8:第2係の愉快な仲間達
午前8時半。
小中学生の頃にあった全校集会にも似た、全体朝礼。
北署の講堂には一般職を含めた地域課の職員が全員集まっている。さすがに県内筆頭署だけある、その人数は……数え切れない。
周と上村、新任巡査はもはや、晒し物状態である。
どんな会社でも新人が入った際には朝礼の席で自己紹介があるものだ。それと同じ。
学生時代、転校生がやってくるとこんな感じだった。
どんな奴だろう? 気が合いそうか、それとも……。
「本日付で広島北署地域課第1係に配属されました、藤江周巡査です。どうぞよろしくお願いいたします!!」
「上村柚季巡査……です。よろしくお願いします」
拍手が沸き起こる。
全員という訳ではないだろうけれど、歓迎されている雰囲気は読みとれた。そのことにほっと安堵を覚える。
それからいわゆる【校長先生のお話】にも似た、署長による周知事項の連絡および、今日も一日頑張りましょう、と言った激励があり、朝礼は終了。
その後。地域課のデスクにて『これから現地(交番)に向かいます』との報告を上長に行い、警察手帳と拳銃の貸与手続きの後、いよいよ現場デビューだ。
警察手帳も拳銃も、失くしたり落としたりしたらトンデモないことになる。
それゆえにその扱いは慎重だ。
手帳と拳銃を携帯したことを確認し、いよいよ部屋を出る。
するとその時、
「お前さんか、藤江周巡査っていうのは」
地域課の部屋の入り口に制服姿の男性が立っていて、声をかけてくれた。
「俺はこれからしばらくお前さんを預かる、基町南口交番のブロック長、小橋だ。よろしくな」
年齢はおよそ50代だろうか。
白髪交じりの短髪に目尻の皺、どこにでもいそうな感じの良いオジさん、と言った感じだ。
差し出された手を握り返し、改めてよろしくお願いします、と周は頭を下げる。
「……どっかで見た顔だと思ったら、噂のルーキーか」
噂?
不思議に思ったが、あえて突っ込むのは止めておいた。
「ま、そう緊張せんでええ。気楽にな。リラックスするクマじゃ」
なんのこっちゃ。
交番勤務は5人1チームで3交代勤務である。当たり前だが24時間営業の警察職務に定休日などは存在しない。
周が所属するのは小橋警部補率いる第2係。今日はさっそく『泊まり』勤務である。
署から交番までは歩いてほんの10分ほど。
制服姿のまま、広島北署から自転車を飛ばして基町南口交番へ到着。
すれ違うサラリーマン達の視線が突き刺さるような気がした。
コスプレではないが、警察官の制服は一般市民にとってやはり注目の的である。
彼らは自分達を見ている。
信号無視や、ちょっとしたマナー違反であっても、中には重箱の隅をつつくかのようなクレームを入れてくる市民がいる。だから立ち居振る舞いにはくれぐれも気をつけろ。
警察学校でも散々言われた。
他人の罪を暴く側の人間が、他人から後ろ指をさされるようなことをするのを、簡単に言えばなんと表現するか。
それこそまさに【お前が言うな】
和泉なんてしょっちゅう、お前が言うな的な発言を繰り返しているが。あれは私服警官であるからこその余裕だろうか。
羨ましい……というか、あの男は人目を気にしたりしない。
もしそうであれば、あんな振る舞いはしないだろう。
まぁ、和泉の場合はいろんな意味で【特殊】なのかもしれないが……。
※※※
基町南口交番と書かれた札が飾ってある正面玄関。
県内の交番は基本、2階建ての戸建て仕様である。
「小橋、現着!!」
「お疲れさまですっ!!」
同じチームの先輩達が3人全員で出迎えてくれる。
「皆、知っとるだろうけど。今日から我々の班に加わる新人君、藤江周巡査じゃ。あの北条雪村警視の
秘蔵っ子だぞ? 扱いは慎重にな?!」
妙なことを言わないでくれ!!
周はプレッシャーを感じてしまった。
小橋以外の他メンバーはほう、と興味深そうにこちらを見つめてくる。
ざっと見渡してそれぞれの特徴を確認しておく。まずは名前を覚えなければどうしようもない。
「よろしく。俺は桜井、巡査部長だ」
「砂川、巡査長」
「西浦だよ~!!」
名乗った順に顔を確認して行く。平均年齢が若いような気がするが、気のせいだろうか。
多分気のせいじゃない。ここはとにかく忙しい交番なのだから、若くて体力のある人間でなければ務まらないだろう。
桜井と名乗った巡査部長は四角いベース型の角刈り、いかにも体育会系一筋に生きてきた警察官のモデルタイプ。筋骨隆々なのが服の上からもわかる。
それこそ北条警視の部下にでもいそうなレンジャータイプ。
砂川と名乗った巡査長。華奢な体つきだが背は高い。瓶底のような分厚い眼鏡をかけている。見るからに神経質そうだ。
西浦巡査、彼は恐らく20代で一番年齢が近いと思われる。制帽である程度隠れているが、もしかして髪を染めているのではないだろうか。そしてあの口調。
チャラいな……と思っている傍から、
「あの北条警視のお稚児さんか~、確かに可愛い顔しとる」
「おい、西浦!! 妙な言い方はやめろ」
どうやら担当教官は相当な有名人らしい。それはそうだろう。
職務も【特殊】なら、キャラも【特殊】に違いないから。だが。稚児って言うのは違う。
「だって、あの人……」
「ええからお前は黙って仕事に戻れ」
交番長に言われて、チャラい先輩警官は奥に引っ込む。
「で……指導部長は、桜井だったな?」
「はい。それじゃあ、周」
いきなりファーストネームで呼ばれることに多少の戸惑いと、くすぐったさのようなものを感じながら周は返事をする。
「初めは交番の中の案内と、雑務一式から教えるから、一緒に来てくれ」
見た目に反して言葉遣いや物腰は柔らかい。
周は少しホッとした。
「まず、交番の中をざっと説明するぞ」
2階建ての交番は1階正面玄関の入り口がオープンスペースになっている。銀行で言うところのカウンターのような机があり、パイプ椅子が2つ並んでいる。
壁にはおなじみの【警察官募集】および【指名手配犯】の通報を呼びかけるポスター。
その奥は8畳ほどの部屋があり、スチール机が3つで島を作成していた。パテーションで仕切られたすぐ隣には小さなキッチン。
その隣に洗面所。そして2階へ上がる階段。
「カウンターの向こうは警察用語で言う【待機所】だ。基本的に、ここへ一般人を入れることはない。対応はカウンターで行う。カウンター内に入れてもダメだ。なぜなら……わかるか?」
「受傷事故防止のため、ですね?」
近年、拳銃や手帳を奪うために交番が襲われる事件が複数、発生している。
「そう。そして、世の中には頭と心を病んでる人間がいてな。とりあえずおマワリは全員殺せっていう奴とか。あとは今でもちゃんと存在する暴走族、古い表現だがチーマーと呼ばれる奴らが戦争を仕掛けてくることもある。慎重過ぎるぐらいがちょうどいい」
桜井はさらっと言ったが、よく考えたら恐ろしい話だ。
それから食事の取り方、すべて出前を注文すること。給湯室の使い方、休憩室の使い方まで覚えなくてはならないことがたくさんで、メモを取る手が止まることはなかった。
交番と言うのがいわゆるパブリックスペースに近いのだ、ということ周は改めて感じた。
週末ともなれば酔っ払いを保護することになるし、日本人のみならず外国人が道を訊ねてくることもある。
俺、英語なんてわからないけど……。
やって行けるのかな、という不安を抱えたままいよいよ基本勤務。
交番の入り口に立って【お客さん】を迎える立番だ。
どんな人が、どんな用件でやってくるのだろう。
初めての【仕事】はなんだろう。
周の心臓はいつも以上にうるさく、ドクドクと音を鳴らしている。
覚えている人がいたら、もはや奇跡ですが……。
交番長の【小橋】氏ですが、シリーズ7『ファザコン中年刑事とシスコン男子高校生の愉快な非日常:7~白い巨塔に潜む影~死を呼ぶUSBメモリと疑惑の制服警官~特殊捜査班HRT緊急出動せよ!!』
https://ncode.syosetu.com/n9886ei/
こちらにちょこっと登場しております。
元いた部署は生活安全課。
今後の話のポイントになったりならなかったりするので、頭の片隅にでもメモしておいていただけると……ありがたエビ。