83:ダンシング
「……私、一緒に来る必要がありました?」
郁美は並んで歩きながら上官の横顔を睨む。
「ありました。あなたを見て上村皐月さんを思い出し、そうして連鎖的に……」
確かに、役には立ったかもしれない。
しかしどうも、いいように使われているような気がしてならない。
「なぜ、そんな表情をしているのですか?」
「……別に、室長の掌の上で踊らされているような気分なんて、していませんから」
すると、監察官は肩を震わせ始めた。
「何なんですかっ?!」
「あ、あなたは……顔は上村皐月さんによく似ていますが、中身はまったくの別人ですね……」
笑っているようだ。
当たり前じゃないの、と郁美は憤然とした。
「優秀な部下に恵まれて、私は幸せですよ」
「それはどーも」
そんなことよりも。
皐月は何をどの程度つかみ、その【保険】を誰かに渡したのだろうか。
「ところで平林さん」
「今度は何ですか?」
「先ほど、上村君と並んでいるところを見て思ったのですが。とてもお似合いですね」
「……はい?」
「彼は有望株ですから、早い内に確保しておいた方がいいですよ」
何の話だ?
※※※※※※※※※
「……なんだ、何の用だ?」
さすがにいきなり取調室と言う訳にはいくまい。
和泉は長野と共に管理官の幡野をとある会議室へ呼び出した。
「単刀直入にお訊ねします。あなたは工藤八重子さんを、ご存知ですね?」
「な、何の話だ?」
「もっと言うなら、愛人関係にあった。そうなんじゃないですか?」
幡野は動揺を隠しきれず、額に大粒の汗を浮かべはじめた。
「出会いは流川のキャバクラ。あなたは遊びのつもりだったのでしょうが、彼女は本気だった。奥さんと別れて、自分と結婚してくれる、そう考えていたと思われます」
その反応に、和泉は確かな手応えを感じた。
「ところが、あなたはまるでそんなつもりはなかったのでしょうね。段々と面倒になってきて、いっそ始末したいと考えるようになった」
「……」
「彼女はいわゆるメンヘラと言われるタイプの、扱いが難しい女性だったみたいですね。それこそ、刺激したら何をしでかすかわからない……」
「幸いにも、そこへ被害者のストーカーだった男があらわれた」
「お、俺が八重……殺したって言いたいのか?!」
「正確には、工藤八重子さんを殺すようにとある人物に依頼をした」
「だ、だったら!! あんたが聞いたっていう、謎のメッセージはなんだったんだ?!」
和泉は肩を竦めた。
「帳場が立っている間は、まったく問題にもしなかったくせに、今さら何ですか?」
「いいから答えろ!!」
「CSV……彼女はそう言ったのです」
「俺の名前なんて、かすりもしていないじゃないか!!」
「それは名前ではありません、役職です」
「役職……?」
「被害者は実行犯の名前を知らなかった。知っていたのは顔と、まわりから呼ばれていた肩書きだけです。彼女はキャバクラだけでなく、とある出会い系サイトでも、サクラのアルバイトをしていました。そこで知った人物……渡邊義男です」
みるみるうちに幡野の顔から血の気が引いていく。
あと一押しだ。
「ご存知ですよね? 渡邊義男」
「し、知らない……何も知らない!! 工藤八重子のことも、渡邊義男なんて何も知らない!!」
往生際の悪い人間だ。
ここまでハッキリと表に出しておきながら。
「しょ、証拠を見せてみろ!! 俺が八重子と付き合っていた、という。そして渡邊って奴とのつながりを……そうだ!!」
幡野は急に勢いづいた。「物証だ、物証!! その話のどこに根拠があるって言うんだ!?」
確かに、すべては目撃証言による推測に過ぎない。
しかし明らかに幡野の態度は彼がクロであることを証明していた。
「見つけてみせますよ、必ず。人がやることには何かしらの痕跡がのこるものですから……」
幡野は乱暴にドアを閉めて会議室を後にした。
「……僕は1つの仮説を立てた」
「教えてモミじー?」
「幡野はたぶん、小野田を通じて渡邊と知り合った」
「小野田? それは北暑の地域課長じゃろう?」
「小野田と渡邊はもう、15年も前からつながりがある……」
工藤八重子の存在が脅威にすらなったあの男は、小野田に助けを求めた。
そして渡邊を紹介された。
渡邊は過去にも依頼により、1人の警察官を殺害した。
その事件をどうやって揉み消したのかはわからないが。
渡邊は望み通りに工藤八重子を【消して】くれた。
そして、幡野自らが捜査本部を指揮し、事件を迷宮へと導こうとした。
渡邊が何をどう考えたのかは推測するしかないが、いずれにしろ、奴も小野田や幡野にとって鼻持ちならない存在と化したのではないか。
だから渡邊も消し、その罪を葛城陸に負わせようとした。
「……ふーむ、なるほどニャ」長野は頷く。「なんとなくやる気がないというか、どこか妙だと思ったんじゃ。頑なにダイイングメッセージを問題外にしようとしたのは、そこから真相がバレるのを恐れたからか……」
「……疲れた」
和泉はつぶやく。
「ワシも」
「今夜は周君とデートだから、じゃあな」
※※※※※※※※※
今回はあのあと、これといった事件事故もなく終わった。
周は仕事を終えて寮で昇進試験の勉強をしていた。
こないだの【ミス】は査定に含まれるのだろうか?
そう考えたら気が重くなってしまう。
ペーパーテストだけならいいけれど、試験には面接もある。
その時、和泉から連絡が入った。
《そろそろ庁舎を出るよ~(⌒∇⌒)ノ" 周君は何が食べたい?》
もうそんな時間か。
《何でもいい》
いつもならとにかく高いもの、というところだが、今日はそんな気分じゃない。
ほどなくして、
《今、寮の前に着いたよ》
周は玄関に出た。
和泉を一目見た瞬間、周は思わず呟いた。
「和泉さん、なんか疲れた顔してる……」
目の下のクマもそうだし、なんとなく頬がこけたような。
「大丈夫だよ。周君の顔を見たら元気が出たから」
彼はそう答えて微笑む。
「周君こそ、こないだのこと引きずらないでね」
「……うん」
見抜かれていた。
和泉の顔を見たとたん、こないだのことをまた思い出して、泣きそうな気分を感じたことを。
「たぶん、君の判断は最終的に間違いじゃなかった……そういう結末になるかもしれない」
「それってどういう意味?」
和泉はニヤリと笑うだけで、答えてくれなかった。
こっそり蹴りを入れてやろうか。
微かに右足を振り上げた瞬間、察したかのように、
「周君とコンビを組んだら、どんな難しい事件も解決できると思うよ」
そんなことを言われたら何も返せない。
妙な足の動かし方をしたせいで、周はバランスを崩した。思わず和泉の肩に寄りかかる。
「めずらしく甘えてくれるの? 腕組んで歩こうよ、ねぇ……いたーっ!!」
この男と一緒にいる間は、一瞬たりとも気が抜けない。
まったく。




