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70:闇営業(?)

 果たして今日は何曜日だったっけ。

 考えるのはよそう。なんとなく人気が少ないからきっと土曜か日曜なのだろう。


 和泉は基町南口交番に寄った後、県警本部の自席に着いた。するとその瞬間を見計らったかのように、内線電話が鳴りだす。


『はぁい、彰ちゃん。アタシよ、アタシ』

「……僕に行きつけのオカマバーはないんですが」

『……おい』

 マズい。「嘘です、嘘。ごめんなさい。何ですか?」


『本部にいるでしょ? 5階のA会議室に来て』


 何だろう? あのオカマに叱られるような真似をした記憶はないのだが。

 あまり考えずに和泉は言われるまま、5階へ向かった。


 失礼します、と扉を開けると、北条の他に思いがけない人物が待っていた。

「えっと、確か聖さん……でしたよね?」


 めずらしく名前を覚えているのはかなり印象が強かったからだ。剃刀のような独特の鋭い雰囲気に、素晴らしい情報収集力。

 2か月前の事件の折り、彼の世話になったことは記憶に新しい。


「お忙しいところ恐れ入ります」

 思わず和泉もとんでもございません、としゃちこばってしまう。

「渡邊義男の殺害事件を、独自に捜査なさっていると聞きました」

「……併せて女子大生の方、工藤八重子さんの事件についても、です。二つの事件にはいろいろな共通点があります。で、何でしょうか? 本職の刑事が探偵の真似ごとをしていることを咎めにいらっしゃったのですか?」

 確か彼は監察官だった。


 すると思いがけず聖はくすっと笑う。

 和泉は驚いた。この人、笑うんだな……と。


「渡邊の方について、お伝えしたいことがあります」

「……何かご存知なのですか?」

「渡邊義男……とある関西系の暴力団関係者にゆかりのある、言ってみればチンピラですが。もう15年も前からとある県警職員と深いつながりを持っているらしいのです」


「癒着、ですか? もしかして4課のマル暴刑事とか」

「……決定的な証拠がないため、ハッキリとは申し上げることができません。ただ、北署のとある職員とだけ」


「密告が届いたのですか?」

 そうです、と監察官は頷く。

「我々は密告が届くと、事の真偽を確かめるために本人の行確をします。ただ。この【密告】が届いたのは私がまだ監察官になる前、別の担当者だった頃の話です。お恥ずかしい話ですが……前任者は正直、あまり職務熱心な人ではありませんでした」

「ハッキリ言っちゃいなさいよ、ただの給料泥棒だったって」と、北条。


「……そうなんですか?」

「あんたってホント、殺人事件のこと意外にはまるで興味がない人間なのね。もっと人事とか事務とか他の部署のことにも関心を向けなさい」

 彼は長い前髪をかきあげつつ溜め息をつく。


 あまり組織的な問題とか、内部のゴタゴタについて、和泉としては深く知りたいとは思わない。

 だから意識的に避けていた。


「聖が担当になる前は、監察室の実情はホントひどかったのよ。室長なんて朝から晩まで新聞を読んだり、ラジオを聞いたり、まともに仕事をしているような素振りすらなかったわ」

「……なんて人です?」

「名前なんて覚えなくていいわよ。あんたどうせ、覚えられないでしょ」

 確かに。


「それで、渡邊と深い関係にあったとされる警官というのは?」

「……小野田です」

「小野田?」

 聞き覚えがある。

「北署地域課長第2係の長、次期北署副署長とされる人物です」


 思い出した。

「それって、周君の……」

 直属の上司ではないか。

 つい先ほど出会ったばかりの。


「小野田は私の同期で、以前は生活安全部にいました。渡邊は元々、流川で客引きなどの仕事をしていました。その傍らで、売春などの違法行為に手を染めることもあったので、おそらくそのあたりから親しくなったのではないでしょうか」

 親しくなった、と言う言い方に微かな悪意のようなものを感じたのは気のせいだろうか。


「彼だけではありません。もっと上にも黒幕と呼んでいい人物が裏で暗躍している可能性もあります」

「……黒幕……」

 ずいぶん大げさだな、と思ったが相手が真剣な顔をしているので、和泉は笑いを引っ込めた。

「その黒幕とは?」

「……小野田とは古くから親しくしていた、現在の北署長です」


 だからか、と和泉は思わず声に出して呟いた。

「だから、とは?」

「今回、僕が探偵の真似ごとをする羽目になった経緯をご存知ですか?」


 次期副署長だと名乗る小野田が、予算をケチって捜査1課の介入をジャマしたのだ。和泉は端的に説明した。


「もしかしたら……」

「なんです?」

「いえ、憶測でものを言うべきではありません。決定的な証拠をつかむまでは」

 さすがだな、と和泉は思った。


 冷静沈着かつ堅実。

 思いつきを口から出してしまったことで、後悔することは多々ある。


 話は渡邊の方に戻りますが、と聖は口を開く。

「渡邊が近年、出会い系サイトを開設して若い男女を集め、組織的に売春を行っていたことはご存知ですか?」

「ええ、知っています」ふと和泉の中にまさか、という予測が浮かんだ。「小野田って人もそのサイトを利用していたとか……?」


「それはまだ不明です。しかし、もしかすると他の職員に紹介したりはしていたかもしれません。現在、調査中です。ただ今までに約1名、サイトを利用して処分を受けた人物はいます」

「……お話を伺う限り、小野田と言う人物はもしどうせ失脚するなら、自分だけではなく他の誰かを道連れにしようとする……他人の足を引っ張ることに情熱を燃やすようなタイプに思えますね」


 聖は頷く。そして、

「あの男は嫉妬深く、かつ野心家です。仲間の成功を恨み……失敗に喝采する」

 そういう人間は確かに存在する。

 和泉は黙って話の続きを待つ。


「……私はかつて、小野田のせいで命を落とした人物を1人知っています」


 驚いた。

 クールな監察官である彼のその口調にいつになく、強い感情があらわれていたからだ。

 言うなれば悔恨の情。そして嫌悪。


「それは、どういう……?」

「ただ、あくまでも推測に過ぎず、関係者は既に死亡しているため……今はお話しすることができません。それに……」

「それに?」

「この話に関しては、他にも同席して欲しい人がいますので、詳しくはその時に」

「それはどなたです?」

「会えばわかります」

 謎めいたコメントを残し、監察官は去って言った。


 ※※※※※※※※※


 他意はないのよ、決して他意は。

 そもそも私は和泉さんのことが……!!


『僕があなたを守ります』


 上村柚季から思いがけず真剣な顔でそう言われて、郁美はドキっとしてしまった。


 彼はきっと、この件を調べる間だけは、というつもりで言ったに違いない。


 今日は休日だ。今まで曜日って何だっけ、と言う仕事をしていたから、いわゆる週末にこんなのんびりした記憶は薄い。


 とりあえず部屋の掃除。

 それから洗濯機を回して。


 そうだ。皐月がよく通っていた店が判明したから、彼と一緒にそこへ行く約束をしていたのだ。

 今さらになって、どんな顔をして会えばいいのかわからなくなってしまった。


 REINが着信音を鳴らす。

《おはようございます、上村です。今、任務解除となりました。先日のお約束ですが、何時頃ならよろしいでしょうか?》

《あと1時間ほど待ってもらえる? 支度しないと》

《承知しました。場所はパルコの前でよろしいでしょうか》

《OK》

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