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40:お前ら仕事しろよ

サブタイトルそのまま、な内容です……(笑)

「……え」

 皐月の弟だという若い青年は、相当驚いたようで目をパチクリさせている。


「行動するのは早い方がいいでしょ? 例えば証拠品についてた指紋や匂いだって、新鮮なうちの方が鑑定しやすいんだから」

 我ながら下手な例えだったな、と思いながら郁美は上村を見つめた。


 そうだ、匂いといえば。

 同期の友人の彼氏で捜査1課の特殊部隊にいる金髪男。

 警察犬並みに鼻がきくらしいが、失踪したのが3年も前ともなると難しいだろうか。


 しかし、いざとなったら協力を仰ぐつもりでいよう。


「本当に……いいんですか?」

「当たり前でしょ!! お……私に二言はないわよ。あ、そうだ。あらためて電話番号とメールアドレスを教えて」


 今、男に二言は……って、言いかけたわ。

 危ない。


 そうして連絡先を交換する。


「福山ってことは、そうね……私、車の運転あんまり好きじゃないから移動は電車でもいい? 待ち合わせは広島駅で、何時にする?」


 新任巡査は万が一の事故を防ぐためか、車の免許を持っていても、運転は禁止されている。

 だからこそ独身寮は配属署の近く、徒歩圏内にあるのだが。


「僕は何時でも。平林さんのご都合に合わせます」


 午前8時に決めて、その場で上村とは別れた。


 ※※※


 規定の休憩時間をかなりオーバーして監察室に戻ると、室長は姿が見えなかった。

 郁美はややほっとしつつ着席する。

 頭ごなしに叱るタイプにも見えないし、ネチネチと嫌みを言うようにも思えないが、やはり多少の気まずさはある。

 

 するとそこへすかさず岩淵が、

「随分、遅かったじゃない。もしかして町中でばったり、昔の彼氏にでも会って、話が盛り上がっちゃった?」と、話しかけてくる。

「そんなんじゃありません」


 それからふと郁美はこのおしゃべりオバさんが、意外に長い間勤務していること、噂話大好きだったことを思い出した。


 ダメもとで皐月のことを訊いてみよう。


「あの、岩淵さん。上村皐月って女警のこと知っています?」


 すると岩淵は分厚い眼鏡の奥の細い眼を瞬かせながら、

「知ってるわよ。今、あんたが座ってるその席に……昔、座ってたんだから」


「えええーっ?! い、いつ頃の話ですか?」


 思いがけない返答に郁美は戸惑ってしまう。

 確かに異動の多い職業ではあるが。


「3、4年前かなぁ……? でもねぇ、ある日からプッツリと姿が見えなくなって……」

 皐月の弟が言っていたのと時期的には一致する。


「ひどい噂が立ったのよね」

 岩淵はキョロキョロとまわりに人がいないのを確認してから、ヒソヒソ声で話し出す。

「ウチの室長がね、彼女にパワハラしてたって。それが原因で病気になっちゃったとか。それこそ無断欠勤が続いてね……どこかに姿を消したか、もしくは……」

「まさか……」


「私もまさか、って思うわよ。確かに室長って自分に厳しくてかなりキッチリした人だから、適当な人間にはちょっとキツイって思うことあるかもしれない。それにほら、冗談の一つも言わないから、怖い印象があるし……」

「皐月は決して、適当な人間なんかじゃありません」

「まぁ、そうね。あんたと顔も似てたし、真面目なところも似てたわね」


 そう言えば初めて会った時、似てるわね、と言われたことを思い出す。

 誰に? 興味はあったがその時は聞き流していた。

 皐月のことだったのか。


「ま、パワハラ疑惑はあくまでも噂よ。室長……聖さんも、意外と敵が多いからね」

「なんでです? 真面目で仕事熱心な方だと思いますけど」

「だからよ。監察が熱心に仕事するってことは、どういうことになるか……わかるでしょ?」


 それはつまり、職を失う人が出る可能性があるということ。


 そんなの逆恨みだわ、と郁美は思ったが、言っても仕方ない。


 お茶にしましょうよ、と岩淵は立ち上がって冷蔵庫を開ける。

 さっきもらった、と有名な洋菓子店の包装紙に包まれた箱を取り出し、中身を取り出し始める。

 いいのかな、と思ったが郁美もお茶を淹れてくることにした。


 切り分けたバームクーヘンにフォークを刺しながら、おしゃべりオバさんはさっきの話だけど、と話を続ける。


「実は私、過去に一度だけ、室長と彼女……上村皐月が言い争ってる所を見たことがあるんだわ」

「な、何が原因で?」

「……そんなの、知る訳ないじゃない。知ってたとしても、簡単に言いふらしたりできないわよ」


 それはそうだ。しかし意外だった。確かに皐月は気の強いところもあって、上司が相手だろうとハッキリものを言うタイプでもあったが。


 あの隙のない室長に対して、文句なのかクレームなのかわからないが、争いにまで発展するような話を持ちかけるなんて。


 室長が帰ってきたら問い詰めなければ。

 

「それとあの子、たぶん……不倫してたわね」

「へぇええっ?!」

 郁美はつい奇妙な声を出してしまった。


「だ、誰と?! どうしてそんなことわかるんですか?!」

「そう言うのって、上手く隠してるつもりでも……どっからか漏れるものなのよ。残念なことにね」


 そうかもしれない。

 そういう経験のない郁美にはわからないが。


「意外とその相手って、室長だったりしてね……」

「な、なんでそうなるんですか?!」

「だってほら、なんだかんだといつも、どこに行くにも一緒に連れ回してたし。そうこうしてるうちに親しくなりすぎて……なんて」


「さっき言い争ってた、って言ってませんでした?」

「痴情のもつれよ、痴情の。奥さんと別れる別れないって、そんな話じゃない?」


 段々とムカついてきた。

 皐月のことを安っぽい、尻軽女みたいに言われている気分がして。


「あ~、でも室長はさすがにないか。だってたぶん、不倫の代償だもんね。この部署への異動って」

 その島流しみたいな言い方も気にいらない。


 こちらの内心に気づいたのか、岩淵は取り繕うように言う。

「ま、真相は本人のみぞ知るってこと」


「……監察は大切な、重要な部署です。本来あってはならないことですが、不良警官を取り締まるため存在しているために存在する、組織の自浄作用とも言える……」


「若いわね~……あんたと同じこと、あの子も言ってたわよ」

 でもね、と岩淵はフォークの先を郁美の顔に向けてくる。

「この組織に本当の正義なんて、あるのかしらね」


「どういう意味……」


 その時、郁美のスマホがメールの着信を知らせた。

 北署地域課の小野田課長からだ。


《今夜7時、ひろしま国際ホテルの最上階にある展望レストランを予約しました。楽しみにしています》


 そう言えば。食事に誘われていたことをすっかり忘れていた。

 昼も外食だったのに……と、郁美はバームクーヘンを口に入れつつ少し悩んだ。


 ま、いっか。


「あら、小野田課長からのお誘い?」

 いつの間に背後にいたのか、岩淵が細い眼をさらに細めて画面を覗き込んでくる。


 郁美は思わず画面を伏せた。


 どうしよう? そんな気になれないのだが。


「そう言えばあの子、小野田課長のことをやけに探り入れてたなぁ」

「あの子って、上村皐月がですか?」

「そ。小野田課長ってさ、室長の同期で今のところ出世頭なのよ。北署って言ったら県内筆頭署じゃない。そこで来季は副署長。今もう、代理で動いてるらしいけど」


 そうだ。

 室長と同期と言うことはつまり、長く県警に在籍しているということ。

 もしかしたらあの濃い顔の課長も皐月のことを何か知っているかもしれない。


 上手くすれば協力を取り付けることができるかもしれない。

 郁美は急いで文字を打ち込んだ。


《承知しました。楽しみにしています》



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