第1話_3次元と2次元のはざまで
カタカタカタカタ……
「ほーら、今日はノー残業デーだぞー。残ってる奴、切りのいいところで終わろうなー」
カタカタカタカタ……
カタカタ…
カタカタ…
パタンっ
「おぉ、香山帰れるか?」
「はい、帰ります。お先失礼します。」
「お疲れー」
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「ねぇねぇ!今日から3連休だよ!どうするの!どっか行くの?」
「へへっ!彼とミキランドに行くの!」
「えー!いいなぁ!羨ましい!」
「そういう、ゆきは……」
「あぁ!いいよね!……」
「……」
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(何がミキランドじゃ。)
(どうして人はわざわざ混むと分かっている場所へ行かずにはいられないのだろうか。)
(長蛇の列に何時間も並ぶなんて苦行そのものだ。)
会社の帰り道。道路を走る車や周囲の建物から放たれる光で構成されるネオンの街。
その片隅の歩道を歩きながらアスカの頭の中では先ほどエレベーターで乗り合わせた同世代の女性の会話が思い返されていた。
(ミキランド…最後に行ったのは何年前だろうか……)
(確か、大人料金がまだ、7,000円になる前だったよね…)
(あれぇ??それって何年前の話???ん???)
(って!!!!!別にいーもん!ミキランドに行きたいわけじゃないし!)
(ちょっといいなぁなんて耳を傾けてしまったけれども、私はもっともっと楽しい夢の国知っている!!そう!この世にはミキランド以外にだって夢の国はたくさんあるのだ!!)
--------ピロリン-------
『おかえりなさい、アスカさん。今日も遅かったんですね。お疲れ様。』
「きゃーーーーーーーーーーーー!ロイ先生ぇぇぇ!!」
「今日も先生はかっこいい!ミキなんかよりロイ先生の方がずっとずっと癒し系で生きる希望を与えてくれるぅぅ!」
『アスカさん、今日から2週間、我が校では学園祭の準備が始まります。』
『学園際に必要なアイテムを準備していきましょう』
「あー!今日から新イベントが始まるんだー!楽しみにしてたやつ!!」
「さっそくイベントのシナリオを読んでみよっと!」
ロイ先生とはアスカが熱を入れ毎日プレイしている恋愛趣味レーションゲームに登場してくるメインキャラクターの1人だ。ゲームの舞台は18世紀の魔法学園。プレイヤーは学園に入学し、学園生活を通してキャラクターとの純愛度を高めていく。その中でアスカが今ドはまりしているキャラクターは先生ポジションのロイだった。彼と出会って以降、アスカの毎日に魔法学園Plowは欠かせないものとなった。ついにはゲームのプレイだけでは飽き足らずファンイベントに参加するほどの熱の入れようと化していたのだった。
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チコチコチコチコ......
チコチコチコチコ......
『ポポポポン! ポポポポン!』
「うわぁ!びっくりしたー!ってもう、23時かー」
「なぜゲームをやっているとこんなに時の流れが早いのか......アラームかけないと延々にやっちゃうなー」
アラームが鳴りやんだその部屋の静けさは深夜なのだということを実感させた。
それを紛らわせるようにアスカは無意識のうちにTVの電源をつけていた。
---ヴォン---
『今週末の星座別運勢ランキング!!』
「あ、占いやってる」
『今週末、最も運勢の悪い星座は...てんびん座のあなた!』
「なにっ!私やん!」
『今週末、あたなには思いもよらぬビックサプライズがあるでしょう。しかし、羽目を外し過ぎると取り返しのつかいことに!そんなあなたをサポートしてくれるラッキーアイテムは…』
『魔法のステッキです!!』
『あらゆる災難や誘惑からあなたを守ってくれるでしょう!そして、今週最も運勢のよい星座は......』
---ヴォン---
「TVつけた瞬間に嫌な情報が入ってきたわ...なんだよ、魔法のステッキって、めっちゃ適当な占いじゃん。......前にゲームフェスで買ったやつあるけれども...」
そう呟きながら部屋の隅飾ってある魔法の杖に目を向けた。
部屋の隅に飾ってあるそれは昨年末、Plow学園のゲームイベントでゲットしたいわゆるファングッズだ。 そんな杖をじーっと眺めアスカは大きなため息をつく。
「はぁ、ロイ先生と一緒に過ごす3連休が災難になる訳がないじゃないか!」
大きな独り言は夜の静寂に溶けてなくなりTVを消した部屋は気味が悪いほどに静まり返えっていた。
霊感など持っていないがアスカは不思議とその静けさを怖いと感じた。何か人ならざる者がいるような気さえしてくるそれを紛らわせるためかアスカの右手は自然と部屋の片隅へ伸びていた。
「ロイ先生の杖......私を災難から守ってくれますか?」
手に取った杖に向かって話しかけるが、もちろん杖からの返答はなく再び部屋は静まり返った。
自分の気を紛らわそうと手に取ったそれをアスカはそのまま、枕元にそっと置いた。
枕元に置かれた魔法の杖。その光景が視界に入るとなんだかゲーム内のキャラクターに守られているような錯覚に陥り静寂な部屋に怯えていた不安な気持ちを溶かしてくれた。その安堵からアスカには自然と笑みがこぼれた。
「よしっ!ちゃちゃっとお風呂に入ってしまいますか!」
自分の部屋に安心感を取り戻したアスカはそのまま風呂へ入り、最短時間でベットへ直行した。
部屋の明かりを消すとカーテンの隙間から月明かりがうっすら差し込んできた。
ぬくぬくと毛布にくるまりながらベットの中心へ身体を潜り込ませていく。毛布の洞窟から枕元に目を向けると先ほど置いた魔法の杖がそこにはあった。
月明かりに照らされた杖はそのデザインをはっきり見ることができた。それを毛布の中から眺めていたアスカだったがもっと近くでそれを見たいと思い毛布の洞窟を出て枕元の杖に手を伸ばした。
魔法の杖はゲームの登場キャラクター1人1人にデザインがあり同じものはない。
ゲーム画面ではあまり気にも留めなかったが、キャラクターをイメージしたそのデザインは巧妙なもので今更ながらそのデザインに見とれてしまった。月の明かりでそれをじっくり観察していると身震いがその集中力を切らした。時刻は深夜1時を回っていた。時期は春前、深夜はまだ冷える。
一人暮らしのアスカはおやすみの代わりに 杖に向かって語り掛けた。
「明日からの3連休が楽しみだなあ...ゲームの新イベントも始まったし、ゲーム漬けの連休にするぞ!」
『ふふっ、学園祭に向けて大張り切りだね』
「そりゃそうよ! 新イベントな...ん......だし......」
再び布団にもぐり直した体はピタリと止まった。自分以外は誰もいないはずの部屋。
その空間から男の声がはっきりと聞こえたのだ。その瞬間、ベットを飛び起き周囲を見渡した。
しかし月明かりが差し込むうす暗い部屋の中ではその正体を確認することができない。
「何っ!誰かいるの!」
その姿を確認したいような、確認したくないような気持の中、静まり返った部屋の中で叫んだ。
「私には霊感なんてないの!」
「だから、あなたが人間なのは分かっているの!隠れていないで早く出てきなさい!」
願いにも似たその叫びを受け流すかのように部屋の中からは何も返って来ない。
「今出てくるなら、和解で許してあげる。さ、さぁ早く姿を現しなさい。」
時刻は深夜の1時を過ぎている。
静寂が支配する部屋の中で胸の鼓動がうるさいくらいに耳を占領してくる。もしも、この部屋に人間がいるのであれば、月明かりで十分それを特定することができるはずだ。しかし、その姿は右を見ても左を見ても確認することができない。目に見える場所で姿を確認することができないということはどこかに姿を隠していると考えるのが定石だ。部屋の中で人間がすっぽり隠れることができる場所、それはベットの下なのかもしれない。けれど謎の声を聴いた後ベット下をのぞきこめる勇気など持ち合わせていない。
気が付けば手の平に溜った汗でパジャマの一部が濡れていた。
バクバクと波打つ鼓動は呼吸のリズムを狂わせる。だんだんと冷静が夜の闇に溶けていく ----
----『そんなあなたをサポートしてくれるラッキーアイテムは......』-----
ふと脳裏に先ほど見ていたTVの占いが再生された。
誰かに呼ばれたような気がしてふと後ろを振り返るとロイの杖がそこにはあった。
「ロイ先生ぇ......」
半べそな声で杖に向かって話しかけるのと同時にアスカの右手は杖目掛けて伸びていた。
右手に持ったロイの杖。それはアスカに不思議な勇気を与えた。
「よ、よしっ!今ならいける気がする!!」
ロイが頑張れと言っている、そんな気すらしてきたアスカはそのままの勢いで充電されていたiPhoneの充電コードを抜き懐中電灯の機能を起動させた。ついにベット下を覗き込む決心を固めたのだ。
杖を力強く握り直すと手から大粒の汗が滑り落ちた。ベットの下なんてきっと何もない、ベットの下に幽霊がいるなんで90年代の心霊番組でやりつくしたネタだ。そもそも、こんなホコリ臭くて汚い場所など幽霊だって願い下げに決まっている。万が一幽霊がいたら、魔法の杖で目を潰してやればいいのだ。
そう自分に言い聞かせ静まり返った深夜2時前の部屋で懐中点灯と魔法の杖を両手に装備し、意を決してベットの下にライトを当てた。
するとそこには白髪の青年がいたのだった。
「ひっ!!!!」
ベットの下の青年とばっちり目が合っている。ベットの下で這いつくばっている人間は想像を絶する恐怖映像だった。あまりの恐怖で声がでず過呼吸ぎみになっていくアスカ。
それを見ていた青年はクスクスと笑いだし口を開いた。
「どうも、アスカちゃん。こんばんは。」
プツン ---- その声を聴いた瞬間、自分の中で緊張の糸が限界を超えた音がした。
「きゃーーー ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
深夜の2時前の大絶叫。
冷静な思考を持ち合わせていれば近所に配慮することろ今のアスカはそれどころではない。大きく波打つ心拍で呼吸が苦しい、聴覚は全て鼓動の音で支配されて心拍に合わせて胴体が前後に揺れ始める。
恐怖とパニックで気が遠のいていく。最後の記憶は目の前に床の景色が広がっていたことだった。
「.........ちゃん」
「......アスカちゃん!」
誰かの声で意識が徐々に鮮明になっていく。
(......誰......だろう。でも、聞いたことのある声だなぁ......)
閉じた瞼を開けると太陽の光が視界一面を覆った。
その眩しすぎる光に耐えることができず目を細めてしまう。すると逆光の中に一人の人間を見つけた。
しかし、その顔は影になっており認識することができない。 地面についた肘に力を入れて横たわっている胴体を懸命に起こした。すると徐々にその顔がはっきりとしてきた。
「あぁ、アスカちゃんやっと気が付いたんだね!調子はどう?大丈夫?」
胴体を完全に起こすと声の主をはっきり認識することができた。
そこにいた人物、それはまさにベットの下で這いつくばっていた人物だった。
「ひぃっ!!!!」
恐怖で一歩後ずさりをしたアスカをなだめるように青年が慌てて話をつづけた。
「ちょっと、ちょっと、落ち着いて。アスカちゃんは僕のこと知っているでしょ?ね?」
そういわれれば、確かに聞き覚えのある声だとは思っていた。そして見覚えのある顔。
冷静になって彼の顔をまじまじと解析していく。するとアスカの知っているある人物に辿り着いた。
「......へっ???」
「初めましてアスカちゃん、あぁ、でも、毎日顔を突き合わせてるから初めましてではないのかぁ」
そういいながら目の前であぐらをかいている青年が幽霊ではないことは分かった。けれど、どうして彼と同じ次元にいるのか理解ができない。なぜならば彼は3次元の住人ではないからだ。彼はアスカが毎日熱を入れプレイしている恋愛シュミレーションゲームに登場してくるキャラクターで同じ次元のに存在するはずがない。ありえない現状を脳が懸命につじつまを合わせようとフル回転で解析を始める。
(この人は、コスプレイヤーなのか......)
巧妙になりきっている彼のクウォリティは本物に勝るとも劣らないもので、その完成度の高さには目を奪われた。服装はもちろん、肌の色から髪の毛の色、目の色まで本物並みに完璧だからだ。
この異常な状況に突如現れたクオリティの高いコスプレ イヤー......。何が何だかわからない。
そんな混乱を打ち破ったのは彼本人だった。
「アスカちゃん、大丈夫?ぼーっとしてるけど。まぁ、無理ないか憧れのPlow学園に来ちゃったんだから」
「???Plow学園?」
Plow学園とは彼が登場するゲーム内の学園である。さっきから何を言っているのだろうか、彼の言動についていくことができず冷ややかな視線を向けていると彼の口からとんでもないひと言が放たれた。
「アスカちゃんも結構にあっているよ!Plow学園の制服!着てみた感想はどう?」
そういわれ視線を自分の腹部に向けると彼の言う通り着た覚えのない学生制服を身にまとっているではないか。
「えっ!えっ!?」
アスカが着ているその服は、まさに恋愛シュミレーションゲーム内で女学生が着ている制服そのものだった。この瞬間、フル回転で現状を解析していた脳の分析結果がうちだされた。そう、これは夢なのだ。
昨夜ベットの下にいた幽霊を見てから気を失い、そのまま見ている夢に違いない。そう思えば、この不可思議な状況にも納得がいく。少し冷静になり、思考を巡らせれば単純なからくりだった。
「ああ。そういうこよね」
「うん?」
「あるよね、たまに夢だって途中で気が付く夢!」
「夢?」
「そう、でも我ながらにちょっと悲しくなってくるわ。どんだけ、このゲームのこと考えてんだか...ゲームの登場キャラクターが夢に出てくるのなんて小学生以来だわ!」
それを聞いた彼の肩がクスクスと小刻みに揺れ始める。
その微動にかすかなイラつきを覚えたが話を続けそうな彼の発言を待った。
「アスカちゃんは僕が誰だかわかっているでしょ?」
「レイ...でしょ?」
「そう。僕はレイ。魔法学園Plowのプレイヤーを案内するガイド役だ。アスカちゃんは今、Plow学園の世界......つまりゲーム内の世界に来てしまったんだ。」
「ゲームの世界?」
「アスカちゃんは選ばれてしまったんだ。Plow学園にあるとされている”迷路”に。」
何やらゲームの前説のような話が始まってしまった。
ゲームの前説はいわば設定を説明している部分にあたるため読み飛ばしをすることができない。
少し面倒臭いと思いつついも彼の話に耳を傾けることにした。
「アスカちゃんの身体...つまり、3次元の現実世界にある身体は今、睡眠状態になっているんだ。」 「このゲーム内の1ヵ月は現実世界の1日に等しい。」
「そして、人間が飲まず食わずで生存できる限界は3日間とされている。つまり、この世界の3カ月間。」 「その間に君はこの世界のどこかに隠された迷路の脱出口を見つけ、元の世界に帰る必要があるんだ。」
「はぁ...」
全く持って現実身のない話。そんな設定、この夢から覚めてしまえば終わること。馬鹿正直に夢の中の設定に付き合っていてはせっかくの夢が勿体ない。それよりも、これが夢だとしてもここはPlow学園の世界。つまり、ロイも存在するということではないのか。そんな淡い希望を膨らませていると冷ややかな視線でアスカは我に返った。レイは呆れたような大きなため息を一突きし口を開いた。
「君が頭の中で何を考えているのか当ててみようか。考えていることは3つ。」
「一つ、僕の話をまったく信じていない。」
「二つ、この世界は夢であり数時間後には現実世界に帰れると思っている。」
「三つ、ロイ先生に早く会いたい」
「なっ!!」
思わず反射的に出てしまった否定を表したい一言。見事に胸中を見透かされたことがこっ恥ずかしくなり徐々に顔が熱を帯びていく。そんな姿を見たレイは満足そうに微笑んだ。
「ね?君の腹の内は読めてるでしょ?」
「何よ!腹の内って!」
「あぁごめん、ごめん。でも、真面目な話、僕の話は本当だ。君が安全に元の現実世界に帰れるタイムリミットは3カ月以内だ。そして、その間に迷路の脱出口を探し出す必要がある。」
その真剣な眼差しに嘘偽りがあるようには思えなかった。けれど、急に現れたこの世界、目の前に現れた空想上の人物、それが夢以外に説明がつくのだろうか。混乱が徐々に不安へと変わりアスカの心を暗く沈めていく。
「もしも、万が一、3カ月間で迷路の出口を見つけられなかったらどうなるの?」
レイは重なっていた視線を急に足元へとそらした。
「現実世界の君は脱水症状で朽ちてしまう。つまり死だ。」
「死 ......」
思いがけない単語にアスカは言葉を失ってしまった。 気が付けば、アスカの視線も自然と自分の足元に向けられていた。それを上に向けることができなかった。そんな気持ちを払拭するかのようにレイの口調が一変に明るくなった。
「アスカちゃん、大丈夫だよ。悲報の後は吉報!」
アスカは力なく目線のみを彼に向け話に耳を傾けた。
さっきまで死ぬ話をしていた人とは思えないくらい、今度はニコニコとしている。
「ここは魔法学園Plowの世界。」
「つまり、君が会いたがっているゲームの登場キャラクターはこの世界に全員存在している。」
「つまり……」
分かり切っていたことだったがそれがレイの口から告げられれば、可能性は確信へ変わった。
アスカがこの世で最も会いたい人物それは。
「つまり!!!!」
「「ロイ先生と会える!!!!!」」
そんなご褒美がこの世に存在していいのだろうか。まさに今世紀最大のビックサプライズだ。
これは恋愛シュミレーションゲームの世界。つまり、ロイと幸せになることを目標にストーリは展開される。つい先ほどまで死亡宣告で落ち込んでいたとは思えない程、不安と恐怖はどこかへ消し飛んでいた。ニヤニヤと笑みを浮かべるアスカに冷水をぶっかけたのはまたもやレイだった。
「だ!け!ど!、ロイ先生と恋に落ちてはだめだ」
「えぇ----!!!なんでー!このゲームの最大の売りは恋愛でしょうが!!」
「まぁ、正確に言えば、ロイ先生だけじゃないけどね。とにかく、このゲームに登場してくる人物と恋愛に発展するのはだめだ。」
「そんな、生き地獄みたいなはなしがありますかぁー!?」
「あるんです。ここに。迷路の出口をみつけるカギは、君が現実世界に帰りたいと思う気持ちが大切なんだ。この世界を満喫しているようじゃあ、元の世界には帰れないんだよ。」
「うう......」
確かに彼の言う通り。
この世界に恋焦がれてしまえば元の世界に帰りたいと思えなくなってしまうだろう。 けれど、人生で二度と訪れない人生最大のモテ期に強く生きていくことができるのだろうか。夢と現実のはざまで生き地獄を味わっているような現状に何とも言えない気持ちになっていく。
『ゴーン、ゴーン、ゴーン』 『ゴーン、ゴーン、ゴーン』
突如、大きな鐘の音が静かな空へ鳴り響いた。
するとその音を聞いたレイが急に立ち上がりアスカの腕を引っ張った。
「アスカちゃん!組み分け式だ!寮を分ける組み分け式がはじまっちゃうよ!」
「組み分け式!?」
「そう!急いでいこう」
レイに手を引っ張られる勢いでアスカは立ち上がりそのまま2人で校舎目掛けて走り出した。
Plow学園の学園生活では衣食住をともにする寮に所属し、学園生活は寮を単位として行動をする。 組み分け式とは、所属寮を決めるゲーム内の最初のイベントなのだ。 この世界にもゲーム同様組み分け式があるとは、まさにシナリオはゲームと一致している。
配属寮の決定。それは、恋愛を発展させる相手キャラクターのルート選択にも直結してくる。
もちろん、アスカが選択するルートはだたの一択。それを見透かすように前を走るレイがちらっと後ろを振り返り サディスティックな一言を放った。
「言っておくけど、ロイ先生のルートを選択するのはやめておきなよ?」
「ぬっ!??」
レイはゲームの設定上、少しサディスティックな性格をしているが現実世界では微塵も気にならなかった。だがしかし、同じ時空に存在する一人の人間として彼を見ればその性格が妙に腹立たしく思えた。
ゲームのキャラクターに腹を立てるなど完全に現実世界とゲームの世界の区別がつかなくなってきている。悔しいような、恥ずかしいような、ムカつきにも似た感情を胸に抱え、アスカとレイはPlow学園の校舎目掛けて 走り続けたのだった。