、貴女自身でお声かけしてみたら?ほら、貴女のお友達は皆行ってるわよ」
そう言って視線を皇太子に向けると、彼の周りには色とりどりのドレスの花畑ができている。
毎度見事なことだ。この光景は学生時代からお馴染みだった。
そんな私の言葉にセイラは少しふくれた顔をすると、恥じらうように顔を赤くしてこう言った。
「…だって、少しでも周りの方よりお近づきになりたいんですもの…。」
そう言う表情はまさに恋する乙女、といった顔でなんとも微笑ましい。
デビューの日、少女達は真っ先に王族へ挨拶をする。
そのためまず目に入る、黒髪に紫の瞳を持った、我が国の宝石とよばれる美しい皇太子に、恋に落ちる少女は珍しい話ではなかった。
実を言うと私自身その少女の一人だったりする。
恋とは良いものだ。女性を美しくする。
たとえそれが叶わない恋だとしても。
これも、たった2歳差とはいえまだ幼いセイラにとってある意味いい勉強になるかしら。
そう思い、彼女にこう言った。
「わかったわ。では一緒にご挨拶にいきましょう。」
私はこの言葉を一生後悔することになる。
彼女にあの男を紹介しなければ。セイラは死ぬことはなかったのに。
あの男の残酷さを、身をもって知っていたのに。
「お姉様ありがとう!!」
そう言って花が咲くように笑った、彼女の顔が忘れられない。