53:腹黒い子
するとキャバ嬢はくすっと笑って、
「フィアンセさん、怒っちゃいますもんねぇ~」
県知事候補の男は肩を竦める。
「ははっ、そんなの形だけの話だよ。何しろほら、公約が公約だからね。女性や子供に優しい政治を、ってスローガンを掲げている以上、それなりのパフォーマンスは必要だからさ。シングルマザーを子供ごと愛します、っていう懐の大きさを可視化させておけば、女性の票は手堅いからね。ここは横浜ほどじゃないにしろ、待機児童がそこそこいる訳だし」
周は思わず手を止めてしまった。
それが本音か。
そこへママがやってきた。
「秋山さん、いつも御贔屓にありがとうございます」
さっさと戻りなさい、と小声で言われて周は我に帰った。
ただでさえ不審に思われているかもしれないのに、これではマズい。慌てて立ち上がり、カウンターの中に隠れるようにして、和泉の到着を待つ。
児童福祉、女性と子供に優しく手厚くをモットーにしている県知事候補。
でもアレが本心なのだとしたら。
ふと瑛太の顔が浮かんだ。
あの子はきっとこの男の本性を見抜いていたに違いない。たぶん、時には家を訪ねてくることもあっただろう。だから嫌がって家を飛び出した。
母親は騙されている。
あるいは承知の上なのかもしれないが。
何とかしてやれないだろうか……。
その時、再度ドアチャイムが鳴った。
いらっしゃいませ、とか言わなければならないのだろうか。周が迷った時、姿を見せたのは和泉だった。
和泉さん、と呼びかけようとして周は思い止まる。
なんだか厳しい表情をしていたからだ。もしかして勝手な真似をしたことを怒っているのだろうか。
「いらっしゃいませ……初めてお見かけするようですが、どなたかのご紹介ですか?」
さっきの爪の長い女性が和泉に話しかける。
「ええ、森本君江さんと言う女性の紹介で。こちらに滝本香蓮さんはいらっしゃいますか?」
「カレン……? ああ、ママのことですか。ママは今、大事なお客様のお相手をしているので、よろしかったらこちらへどうぞ」
「ちなみに、こちらの彼を指名します」
和泉はぐいっ、と周の肩を抱き寄せる。
いつもだったら思い切り足を踏むか、頬にパンチを喰らわせるところだが、さすがに今は無理だ。
周達はそのまま奥から2番目のボックス席に移動した。
「……何やってるの? 周君」
「そ、それは……」
「まぁいいや。着替えて早く寮に帰りなよ。明日からまた当務でしょ?」
和泉はポケットからスマホを取りだし、テーブルの上に伏せる。「詳しいことはまた、明日ね。実は僕もこの店に用事があったんだ」
「え」
それはなに? 事件に関係した何か?
訊きたいことはたくさんあったが、また明日以降だ。
「和泉さん……ごめんなさい。それと、ありがとう……」
やや意識して上目遣いに言ってみる。
すると。先ほどまでやや眉間に皺を寄せていた和泉だったが、急に頬を緩める。
扱いやすい男。
周は胸の内で舌を出しつつ、こっそりバックヤードへと向かった。
※※※※※※※※※
なんでこんなことになったのかは、本人から訊くとして。
考えられる可能性はいくらかある。
恐らく周は葛城陸と間違えられた。となると、彼はこの店で働く従業員ということだろうか。しかし公式には薬研堀通りのボーイズバーにしか籍がない。
もしかして正式な雇用契約を結んではおらず、個人的に手伝いとして働いているのだとしたら。この店のオーナーと顔見知りということか。
そうだとしても、未成年をこんな店で働かせるなんて。
「いらっしゃいませ」
和服姿の女性が姿をあらわした。「初めまして、カレンと申します」
同じ【着物】でも、身にまとう女性のタイプによって全く雰囲気が変わるものだな、と和泉は思った。
「森本君江さんのご紹介でいらしてくださったそうですね?」
「ええ、ご存知ですよね。森本さん」
「存じ上げております」
「私はこう言う者です」
和泉は手帳ではなく名刺を取りだしてテーブルに置く。
香蓮はしげしげと肩書きを見つめて、
「まぁ、警察の方。なんでしょう? 何か私にお訊きになりたいのかしら」
「渡邊義男さんをご存知ですか?」
単刀直入に切り出してみる。
「ええ、知っています」
「彼が運営していた、出会い系サイトのことも?」
「もちろん。だって、開設するに当たって必要な資金を貸したのは私ですもの」
おどろいた。
こうもスムーズに話が運ぶとは。
「……渡邊さんとは、どういったご関係ですか?」
煙草、いいかしら? 彼女はこちらが返事をする前に細いシガレットを口に銜える。
和泉がテーブルの上にあったライターで火をつけてやると、彼女は深く煙を吸い込んでから、
「なんて言うのかしらね、腐れ縁? 幼馴染みだったのよ。家が近くでね」
確かにいずれも子供の頃があったはずだ。想像もつかないが。
「お互い、貧乏で複雑な家庭でね……わかるでしょ?」
「何がです?」
「エリートコースの真逆って言うのかしら。ロクに学校も行かないで、少し大きくなったら当然みたいに悪い連中とつるんで、挙げ句にチンピラ。絵に描いたような人生よ」
和泉は黙っておいた。
「でも驚いたことにある日、あいつが自分から働きたいから仕事を紹介してくれって言ってきてね。当時、私はこの店で働いていたんだけど。黒服を募集していたからやらせてみたんだけど……最低だったわ。元々粗野で教養のない人間だから、客とトラブルを起こした挙げ句に、手を出して傷害で刑務所入り。ああ、刑事さんなら知ってるわよね、そんなことぐらい」
前科があったことは今、初めて知った。
「で、刑務所から出てきた時にね。中で知り合った人から出会い系サイトが儲かるって言う話を聞いてきたらしいのよ。それで自分も始めるって」
「そして、必要な経費をあなたが貸した……と?」
そう、と香蓮は煙を吐き出す。
「どうやって集めたのか知らないけど、サクラを何人か雇ってね。ちょっとした事業所みたいな感じだったわよ。メールやチャットの遣り取り専門部隊と、実際に出向いて男や女と会って枕営業してくる子のチーム。何とか詐欺みたいな感じだったわ」
「……あなたもその事業所といいますか、アジトをご覧になったことがあるんですか?」
「ええ、近くだもの。表向きは貸金業の看板を出していたけど」
「もしかして【クレクレファイナンス】ですか?」
「そんな名前だったかしらね。面白かったわよ。実際に会った相手から、確実に現金を引き出して来い、なんて命令してたし。それがダメならクレジットカードを盗んでこいとか、ほら、暗証番号を誕生日にする人って多いじゃない? 上手い具合に誕生日や住所を聞きだしてね……」
「犯罪だと言う認識は?」
「なかったんじゃない? そういう常識的なこと、誰もあいつに教えてくれなかったもの」
「……あなたは、自分が貸したお金をそういう使い方されて、何とも思わなかったのですか?」
「私? 別に何とも。貸したお金が返ってくれば何も言わないわ」
呆れた。
しかし今はそのことについては、何も言うまい。
「私も何か罪に問われるのかしら? ふふふ、でも問題ないわ。私には強い味方がついてるんだもの……」
優秀な弁護士先生だろうか。
いずれにしろ渡邊もこの女性も、まともな神経をしていないことだけはよくわかった。
「最後に1つだけ、よろしいでしょうか」
「何かしら?」
「この男性をご存知ですか?」
和泉は葛城陸の顔写真を見せた。
「ああ、リクでしょ。この子、時々ウチの店を手伝ってくれるの。今もほら……あら? どこに行ったのかしら」
香蓮はキョロキョロと周囲を見回す。
「どういったお知り合いですか?」
「……内緒」
煙に巻かれたが、まぁいい。
調べていけばそのうち判明するだろう。
またまた、sbnb様からイラストいただいちゃいました~(*^^)v
可愛い郁美ですね!!
こんな素敵なイラストが見られるのはこちら↓
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魔鋼少女<マギメタガール>ミハル・Shining!
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魔鋼猟兵ルビナス




