74:あやうく異世界転生するとこでした
「二人ともパパ活ってやつを、やってたりしないか? 見ず知らずのオジさんとデートして、ご飯奢ってもらったり、プレゼントもらったり……」
昨日あの後、周はパパ活やママ活のなんたるかをネットで調べた。
警察庁が運営するホームページに注意喚起が掲載されていて、具体的な事例および、違反とされる法的根拠も学んだ。
「そうだよ」
あっけないほど真帆はすぐに認めた。
「だったら何? 私のこと、逮捕するの?」
女性側は逮捕されない。これも調べ済みだ。
されるのは女性を斡旋した管理者の方だ。つまり彼女との出会いを仲介した人間。
だが、素行不良として補導される可能性は高い。
「……逮捕されるのは、買ったオジさんの方だ」
すると真帆はホッとした表情を見せる。
「なーんだ、だったらノープロブレムじゃんっ! 葉月、いこっ!!」
周の手を振り払い、友人の手を掴んで走り出そうとする。
「バカっ!!」
思わず周は叫んだ。
「バカじゃないもん!! うちの学校、偏差値高いんだからねっ」
「そういう問題じゃない!!」
「じゃあ、どういう問題なのよ?!」
「逮捕されるのか、って訊いたな? それはつまり、自分でも悪いことをしているっていう自覚があるっていうことだろ」
真帆は虚をつかれたような表情をし、口を閉じる。しかし、
「べ、別に……私が自分の身体をどう使おうと、他人に迷惑かける訳じゃないし、減るものでもないし。他人にとやかく言われることじゃないもんっ」
「……いくらだ?」
「え?」
「お前の値段はいくらだ? って、そう訊いてるんだ。自分自身に値段をつけるんだとしたら。たった3万とか4万とか、そんな安っぽい値打ちしかないのか?」
真帆は黙り込み、葉月は完全に青ざめて立ちすくんでいる。
「……お前が将来、結婚して子供が生まれて。娘や息子が今の自分と同じことしたら、どう思う? お母さんも若い頃に同じことして稼いだ、なんて言えるのか? それに、今は何でもなくても、後で脅しのネタに使われるかもしれないんだぞ!!」
リベンジポルノ、なる単語を周は初めて知った。
そう言った『パパ活』で知り合った相手の男が、利用した少女の裸の写真を撮影しておいて、ネット上にばら撒くと脅すことがあるらしい。
さらにはストーカーと化して少女をつけ回すようになること。
その時、不意に思い出した。
『この子、ストーカーに狙われてるのよ。だから守ってあげて欲しいの』
まさか。周は葉月の方を見つめた。
いつも一緒に行動している2人。もしかして彼女も一緒に【パパ活】をやっていた。そしていわゆる【客】の1人がストーカーと化した。
「まさか、君のこと追い回してるストーカーって……」
空気が変わった。
「あっ、待て!!」
油断していた。
真帆は葉月の手を取り、猛ダッシュで走り去る。
周は急いで裏に回り、止めてあった自転車にまたがる。
陸上でもやっているのかいうほど、2人の女子高生は脚が早い。とはいっても、自転車にかなうはずもなく。
追いついたまでは良かった。だが。
広い通りに出ると、東側から走ってきたトラックが迫ってくる。
「危ないっ!!」
周は自転車を乗り捨てると、2人の肩を抱えて歩道側に倒れ込む。コンクリート塀に左肩をぶつけてしまった。
「……いたた……」
「怪我は、怪我はないか?!」
短いスカートがめくれ、太腿があらわになっている。
「擦りむいたぁ~……」
「真帆、大丈夫?!」
葉月の方は無事だったらしい。急いでカバンから咄嗟に絆創膏を取り出し、真帆のスカートの裾を直してから、膝に貼る。
「おい、何やってんだ?!」
桜井の声だ。
「……なるほど、それで追いかけた末に、3人ですっ転んだって訳か」
「面目ありません……」
交番長を前に周はうなだれた。
「ところでお嬢ちゃん達。さっきの話はほんとか?」
さっきの話と言うのは、例の【パパ活】のことである。交番長の小橋には昨日の内に電話で報告しておいたから、話がスムーズだった。
「……だって……」
「だってじゃないぞ。大問題だからな?」
「私が、私がいけないんです!!」
と、叫んだのは葉月の方だった。
「お金に困っているのは、私の方で……真帆は、心配だからって一緒について来てくれた。それだけなんです……」
葉月から聞いた話は、よくあると言えばそうかもしれないが、気の毒な話だった。
父親は株で大損をし、借金をするようになった。母親も働きに出るようになった。
必死に働いても返済が滞りがちになり、ある時とうとう、闇金に手を出す羽目になったのである。
雪だるま式に増えた借金でいよいよ首が回らなくなった時、父は貸主に呼び出された。
チンピラに散々殴られ蹴られ、挙げ句に娘を風俗で働かせろと言われたのだそうだ。その時、貸金業者の男が持ちかけたのが【パパ活】サイトのサクラのアルバイトだった。
そこで葉月は父親を助けるため、また好奇心も手伝って軽い気持ちでサイトに登録し、面接を受けたのである。
その後すぐだった、この人はどうだろうかという紹介メールが届いたのは。
初めて会った相手は初老の紳士と言った感じの男性だった。
本当におしゃべりをし、食事をおごってもらい、その日はそれだけで別れることができた。
もらったお金は3万円。
夢みたいだ。そう思い、またサイトを利用することにした。
だが、様子がおかしくなったのは3回目以降。その時に紹介されたのは、おそらく30代ぐらいのサラリーマン男性。
実際に出会ってみるとあまり清潔感がなく、少し嫌だと思ったのだが、お金になるならと我慢した。ところが。
その男は葉月を無理矢理ホテルに連れ込もうとした。
咄嗟に身の危険を感じ、110番通報しようと思った。だけど。そんなことをすれば自分の経歴にも傷がつくんだぞ、と脅され、ホテルの中にまで入った。
男がシャワーを使っている隙に逃げ出した葉月はしかし、サイトの管理人からものすごい勢いで叱られたのである。
殺されるのではないか。そんな危険さえ感じたそうだ。
それを助けてくれた、庇ってくれたのが【リク】という男性。彼もやはりこのサイトのサクラとしてアルバイトをしていた。
彼は誰に対しても優しい人だった。
そんな人が殺人容疑で逮捕されたという話を聞いた時は、信じられない気持ちでいっぱいだったと彼女は話す。
「……彼が逮捕されたって誰に聞いたんだ?」
周は単純に不思議に思い、訊ねた。
「本人からだよ。REIN仲間なんだ、私達。もっとも連絡が来たのはしゃくほーされた後だけどね」
あかんべー、と舌を出して見せながら真帆が答える。
「だから私達、葉月のストーカー問題もそうだけど、リクのことでも抗議してやろうと思って交番を襲撃する計画を立てたわけっ!!」
襲撃って……。
周はあきれて何も言えなかった。
「……でも……」
真帆は何か言いかけてやめた。
「でも、なんだよ?」
「……なんでもないっ!!」
つくづくよくわからない子だ。
「なるほどなぁ~……よく話してくれたな」
交番長の小橋は少女の頭を撫でながら、優しく語りかける。
「で、その管理人ってのは、名前はなんて言うんだ? そいつこそ逮捕して、いろいろと話を聞かないとならんのだが」
「本名は知らないんです。皆、CSVって呼んでましたから。ただ……」
「ただ?」
「こないだニュースで見た、八丁堀のビルで殺されたっていう人……そのCSVによく似ているんです」




