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30:それってパワハラ?!

 来年の警察官募集ポスターのモデルはこの子でいいんじゃないか。そんなことを考えながら、郁美も聖に続いて踵を返そうとした時だ。


 どんっ!!

 すぐ後ろに誰かが立っていたようで、ぶつかってしまった。


「あ、すみませ……」

 振り返ると濃い顔立ちの、制服警官が立っている。咄嗟に徽章を見て警部だとわかった。


 恐らく地域課長だろう。巡視に来たに違いない。

 その警部はしかし郁美の顔をマジマジ見つめると、なぜかひどく驚いたような表情を見せた。うっすらと額に汗が浮かんでいる。


「……?」

 何か顔に妙なものでもつけていたかしら? 郁美は焦った。

 先ほど、洗面所で異常がないことは確認したはずだが。


「平林さん、行きましょう」

 聖に呼ばれて、はいっと郁美は返事をする。会釈して通り過ぎようとしたが、

「お嬢さん、お名前を……お名前を教えてもらえませんか?」

 濃い顔の警部に呼び止められる。


 何かしら、ナンパかしら? まさかね。


「小野田警部。職務中ですので、いつもの調子で女性に声をかけるのはご遠慮願いたいものです」

 そう言い放った聖の口調はどこか冷めたような、かつ厳しいものに聞こえた。


「そう堅いことを言うなよ、聖。こんな綺麗な女性を見たら、名前を知りたいって思うのは当然じゃないか」

 綺麗な女性、などと言われて郁美は喜びを隠しきれなかった。

 それと同時に2人が知り合い同士らしいということにも気付く。

 さらに。【いつもの調子】と聖は言っていた。ということは、日頃から割と女性を見かけると気軽に声をかけるタイプということだろうか。


 何にせよ、かつて経験したことのないシチュエーションにテンションが上がってしまう。


「お前のところに来る女警はいつも美人だよな。だから自慢したくて、いつもどこに行くにも連れ回すんだろう?」


 そうなの?!


【美人】【自慢したくて連れ回す】

 それらのキーワードが郁美を舞い上がらせてしまう。


「お名前と、できれば連絡先を……」

 小野田と呼ばれた警部はスマホを取り出す。

 郁美も思わずつられて、カバンからスマホを取り出しかけたのだが、

「……今期の人事記録を確認してください。それでは」


 いきなり聖に手をつかまれる。ひんやりとした上官の冷たい手からは、これ以上、何も語るなと言う命令が伝わってくるように思えた。


 ※※※※※※※※※


 確かに綺麗な女性だと周も思う。

 だけどまさか、仕事中にナンパはあるまい。


 監察官とそのお伴でやってきた女性警官が去ったのを見送りながら、小野田課長が微かに舌打ちしたのを周は聞き逃さなかった。


「……まったく、冗談の通じない奴だ」

 冗談だったのか?

 というかどこからどこまでが?

 それはそれで失礼だと思いながら、周は去っていく2人の男女の後ろ姿を見送る。


「おい、藤江」

「は、はいっ!!」

「あいつの用件は? 何をしに来たんだ」

 気のせいだろうか。少なからず苛立っているような感じがするのは。


「あいつと仰いますと……?」

「さっきの男だ!! 監察官だって名乗っただろう?」


 正直に話していいのかどうか、一瞬だけ周は悩んだ。


 しかし。

 持って生まれた本能がそう言わせたのだろうか。

「他言無用と言われました」


「……いいから答えろ。お前の上司は誰だ?」


 周は黙っていた。そうするのが正しいと思ったからだ。


「まぁまぁ、課長。そんなに心配しなくても、こんなペーペーの新任者に、どんな重大なミッションが科されるっていうんですか。ちなみに俺も詳しいことは知りません」

 交番長の小橋が助けてくれた。


「……使えねぇな」

 ちっ、と舌打ちして小野田は背を向ける。それから何かを思い出したように振り返り、

「お前ら、俺の足を引っ張るなよ?」

 捨て台詞みたいに言い残して去っていく。


「相変わらずだなぁ、あの人」

 小橋は溜め息をつく。

「相変わらず?」

「そ。俺、ここに来る前は長年、生安にいたんだけどな。小野田課長はその頃に保安課を仕切ってた長なんだけど……まぁ、あんな感じで二言目には『足を引っ張るな』だからな。もっとも仕事のできる人間だったから、誰も文句は言えなかった。高い実績も挙げてるし」


 そのことを鼻にかけているのかもしれない。と、周は考えたが黙っておいた。


 そして、気のせいかもしれないが。

 小野田課長はどことなくあの聖と言う監察官を敵視しているように見えた。外見から言えば恐らく年齢は近いだろうし、どちらも階級は警部だ。


 どこの会社でも出世競争は激しいだろうが、特に階級や勤務評価が強くものを言う警察組織内では、高い地位を目指すに当たってライバルは少なくないことだろう。そしてこれは和泉から聞いた話だが、派閥争いもある。


 それぞれが違う派閥に所属しているゆえの敵意なのだとしたら。

 同じ警察官同士なのに、何だか悲しいと周は思う。


「ああいうの、立派なパワハラですよ? 交番長!!」

 いつの間にか傍に来ていた桜井が言う。

「まぁな……けど、上もあまり強くは言えないっていうか、面倒がって認めたがらないのが現実なんだよ。パワハラって認定されるまでには、膨大な時間の聞き取り調査が必要でな。それを嫌がってるんだ」

「そんなことを言ったら、警察がそんな状態でどうして……」


「誰が、僕の可愛い周君にパワハラですって?!」

 面倒くさいのがやってきた。


 というかなんで、何をしに来たのだろう?


 まさか本気で『気になるから様子見に来ちゃった』とか言い出さないだろうな……と、周は気が気でなかった。


 そこに立っていたのは捜査1課強行犯係、いわゆる【刑事】と呼ばれる職種の変態男。


 和泉彰彦、その人であった。


「えっと、小橋さんと仰るのは?」

 和泉はキョロキョロ、交番の中を見渡す。

「ああ、あんたか。さっき連絡もらった……そういや、友永と同じ班だったっけ? 元気にやってるか? あの問題警官は」

「元気ですよ。今日も今日とて書類仕事を脇に置いて、週刊誌を熱心に読んでます」


【友永】という名前に周は記憶がある。


 幼馴染みで親友とその妹の、親代わりの大切な人。


「えーと、ヴィーナスクラブだったな。ここから西へ500メートル行った先にそごうがあるだろ? バスターミナルの脇を北上すると200メートルほど先に【河岸ビル】ちゅう雑居ビルがある。そこの4階だ。割と最近できた店でな、オーナーと従業員2名程度の小さなバーだ。現時点では特に大きな問題も起こしてないな」

「さすが、話が早い!! ありがとうございます」


 それから彼は周に向かってなぜか手を差し伸べてくる。

「じゃあ、案内をよろしく。藤江周巡査」


「……はい?」

「管内のことは詳しく知っておかないと。ね? 別に腕を組まなくていいから、せめて手をつないで行こ……ぎゃんっ!!」

 さりげなく手を握ってこようとする変態の向こう脛に軽く蹴りを入れてから、周は救いを求めて交番長の顔を見た。


「何ごとも経験だ」

 行ってらっしゃい、と上官は笑顔で手を振ってくる。

「いや、あの、何が何だかさっぱりわからないんですけど……」


「悪戯電話がかかってきてね」

 和泉が話し出す。

「悪戯電話?」

「この近くにあるとあるプールバーに、とんでもないものが転がってるって。指名されたんだけど、1人じゃ怖いから、お巡りさんに一緒に来て欲しいんだ」

 自分だって立派なお巡りさんのくせに。


「まさか……誘い出し案件じゃないだろうな?」


 交番では時折、装備品もしくは手帳を狙って警察官を外に呼び出し、その隙に別の仲間が盗みを働くという事案があるらしい。

 まさか和泉がそんな真似をする訳もないが。


「誘い出されたのは僕の方だよ」

 それもそうか。


 本当にただの悪戯ならいいのだが。


 周は少し嫌な予感を覚えつつ、装備品の位置を確認した。

友永って誰よ……という方。


周の言っている【幼馴染みで親友とその妹の、親代わりの大切な人。】って何のことよ。


そんなあなたに、シリーズその4~7を読めばマルっと解決!!(笑)


えー、周には幼馴染みで親友の、篠崎智哉という美少年がおります。


この子は複雑な家庭の事情を抱えており、シリーズその4で友永と出会いその後、一回り下の妹と共に彼との絆を深め、その7で家族同然の仲になる、という経緯がございました。


要約するとそれだけの話だったのか……!!(゜-゜)

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