56:今日の相棒
さて。今日の和泉の予定は工藤八重子のまわりにいた音楽大学の学生達に話を聞きに行くことだ。
自ら相棒を名乗り出てくれた駿河だったが、急遽入った別の仕事により、時間が取れない様子だ。
そこで和泉は相棒を物色するため部屋の中を見回す。
見つけた。
「とーもーなーがーさんっ!! たまには若い女性と触れ合って、細胞を活性化させませんか?」
週刊誌を読んでいた友永は胡散臭そうなものを見る目で顔を上げる。同じ班の中で聡介に次いで年長者である彼は、パッと見こそ胡散臭いことこの上ない親父だが、意外と頼りになる存在である。
「……なんだって?」
「女子大生に会ってお話し、しませんか?」
「よし乗った」
聡介が苦い顔でこちらを見ている。
「……聡さんにご迷惑はおかけしませんから、なるべく」
「なるべくってなんだ、なるべくって……」
行こうぜ、と友永はノリノリで上着を羽織る。
そう言えば彼と一緒に行動するのは始めてだ。
元生活安全課少年係の刑事。
言動はいい加減で適当だが、よく人のことを見ている。何よりも子供の扱いが上手い。大学生ともなればもう半分以上は大人だが、話を聞くに当たっては、人当たりの良い方がいいに決まっている。
「ついでに基町南口交番へ寄ってくか?」
駐車場に向かいながら友永が言う。
「……いいんですか?」
「ジュニアの目的はあの子だろうが、俺は他に目的がある」
そう言えば。交番長は彼の同期で生安にいた頃の仲間だと聞いた。
「こないだお前さんが発見した遺体……渡邊義男だったんだってな」
「ご存知なんですか?」
「ああ、少なからずな。あいつも例のヤクザと同じ系列で、家出してきた少年少女を盛り場に連れ込んで商売させる、そういう外道だったからよ」
「……友永さんも意外と、敵が多いんですね」
「お前ほどじゃないし、少なくとも俺ぁ、内部に敵はいねぇぞ」
ごもっとも、だ。
「だからナベ野郎……渡邊の事件、少なからず興味はあるんだ……」
「なら、いろいろ協力してくださいよ」
「してるだろうがよ、今」
心強い味方ができた。
初めに基町南口交番へ寄ってみたが、残念ながら周の姿は見えなかった。恐らく警らに出ているのだろう。
「帰りに寄りましょう。先に音大の方へ……」
※※※
被害者、工藤八重子が通っていた音楽大学は市の中心部にある。敷地面積はそれほど広くないもののキャンパスは高層マンション並みに背の高いビルだった。
様々な楽器を手に若い男女が歩いている。
誰に声をかけたらいいのか。和泉が悩んでいると、きゃはは、と楽しそうな声を上げて歩いている女性の4人組が傍を通りかかった。
彼女達は楽器らしきものを持っておらず、ピアノの鍵盤がデザインされたトートバッグを肩からかけている。もしかして、と思って和泉は声をかけた。
「失礼ですが、工藤八重子さんのことをご存知ですか?」
警察手帳を見せながら問いかける。
女性達は一斉に足を止め、困ったようにお互い顔を見合わせる。
「私達はあんまり……ねぇ?」
「そうなんです。専攻も違うし、詳しくは……」
「名前を聞いただけで、専攻の違う生徒だってこと良くわかったな?」
友永のツッコミに女性達はハっとした表情になる。
「別に悪口を言ったからって、即、逮捕したり疑ったりしねぇよ」
すると女性達は一気に緊張が解けたような顔になる。
「良かったぁ……」
女子学生の1人がほっとしたように溜め息をつく。
「だって前に来た刑事なんて、最初から私たちのこと、疑ってかかるような物の言い方してたんですよ? 信じられないっ!!」
北署の捜査員だろうか。いずれにしても、彼女たちの言うことが本当なら、ロクな情報は得られていないに違いない。
「でもなんでまた、お嬢さん達のこと疑ってかかるような言い方したんだろうな?」
「それはあれですよ、ホラ。留学の話……」
そう言えば来年から海外留学する話があったと聞いた。
彼女たちの話によれば、その留学の話はたった1名しか枠のない狭い門だったらしい。
しかもその留学経験をすれば音楽家として名前に箔がつく。教授達の推薦によりその権利をゲットする生徒が決定するのだが、工藤八重子はどちらかと言えばあまりパッとしない成績で、どうして彼女が……と疑問だったそうだ。
一部の噂では彼女が、留学できなければ校内で自殺してやる、と教授陣を脅したとかなんとか。
以前、井出氏に聞いた話もあって、和泉は思わず納得してしまった。
つまり。捜査本部を指揮していた管理官は初め、学校関係の怨恨だと見ていた訳だ。
ところが思いがけずストーカーの存在が浮かび上がってきた。
短絡的なあの管理官はそちらの情報に飛び付き、任意同行へと踏み切って今に至る。
和泉はつい舌打ちしそうになったのを堪えた。
「工藤さんにストーカーがいたって言う話は、ご存知ですか?」
女性達は顔を見合わせて首を傾げる。
「私達、彼女にはあんまり近付かないようにしていたんで」
なるほど。
「では工藤八重子さんと一番、親しかった人をご存知ですか?」
「あ、それなら矢部さんですよ。でも……」
「でも?」
「しばらく学校を休んでいて、どこでどうしているのだか。彼女もまたちょっと変わった人なので」
「フルネームを教えていただけますか?」
矢部霧歌。住所については学校の事務所で問い合わせるしかない。
礼を言って女子学生達を解放してやる。
「まぁ、こう言ってはなんですが……ガイシャはなかなかに奇妙奇天烈な人間だったみたいですね?」
「お前もな」
「僕はいたってまとも……ちょっと、友永さん!?」
友永はスタスタとどこかへ歩いて行ってしまう。
見ると彼は若い男子学生に声をかけていた。
「ぼ、僕は何も……知りませんです、はい!!」
バイオリンだろうか。楽器の入ったケースを胸元に抱え、額に汗を浮かべた男子学生は、震えながら答える。
「別に疑っちゃいねぇよ。ただ、知ってることがあるなら教えてくれ」
「……ぼ、僕は何も……」
「いいから。誰も取って食ったり、お前さんを疑ったりしないから」
すると。
「だ、誰にも言わないって約束してくれますか?」
キョロキョロと辺りを見回しながら、彼は深呼吸すると、
「その、お金が欲しくて……とあるアプリ運営会社の求人に応募したんです。そうしたらそこ、いわゆる出会い系サイトのサクラのバイトで……」
和泉と友永は顔を見合わせた。
「この後、授業の予定は?」
「あ、ありませんけど……」
「こっちで話を聞かせてもらおうか」
和泉と友永は男子学生を引っ張り、乗ってきた車に押し込んだ。
男子学生の話によると。
ネット上では女の子のフリをして知らない人と遣り取りできる。いわゆるテンプレートがあり、それを使って相手とコミュニケーションをとる。
話がまとまっていざ会おうとなった時には、チーフスーパーバイザーと呼ばれる役職の人間が登録している女の子に連絡して派遣させる。
本人いわく【マッチング作業】なのだそうだ。
例えるなら日雇いアルバイトのようなもので、今日は仕事があるからどこそこの現場へ出て欲しいといった感じだ。
女の子の方も一応、面接の上に登録という流れがあるらしい。
確実に【出勤】したかどうかを確認するためと、男性側からもらったお金を上納するため、八丁堀にある【事務所】へ出向く必要がある。
男子学生がバイトしていた店もその事務所だった。
「それである時、僕……見ちゃったんですよ。工藤さんが、その事務所に来ているのを」
あまりの驚きに、和泉は思わず声を上げそうになってしまった。




