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33:ホームズ刑事と呼んでくれ(うそ)

【警察というところは身内を庇い合うことにかけては天下一】

 という記者の発言。それについては否定しない。


 身内の不祥事は出来る限り公にしない。それは和泉が警察官を拝命した頃から現在に至るまで、変わることがない。きっとこれからも。


 そして思いだした。

 先ほど和泉を呼び出した電話の主も、同じことを言っていたことを。


 まさかあの記者が?


 いや、その前に。


 そもそも被害者が誰なのか、そして。

 遺体の傍にいたあの若い男性はいったい、何者なのか……。


 現時点では不明点が多すぎる。


「周君、事情聴取はまた後でもいい。もうすぐ任務解除の時間だろう? いったん交番に戻っていいよ」

 聡介の声で和泉は我に帰った。


 そうだった、周は昨日から泊まり勤務だったのだ。


 いいのかな? と言う顔をしているが、早く帰りたそうでもある。交番に戻ってからもいろいろやらなくてはいけない仕事があるからだ。


 周の後ろ姿を見送ってから、和泉は聡介に話しかけた。


「間違いなく特捜になりますよね、聡さん?」

「……それは、俺達が決めることじゃない」


 所轄署の刑事課のみが捜査に当たることを【通常捜査本部】といい、出動要請を受けて捜査1課が参加するのを【特別捜査本部】という。


 被疑者と思われる金髪の青年の身柄は既に、広島北署へと送られている。

 状況から見れば彼が犯人と言うことになるが。

 

 いろいろと疑問点は残る。

 わざわざ電話をかけて来て自分を呼び出した人間がいること、その目的に関してはだいたい予測はつく。あの青年が間違いなく犯人だと印象づけるためだ。


 自分はやっていない。


 和泉はあの青年の主張に、偽りを感じとることはできなかった。


 長く刑事をやっているとわかるようになる。

 人を殺した人間かそうではないか。


 その直感を信じるなら彼は『シロ』だ。

 

 ※※※


 その後。和泉の期待と言うか予想は裏切られた。当事件に関しては所轄のみで動く。捜査1課への応援要請はない、と。


 納得がいかず、和泉は自ら北署刑事課へ出向いた。


「何をそんなにムキになっとるか知らんけど、もう決まったことじゃけん」

 所轄の刑事は答えた。

「責任者を出してください」

 和泉は食い下がった。


「そんなこと言ったって……もうホシも上がっとるようなこんな事件に、捜査1課の刑事が出張ることなかろうよ」

「あの青年は、自分がやったのではないと供述しているんでしょう?!」


 すると所轄の刑事は、

「今のところ一切黙秘じゃ。それに当たり前じゃが、素直に罪を認める奴なんて、めったにおりゃせん」

「あの状況では確かに、あの彼が犯人だと思われても仕方ありません。ですが、彼は僕に電話をかけてきた人物ではありません」

「電話?」

「僕に電話がかかってきたんですよ。あのプールバーに行ってみろ、面白いものが見られるから……って」

 所轄の刑事は目を丸くする。初耳のようだ。


「わざわざ遺体を発見させようと、誰が何のつもりでそんな電話をかけてきたのか……おかしいと思いませんか? むしろ、あの青年が犯人だとわざわざ印象付けるために、何者かが細工したとしか考えられません!!」


「なんで、何のためにそんなこと……?」

「だからそれを調べなければいけないんですよ!!」

 つい、和泉は大声を上げてしまった。「……こないだの女子大生の事件もそうですが、ハッキリ言って北署の刑事課は捜査が杜撰すぎませんか?!」

 これにはさすがに、相手もムっとしたようだ。

 

「何を騒いでいるんだ?」

 そう言ってあらわれた制服警官。


「あ……小野田課長」

「あんたは?」

 胡散臭い人間を見るような目でこちらを睨む男の階級は、警部だ。


「捜査1課強行犯係第1班、和泉と申します」

 すると小野田課長と呼ばれた男は鼻を鳴らし、

「ああ、捜査1課の名探偵」

「……誰がそんなあだ名をつけたのか知りませんが、止めていただきたいですね」


「何の用だ?」

「八丁堀のプールバーで発生した事件ですが。北署のみで捜査するというのは事実なんですか?」

 小野田は肩を竦める。

「やれやれ、名探偵は何が何でも事件に首をツッコまなければ気が済まないらしい。こんな単純極まりない事件をわざわざ複雑化したいっていうのか?」


「……そんなに単純な事件ではないと、そう言っているのです」

「根拠は?」


「それより、あなた誰ですか?」

 しばらく無言の睨み合いが続いた。


「こ、こちらは地域課第二係の小野田課長……来季の副署長ですよ」

 所轄の刑事が答えてくれる。

「地域課の課長が、僭越じゃありませんか?」

「現副署長は今、病気療養中だ。そこで自分が代理をしている」


 単なる出しゃばりじゃないか。

 和泉は思ったが、黙っておいた。


 すると副署長代理は、

「署を代表して言わせてもらうが。特別捜査本部を立てることがどういうことなのかわかってるのか? 今年度の所轄の予算を、あんた達に食われることになる。帳場が長引けば長引くほどそうだ。それともあんた、ポケットマネーで捜査するのか?」


 確かにそうだ。

 予算のことはすっかり忘れていたが。


「まぁ、小説やドラマに出てくる名探偵は自費で捜査するらしいがな。ここは警察だ。県民の税金で賄われているってこと、忘れないでくれ」


「……予算を惜しんで、またも冤罪を発生させるつもりですか?!」

「またも……?」


「京橋川の、女子大生の事件です。僕が被害者から聞いた最後のメッセージをまるで無視した挙げ句、状況証拠だけで任同までこじつけた。それを冤罪と呼ばないで、いったい何だと言うんですか!?」


「そう言えば幡野……管理官から聞いている。あんたが、あの事件の遺体の第一発見者だったそうだな?」

「ええ、最期のメッセージを聞きました」


 それだ、と、なんとかという副署長代理は笑い出す。もはや名前を覚える気などさらさらない。

「こいつは驚いた。名探偵だって有名な割に、意外と夢見る乙女みたいなことを言う人なんだな。作り話が現実に起こりうるって本気で信じてるのか!!」


 こいつはあの管理官の仲間だな、と和泉は判断した。


 頭から被害者のダイイングメッセージを否定している。これ以上は話すだけ無駄だ。


 和泉は踵を返した。

「どこへ行く?」

「……帰るんですよ、県警本部に」

「それならいい。勝手な真似をして現場を、捜査本部を混乱させるような真似だけは慎んでくれ」



 思い切り八つ当たりしたい気分だ。

 和泉が県警本部の入り口のドアをくぐり、エレベーターホールへ向かっていると、曲がり角からピンク色の紅葉の形に似た何かがひょこっと姿を表す。

 長野だ。


 ちょうどいい。

 和泉は思い切り足を振り上げた。が、

「えびえび?」

 脈絡も意味もない呼びかけに脱力してしまう。


「……おい、ゆるキャラじじぃ」

「彰、お前はどう思う?」

 そうかと思えば急に真面目な顔をして問いかけられる。


「何が?」

「お前がまたも、遺体を発見した事件じゃ。逮捕されたあの若い子がホンボシじゃ思うんか?」

「本人は否定してた。僕もたぶん、違うと思う」


 長野はぬいぐるみをポケットにしまうと、

「そりゃ、お前の勘か?」

「文句あるか?」


「……ワシは、女子大生の事件と今回の事件、つながりがあるんじゃないかと思うんよ」

 思いがけない台詞にすぐには返答できなかった。


「その根拠は?」

「まず、第一発見者がいずれも彰、お前じゃちゅう点」

 長野はびしっと和泉を指さす。


「……偶然だろ」

「必然かもしれん。あらゆる可能性を疑ってかかるべきじゃ。それに。いずれも事件は北署管内で置きた」


 そう言われてみれば。

「そして何より……指揮官がポンコツじゃ」

「お前が言うな」


 この場合の指揮官と言うのは管理官および、北署長ということになる。長野はここの署で扱っている事件だけに集中している訳ではなく、県内すべての捜査本部を抱えている立場だから、意見はするものの最終判断は彼らにゆだねている。


「この際だから言っておく。僕は奴ら……北署の刑事課がまったく信用できない」

「……それで?」

「だから僕は今日からしばらく探偵になる」

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