68:周とJKふたたび
不意に周は思い出したことがあった。
「あ、そう言えば」
「どうしたの?」
「上村なんですけど。なんか、噂ですが……」
周が署を出る時、たまたま喫煙所の近くを通りかかったら、知らない警官同士が噂話をしているのが聞こえた。
『新天地北口の新人が、監察女子と付き合ってるらしいぞ』
『マジかよ、やるなぁ~』
『あれじゃないんか、課長からの刺客。今の監察室長と仲悪いからさぁ……ハニートラップってか?』
そんな内容だったと思う。
「監察女子……?」
北条は何か思い当たる節があるのか、天井を見上げる。
「あの子が女を連れて歩いてる姿なんて、想像できないけど……監察ねぇ」
確かに。
「でもこないだの非番の日、仕事でもないのにスーツを着て出かけましたよ……?」
「あ、もしかして?!」
誰か思い当たる人物が浮かんだようだ。
北条はニヤリと笑う。
「あらやだ、なんか面白そう!!」
かつての教官は本当に面白そうだった。
食事を終えて北条と別れた後、周は散策を再開することにした。
スマホのバッテリーは100%だ。
外は寒いけれど今日も快晴。寮を出た周はまず、管轄区域の一番北へ向かうことにした。そこから京橋川沿いを歩いて南下する。
川沿いには高層マンションがチラホラ。1階部分はお洒落なカフェや雑貨屋などが並んでいる。いつだったかあの変なオジさん……後で捜査1課長だと聞いた……が紹介してくれたパン屋が見えた。毎朝のように差し入れを持ってきてくれるあの女性は、この店の娘らしい。
川沿いをずっと歩いていると美術館と縮景園が見えてきた。
比較的都会の町並みの中で、こぢんまりとした自然の原風景が見えると心が和む。
縮景園には子供の頃、父が時々連れて行ってくれた。道案内で訊かれるのもこの場所が多い。
交番からだとどういうコースがベストなのか、考えながら周が歩いていると。
ピロン、とメールかREINが着信を知らせた。緊急の用件なら電話をかけてくるだろう。そう思って確認せずにおく。ところが。
着信音は次から次へと嫌がらせのように鳴り響く。
和泉だろうか?
微かに苛立ちを覚えた周はスマホを取り出し、REINを開いた。
《やっほー!! マホだよ?!》
冒頭からいきなり自分を映した写真を添付し、メッセージを送ってきたのは……。
誰だっけ?
思い出した。つい先日、早朝から交番を訪ねてきた謎の女子高生だ。渡された連絡先を一応、念のために登録しておいたのだが。
《ねーねー、今日は仕事? 休み? 学校早く終わっちゃったから、遊ぼうよ!! タピろうよ~。あ、友達も一緒。ちょっと相談したいことがあるんだ》
顔文字とスタンプを多用し、恐らく用件は上の2件ほどだろう……無意味なイラストと文字が羅列されているのを、わざわざじっくり読むほど周は小まめではない。
どうしたものか。
気付かなかったことにしようかと思ったが。
少なからず昨日の朝、彼女が述べたことが気にはなっている。
『リクはそんなことできないよ』
『もっと悪い奴がいるんだから』
《今、縮景園》
周はシンプルにそれだけを返信した。
するとほとんど間を置かず、
《マジ?! 待ってて、すぐに行く!!》
本当に彼女はすぐにやってきた。もう1人、別の女の子を連れて。
「なんでここなの? 周って趣味、渋いんだね……」
学校にはちゃんと行ったのだろう、あらわれた女子高生、関谷真帆は制服姿である。
会ってから間もない相手のファーストネームを呼び捨てにするとは、今時の若い女の子は皆、こんな感じなんだろうか?
「なんで俺の下の名前……?」
「だって聞いたもん。周、って呼ばれてるの」
ニカっと歯を見せて笑う彼女は、
「それよりこの子、私の友達で葉月っていうの」
同じ制服を着た連れの女の子は真帆とまったく正反対のタイプのようで、終始うつむきがち、遠慮がちにしている。長い黒髪をうなじのところで1つにまとめている。
「狩野です……」
「この子が周に相談したいことがあるんだって。ねぇねぇ、本通り商店街にね。新しくタピオカの店ができたの!! 行こうよ」
そう言って真帆はいきなり腕を組んでくる。
「ちょ、何やって……」
ほとんど知らない相手にこうも密着するなんて、いったいどういう神経をしているのか。
あまり乱暴に振り払うのもかわいそうな気がして、
「……少し離れて歩くなら、奢ってやらなくもない」
現金にも真帆はすぐに手を離した。
「タピオカ、たっぴおか~、今の私のトレンドは抹茶オレなんだよね」
ふと思い出したことがあった。初当務を終えてぐったりしていた日、和泉が連れて行ってくれたカフェのことを。甘さ控えめの絶品チーズケーキを提供してくれる店。さらに店主は言えば和泉の知り合いかつ協力的で、とても感じが良かった。
「それより俺、チーズケーキの方がいい」
「チーズケーキ!! いいね、私も大好き!! 葉月は?」
「私は……なんでも」
それにしても。
どうしてこう、女の子と言うのは何をするにも連れが必要なのだろうか?
警察学校にいた頃にもこう言う女子がいた。周には理解できない。
本通り商店街の一画にあるカフェトライアングルは、今日も8割方席が埋まっている。
オーナーの女性自らホールを回っているほどだ。
「いらっしゃいませ……あ、こんにちは。ようこそ!!」
周のことを覚えていてくれたようだ。
確か『ミズキさん』と呼ばれていた女性は笑顔で迎えてくれた。ところが。周の後ろからひょこっと姿を見せた真帆を見て、なぜかギョっとする。
しかしさすがにそこはプロだ。次の瞬間には何もなかったような顔で、席に案内してくれる。
着席するなり真帆はカバンからスマホを取り出し、何やらものすごい勢いで文字を打ち始めた。これが噂のフリック入力とやらだろうか。
「……それで、俺に相談って?」
チーズケーキと、今日は紅茶を注文した後、周は真帆に話しかけた。
もしかすると相談があるのは彼女ではなくて、一緒にいる葉月と呼ばれている少女の方ではないだろうか。
かく言う葉月の方は黙りこんでいる。
「うん、なにー?」
「……」
「何だっけ?」
返答はするが視線は相変わらずスマホの画面に釘付け。
周は思わず手を伸ばして彼女の手からスマホを奪い取った。
「何すんのっ?!」
「お前な。人と話す時は、ちゃんと相手の目を見て話せって親から教わらなかったか?」
「……知らない、そんなこと」
改めて真っ直ぐに真帆の顔を見つめる。目がぱっちり大きく、肌が白い。厚めの唇は相変わらずキラキラ輝いている。
テレビで見るアイドルの少女みたいだな、と周は思った。
一方葉月の方は、あまり顔全体が見えないのだが、やはり色白で睫毛が長い。身体全体がほっそりしていて、なんとなく病弱そうだ。
「だったら俺に、先に質問させろ」
真帆は眉根を寄せて睨んでくるが気にしない。
「こないだ言ってた『リク』って誰だ? どういう関係なんだ。それと、もう1つ」
すると真帆は耳にかかる長い黒髪をかきあげ、
「ああ、別に何でもないよ。それよりスマホ返してよ」
「何でもないってことないだろう、わざわざあんな時間に交番へ来て、俺のこと探してただろう?」
「それはね~……一目惚れしたから」
「なに?」
「私、通学でいつもあの交番の前を通るんだ。いつも立ってるのって、むさ苦しいオジさんかダサいお兄さんばっかりじゃん? そうかと思ったら突然、周みたいな可愛い系のイケメンお巡りさんがあらわれたんだもん。びっくりしちゃった」
本気で言っているのかどうかは不明だが、悪い気はしない。
しかしそんなことでごまかされはしない。
「あの時、彼女も一緒に来てただろ?」
周は葉月を見つめた。物陰に隠れていたので姿は確認できなかったが、確かにもう1人いたのを覚えている。




