66:学生時代からのノリ
通称【奥の院】と呼ばれる待機所。
周の上官である小野田という地域課長と向き合って、改めて対峙してみると、濃い顔をしている……と和泉は思った。
中東あたりに見られる系統の造りだと思う。そう言えば昔、同じ班にこんな感じの顔をした刑事がいたっけ。
周はこれから立番だそうだ。
後は任せておいて、と安心させてから、和泉は彼の後ろ姿を見送った。
小野田は開口一番、
「またあんたか。捜査1課の持て余し刑事で、藤江周っていうお姫様のお守りっていうのは」
「……いろいろ訂正したいところがありますが、とりあえず。人格まで否定されなければならないほどの悪口を言われなければならないような、何か重大なミスを彼がやらかしたとでも?」
「これだから縁故採用っていうのは……」
小野田は肩を竦める。
「確かに周君……藤江巡査についてはずっと以前から親しくしていますが、それが何だって言うんですか?」
「あのバカ、指令系統を勘違いしてやがる」
「……どういうことです?」
「こないだ、あんたが引っ張ってきた、八丁堀のプールバーで発見した例の若い男だけどな。殺人現場でナイフを握っていたっていうバカな奴だ」
葛城陸のことか。
容疑者の名前ぐらいはさすがの和泉もちゃんと覚えている。
言い方にいろいろ引っかかることはあるが、今のところは黙っておこう。
「証拠不十分、かつアリバイありということで釈放されたそうじゃないですか」
「今朝、基町南口交番を訪ねて来たらしい」
「な、まさか……お礼参りですか?!」
あの男性に手錠をかけたのは周である。結果的に冤罪のような形になってしまったことに恨みを抱き、襲撃するためにやってきたのだろうか。
「心配いらない。何やら落し物を届けに来たらしい」
「落し物?」
「事件現場付近で拾ったっていう、証拠品になるかもしれない物をな」
「なん……っ!!」
「ブツを渡すだけ渡して、必要事項の聴取も一切できないまま走り去ったんだとよ。それはまぁいい、身元は分かっているからな。問題はその後だ」
その後。周が取りそうな行動パターンとしては。
拾得物届け預かり書を記入するに当たって必要なことが書けなかったが、どうしたらいいのか交番長か指導部長に相談する。いや、その前に。
もしかしてブツは昨日の事件の証拠品になるかもしれない……。
『和泉さんに相談しないと!!』
だから今朝、電話してきて交番に寄って欲しいと頼んだのか。
「……まさか、直属の上司であるあなたをすっ飛ばして、友人である僕にまず連絡を取ろうとした……そういうことですか?」
さすが名探偵、と地域課長は笑う。
「そういうことだ。昨日の若い奴はまだ容疑が完全に晴れた訳じゃない。北署の刑事が行確している。その一連の流れを全部見聞きしていた奴から、俺のところに報告が上がってきた」
なるほど。それが【指令系統を勘違い】しているということか。
周を可愛いと思う傍ら、どうやってフォローしようかと和泉は悩み始めた。
警察組織は典型的な縦社会である。そして階級や命令系統は決して伊達ではなく、ちゃんとそれぞれの意味がある。本来であれば周が和泉に直接連絡するのではなく、交番長を通じて地域課長へと報告を上げるべきところだった。
何か困ったこと、後々重大なことにつながりそうなことを見聞きしたら即、和泉へ。学生時代のノリをそのまま引継いでしまった彼は、まだそのことをあまり実感として認識していないのだろう。
そのあたりをちゃんと教えておけば良かった……。
「それは、僕の指導不足というか……ちゃんと教えておくべきでした。すみません」
素直に謝るとは思わなかったのか、小野田と言う警部はギョロッとした目を丸くする。
「それで、その証拠品は?」
「庶務担当に渡してある、心配するな」
訳がわかってホっとした。
「さて、事の次第は理解しました。しかし……お怒りになる気持ちはわかりますが、発言には気をつけてください」
「何のことだ?」
「相手の尊厳を傷つけるような言葉を使うべきではありません」
ふん、と地域課長は鼻を鳴らす。
「あんたはやっぱり探偵ていど、だな」
「どういう意味です?」
「感覚が一般人だって言ってるんだ。我々警察官が国家権力を担っていることを自覚していない。犯罪者なんて言うのに遠慮したり、気を遣ったりする奴は腑抜けだ。そんな調子でよく、今まで刑事をやってこられたな」
女子大生殺人事件を指揮していたあの管理官と同じタイプだな、と和泉は思った。
もしかしたらお友達かもしれない。
そもそも周りにいる刑事が揃いも揃って皆、お人好しばかりが集まっているせいで、しばらくこんな『普通』の警察官を見ていなかったかもしれない。そう考えるとなんだか新鮮な気さえしてきた。
「あなたこそ、昭和の警察官を思い出させる古いタイプですね」
「なんとでも言え。とにかく、今後2度とこう言うことがないようにな」
典型的な官僚タイプだな、と和泉は思った。たかが所轄の地域課長のくせに。
さて。周は?
和泉が奥の院から出ると周はまだ立番をしていた。その背中からは相当、ダメージを受けて悄然としているのが伝わってくる。
そんな彼の隣に立って何やら話しかけているのは恐らく指導部長だろう。
周に気安く触れるなと言いたいところだが、ここは我慢だ。
「周君……」
今までが割と順調だったせいか、ここに来てやらかしてしまった大きな【ミス】はすっかり、彼の心を折ってしまったようだ。
「当務が明けたら、一緒に晩ご飯食べようよ? それとね。こっそりいろいろ事件のことを教えてあげる」
「……いい、いらない」
ホントはいろいろ話を聞きたいけれど。
そう彼の顔に書いてある。
でも、余計なことに首を突っ込んだらきっとまた叱られる。
そんなふうに考えているのではないだろうか。
「そう言わないで。実を言うとね、今の僕は【探偵】状態なんだ」
周は不思議そうな顔をする。
「正式な捜査本部の指揮のもとで動いてる訳じゃない。勝手に独自に、2つの事件を同時に追いかけてる。日々、相棒が変わる孤独な作業をしてるんだよ」
「なんで……?」
「北署刑事課の捜査方針に納得がいかないから。このままじゃ、本当に冤罪を産んでしまうことになる。そんなことは許せないから」
ぱっちりした目をしきりに瞬きさせながら、周はこちらを見上げてくる。
「だから周君の協力が欠かせないんだ。君が見聞きして知ったこと、僕に教えてもらえて助かっているんだよ」
ようやく少し落ち着いたみたいだ。
「うん……」
「頼りにしてるよ、相棒」
ぎゅっと抱きしめても、今日のところは蹴りもパンチも飛んでこなかった。
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『何か異変があったらすぐ和泉へ』というのが、学生時代から培ってきたいわば【習慣】になってしまっている。
それは別に悪いことではないと思っていた。
特に今回のことは。
彼は殺人事件を扱う刑事なのだから、何も問題はないと。
だけど小野田課長はそうじゃなかった。
部が違えば、課が違えばすなわち敵、信用したり仲良くするな。
警察組織の中には派閥がある。
刑事同士の間でも派閥争いがあり、常に足を引っ張り合っている。誰もがもっと上の地位に行きたいからだ。
その上、特に捜査1課のあの班は他の部署からの評判が悪い。問題警官ばかりを集めた吹き溜まりだからな。
証拠品を隠すかもしれない。
そうやって今、捜査本部を仕切っている管理官を貶めてやろうと考えるかもしれない。
それだけは絶対にない。
周がそう反論すると、頬を殴られた。




