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80:それは誰?

「そんなこと言われたの?」

「……僕の親は、殺人で刑務所に入った人らしいです。詳しいことは何も知りませんが。生まれたばかりの頃に施設に預けられて、そこで育ちました。だから……」

 陸はテーブルの上で拳を握る。

「学生の頃から、先生や他の大人は皆、何か悪いことが起きると全部を僕のせいにしました。だからあの時も、どうせ何を言っても無駄だと知っていたから、ずっと黙秘していました。渡邊を殺したのが僕だって頭から決めつけてしゃべっていた刑事達の尋問を、無視し続けました」


 周によく似た顔からそんな台詞が出てくることも、悲しげな表情をされるのも、とにかく辛い。

 和泉は手を伸ばして、向かいに座る彼の肩に手を触れた。

「僕は君の言うことを信じるよ」


「……嘘だ」

「無条件に、という訳にはいかないけどね。でも僕は他に、犯人がいると考えてる」

 俯いていた陸は顔をあげる。

「君にはアリバイがある。それに。死亡推定時刻から何時間も経過しているのに、ずっと現場にいて凶器を握っていたなんて、そんなバカなことをする人間はいない」


 絶望したような顔が、次第に安心したような、嬉しそうな表情に取って代わる。


「だからね、君の知っていることを全て教えて欲しいんだ」


 リク~、と幼子が彼を呼ぶ。

「どうしたの?」

「せらやん欲しい!! せらやん買って!!」

「……なんで今……?」

 どうやら長野が子供に、せらやんの出てくる動画を見せていたらしい。


 すると陸は、

「新しいパパにねだればいいじゃないか。何でも買ってくれるんだろ?」

 吐き捨てるように答える。

「……やだ。あの人、嫌い」

 瑛太は首を横に振る。


「新しいパパって?」

「……姉が再婚する予定なんです。今、県知事選挙に立候補してる、秋山って人」

 そう言えばそんな話を聞いた記憶がある。


「瑛太君は、どうして新しいパパが嫌いなの~?」

 長野が訊ねると、

「だって嫌だもん!!」

 と、いかにも子供らしい返答がかえってくる。


「意地悪されたの?」

 すると瑛太は首を横に振り、

「……ママのこと、好きじゃないから」

 どういう意味だ?

「ママはリクと一緒の方が、幸せになれるの!!」


 和泉は思わず陸の顔を見た。

「……瑛太の母親は僕の、姉です。血はつながっていませんが、同じ施設で育った姉弟のようなものです」

 なるほど。

 顔も似ているけど、シスコンな所まで似ているとは。


「18で施設を出て行くあてのなかった僕は、姉のお世話になってこうして……ここで暮らさせてもらっているんですけど、それもそろそろ潮時かなって」

 言葉の意味はわかっていないだろうけれど、瑛太は何か危機感を覚えたようだ。

「やだやだ、リク!! 行っちゃやだ!!」

 飛びついて首を横に振る。


 鳴き縋る幼子を抱き上げながら、彼はぽつりと言った。

「これは噂なんですけど……」

「噂?」

「秋山って人は女遊びの激しい人で、そうだ、カレンさんのお店の常連さんです。そこで知り合った警察の人と仲良くなって、その……」

 どんな続きが出てくるのか、和泉は固唾を呑んで見守った。

「何人か女の子を回してもらったことがあるって」


「……それはつまり……売春、いや買春ってこと?」

「とにかく若い女の子がいいんだって、特に女子高生とか。でも下手に素人に手を出す訳にはいかないから、渡邊の運営してたサイトに登録してる女の子を紹介したりして……」


「君も時々、カレンって人の店で働いているんだろう? その、警察の人ってどんな顔をしていたか覚えていないかな?」

 ドキドキと胸が高鳴り始めた。

「僕、あの時……見ました。逮捕されて警察署に連れて行かれた時。濃い顔立ちの人で、すごく偉そうにしゃべっていたのを。それともう1人、眼鏡をかけた……濃い顔の人にペコペコしてる感じでした」

「もう一度見れば、わかるかな? その人達」

「わかります」


 濃い顔立ちの人。

 恐らくあいつだ。


 しかし、眼鏡をかけて平身低頭な男とは誰だ?


「ちなみにその眼鏡の人なんですけど、八重子さんの恋人でした」

「……へっ?」


 誰だっけ、八重子さんって。

 和泉がそう考えた時、いきなり長野が立ち上がった。

「彰!! 急いで帰るど!!」


 誰だっけ、ねぇ……?

 思い出した!!

 

 工藤八重子。

 そもそもその事件の真相を調べるために、探偵になったのではないか。


 ※※※


 長野が急いで向かったのは、本部の監察室だった。

「ひじりん!!」


 監察官はデスクに座り、静かにデスクワークをしている。

「あいつ、幡野に関してなんか、密告状は届いとらんか?!」

 すると、

「今のところはありません」


 幡野って誰だ、という和泉だったが、次第に思い出してきた。

 工藤八重子の事件で捜査本部を仕切っていた担当管理官。


 やる気のなさそうなだけではなく、彼女をストーキングしていた男を安易に容疑者として逮捕したりした、あの男。

 今ようやく、その理由がわかった。


『八重子さん、本気だったみたいですよ』

 リクは言った。『幡野って人は既婚者みたいでしたけど、彼女のことをすっかり気に入って、すぐに深い仲になっちゃったみたいです。でも所詮は火遊びだったんですよね。ところが彼女の方はいずれ奥さんと別れて、自分と結婚してくれるって信じてたみたいです』


 だからジャマになった。


 警察官であり、まして管理官などと言う立場にある人間が不倫騒動を起こしたりすれば、それが白日のもとに晒された時の恐怖感と言ったら。


『あの人、ちょっと情緒不安定なところがあって。いっそ心中でもするんじゃないかって言うぐらいの勢いで……一度、店の中で大騒ぎを起こしたことがあるんです。グラスを割って、欠片で切りつけようとしたりして……』



「幡野管理官がどうかしたのですか?」


 そいつは工藤八重子が恐ろしかったに違いない。

 結婚してくれなければ、自分との関係をバラすと脅したかもしれない。


 だから消された。

 

 実行犯はCSV……渡邊義男。2人の関係性はおそらく、長い付き合いだという小野田の紹介に違いない。


「あいつ、あいつは……警察官である資格すらないんじゃ!!」


 するとそこへ、見ず知らずの女性が飛び込んできた。

「いつき君!!」

 ひっつめ髪の、分厚い眼鏡をかけた、典型的な中年体型の女性。

「見つからない、見つからないのよ……どこにも!!」

 彼女は何を焦っているのか、額に汗を浮かべている。


「えっちゃん、どうしたの?」

 監察官はいつもと違い、柔らかい口調で彼女に話しかける。

「証拠品として届けられた……アンクレットがないんよ!! 皆で必死に探したんじゃけど、どこを探しても見つからんの……このままじゃ、何もかも真相は闇の中だわ!!」


 証拠品のアンクレット?

 それは葛城陸が周の元に、渡邊義男殺害現場に落ちていたと届け出てくれたものだろうか。


「あの、すみません。もしかしてそれって、銀色の……?」

「あんたが隠したんね?!」

 見知らぬ女性はいきなりそう叫んで、噛みついてくる。

「隠した……?」

「誰かが隠したに違いないんよ!! 前の晩まできちんと保管されとった。でも……小野田の仕業よ!! 間違いない!!」


「落ち着いて」

 聖が言うと彼女は突然、脱力したように床に座り込んでしまった。

「どうしよう、どうしたらええの……? このままじゃ、あの時みたいに……」

 どうやら2人は親しい間柄らしい。

 近距離で見つめ合い、女性の方は監察官に縋っている。


「二度目はないよ、絶対に」

「……」

「大丈夫、僕に任せて。今度こそきっと、真相を白日の元に晒すんだ」



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