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62:他意はありません

 松山と呼ばれていた、浅黒い肌の男は白い歯を見せて笑う。

「いやぁ~……いろいろと妙な噂を聞いたから、どうなったのかと心配していたんだが、無事だったか!! ははは……」

「ちょっと待ってください、どういう意味ですか?」

 郁美が思わず詰め寄ると、

「背が伸びたんだな……」


 もしかしてこの人も、皐月と勘違いしている? 確かに皐月は郁美よりも少し小柄だった。


「私は上村皐月ではありません。似ているけど、別人です」

「……え? あ、いやはや……これは失礼!!」

「松山主任!! 姉を、上村皐月をご存知なのですか……?!」

 上村の問いかけに、松山という男は気まずそうに目を逸らす。


「……いや、まぁその……なんだ。同期だから……っと!!」


 明らかに動揺している。

 何か隠そうとしているのがありありとわかる。

「すまん、忘れ物をしたから取りに行ってくる!!」

 見え透いた口実を述べて、松山と呼ばれた警官は自転車置き場へと向かう。


「……何か変ね」

 上村は厳しい顔をしている。


 それから郁美は交番の2階、警官達の休憩室にと案内された。

 畳の上に向き合って正座する。


「ねぇ、昨日以降何か、柚季の方に変わったことはなかった?」

「郁美さんの方には何か、あったんですね?」

 訊き方がまずかったか。郁美は忸怩たる思いだった。

「……ひょっとして、脅迫状か何か届きましたか? 姉の件をこれ以上詮索するなと言ったような」


 頭が良くて恐ろしく勘がいい。

 郁美は結果的に上官の命令に背いてしまったことを苦く思いながら、つい、そうなのと答えてしまった。


「……そんなこともあろうかと思っていました」

「あなたのところにも何か来たの?」

「何となくそう感じただけです。でも、その可能性は考えていました」


 誰かが、皐月の件を調べることを快く思っていない。

 むしろ調べられたら困るということだろう。


「先ほどは、次の非番の時に姉が通っていたという店に一緒に来ていただきたいと連絡しましたが、でも……あなたを危険な目にあわせる訳にもいきません」

 上村は目を逸らした。


「今さら何を言ってるのよ!!」

 郁美は膝を詰め、下から覗き込むようにして相手を見た。

「ここまで関わっておいて、今さら手を引けっていうの? それに、脅されたからって簡単に引っ込んでたら、解ける謎も解けないわよ!! 私だって警察官の端くれなんですからね。自分の身ぐらい自分で守れるわ」

 俄然、闘志が湧いてきた。

「一緒に行動するのが嫌なら、私、1人でも勝手に動くわよ」


 郁美はもう行こうと立ち上がりかけた。


「郁美さん!!」

 上村の手が肩に触れる。

 思いがけず真剣な表情。怪我をしていない方の右手は意外に大きく、力が強かった。


「僕があなたを守ります」

「柚季……」

「もう2度とこんな思いをしないために。大切な人を失う悲しみを、繰り返さないためにも」



 ※※※※※※※※※


 今夜は客のフリをして潜り込むことにした。もちろん自費で。


 無駄かとは思ったが、髪型を変えて伊達眼鏡をかけ、和泉は友永と一緒にコンフォートヴィーナスと言うキャバクラへ出向いた。


 コンフォートとヴィーナスの間にSが入りこんでいないか。

 和泉は目を皿にして看板を見つめたが、どこにも見つけることはできなかった。


「いらっしゃいませ」

 派手な化粧と髪型、やや目のやり場に困るドレスを着た若い女性が出迎えてくれる。誰の紹介できたことにしようかと思って悩んでいると、

「タケヤマさんの紹介でね」

 と、友永がいきなり知らない名前を言い出した。


「あら、そうなんですか。どうぞこちらへ」

 キャバ嬢は何も疑わずに案内してくれる。

「……タケヤマさんってどなたです?」

 和泉はこそっと友永に訊ねた。

「知らねぇのか? 今の北署長の名前だろうが」


 そうだったのか。というか勝手に名前を出して叱られないだろうか。

 それにしてもこのおっさん、本当に使える……。


 既に何組か客が入っていて、キャバ嬢相手に大声で盛り上がっている。和泉達は奥から2番目のボックス席に通された。各ボックスごとに仕切りが立ててあって、隣の席の様子は見えない。


「友永さん、飲んでもいいですよ?」

「そうか? わりぃな」

 ちっとも悪びれた様子もなく、彼は嬉しそうにメニュー表を開く。


 ほどなくして。いらっしゃいませ、と黒服の男性がテーブルにやってきた。

 その金髪の若い男性を見て、和泉は思わず驚きに声を出してしまう。


「えっ?!」

 確か名前は葛城陸。

 周によく似た顔立ちの、つい先日、殺人容疑で逮捕されたはずの。


 慌てて手で口元を覆ったが遅かった。金髪のボーイは怪訝そうな顔をして、おしぼりをテーブルに置く。

 と言うかこの子、確かギリギリ未成年じゃなかったっけ。

 どうやらこちらの素性には気付いていないようだ。一応、変装した甲斐があったらしい。


「……ご注文は?」

「え、えっと、僕はウーロン茶を……」

「とりあえずビール」

 かしこまりました、とリクは去っていく。


「何やってんだ、お前」

 おしぼりで手を拭きながら友永があきれたように言う。

「す、すみません。だって今の子、つい昨日まで北署に拘束されてたはずですよ?」

「ああ、あれか。強力な弁護士先生が救出にやってきて、証拠不十分で釈放ってやつな」


 まぁそうなのだが。


 そのすぐ後だった。

 ウーロン茶とビールの瓶を運んできたリクと一緒に、キャバ嬢がやってきたのは。


「初めまして、こんばんは。ユナっていいます。どうぞごひいきに」

 彼女は和泉の隣に腰かけてきた。


 嫌だなぁと思っていたら友永が、

「ユナちゃん、こっち来てお酌してよ」

 はぁい、と彼女は席を移動し、ビールの瓶を手に取る。


「このお兄さん、顔はいいけどさ。実は男にしか興味のない奴でね……」

「えっ、そうなんですか?!」

 と、キャバ嬢は目を輝かせる。

「特にほら、さっきのボーイ……ああ言うのがタイプなんだ」

 どういう理由か彼女は和泉を見つめ、嬉しそうに胸の前で両手を組む。

「だからさ、彼について知ってることいろいろ教えてやって?」


 その後、彼女の話によれば。


 葛城陸はある日突然、ママが連れてきたのだという。どうやら古くからの知り合いらしい。大人しい子で、ほとんど自分のことを話さないからそれほど詳しいことは知らないけれどと言いつつも、住んでいるのが基町団地であることや、曜日によっては薬研堀通りにあるボーイズバーで働いているのだと教えてくれた。


「ちなみにぃ、私ある日、リクが公園で小さな子と遊んでる姿を見たんですぅ。あんなに若いのに、子持ちなんだってびっくりしたんですけど」

「小さな子供……?」

「3歳ぐらい? でもリクの子供じゃなくって、甥っ子だって言ってましたぁ」

「甥っ子……」

「お姉さんと一緒に住んでるらしいですよぉ? 何でもバツイチで、シングルマザーなんだとか」


 ふと思い出した子供の顔があった。

 いつだったか夜に拾った迷子の男の子。やたら周に懐いていた、3歳ぐらいの。


 周とリクは顔が似ている。

 子供には見分けがつかないかもしれない。


「……もしかしてその甥っ子、瑛太君って呼ばれていませんでしたか?」

「さすがに名前までは知りませんけどぉ」

「お姉さんの名前は?」


 さすがにおかしいと思われたのだろう。キャバ嬢は妙な顔をする。


「なぁなぁ、ユナちゃん。勤めて何年ぐらいになるの?」

 友永がどうでもいい話を振ってくれている間、さりげなく和泉は彼女の全身を見た。

 別に特別な興味がある訳ではない。

 姑息な手かもしれないが、彼女が身に着けている何かを話題にしておだて上げ、口を軽くしておこうという作戦である。


 そうして気がついた。

 彼女の足にはまっているシルバーのアクセサリー。


 思い出した。被害者、工藤八重子の足にはまっていたアンクレット。まるでふき取ったかのように、誰の指紋も検出されなかったことを。

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