81:コスプレは年に2回
北署の屋上。
過去に飛び降り自殺があったとかで、背の高い柵が設置されている。
上村は柵につかまって、遠くに見える瀬戸の海を眺めていた。
快晴の今日、もしかしたら四国まで見えるかもしれない。
「……何が真実なのか、わかりません……」
ぽつりと呟く。
「私も、混乱してるわ」
監察官から聞かされた話に理解がついていかず、今まで信じてきたことが実は全て嘘だったかもしれないと知った時、身体が勝手に動いていた。
もはや何を信じたらいいのかわからない。
気がつけば郁美が後を追いかけてきていた。
「きっとあなたのお父さんは、ああ、向島にいる上村さんの方ね。ウチの室長の話を信じているっていうか、知っていたんだと思う。あなたに誤解を植え付けた人間にどう言った意図があるのか、わからないけれど……人から聞いた話を鵜呑みにしないで、真実を確かめさせようと思って、黙っていたんじゃないかしら」
郁美はなぜか肩を竦める。
あの父親ならありうる、と上村は思った。
とにかくね、と彼女は上村の隣に並ぶ。
「誰かを恨んだり、仇だと思って生きて行くよりも……広瀬のお父さんの不名誉を挽回するためにできることを考えましょう。そうすればきっと、今起きている事件だって解決につながるんじゃないかって、私はそう思うの」
日頃の自分なら、その根拠を述べよ、と即座に返したことだろう。
でも今は。
「……はい」
すると郁美は驚いた顔をする。
「あら、いつになく素直なのね」
心外だ。
「……僕はそんなに、ひねくれてますか?」
「最初、出会ったばかりの頃はね、気難しそうな子だなぁって思ったの。けど今はそうでもないかなって。お父さんとお姉さんが大好きな、普通の可愛い子だったわ」
「可愛い……」
そんなことを言われたのは初めてだ。
「あなたは頭も良いし、正義感も強いから警察官にはぴったりね。これからは目標をちょっと変えて上を目指してみたら?」
「目標を……?」
「そう。親の仇を討ちとるためじゃなくてね、立派な警官になるために」
【立派な警官】の定義が何かわからないけれど。
少なくとももはや、他の生き方はできない気がしていた。
「……郁美さんに会えて良かった……」
「そう? 私もよ。柚季に会えて良かった」
郁美の長い髪が風に揺れる。
姉はいつもショートヘアだったから、少し新鮮な気がした。
※※※※※※※※※
それにしても証拠品はどこへ行ったのだろう。
立番をしている周の頭の中にふと浮かんだのはそのことだった。
ものがなくなるのはたいてい、片づけをちゃんとしないからだ。
でも。整理整頓は散々言われてきた。
失くしたらとんでもないことになるとわかっていて、管理が行き届かないなんていうことが果たしてあるのだろうか。
もしかして、人為的かつ作為的な何かが起きたのだろうか?
「……難しい顔してる周君も可愛いねっ!!」
気がついたら目の前に、なぜか制服警官のコスプレをした和泉が立っていた。
「どちら様?」
「やだなぁ、相棒の顔を見忘れるなんて……ひどいよ」
何のつもりだろう。
私服警官である彼が制服を着ても違和感がないけれど、何の冗談だろう。
今日はどこかで仮装パーティーでもあるのだろうか。
「それじゃ小橋さん、ちょっと行ってきます」
「おう。なかなか似合うな、制服も」
「イケメンは何を着ても似合うんですよ」
自分で言って和泉は周の手を取る。
「ちょ、ちょっと何やって……!!」
「巡回連絡」
「はい?」
「先日、自殺事件があったアパートのこと、覚えてる?」
覚えている。
でもあれは、周の直感では自殺なんかじゃなかったが。
「あの付近でね、まだ情報を取れていない家があるんだ。それに住民は入れ替わるものだし。定期的な情報更新が必要なんだよ」
それは確かにそうなんだが。
「……何か、隠密行動の一環なの?」
周が訊ねると、和泉はギクッとして立ち止まる。
「言ったでしょ、今の僕は探偵なんだって。調査のためなら何だってするんだよ」
※※※※※※※※※
とりあえず当面のところ、岩淵さんの事件が自殺ではないことを調べていただけませんか?
監察官は言った。
和泉が彼の命令に従う義務はないし、捜査方針について指示される謂われもないのだが。
長野がそうしろと言うので従ったわけでもないが。
「でも、所轄は既に自殺だと断定しているのでしょう? 周辺の聞き込みを行っているのを見咎められたりしませんか?」
和泉が懸念を口にすると、
「そうですね、確かに……」
すると長野が、
「ワシにいい考えがあるどー!!」
何かと思ったら。
制服警官のフリをして、表向きは巡回連絡と言うことで聞き込みをすればいいとのこと。
いつになくいいことを言うじゃないか、ゆるキャラ親父のくせに。
和泉はさっそく制服を借りてウキウキと基町南口交番へ向かったのだった。
被害者の住むアパートの前はちょっとした商店街になっており、理髪店や雑貨屋、食料品スーパーが立ち並んでいる。とはいってもほとんどシャッターが降りているが。
そこで和泉は唯一、営業していそうな理髪店のドアを開けた。
「あらぁ、いらっしゃーい。イケメンにはサービスするわよぉ?」
本物のオカマらしい男性に出迎えられる。
そう考えてみると北条は話し方が妙なだけで、中身は普通の男だったんだな、と改めて思う。
「髭そり? でもあなた達、そんなに濃くないから眉毛とか整えちゃう?」
「いえ、我々はお客では……」
「ほらほら、座って座って」
気がつけば座らされ、あのエプロンをかぶせられていた。
「あなた達、そこの基町南口交番のお巡りさんでしょ? 今日は何、巡回連絡ってやつ? ついこないだまでそこの隣のアパートにね、テロリストが住んでいたんだけど……引っ越しちゃった」
「えっ?!」
「……なーんてね、冗談よ、冗談」
「……」
タチの悪いオカマだ。
和泉は舌打ちしたいのを堪えた。
それから店主は周に向かって、
「ねぇ、こっちの彼。すっごく似合う髪型があると思うんだけど、試してみない?」
「……遠慮しておきます」
周は少し怯えたように小さくなって、待合ベンチに腰かけた。
「ねぇ、そう言えば今の交番長って誰なの?」
「……名前を言ってわかりますか?」
「わかるわよぉ。私、県警に知り合いはいっぱいいるんだからぁ」
理容師はクネクネと身体を捻じりながら、手もとのハサミを上下させている。
「小橋さんですよ」
「小橋……ああ、元々は生安にいた人でしょ? 昇任配置なんですってね、おめでとうって感じ」
何者だ? このオカマ。
「タケちゃんはどうしてるのかしらね、今頃。きっと偉くなったんでしょうね」
「タケちゃん……?」
「あれは今から15、6年前かしらね……基町南口交番のお巡りさんって、イケメンぞろいだったのよぉ。その子達を仕切っていた交番長っていうのが、竹山さん」
理容師は和泉の髪に櫛を入れ、梳かしつつ話を続ける。
「それってもしかして……広瀬さんとか、聖さんとか、橋場さんとか……?」
「ああ、そうそう。それで思い出したわ。こないだ、久しぶりにはっしーを見たのよ」
「はっしー?」
「そ、橋場だからはっしー。今は確か、婿養子に入って名字が変わったんじゃなかったかしら」
その時、和泉は頭の中に電流が走ったような気がした。
「もしかして、小野田って名字じゃないですか……?」
「ああ、そうそう!! 良いとこのお嬢様とまんまと縁組して、やり手よねぇ」
「その、はっしーが……向かいのアパートの部屋を訪ねてきた、そうなんですね?」
和泉は期待して、相手の答えを待った。




