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59:うっかりだよ

「頭文字にCとVのつく店か。こりゃ、片っ端から流川の飲み屋を当たってみるしかねぇな」

「手伝ってくださいよね、友永さん?」

「仕方ねぇな」


 その時、聡介から帰って来いと言う命令がきた。

 仕方ない。続きは夕方以降、だ。


 自席に戻って溜めてしまった通常業務をこなしつつ、和泉は頭文字CとVのつく、いわゆる飲み屋全般を検索してみた。


 たぶん英語だ。

 Cならコミュニケーション、コンタクト、キャッチ……などだろうか。Vはそれほど思い当たらない。


 少し面倒くさくなってきた。

 いくら生活安全部保安課の職員だって、それだけのキーワードで思い当たる店を挙げてみろと言われたって無理だ。


「ジュニア、おい」

 向かいの席に座っている友永が声をかけてくる。

「何ですか?」

 和泉が立ち上がって彼の席に行くと、モニターに映っていたのは【コンフォートヴィーナス】と書かれた店だった。


 英語の綴りは【CofortVines】


「……もしかして、これじゃねぇか?」


 和泉は息を呑んだ。

 友永の手からマウスを奪い、画面を切り替えていく。すると。

 ママを名乗る女性の顔写真が出てきた。それは昨夜、周が何者かに連れて行かれたキャバクラで見た和服の女性。


 森本君江に出会い系サイトを紹介した滝本香蓮と言う女。

 そうだった、店の名前もちゃんと聞いていたのに。


 和泉は思わず笑い出してしまった。

「おい……大丈夫か?」

「問題ありません。自分の迂闊さにちょっと、ビックリしているだけです」


 ※※※※※※※※※


 夕方の住宅街は仕事を終えた人々がそれぞれ家路に向かって歩いている。そんな時に呼び止められ、制服警官の職務質問を受けたら嫌な顔をされても仕方ない。


 思っている以上に【警察組織】に反感を持っている市民が多いことに、周は驚きを禁じ得なかった。

 それでも指導部長である桜井は次々と、特に自転車に乗っている人に声をかけている。


 この時間帯には自転車泥棒が多発するのだと聞いた。

 その結果、自転車泥棒を2件も検挙した。


 ただ。周はその犯人達の言い分を聞いていて呆れていた。


「放置自転車だから届けようと思った」

「ちょっと借りるだけのつもりだった」


 罪の意識の低さに驚かされる。


「ここ白鳥町界隈はな、学校も多ければ飲食店も多い。スーパーもある。新天地ほどは観光客もこないが、逆に言えば地元民が多い。つまり……」

 桜井が説明している時、無線機に呼び出しがかかった。


≪広島北より基町南口1123どうぞ≫

≪基町南口1123ですどうぞ≫

≪PS直接入電で、万引きの常任逮捕現状は……≫


 無線での遣り取りは口調が独特だ。要約すると、

『白鳥町のショッピングセンター内にある本屋で万引き事件が発生。犯人は高校生男子。店員を殴って逃走を試みたので至急臨場せよ』ということ。


 急げ、と発破をかけられて周は慌てて自転車にまたがった。



 現場になったスーパーのバッグヤードには、店員が2人と、万引き犯の男子高校生がスチール机を挟んで向き合っていた。

 店員の内1人が頬を腫らしていたので、こちらが暴行の被害者だろう。


 被疑者である高校生は不貞腐れた顔で座っていた。


「両親が連絡つかないんですよ……」

 店員は呆れた様子で肩を竦める。


 周は高校生の顔を見た。まだ自分とそれほど年齢の変わらない少年。机の上には盗もうとしていたのであろうマンガが3冊置かれている。

「どうせ親は来やせんのじゃけん、さっさと逮捕でもなんでもせえや!!」

「なんじゃその態度は!!」

 と、怒ったのは先輩警官ではなく店員の1人だった。それも無傷な方。


「ま、まぁ店長……」

「とにかく所定の手続きをいたします。なお今回の場合、窃盗のみならず暴行が加わっていることから強盗の扱いになりますので、被害届を……」

 桜井がカバンから書類一式を取り出す。


 ちゃんと見ておかないと。そう思ったのだが、周は男子高校生から目を離すことができずにいた。


「……何見てんだよ?」

 周の視線に気づいた高校生は突然、隣の椅子を蹴飛ばした。


 するとなぜか怒り出したのは店長と呼ばれていた男性の方だった。

「何するんじゃワレぇっ!!」

「ダメですよ、店長さん、落ち着いて!!」


 被害者と思われるもう1人の店員と桜井、周の3人がかりでどうにか宥めることに成功する。かなり短気な人のようだ。


 隔離した方がいいのではないか。


 やがて店長と呼ばれた男性は他の店員に呼ばれ、部屋を出て行った。そしてやっと事情聴取が始まる。


 周は指導警官が被害者に聴取している姿を見、大切だと思ったことをメモしておいた。

 すると。つんつん、と制服の裾を引っ張られる。


 手を止めて振り返ると、容疑者である男子高校生の仕業であった。


「ガキみたいな顔じゃのぅ。本物のおマワリか? コスプレじゃないんか」

 実習生の現時点ではまさにコスプレみたいなものだ。周は思わず微笑んでしまう。すると男子高校生は毒気を抜かれたようで、戸惑ったような表情を見せた。

「俺もついこないだまで、高校生だったんだ。この制服がまだしっくりこなくて」

 床に膝をついて視線を合わせる。


「……ふーん……」

「小遣い、足りない?」

「……足りる訳ないだろ。小遣いからスマホ代引かれるんだぜ?」


「バイトは?」

「うちの学校、バイト禁止だし」

 そう言われて改めて制服を見てみた。市内でも有名な進学校の制服である。私立高校で偏差値も高いが、授業料も高い、と。


「ウチの親、自分がいい学校に入れなくて一流企業に入れなかったからって、子供に夢を押しつけてくるんだぜ? たいした稼ぎもないクセに、見栄張ってこんな学校に入れて……同じクラスにも何人かさ、親が無理して今の学校に入れたから小遣い少ないって嘆いてる子がおるんよ」

「そっか……大変だな」


「だから秘かにバイトしてる子がおるんよね。中にはちょっとヤバいの、クラスメートの狩野って言う女子なんだけど……あいつマジでヤバいって!!」

「ヤバいって何が?」

「噂じゃけど、パパ活しとるんじゃないかって」

 その単語を最近、どこかで聞いた気がする。


「それに、クラスの何人かを誘いこんどるちゅう……」


 バンっ!!

 書類一式を挟む台帳で頭を叩かれた周は我に帰った。


「す、すみませんっ!!」

「お前、今は何の時間だ?!」


 怒った口調ではあるが、眼は怒っていない。男子高校生はクスクス笑っている。


 その後は必要書類の記入を終え、所轄の刑事課に引渡しとなった。地域課の制服警官の仕事はこれで終了。


 周はあの少年のことを少し心配しながらショッピングセンターを後にした。

 自転車なので今はあの高校生の話を桜井にする訳にはいかない。並列走行はダメだと厳しく言い渡されている。


 それからいったん交番に戻った。


 今のところ『お客さん』はいない。

 無線機もガーピー言っているが、現場は遠く離れた福山や尾道の方だ。


 この後の予定は何だっけ? 


 するとそこへ、

「こんばんはぁ~」

 入り口から聞こえた聞き慣れた声が。


 和泉だ。


「皆さん、お疲れさまです!! これ、差し入れです。2係の皆さんの分しかありませんので、他の係には内緒ですよ?」

「マジっすか、やったー!!」

 と、聞こえてくる声はチャラ男、西岡だ。


 昨日のことで何か文句を言いに来たのだろうか。あるいは交番長にチクリに?

 刑事の真似ごとをして現場に再度行ってみた挙げ句に、容疑者と間違えられて、怪しげな店に連れて行かれたこと。和泉はそう言うタイプではないと思いつつも。


 周は咄嗟に奥の待機所へ身を隠した。


 どうか見つかりませんように。

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