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54:2人の馴れ初めは?

 今日からまた当務が始まる。


 ここ何日かは実に、思いがけない展開の連続だった。


 姉に似た平林郁美というあの女性警察官。姉と親しかったというのも驚きだったが、あそこまで協力してくれるなんて、正直言って期待していなかった。

 彼女には彼女の仕事があり、いろいろ忙しいだろう、そう考えていたから。


 まさか向島の父のところまで一緒に出向いてくれてその上、姉を探し出し、汚名を晴らしてくれるとまで言ってくれるなんて。


 自分1人きりじゃないんだ。


 同じ目的を持った仲間を見つけた。

 本当の意味で。


 そう考えたら嬉しくて、昨夜はなかなか寝付けなかった。    


 そういえば、初めて会った時は鑑識員だと言っていたのに、昨日は監察官だと聞いた。

 聞き間違えたのだろうか。


 いずれにしても。


 恐らくだが。

 父の件がハッキリすれば、姉の方も同時に判明する。

 上村は何となくそう信じている。


 朝の食堂。それまで起き抜けはあまり食欲がなかったのだが、警察学校で無理にでも食べる習慣をつけたら、食べられるようになった。

 女の子みたい、と揶揄されるほど少量のご飯を茶碗によそい、上村はトレ―を手に座る場所を決める。


 藤江周の後ろ姿が見えた。

 いつもならなるべく離れて座るのだが、今朝は違う。


「……おはよう」

 なぜそんな気になったのかわからないが、上村は彼の向かいの席にトレ―を置き、腰かける。

 みそ汁の椀に口をつけていた彼は驚きに手を止めた。

「あ、ああ……うん、おはよ」

 今日もいい天気だ。


「なぁ、上村。昨日はどこ行ってたんだ? 帰ってきた時、何かえらく嬉しそうだったけど」

「……実家だ」

「へぇ、実家ってどこ?」

「向島……」

「どこそれ?」

 知らないならいい、と上村は話題を打ち切ることにした。


 しかしふと、

「そうだ。偶然、倉橋巡査と会った。君によろしく伝えて欲しいと」

「護が?! そっか~、たまにはメールでもしないとな……あれ、向島って福山?」

 今のところは尾道市だ。が、説明が面倒なので黙っておく。


「それにしてもさ、実家に帰って嬉しくなるなんて、上村は家族と仲がいいんだな」


 仲がいい?


 そうだろうか。

 父親のことは嫌いではない。むしろ、他人の子供を今まで育ててくれたことに感謝している。


 ただ昨日の、どこか突き放したかのような態度は気に入らない。

 あの聖という人間を庇うかのような言い方も。

 

 すると、

「そういや今、何時?」

「6時40分」

「やべっ、急がないと」

 藤江周は急いでご飯をかきこむ。


 既に食べ終えていた上村はそんな彼を横目に見ながら立ち上がり、返却口へトレ―を持って行く。

 それから準備をして寮を出る。


 午前7時過ぎ。

 この頃はようやく朝一の清掃も段取りを覚えた。

 それにしても驚きなのは事務員の富岡である。彼女は毎朝、署に寝泊まりしているのではないかというぐらい、早い時間に出勤してくる。


 粗雑な言葉遣いのせいで初めはあまり印象が良くなかった彼女も、慣れてしまえばどうということもなくなった。班の皆で分けろと、手作りのお菓子を分けてくれたこともある。


 一度だけ誰かが彼女の話をした。

 独身を通しており、家庭の事情があって彼女だけは遠い地への転勤を経験していない。ずっと北署で勤務しており、歴代の署長の顔を覚えているらしい。


 彼女は署内のあらゆることを熟知している、いわば北署の【主】だと。

 仕事はできるし気も効く。若い頃は美人だったが、今は見る影もない……など。

 好き勝手なことを言うものだ。

 

 しかし、その彼女が生みの父の同期だったなんて。

 可能なら一度、話を聞いてみたい。


 それから上村は埃を取ろうと、小野田課長の机の上に飾ってある写真立てをどかした。手が滑って床に落としてしまう。


 幸いプラスチック製のカバーだったようで、割れはしなかった。

 しかしカバーは外れ、複数の写真を床に広げてしまった。何枚か重ねていたようだ。


 一枚目の写真は小野田課長と北署長が並んで映っているものだ。掃除をするたび何度も見ている。


 そしてもう一枚。

 そこに映っているのは3人の制服警官。


 真ん中にいるのは若い頃の小野田課長だとすぐに分かる。その両隣の2人は、1人はわからない。けれどもう1人は……生みの父だ。


「上村、どうしたんだ?」

 拾い上げようとしてしゃがみこんだまま、動かなくなった自分を心配しているのだろうか。藤江周が近づいてくる。


 課長と父はどういう関係なのだろう。


 上村は写真の背景を凝視した。どこの建物だろう?


 不意に写真が取り上げられた。

 富岡が眼鏡の奥から、なぜかひどく怖い眼をしてこちらを見下ろしている。

「あんた、随分と余裕だね」

 いつもならすみません、とすぐに掃除に戻るところだ。

 しかし、

「富岡さん……あの、教えてください。この北署のことなら何でもご存知だと聞きました」

「人にものを頼む態度がそれか? っていうか、今は何の時間だ!!」

 失敗してしまった。

 これでは何かを頼むどころか、仕事の出来ない新任者と言うレッテルを貼られてしまうかもしれない。


「あ、あとは自分がやっておきますから! どれぐらい時間がかかるかわかりませんが、どうか上村巡査の……」

 間に入ってくれたのは藤江周だ。すると、

「今は時間がない。ただし、お前の願いはきいてやらないこともない」

 思いがけない反応が返ってきた。

「急げ、課長がやってくる」


 どうしてそんなことがわかるのだろう? 不思議に思ったが、真実だったことがすぐに判明した。

 小野田課長が入ってくる。


「おい、上村」

 挨拶も抜きに突然、上司は呼び付けてくる。

 何だろう。ドキドキしながら上村は課長の元へ近付いていく。おそるおそる、距離を計りながら。


「お前、昨日誰とどこに行ってた?」

「……交番長には申告いたしましたが」

「聞いていないぞ」


 あの交番長が報告漏れなど考えにくい。もしかしたら……と上村は思う。聞いているのに忘れている、その可能性だって否定できない。さすがに言えないけれど。


「尾道の……向島の父のところへ、平林郁美巡査と一緒に向かいました。急に決まったことなので、ご報告が遅れましたが」

「付き合ってるのか?」

「……はい?」

「部下の1人が見ていた。2人で仲良さそうに手をつないで歩いていた、ってな」


 誤解もいいところだ。

 悪意のある目で見た誰かが、課長にそう密告したに違いない。


「恐れ入りますが、彼女と知り合ったのはつい一昨日の話です。交際しているとかなんとか、そういった事実は一切ありません」


 少し離れた場所で藤江周が目を丸くしている。

 何か言いたそう、聞きたそうな目で、でも叱られるから黙っておこうというような顔だ。


「どこでどうやって知り合った? 彼女は人事1課、監察官だぞ。お前みたいな新任がどうして、何がきっかけだ?」


 上村は違和感を覚えた。

 なぜそこまで、根掘り葉掘り訊いてくるのだろう?


 単純な好奇心や、まさか結婚式のスピーチを準備するためだなんて言いだしたりはしないだろうが、いずれにしてもどうして、そこまで知りたがるのか。


 どう答えようか悩んでいる所へ、

「小野田さん、小野田先輩っ!!」

 銀縁眼鏡をかけた、スーツ姿の男性が慌てた様子で入ってくる。


「落ち着け、どうした」

 その男性は上村達の姿に気づいて少なからず動揺したようだ。額に汗を浮かべ、黙りこんでしまう。


 小野田課長は男性の肩を抱え、廊下に出る。


「あとは私がやっておくから、急げ」

 富岡【嬢】にそう言われて上村はハッと我に帰る。


「あ、あの……」

 しかし彼女は、それ以上何も語ってはくれなかった。


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