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46:松ぼっくり

 福山駅前交番に到着すると、

「あれ? あんた、上村の……」

 郁美を一目見た途端、その白髪頭の制服警官は驚きに目を見張った。


「似てるけど別人です。平林っていいます。少し、お伺いしたいことがありますので、よろしいでしょうか?」

「はぁ、何でしょうか」

「上村皐月のこと、ご存知のことを全て教えて欲しいのです」


 そう言われても、と定年間近いであろう相手は首を傾げる。

「そんなに長い間一緒じゃなかったけぇな、覚えとることと言えば……ほうじゃ、休みの日はよぅ、広島の方に行きよったの。土産じゃちゅうて、広島市内でしか買えんちゅう菓子をもらったこともあるわ」

「広島市内……ですか?」

「まぁほら、若い女の子じゃけん。ここら辺の店じゃ満足できんかったんかのうって思ってたんじゃが」


 この人からはあまり有力な情報を得られそうにないな、と上村は判断した。

 早めに父の元へ、向島へ移動した方がいいのではないか。そう声をかけようと思ったところ、

「ねぇ、先に行って切符買っておいて」

 彼女は突然、そんなことを言い出した。


 先ほどは電子マネーで支払いをしていなかったか? そう不思議に思ったが、言われた通り上村は駅構内に入り、尾道までの切符を2人分購入した。


 ※※※※※※※※※


 このオジさん、人を油断させるのが得意なタイプだわ。

 郁美はパッと見た瞬間、直感で思った。かつての上司と同じ眼つきをしている。


 ボンヤリしていそうで実はその垂れた瞼の下でしっかりとあちこちを観察し、見回り、何か異変はないかとサーチしている。


 郁美はしっかりと相手を見つめ、ところで、と質問を続ける。

「皐月のことなんですけど、ある日、急に綺麗になったとか……そんなことを感じませんでしたか?」


 ほう、と白髪頭の制服警官は息をつく。

「……あんたまさか、ヒトイチか?」

 ヒトイチ、人事1課……つまり監察室の職員か? そう訊ねられたのだと郁美は思った。


 上村を先に駅へ向かわせたのは、彼の姉に関する【不倫】の噂について調べるためだ。幸いなことに何も疑われず、彼は切符を買いにいってくれたけど。あまり聞かせたくはない内容である。


「仮にそうだったとしても、今さらじゃないですか?」

「ははは、ほんまじゃのう。あれはもう何年前の話……まぁ、そう大昔ってわけでもないかのぅ。元々べっぴんじゃったけど、ある日を皮切りに何となく色気ちゅうんか、そういうんを感じるようになったんは確かじゃ」


 やっぱり何か知ってるんだわ。

 郁美は確かな手ごたえを感じた。


 白髪頭の制服警官は首をかしげつつ、

「ワシには理解ができんのじゃけどのぅ、なんでよりによってあんな、パッとせん男がええんか」

「好みは人それぞれです。それより、相手の男の特徴を教えてくださいよ」


「……なんでも、オヤジさんの部下……みたいな話じゃったかのぅ?」

「オヤジさん?」

「上村じゃ、上村誠一。あいつは県内でも有名なドロ刑じゃ。じゃけん、相手は刑事じゃぞ……?」

 なるほど。相手は刑事、と郁美はメモしておいた。


「上村はそいつを、娘の婿にと思ってよう家に連れて帰ったりしよったらしいけどな。こう言うことはまわりがどう頑張ったって、本人同士の問題じゃろうが? その時には上手く行かんかったみたいでな……」


 まぁ、確かに。知人の紹介で結婚した、と言うカップルは少なくないが、どうしたって上手く行かないことだってあるだろう。


「その後、男の方は上が進めるままに見合いをして、結婚して子供もできた。傍から見れば文句なしの幸せな家庭じゃな。さっちんも決して、そういう相手の家庭を壊したいと思っていた訳じゃなかろうな」

【さっちん】とは恐らく皐月のことだろう。


「じゃけど」

「じゃけど……?」


「松ぼっくりに火がついたんじゃ」


「……はい?」

 松ぼっくり? あの、海岸沿いによく植わっている松の木の実のことだろうか。


「ひょっとして、焼けぼっくいに火がついた、って言いたいんですか?」

「どっちだってええ。どうもその頃、男の方は嫁さんと上手く行かんで悩んでたみたいじゃのぅ。そこへ、昔のちょっといい女と再会なんかしたら、そら……コロっと行くわな」

 郁美は思わず相手を睨んでしまった。


「べ、別にワシはアイ……いや、その男を庇ってる訳じゃないど? とにかく」

 ゴホン、と咳払いをしてから「2人はフォーリンラブじゃ。遠距離恋愛かつ、不倫じゃけんのぅ。そりゃ燃え上がったことじゃろうよ」

「遠距離? つまり遠いどこかの署の係員ってことですね。そう言えば今【アイ】って言いかけましたよね? 誰なんですか?!」

 

 皐月の日記にも書かれていた【I】

 誰のことなのか。


 すると。

 白髪頭の制服警官は首を横に振る。

「2人とももう、充分苦しんだんじゃけぇ……今さらつついてやるなや」


「何言ってるんですか!! 皐月は行方がわからないんですよ?! もし、その不倫相手が何か知ってるんだとしたら、あるいはもっと……何か重大な事件に巻き込まれていたのだとしたら!!」

「行方不明……じゃと?」

「もう、3年も前から連絡が取れないって。だから私、彼女を探して……」


「さっちんが何か探して、いや。調べとったのは確かじゃ。たぶん、広島にちょいちょい行きよる間にその、昔の男と再会したんじゃろうな。それで……」

 それで心を通い合わせることになった?


「具体的に何を調べているかは?」

「なんじゃったか、15年前の宝石店強盗事件を詳しく知ってる人はいないかって訊かれたのぅ……」


 やっぱり!!


「で、その事件のことを詳しく知ってる人って?!」

「そ、それは当時の所轄署の刑事じゃろうって」

 それはそうだ。

「なんて言う人ですか? 当時の課長は?! もしくは捜査1課長でもいい!!」


 と、いうことで。

 すっかり待たせてしまったが。上村は大人しく待っていてくれた。


 当時の捜査1課長及び刑事課長は既に定年を過ぎており、それぞれ広島市内で隠居しているとのことだ。時間があれば直撃したいところだが。

 福山駅のホームで広島方面へ向かう電車を待っていると、郁美のスマホが着信を知らせた。室長からだ。


『平林さん、今どこですか?』

「福山ですけど何か?」

『これからどちらへ?』

「……向島です」

『その後、15年前当時の北署刑事課長と、捜査1課長を当たろうと考えているとか?』


 郁美は絶句した。

「なんで……」


 思わずスマホを落としそうになった時、間もなく電車が参ります、とのアナウンス。


 上村が誰と話しているのか、と気にしている素振りでこちらを見る。電車に乗るからあとで、と郁美は挨拶も抜きに通話を切った。


 車内はガラガラだ。2人はボックスシートに向かい合って腰を下ろした。

「あ、福山の駅でお土産を買って行けば良かったわね……」

「父にですか?」

 そう、と郁美が頷くと、上村は申し訳なさそうな顔をして、

「そんなに気を遣わないでください」


 スマホが電子音を鳴らす。送信元は上司。

 今度は長文メールを送ってきた。


《あまり目立つ行動は慎んでください。たとえ県の端っこであろうと、今は全世界でネットワークがつながっている時代です。どこで誰が見ているか、何を言われるかわかりません。まして今のあなたは監察官です。刑事でも探偵でもない。すぐに戻ってきてください。もっとも上村君のお父さんにご挨拶をなさることは止めませんが》


《誰かが何か言って来たんですか?》


《福山中央署から照会依頼がきました。不審な女が警察官を名乗って、過去に勤務していた女性警官のことを訊ねてきた、と》


 不審な女ですって?!


《ちゃんと名刺も渡しましたけど?!》

《あなたが知りたいのはどんなことですか?》


 どうしよう。

 どこまで上官を信用していいのか、郁美にはまだ判断がつかない。


 上村の顔を見る。


《15年前の事件のことです。上村柚季の父親が殉職した強盗事件について》


 しばらく返信はなかった。

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