始まり
真夜中。遠くの山に明るい光がポツポツと揺れている。
理由は簡単。村が燃えているのだ。
「いいか!!女、子供は生け捕りだ!!それ以外は殺せ!」
ある男の声が響く。その男は髭が伸ばしっぱなしで体毛も濃い。歯は黄色く変色しており抜け落ちている部分も少なくない。いかにも不潔であり、髪もボサボサ。まさに「賊」という言葉の具現化と言える姿だった。そんな男が何人もいて左手には松明を、右手には武器を持っている。
「やめてください!やめて!せめて…せめて子供だけは…!」
燃えている家の中、物心もついていないであろう子供を抱えた母親が賊に乞う。しかし、賊にそんな願いは通じず、子供もろとも捕らえられる。
「やめて!お願いします!お願いします!子供は……子供だけは逃がしてやってください!」
「うるせぇ!!安心しろ。殺しはしねぇんだ。お前もその子供もたぁっぷり俺達が可愛がってやるからよ!」
賊は「ガハハハハ!!」と下品な笑い声を上げて母親と子供を連れていく。
母親がいた場所にはある男の死体、無論母親の夫であったそれが転がっている。母親の泣き叫ぶ声が聞こえなくなった今は、パチッパチッと火が燃える音しか聞こえない。いや、耳を澄ませばなにやら燃える音に混じって泣き声が聞こえる。必死に抑えようとしているがそれが叶っていない泣き声。
どうやらそれは燃えている家の厠から聞こえきているようだ。中には10歳ぐらいの少年が堪えきれない涙を流して必死に口を押さえている。そこからはポタッポタッと赤い液体が滴り落ちていた。
10歳の子供が持つべきではない激しい憎悪と怒りがその目に宿っている。体をガタガタと震わせて。その震えは恐怖からというよりも復讐心から来ているものだろう。
「グ……グッ…フッ…!フゥゥゥゥ!!許、さない……許さない……殺してやる……殺す…!殺す…!」
少年が初めて宿したその感情は、少年にとってあまりにも大きすぎた。その復讐心に少年は呑まれそうになりながら必死に耐える。今、それに呑まれてしまえば、少年はすぐ厠を出て賊共を殺しに行くだろう。しかし、普通の少年が倒せる相手ではない。子供だろうと容赦しない、そんな奴は危害を加えてきた少年を生かしてはおかない。その事を少年も理解しているのだ。
「殺してやる……絶対に……皆、皆殺してやる……!!フゥゥゥ…!ハァ…ハァ……!」
少年は変わってしまった。笑顔が似合うそのかわいらしい顔は面影もない。今の少年が笑顔を見せたとしても、それは狂気でしかないだろう。
平穏を、家族を、村を。自分から全てを奪った賊への復讐を果たす事を少年は心に誓った。
村を包む炎は、太陽が昇っても沈むことはなかった。




