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第7話_寮服に込められた思い

目の前には鬼がいる。両腕を組み顎を上げ、見下げるようにこちらを見ている。

仁王立ちをしているその足元は、紺色のソックスがくるぶしを100パーセントむき出しにしていた。


「ねぇ、君、俺のズボンに何かした?!」


「えっと......」


何をしたのかと問われればマジックゲームで泥だらけにしたことくらいしか思いつかなかった。

それ以外でコナーの制服を変化させるような出来事があっただろうか。コナーの制服を変化させた出来事......。


「あっ!」


とっさに出たその声を黙らせようと両手が口を抑えつける。穴の開いた寮服を新品同様に直してくれた人物。それはカロンだ。だがしかし、ここで彼の名前を出せば言い逃れをしているように聞こえるし、告げ口をしているようで気が引ける。第一、そもそもズボンの丈が元から短った可能性も否めない。

相手を恐れるからこそ嫌な妄想は広がるのだ。冷静に状況を分析すれば、真の原因がわかるはずだ。

一瞬のうちに頭をフル回転させ、強気な思考を巡らせた。


「あの、万が一、万が一の可能性なんだけど、もともと...」

「ありえない!!!!」


怒りのコナーは話を遮りそう吐き捨てた。なぜそんなことが断言できるのか。

そんな疑問が表情へ現れていたのだろうか。心底深いため息をひとつきしたコナーはキリリとこちらを睨み返す。


「寮服は羽を泉に落とした時、所属寮の決定と共に現れる。つまり個人用のものがね。」

「君はこの学園のこと詳しくないみたいだから教えてあげるけど、寮服だって適当に配布された訳じゃないんだよ?泉との契約で作り出された寮服はこの世でたった1つだけ。泉の精霊が編み出した、魔法でできた服なんだ。」

「この貴重さが君に分わかる?街の服屋が作ったものとは訳が違うんだ。」


その怒りの声の奥にコナーの本心が垣間見えた。その本心が抱える怒りの先にあるもの。

それは哀しみだ。精霊が作る寮服はこの世でたった一つだけ。それをコナーは知っていたのだ。彼が見せた過剰すぎる制服への執着心の意味がやっと理解できた瞬間だった。その胸中を思うと自分のしたことの重大さを理解した。それと同時に自分を戒める心はコナーの顔を 見ることを許さなかった。

そして、この場に存在することさえ許さなかったのだ。


無意識のうちに足は教室の外へと逃げ出していた。

自分は被害者ではない。加害者だなの。なのにどうしても溢れる涙を抑えることができなかった。

それはコナーへの懺悔なのか、自分への戒めなのか。混沌とする感情を今は整理することができないが、ただ次々と、ただただポロポロと、涙が零れ落ち続けていく。

乱れる呼吸を整えながら前進するも、涙と疾走の相性は悪かった。直ぐに酸素不足となり、胸を押さえながら目の前にあった切株へ腰を下ろし息を整える。


「はぁ...はぁ...はぁ...はぁ......ぐっ、」


肺が破裂してしまうのではないかと錯覚する痛みがずきずきと数分間に渡って繰り返される。

その痛みを抑えるべく両目閉じて深呼吸を繰り返す。深呼吸を繰り返していくうちに森の香りが鼻の中を駆け抜けた。その香りは乱れた呼吸と心徐々に落ち着かせていく。

鼻から吸った息を開眼と共に口から吐きだすと目の前には不思議そうにこちらを見つめるソーンの顔がそこにあった。


「きゃー---------------!!!」


「おいおい、落ち着いてくれたまえ。僕は君を襲ったりはしないよ」


「そ、それは分かってます!でも、さっきまで居なかったじゃないですか!」


「何を言う!ずっといたとも。君がまるで徒競走のような勢いでこちら目掛けて走ってきたときからね。」

「後から来たのは君の方だ。」


周囲をよく見るとそこはマジックゲーム付近の裏庭で荷物倉庫のすぐそばの場所だった。

その場所は出てきた教室からはずいぶんと離れており、無意識のうちにここまで駆けてきた自分に驚いた。


「ほら、このハンカチをお使い。可愛い顔が台無しだ」


そういってちょんちょんと顔の涙をぬぐい去るとそのハンカチを両手に握らせてくれた。それはまるで泣いた子供をあやす母親のような優し手つきだった。


「もしかして、君を泣かせたのはうちの寮生かい?」


「えっ?」


あまりの図星さに思わずソーンの顔を見ると、少し困ったような笑顔を浮かべていた。

アスカの横に腰を下ろしその話を聞いてくれた。


「何かひどいことを言われたのかい?」


「ちがう!違うの!私がいけないの、私がコ...彼の大切にしているモノを壊したから......。」


「寮服のことかい?」


”だれ”とは具体的に言わないものの事の内容はおおむね伝わっているようだった。あえて名前を出さないでいてくれる。それが、ソーンの気遣いなのだとわかっていた。それに甘えるようにこくりと頷き(うつむ)いた。そんなアスカが話始めるのをソーンは穏やかに待っていた。


「寮服の裾を切ってしまったの...」


「切った...ズボンをかい?」


「うん。コナーの寮服に穴を開けてしまって...それを補おうとしたら誤って裾上げをしてしまったみたいなの」


「ああ、そういうことか。裁縫の魔法はとても難しいからね。きっと思い通りに魔法が発動しなかったのだろう」


「そうなの?」


「うむ、難しいというか繊細な魔法なんだ。はっきりとした完成図(イメージ)をもって魔法をかけないと思い通りにならないのだよ。ある意味、ダイナミックな魔法より、繊細な魔法の方が難しいのかもしれないね。」


ソーンは直接的ではない、さりげない優しさでその戒めを解いてくれる。決して”仕方がなかった”などという安易な言葉を使ったりはしない。


「すると、君は泉の精霊にでも会いたいのかい?」


またもやソーンはアスカの胸中を当てて見せた。まるで心を見透かされているようだった。

話の理解が良すぎるソーンに疑問さえもいだきつつその顔を見やると当の本人は優し笑顔でケタケタと笑い出した。


「君は思っている事が直ぐに顔に出るのだね。まるで自分の心を見ているようだ。」 「ははっ、君の豊かな表情は見ていて飽きないよ。」


そんなことを言われるとまるで自分が幼い子供になった気分がした。

単純で明快な自分に恥ずかしさを感じならがも それを必死に隠し、本題へ突き進む。


「だけど、泉の精霊とは会えないんでしょ?」


そういうとソーンは少し閥が悪そうな顔をして空の様子を伺った。


「うーん。そうだね...。普段ならそうだ。君の言う通り。」


空を見上げたその顔はたくらみを含んだ笑顔を浮かべ、右手の人差し指を口に当てて合図した。


「だがしかし、今日は特別のようだ」


まるで秘密を打ち上げるようにひっそりとその方法を示したのだ。

夜空の月が(そら)の中心に上る時。それは実行された。


-------------------------------------------



「はぁー。今日は散々な1日だったな。」

「街の服屋に依頼した寮服もあと1週間は届きそうにないし...最悪。」


「それは、どうかしら!」


「はぁ?......って、っちょと!君!こんなところで何やってるのさ!」


コナーの寮部屋に現れたのはデネブ寮のアスカだった。 コナーの部屋は塔の10階。

夜風を誘うその窓に魔法の箒が着地した。窓に一度尻を着け、くるりと部屋の中へ向きを変える。

そして部屋の中に押入ったのだ。その時間たるや時刻は12時を回ろうとしていた。来客にしては物騒な登場にコナーが嫌悪感を出さないわけがなかった。


「ちょっとまって、夜這い?」


「やめてよ!変なこと言わないで!」


「じゃあ、何しに来たの?別途の男子棟にわざわざ箒で参上するなんて。よっぽどの理由があるんじゃないの?」


威圧的なコナーの態度にごくりと唾を飲み込んで恐れる自分に喝を入れて立ち向かう。


「今日の朝はごめんなさい!!!」

「私...その...裁縫魔法がどういったものかよくわからなくて...まさか、その裾が上がっているなんて思わなくて...けど、そんなの関係ないよね!ごめんなさい!!」


勢いよく頭を膝小僧目掛けて振り下ろすと、その部屋は夜の静寂に包まれた。

数秒、静まり返ったその部屋にコナーの声が透き通る。


「もう、いいよ、俺も...ちょっと言い過ぎたし...。もう、この話は終わり。」


少しバツが悪そうに、頬を指の腹で掻きながらそう言った。その姿はアスカの目頭を熱くさせた。

誰よりも大切に思っていた寮服をズタボロにされながらもそう言えるコナーを純粋にすごいと思ったのだ。そんな気持ちがアスカのやる気を盛り立てた。


「行こう! コナー!中庭の泉に!!!」


急な話の方向転換についてこられるはずもなく、コナーは眉間にシワが寄せる。


「はぁ?なんで?」


「いいから行こう!」


部屋着姿のコナーの左手をグイっと引っ張り、強引にアスカの箒へ跨がせれば、その身を空の中へといざなかった。 満月が(そら)の中心に上る時、泉の世界へ繋がる堺の門が開かれる。 その門をくぐれば精霊の世界へと向かうことができるのだ。



-------------------------------------


「精霊の世界へ行く?」


「そう、精霊がこちらの世界に現れるのは君も知っての通り、組み分け式の一度切。」

「そして、精霊をこちらの世界に呼び出すことはできないのだよ。...ならば、君がむこうへ行けばいいだけの話だ。会いたい相手が来られないのなら、こちらから向かうまで。そうだろう?」


ソーンの言っていることは単純明快。だがしかし、そんなことは果たしてできるのだろうか。

泉の中の世界とは海中のようなものなのだろうか。それに酸素はあるのだろうか。一瞬にして頭の中をハテナマークが埋め尽くす。その様子をソーンは優しくほほ笑んだ。


「君は魔法学を知っているかい?僕はその中でも魔法薬学が得意でね。魔法薬を作るのは得意なんだ」

「本当はこんな秘密、誰にも教えてはいけないのだけれど......君の涙を拭えるのならそれも詮無きことだ。」


それは遠回しの秘密を守るように促した合図だった。

それを理解したと深く無言でうなずいた。


「精霊の世界へと繋がる門が開くのは、満月の夜だけなのだ。しかも快晴の夜のみ。」

「今夜はちょうど満月だ。そして、天気も良いらしい。」


そういって天を指さすソーンの指をなぞらえて空を見れば、雲一つない快晴が広がっていた。

吸い込まれてしまうそうな青い空を見つめるとソーンが急に立ち上がった。


「そうと決まれば、まずは植物園だ!魔法薬の材料を取りに行こうではないか!」

「魔法薬の抽出には時間がかかるからね、早く着手しなければ!!あぁ、そうだ。言い忘れる前に伝えておこう。......魔法の効果は30分だ。それ以上は効果が切れて命が危ない。」

「制限時間は守ってくれるかい?」


にこやかだったソーンの顔に真剣さが加わった。それに深く頷くとニッコリとした微笑の頷きが返ってくる。 2人の約束を交わしその場を立って、植物園へと向かったのだ。



-------------------------------


時刻が午前12時を回る時、コナーとアスカは泉の前に立っていた。

呆れ果て抵抗さえしないコナーに魔法薬を指し出した。


「はい、これ!」


「なに、これ?」


コナーは指し出された小瓶を手に取り、その怪しげな液体を目を細めて観察している。

そんな彼へ今現在に至るまで 説明したいことは山のようにあるけれど、それを1つづつ口にしていては夜の時間が終わってしまう。要点だけを。かいつまんで説明した。


「私たちはいまから、泉の世界へ行きます。・・・・・・」

「わかるよ!”は、何言ってんだ?”って思っているのは。でも私はコナーの寮服を直したいの!」

「......直すっていうか、作り直しになっちゃうけど。でも、精霊の寮服をコナーに着てほしいの!」


コナーは何も言わないが真剣に話を聞いている事だけは分かった。

そしてこの泉の前にいる意味を悟ったのだとも感じた。


「で、これ、飲めばいいの?」


「そうだよ、飲んだら直ぐに泉の中へ飛び込んで。」


一瞬眉間にシワを寄せ、疑問の顔を伺わせるもその表情は直ぐに何かを決心したように変わった。

小瓶の蓋を開けて、勢いよく中身を飲み干したのだ。

 すると数秒後、コナーは胸を抑え悶え苦しみ始める。うずくまるように倒れかける彼を支えようとその身体に触れればその体温は異常なまでに上昇していた。それは人間のものとは思えない程熱を帯び、その身体は湯気を上げ始めていた。


「コナー!泉、泉の中に入って!!」


ゼエゼエと苦しむコナーは最後の力を振り絞り泉の中へと飛び込んだ。

その身体は入水と同時に泡となって水面に消え たのだ。その泉には一切何も残っていない。それはまるで初めから何もなかったかのように。目の前で起きた出来事は アスカの頭に死を連想させたが、ソーンの言動に嘘偽りがなかったと信じている。 誰もいない泉の前で手の中にある小瓶の蓋を取り外す。


 深夜の空が冷たい風を(いざな)う。恐怖に震える右の手を左手で抑え込みその液体を口にした。始めは何ともなかったが直ぐに異変は始まった。リズムよく打っていた鼓動は巨大な波を打ち始め、脈が大きく乱れ始めた。それと同時に激しい胸やけが 襲いかかり身を焦がすような熱さが全身を駆け巡る。激しい苦痛は意識を奪わんとしている。薄れていく意識の中で最後の力を振り絞った。


ドバドバと水を噴水させながら水面には満月を映し出す真実の泉。

その周囲にはただ深夜の静けさが残るだけだったのだ。


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