第四話_レイの正体
ロイが去った中庭は昼間とは思えぬ程、静寂に包まれていた。
「アリーバ」
2人きりの庭でレイがそう言い放つと彼の右手に握られていた魔法の杖は瞬く間に激しい光を放ち一瞬にして箒へと姿を変えたのだった。その箒にまたがりアスカの手を自分の身体に寄せるように引っ張ると その反動でアスカの身体は自然と箒を跨ぎ、気が付けば1本の箒に2人乗りをしている状態となった。
「いい、ちゃんとつかまってないと振り落とされちゃうよ。」
そういうとレイは両手で箒の枝を握り締め少し前かがみの体制を取るとどこからともなく箒を囲むように風が 発生し始め、その勢いは徐々加速していきついには2人を身体を宙へと持ち上げたのだ。
「えっ!?待って!浮いてる、浮いてるよ!」
「そりゃあ浮くよ、だって魔法の箒だもん」
「安全ベルトは!?」
「ない。ちゃんとつかまってなよー」
レイが勢いよく地面を蹴とばすと物凄い勢いで一挙に空中へと舞い上った。
「キャーーーーーーーーーーーー!!!」
アスカの身体にずっしりとした重力がのしかかりその衝撃と恐怖で目を開けていることができなかった。 宙に浮いた身体にのしかかる重量に耐えること数秒後、箒の動きがピタリと止まったことに気が付つき微動だにしない箒の現状を確かめるため恐る恐る両目を開くとそこはPLOW学園を一望できる景色が 広がっていたのだ。
「すごい......」
今いる場所はおそらく地上から50メートルは離れた距離にあるだろう。
目の前に広がった絶景は恐怖心 さえも忘れてしまうほどに美しいものだった。
「結構いい景色だよね。僕もこの景色は好きだ。」
「うん。」
「では、これよりPlow学園の学園見学ツアーを開催いたします。 ご参加の皆さまはしっかりと箒の枝におつかまりください。」
「え?」
レイの発言後、ピタリと動きを止めていた箒が勢いよく前進をし始めアスカは臓器がフワフワと宙に浮く感覚に襲われた。しかしレイはまるで自転車にでも乗っているかのような涼しい顔で箒の行く先をハンドリングしていき箒は学園の上空を大きく旋回し一番高い塔へと向かっていく。
「あの一番高い塔は学園長の部屋。学園長は神出鬼没で普段はどこにいるかわからないけど、噂をすれば すぐそばに出没するって噂。ちょっとしたホラーだよね。んで、その奥にあるサッカー場みたいなグラウンドはマジックゲームの開催場だよ」
箒ドライブをしながらレイは屋敷の位置や設置場所の説明をしてくれる。
その説明ぶりはこの屋敷内を知り尽くしている者の口調だった。
「で、ここの教会みたいな場所がさっき入った食堂。ほら、あそこに噴水があるでしょ?あれがさっきいた中庭。」 「で、あっちの向こうの方に見えるのがデネブ寮だよ」
そういってレイが指した方角は学園の北の外れでそれはどう見ても正面玄関から1キロ以上は離れていた。 寮の隠し扉は上面玄関の真上に位置していたし、寮室の入口から談話室へ繋がる道はせいぜい5メートル前後のはずだった。なぜ、正面玄関付近に立地しているはずのデネブ寮があんなにも離れた場所にあるのだろうか。現実ではありえない立地に悶々と頭を抱えているとその答えを下したのはレイだった。
「寮室の隠し扉は2つの離れた時空をつなぎ合わせている言わばワープホールなんだよ。」
「ワープホール?」
「そう。ここは魔法学園だからね。セキュリティも魔法でできてるって訳。」
現実世界ではありえないがこの世界はそんな事実も通用するのだろう。
2つの時空を結ぶそれは迷路の正体にも直結してくるのだろうか。
「ねぇ、レイ。私が探している迷路の出口もそのワープホールってやつなのかなあ。」
その質問をすると2人の間に流れ時間がほんの少しだけ止まるのを感じた。そしてレイが口を開く。
「ねぇ、ワープホールってどこにあると思う?」
「...」
「アスカちゃんはワープホールってどんな形をしていると思う?」
それはまるでヒントを提示するかのような口ぶりだ。たびたび繰り出されるレイの意味深な発言。
そしてこの世界のレイ役割。そのすべての正体を知りたい。
「人の形をしている...とか?例えば、レイだったりして...」
探るような言い方だったが、アスカには確信のような自信があった。この世界に来た当初はレイの発言に振り回され困惑もしたけれど、なんだかんだでこの世界の生活はこれで終了なのだと思うと少し寂しい気持ちにもなってくる。
そんなアスカを差し置いて前方に鎮座するレイが鼻 でその発言を笑い飛ばしたのだった。
「はぁ?僕が出口?なにそれ、意味わかんないですけど。」
「最初から、僕はこのゲームの案内人って言ってるでしょ?もしかして、僕のこと疑ってた?」
宙を浮く箒を操作しながら、レイが送った冷ややかな視線はアスカの堪忍袋を引きちぎったのだった。
「なによ!ずっと変な言い方ばかりするからじゃない!ワープホールがどんな形をしているかって!?」
「迷路の出口なんて、そりゃただの出口でしょうよ。そんなものに形もくそもないでしょうよ!」
「えっ...何、怒ってるの?」
こちらはレイの意味深な発言に振り回されたのだ。レイの正体が迷路ではないのなら今までの発言は何だったのだ。レイの発言もさることながら、それを深読みして謎の泥沼にハマってしまった自分自身が腹立たしい。そんな八つ当たりにも似た怒りはレイの無関心な発言でさらに熱量を増していく。
「そりゃそうよ!レイが意味わからないことばっかり言うからでしょ!」
「意味わからないことって何?ってかなんで急に怒ったの!?」
「わからないならもういいよ!」
「えっ...。」
男という生き物はなぜ女性の怒りの原因が自分にあるとは思わないのだろうか。
山の天気と女の気分は変わりやすいなどとほざいた先人もいるくらいだ。いつの世もどこの世も男はみな その鈍感さ故に世の女性を怒り狂わせ続けるのだと乙女の声なき呆れ声が心の中であふれ出す。
そんなこと思っていると結局、レイの正体は何だったのかと確認したかった本題が思い出された。
「じゃあ、レイは迷路じゃないのになんでこの世界のことに詳しいの?ロイ先生がデネブ寮になってたり、私が意図せずデネブ寮に配属されたり... でも、そうなることは、そうなっていることは最初からレイは知っていたんでしょ?」
「どうしたの急に。僕ははじめからこの世界の案内人だって言ってたでしょう?」
「それにこの世界ではこの設定が”正”なの。つまり、ゲーム本来のシナリオの方が逸脱した世界になるんだ。そしてこの世界のキャラクターはゲーム本来の設定を知らない。僕意外はね。だからロイ先生も本来、自分がベガ寮の監督主っていうのを知らないんだ。まぁ、この世界は元のゲームのシナリオを真似て作られた世界だから 一致している点も多いけど、この世界はあくまでこの世界のオリジナルなんだ。」
「僕に記憶が2つ存在しているのもこの世界のオリジナル設定。だから僕はこの世界とゲームの世界の相違点が分 かるけど、残念ながら僕は迷路の出口ではないよ。僕はただの案内人。この世界とオリジナル世界の2重の記憶を持っているだけ。」
レイはこの世界で唯一、オリジナル世界とこの世界の2重の記憶をもっている人物なのだという。
そして今までの彼の言動は本来のシナリオと異なる展開に困惑するアスカを楽しんでいたものだったと理解した。この世界の出来事は先程の校舎見学の時にレイが言っていた通り、ゲーム本来の展開とは全く異なるものなのだということを改めて理解し、ここからは未知の世界を脱出するためにレイを頼ろうと決めたのだった。
「レイはこの世界のことをどのくらい知っているの?」
本来のゲームではレイはストーリーの要となる展開を全て把握している人物だった。もし脱出エンドを知っているのだとしたら、それは迷路の正体につながる手掛かりとなるに違いない。今までの思い込みを真実の情報へと上書きしていく。
「知っているよ。アスカちゃんがこの世界から脱出したエンドをね。」
「...」
その発言に驚きを隠せず次の言葉をすぐに発することができなかったがレイの言葉を 暗闇に指した小さな光のように感じた。
「私の脱出 エンドを知っているっていうことは、つまり、レイは出口の正体を知っているってことでしょ?」
「そうだね。確かに僕の知っているストーリーの中に、君が現実世界に帰って終わる話がある。」
「だけどね、現実世界に帰るのはそう簡単な話じゃないんだ。」
「どういうこと?」
「君がこの世界から脱出した方法は”白海の砂”に願いをかけて現実世界に帰ったんだ。」
「そうそう、僕が持っている記憶は断片的でね、残念だけど迷路の正体は映っていないんだ。」
「"白海の砂?」
どこかで聞きたその単語を記憶の中で検索すると数時間前のロイの言葉が思い出された。
-----『最優秀寮の中から特に貢献度が高かった学生にはどんな願いも叶えることができる白海の砂を贈呈します。』------
それは組み分け式でロイが説明していた最優秀寮の最優秀学生に送られる品の名前だ。けれど、最優秀寮はおろか、最優秀学生など、どうすればなれるのだろうか。
「そう。僕の知っている脱出エンドは君が最優秀寮生となって帰還した話だったなー」
「最優秀寮生なんてなれるわけないじゃない!」
「何事もやる前から諦めているんじゃぁ話が始まらないと思うけど...僕の知っている脱出エンドはそれしかない。まぁ、この世界の未来は不変的だし、僕が知っているものとは違うエンドが出てくるかもしれないけど手がかりもなく、ただ何となく過ごす3か月間はあっという間だと思うよ?」
確かに彼の言う通りだ。このまま平凡な学園生活を送っているだけではきっと迷路の出口を発見できずに3カ月が終わってしまうだろう。ならば、少しでも脱出できる可能性を増やしておくに越したことはない。
「そうね...。まずは、出来るかわからないけどデネブ寮の最優秀寮生を目指してみる!」
「そうそう、そのいき!」
「で、どうすれば最優秀寮生になれるの?」
「それはねぇ...」
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「マジックゲームで優勝するぞ!」
レイとの空中遊泳けん学園見学を終えて待ち合わせをしていた食堂で開口一番カロンがそう言い放った。 マジックゲームとは先ほど箒の上から見えた大きなグラウンドで行われる競技なのだとレイの言葉を思い出す。会場からしてその競技は球技のように思えたが念のため、その種目につてい確認しておく。
「マジックゲームって何ですか?」
「マジックゲームはゲーム専用のボードに乗り、相手の陣地に設置されている得点的を射抜き、その合計得点を 競うスポーツだ。ただし、ただのスポーツじゃぁない。ここは魔法学園だからな。このスポーツでは魔法による妨害が許可されている。陣地を守りながら相手をけん制し、妨害を回避しながら 相手の的を的確に射抜かないといけない。飛行術と魔法術が試されるスポーツだ。」
妨害が公認されているなどスポーツマンシップの欠片もないと思われたが、これがこの世界の”普通” なのだろう。そんなスポーツ大会でも優勝したあかつきには最優秀寮生に大きく貢献できるに違いない。
「それで、どうすればそのマジックゲームに参加できるんですか?」
するとその質問に答えたのは、カロンの横でスープを頬張っていたレイだった。
「まずは、デネブ寮内の予選大会で上位3位に入る必要がある。」
「その通りだ。正式的なマジックゲームは9人で行われる。それにあたり、ゲームに参加したい班をデネブ寮内 で募り、まずはデネブ寮内で予選大会を行うんだ。そこで上位3組に勝ち上がった班をデネブ寮の代表として マジックゲームの正式な選手として出場させる。」
カロンがパンとスープを頬張りながら淡々と話したその内容は気が遠くなるようなものだったが ここでくじけていては話が先に進まない。最優秀寮生を目指すために、まずはデネブ寮の予選大会を勝ち抜く必要があるのだ。
「じゃぁ、まずはデネブ寮で勝ち上がらないとですね……」
そうつぶやいた瞬間、カロンの目の色が変わりアスカの手を両手でガッチリ握りしめた。
「えらいぞ!アスカ!その通りだ!」
カロンに手を握りしめられた状況に困惑しているとスープを飲み干したレイが自然な流れでその手を拘束から救助してくれた。
「そうそう、僕たちはまず、デネブ寮の予選を勝ち抜かないといけないんだから今からでも 裂ける時間はすべて練習にあてた方がいいんじゃないですか?」
レイの言葉にハッとしたカロンは食事を終えたばかりの食器をそそくさと片付け始め 食器の返却口へ向かい歩き始めた。
「そうだな、レイのいう通りだ。のんきに食堂でランチトークをしている場合じゃあないぞ!」
「レイ、アスカ、食い終わったな? マジックゲームのグラウンドに行くぞ!」
足早に食堂を去ろうとするカロンに続きやれやれといった表情のレイも食器をまとめ始めアスカは2人において行かれぬよう、右手に持っていたパンの塊を口の中に放り込み急いで食器を返却窓口へ預け出口を目指し走り出す。
PLOW学園の最初の試練、マジックゲーム大会が始まろうとしていたのだ。